Nudge by Bullet

【7】
 何度も引き金を引く。
 弾の切れた拳銃は虚しくハンマーを作動させる。
 廊下は忽ちのうちに銃声の圧力に埋め尽くされ、ドアの向こうの男が放った銃弾の残滓である、空薬莢と左織がばら撒いた9mmの薬莢が廊下で混ぜこぜに散らばる。
 左織が素早く後退したのを見て……女が、悲鳴を挙げながら、弾の切れた拳銃の引き金をパニック気味に何度も引きながら、後退して廊下の奥の角に身を潜めたのを確かに確認した男は、木製のドアの陰から身を乗り出し、その後ろに控えていたもう一人の男に左手の弾の切れた自動拳銃を渡した。
 ドアの男は2丁拳銃の使い手ではなく、土壇場で闖入者を撃退したいから仲間に銃を借りていただけだ。
 左織が角を遮蔽にし、ポケットから引き出したのは、美しい鏡面仕上げのアーマー・ハイポリッシュのジッポー。愛用の逸品。彼女にとっては、『小説一冊分の思い出が詰まった』、曰く付きの愛用のジッポー。
 蓋を閉じたまま、磨き上げられたその側面を角から突き出す。やや、くすんだ鏡面が、静まり返った通路の奥に潜む人影を捉えた。

――――そうくるよね。

 闖入者の黒いパーカーに黒いキャップ帽の女と思しき影が、悲鳴を挙げながら後退りしているのを見た2人の男は、ドアの陰から威勢よく飛び出て、恐れ慄いているであろう女が潜む遮蔽を目指して、走り出す。
「アイツの銃、弾切れだ! 撃て!」
 焦って踏み込んできた先頭の男。
 その靴底が、硬い真鍮の殻に乗った。
「うわっ!」 
 その場で前転するように前方につんのめり、顔面を防炎、制電、遮音機能のあるウィルトン織の毛足が短く硬いカーペットの床にぶつける。 滑稽な展開を突然見せられる、後ろの男。
 目の前で仲間がツルリと足を滑らせ、派手に転倒したのだ。驚きもする。
 顔面を打ち付けた男は悪態を吐きながらゆっくりと四つん這いになりながら体勢を立て直そうとする。ベージュ色のカーペットに折れた前歯が数本口から零れ落ちる。急に立ち上がうとした、前歯を折った男は、意識を失くしたように感覚を失調し、床に再び崩れ落ちる。眼球がランダムに回り、床に伸びたまま、涎を垂らす。脳震盪を起こしていたらしい。
「……!」
 仲間の転倒と、よく見れば辺りに散らばる実包を見た。後続するはずだった男は同じく廊下に飛び出て女を追撃するつもりだったが、辺りを見て、息をのむ。
 9mmの実包が辺りに散らばっており、「踏み越える」「蹴り飛ばす」「無視する」「そんな事より仲間の介抱だ」と様々な選択肢が脳内に浮かんで思考の方向が定まらない。
 人の思考は不条理なもので、認知の処理が高速過ぎると、現実は『女の弾切れの銃』ではなく『仲間の足元を掬った、床にぶちまけられた実包』が物理的な武器として認知の書き換えが完了すると勝手に危険の度合いを引き上げてしまい、それを意志の力で振り払う事を一瞬だけ躊躇させる。
「遅い」
 そんな声が聞こえた。注意するというより、話しかけるという気軽さを含んだ声。
 多分、闖入者の女の声だろう。男はそう思った。
 声を辿って耳の向くまま顔を上げたが、床の実包に気を取られていた男の意識はここで途切れる。……彼は327フェデラルマグナムの銃声らしきものを聞いたが、『自分が銃撃された事実を知る前に』、床に倒れた。下腹に2発の直撃を受けたのだ。
 1発目の弾丸が作った一過性空洞に、2発目が重なることで破壊範囲が指数関数的に広がる。
 これにより内臓出血による血圧低下――出血性ショック――が急激に進行し、意識を維持するための酸素供給が脳へ届かなくなる。いわゆるキャビテーション――空洞現象――を起こしたのだ。
 それが元で静水圧ショック――高速の弾丸が下腹部に着弾すると、体内の水分を通じて衝撃波が広がり、直接損傷していない神経系にまで強烈な過負荷を与える。その時、脳が『何が起きたのか』と処理をする前に認知的システムダウンを引き起こす――を誘発し、意識が途切れた。
 即死はしないが、即死の方が楽な負傷だ。
 静寂。
 パーカーのポケットの中で、次の装填に備えたスピードローダーが冷たく存在を誇示している。
 残るは3人。厳密には手下2人と、暫定的リーダー格の男。
 左織はアソセレススタンスを維持しつつ、廊下を歩く。そろそろ連中が要請した増援がこの山荘に向かっているだろう。
 銃声。
 近い。
 乱射。
 遮蔽も何も無い廊下の真ん中で、その男は左織に向けて銃を乱射していた。
 本人は腰を落として両手で自動拳銃を握り、十分に狙ってズタ袋をハチの巣にしているイメージでもしているのだろうが、左織からすれば、左右の壁や天井に細長い瑕を削り込んでいるだけにしか見えない。
 発砲の度に着弾がずれるという事はしっかりと『正しいグリップ』が出来ていない結果だ。
 たったの9m程度。
 この距離でも、最新型自動拳銃のコピー品をもってしても、1弾倉17発全弾を撃ち切っても、棒立ちの左織に命中させるのは難しい。
 先ほどは素人の女を演じるために、わざと悲鳴を挙げて、下手な鉄砲の腕前を披露して遮蔽の角に逃げ込んだが、今は……人の温度を感じない目でその中年男性に右手で保持したルガ-GP100をすうと伸ばし、サイトの向こうのその人物に向かって引き金を引いた。
 スライドが後退したままの拳銃に気が付いた中年男性は、何事か喚きながら予備弾倉を後ろ腰から引きずり出そうとしていたが、再装填をゆっくり待ってやる義理はない。
 327フェデラルマグナムの銃声。
 2発。
 右肩の付け根と左脇腹に1発ずつ。
 左脇腹……横隔膜を貫かれた衝撃で肺の空気が根こそぎ絞り出され、彼は悲鳴を挙げる事さえできない。
 同時に、左脇腹から突き抜けた激痛が神経を逆流し、脳への血流を瞬時に引く。心臓が跳ね、視界の端から急速に光が失われていく。立ち続けるための筋力は消失し、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
 ただ、焼けるような痛みが、混濁する意識を辛うじて現世に繋ぎ止め、彼は床を這うことしかできない。
 左織は、左脇腹と右肩に銃弾を受けてまともに動けない男に近づくと、拳銃と予備弾倉を蹴り飛ばし、男の額に熱い銃口を押し付けながら、壁際に引きずり寄せた。
 男は怯え、命乞いを始めた。
 それも大声での命乞いではなく、ぶるぶると震えながら、ぼそぼそと吐き出すような命乞い。
 大声を上げれば即座に打ち殺されてしまうという恐怖と、大声を出さなければ刺激しないはずだという希望と、今ここで命乞いが届いたのなら何も言わずすぐに静かに逃げて金輪際関わらないからという自分勝手なニュアンスが複雑に絡んだ命乞い。
 傍から見れば腰抜けで間抜けだが、生存本能が生み出す生理的行動としては、ごく当たり前の行動だ。アンダーグラウンドの人間の全てが腹に鉄の芯を飲み込んだ任侠映画の主人公のような人物だけとは限らない。
「頼む、助けてくれ! 俺は言われた通りにやっただけだ!」
「助けるかどうかは、あんたの口次第だよ」
 左織は温度の無い目で、無表情のまま、男の右手を掴んだ。
 そして、ルガーGP100の特徴的で重厚なハンマーを起こし、その隙間に男の右手人差し指を挟み込んだ。
「『この銃のハンマーはプライマーを叩くもので、あんたの指を噛みちぎるためにあるんじゃない。』でも、その骨を叩き折るには十分な重さがあるんだ」
7/11ページ
スキ