Nudge by Bullet

【11】
 眼下に広がるのは、連中の増援である車両の群れと、車両から吐き出された人間の塊。
 自動小銃や散弾銃で武装した『真っ当な人生を歩んでいない人間の大群』で埋め尽くされていた。
 どいつもこいつも人相が悪い。その顔で人を殺したことが無いというのなら大笑いしたくなるような面構えだ。
 本来なら、軍隊でも雇わねば釣り合いが取れない戦力差。たった数枚の一万円札の報酬を支払わせる為に行った代償がコレだとは悲観して嘆かない。
 何故なら、まだ一万円数枚の報酬を実際に支払ってもらっていないからだ。
 傍から見れば、致命的なまでに計算の狂った大赤字の極み。
 この包囲網を突破するために消費する弾薬費だけで、求めている報酬の何十倍、何百倍もの大金が消し飛ぶ。命の価値まで天秤にかければ、もはや算盤を弾くことすら馬鹿馬鹿しい。
 今の彼女の頭の中に『割に合わない』という退路は存在しなかった。
 それを手にするまではどれだけの犠牲も払う。
 どれだけの出費もする。
 どれだけの不利益も被る。
 世界中を敵に回して、ただの紙切れ数枚と引き換えに全てを失う結末になろうとも、絶対に引き下がらない。
 それを遂行せねば、自分を構成する核が『呆気なく壊れてしまう』気がしたから。
 その数枚の紙切れを踏みにじられることは、自分の全人生と、これまでの全ての歩みを無価値だと宣告されるに等しいと思っているからだ。
 
 それだけだ。


 彼女は仕事の前の一服を堪能するかのように、深い暗闇へと吐き出した。
 その紫煙は、亡霊のように、ゆっくりと空へ吸い上げられていった。
 彼女は知っている。……恐怖は、目に見える暴力よりも、目に見えない予感によってこそ最大化されることを。

 気温は下がり、風は止み、雲が早く流れる気配を感じた。

 この山荘に刻まれた弾痕と硝煙の記憶と、大江左織という一人の女が示した『小賢しい暴力』は、簡単には消えることはないだろう。
「さあ、やりますか」
 バルコニーの手すりから下界へ向かって葉巻を吐き捨てた彼女は、ルガーGP100を右手に握り直し、眼下に続々と集結する有象無象を、オチの無い茶番を見せられたような、やるせない目で見た。

 口元だけの笑顔で、人津波を作り始めたくだらない人間供を見た。

≪Nudge by Bullet・了≫
11/11ページ
スキ