Nudge by Bullet
【10】
327フェデラルマグナムの銃声が吠える度に、案山子でも撃っているかのように立派な体躯をした、自動拳銃を携えた男たちが崩れる。
振り返り、銃を構える者や逸早く何かしらの行動を起こそうとした者から、それが攻撃であっても逃避であっても錯乱であっても『黙らせていく』。
増援の到着に気が緩み切った男と、背中を向けたままの増援の5人。
直線距離10m。幅1.2m。高さ1.8m。
男たちは、阿鼻叫喚の口の形に動いていたが、それから発せられる絶叫は銃声にかき消される。
一人、また一人と、重力に従う人形のように、汚れた床へ膝を突いていく。
床に赤い液体が広がる。
これだけの人数の出血量ともなると見た目の悍ましさだけなく、硝煙と新鮮な血の匂いが混じって、地下室特有の湿気の匂いを一瞬で押し返してしまう。
全員が無傷で居られず、尚且つ無力化されたのを確認してから、ルガーGP100のクレーンラッチを押し込んでシリンダーを開放し、銃口を下に向けてエジェクターロッドを左人差し指で押し上げる。歯車のようなエジェクターが7つの薬莢の尻を迫り上げて、撃発済みの5個の空薬莢を捨てて、新しい実包を注ぎ足す。
チャリン、と硬質な真鍮が重なり合い、熱を帯びた327フェデラルマグナムの空薬莢がコンクリートの床で高く跳ねる。
鼓膜を鍼で刺すような静寂を鋭く裂く金属音の礫は、乾いた床を転がり、冷え切った余韻だけを残した。男たちの苦悶の声を薄れさせるには全く不十分だったが……。
左織は、かつて自分を生贄に捧げた男と、目が合った。……良かった! 生きている。
誰かの体を貫通した327フェデラルマグナムの弾頭なのでかなり威力を削がれているらしく、致命傷には至っていない。
十分に口が利ける程度の負傷だ。見たところ、粉砕骨折により肋骨と粉砕され肺挫傷手前の負傷のようだ。放置しておけば血気胸か肺裂創か外傷性ショックでほどなく重体に落ちるだろうが、『今すぐではない』。
男の瞳の中で、救いへの期待が、純度の高い絶望へと書き換えられていく。
この男が8人の男たちの暫定的なリーダー格だ。
この男に上司の居所を吐かせて、さっさとこの場から撤退したい。
男の顔の変化を左織は顕微鏡で覗き込むような目で見つめていた。哀願と焦燥と恐怖の色が交互に浮き出る。粒のような大きな汗の珠を額に浮かべ、床で尻餅をついて立ち上がれないでいる。右胸は出血で真っ赤だ。辺りには被弾時の血飛沫が生々しく描かれている。
その男に、右手だけで保持したルガーGP100の銃口を向ける。
妙な動きをしたら即座に撃つ。
辺りの連中は胸部や腹部や頸部などに被弾しており、救急救命と救命処置が間に合えば十分に助かる。救急に要請するだけの元気がある人間が、左織以外にこの場に居ればの話だが。
腰を抜かしたように座り込んだ男の右手にはSIGザウエルP226のコピーと思しき大型自動拳銃が握られていたが、男の目は感情が伺い知れない左織の双眸に呑み込まれており、蛇に睨まれた蛙の如く微動だにしなかった。
できなかった。
それだけの重傷を負っていながら、床に寝ころばないだけの意地を見せているのは、恐怖に対する抵抗なのか、左織に対する抗戦のポーズなのか。
……それは、ない。
視線の彷徨、瞳孔の散大、鼻翼呼吸、掠れた吐息、眉間のΩ(オメガ)型の強張り、爪先と踵の細かな動き。……根源的恐怖と直面した人間特有の仕草と表情。
男は心を折られていた。
左織よりも早く行動を起こせば、左織に銃を向けて発砲できるはず。それができなかった。負傷のせいもある。左織の視線のせいもある。増援が呆気なく倒された絶望感もある。
小さな銃口の向こうにある左織の非人間的な生気の瞳に縫い付けられ、動けないのだ。
男の脳は「直ぐに銃を撃てば助かる」と分かっていても、左織の瞳という強力な『異質な存在』に意識を強制的に誘導されている。
逃げ道や反撃の選択肢は目の前にあるのに、彼女の視線が放つ高圧的な「こっちを見ろ」という無言の恫喝が、男の思考を一本道に絞り込ませる。……これが男が『心を折られていた』と自覚している状態だ。
自由な判断を奪うのではなく、まるで背中を優しく、しかし抗いようのない力で押すように、男は自ら「動かない」という選択肢へ吸い寄せられていく……。
思考の動線に小さく置かれた視線という仕掛けが、男の行動を完全に支配してしまう。
歩みを始め、男に近づく左織。
途中こちらに銃口を向けようとした、重傷の男の健闘を讃えることなく、無造作に、反撃を試みた重傷の男の額に小さな口径のマグナム弾を叩き込み、脳漿の破片と血液を辺り一面にまき散らした。
リボルバーのシリンダーから、熱を帯びた硝煙が細く立ち昇る。
完全に怯えて戦意を喪失した中年の男の床に突く右手の甲に一発叩き込む。手首の破片の一部が飛び散る。
一過性の乖離を始めた男に近づきながら、漸く、本懐の質問をぶつける。
「……さて。あんたの直の上司と話をしたいのだけど?」
一過性の度が過ぎたのか、痴呆にかかったように涎を垂らし始めた男の意識を繋ぎ止めるために、男の周囲に出鱈目に残弾を叩き込み床に無為な瑕を刻む。
「ちゃんと話をすれば『悪いようにはしない』」
左織は到底、『信用ならない笑顔』で男を見ながら、手元を滑らかに操作して空薬莢を全て捨てて、新しい弾薬をスピードローダーで押し込んだ。
凍てつくような無感情な声だけを残し、左織はシリンダーを押し戻す。
空になった7つの薬莢が、コンクリートの上で乾いた音を立てて弾ける。
静かになりつつある、『苦悶の息が一つずつ消えていく空間』で、静寂を完成させた。
「さあ、答えて。あんたの直の上司と話がしたいのだけど?」
彼我の距離、4m。
これ以上は近付かない。
辺りの死体同然の重傷者が息を吹き返す可能性や、重症の標的の男が思わぬ反撃をする可能性を捨てなかったからだ。最悪の窮地で、退路を断たれた人間の思考と行動力は変数の塊なので、左織の実力では判断できない。
左織の『話の分かる大人の顔』の陰にあどけない顔が少しだけ浮かぶ。それと対比して氷のような冷徹な笑みが浮かんでいる。ニュアンス不明の笑顔。左織の表情にグラデーションはない。無機質か『笑顔』か、しかない。少なくともこの山荘に来てからは、表情筋が固まったままだ。
山荘の中には、意識を失い、あるいは痛みでのたうち回る男たちが残されていた。『死人は割と少ない。』
だが、彼らは二度と、この情報屋を裏切ろうとは考えないだろう。
右手に風穴を開けられた男は失禁しながら、質問した内容と訊きたかった情報を、壊れたおもちゃのように『歌った』。そして、息を引き取った。額に風穴を開けるまでもなかった。
ワイリーXのタクティカルグラスを剥ぎ取る。
左織は夜風に当たりながら、包装を剥いた、新しいハーフコロナを銜え、掌で風防を作りながら先端に愛用のジッポーで火を灯し、紫煙を大きく吐き出した。
「……さて、どう戻ろうか」
予想通りに雨が上がってから気温は冷え込みつつあった。
山荘のバルコニーから、くだらない下界を見下ろす眼で、山荘の敷地に通じる道路や駐車場を見ながら、銜え葉巻のまま腕を組み、顎を掻いた。
327フェデラルマグナムの銃声が吠える度に、案山子でも撃っているかのように立派な体躯をした、自動拳銃を携えた男たちが崩れる。
振り返り、銃を構える者や逸早く何かしらの行動を起こそうとした者から、それが攻撃であっても逃避であっても錯乱であっても『黙らせていく』。
増援の到着に気が緩み切った男と、背中を向けたままの増援の5人。
直線距離10m。幅1.2m。高さ1.8m。
男たちは、阿鼻叫喚の口の形に動いていたが、それから発せられる絶叫は銃声にかき消される。
一人、また一人と、重力に従う人形のように、汚れた床へ膝を突いていく。
床に赤い液体が広がる。
これだけの人数の出血量ともなると見た目の悍ましさだけなく、硝煙と新鮮な血の匂いが混じって、地下室特有の湿気の匂いを一瞬で押し返してしまう。
全員が無傷で居られず、尚且つ無力化されたのを確認してから、ルガーGP100のクレーンラッチを押し込んでシリンダーを開放し、銃口を下に向けてエジェクターロッドを左人差し指で押し上げる。歯車のようなエジェクターが7つの薬莢の尻を迫り上げて、撃発済みの5個の空薬莢を捨てて、新しい実包を注ぎ足す。
チャリン、と硬質な真鍮が重なり合い、熱を帯びた327フェデラルマグナムの空薬莢がコンクリートの床で高く跳ねる。
鼓膜を鍼で刺すような静寂を鋭く裂く金属音の礫は、乾いた床を転がり、冷え切った余韻だけを残した。男たちの苦悶の声を薄れさせるには全く不十分だったが……。
左織は、かつて自分を生贄に捧げた男と、目が合った。……良かった! 生きている。
誰かの体を貫通した327フェデラルマグナムの弾頭なのでかなり威力を削がれているらしく、致命傷には至っていない。
十分に口が利ける程度の負傷だ。見たところ、粉砕骨折により肋骨と粉砕され肺挫傷手前の負傷のようだ。放置しておけば血気胸か肺裂創か外傷性ショックでほどなく重体に落ちるだろうが、『今すぐではない』。
男の瞳の中で、救いへの期待が、純度の高い絶望へと書き換えられていく。
この男が8人の男たちの暫定的なリーダー格だ。
この男に上司の居所を吐かせて、さっさとこの場から撤退したい。
男の顔の変化を左織は顕微鏡で覗き込むような目で見つめていた。哀願と焦燥と恐怖の色が交互に浮き出る。粒のような大きな汗の珠を額に浮かべ、床で尻餅をついて立ち上がれないでいる。右胸は出血で真っ赤だ。辺りには被弾時の血飛沫が生々しく描かれている。
その男に、右手だけで保持したルガーGP100の銃口を向ける。
妙な動きをしたら即座に撃つ。
辺りの連中は胸部や腹部や頸部などに被弾しており、救急救命と救命処置が間に合えば十分に助かる。救急に要請するだけの元気がある人間が、左織以外にこの場に居ればの話だが。
腰を抜かしたように座り込んだ男の右手にはSIGザウエルP226のコピーと思しき大型自動拳銃が握られていたが、男の目は感情が伺い知れない左織の双眸に呑み込まれており、蛇に睨まれた蛙の如く微動だにしなかった。
できなかった。
それだけの重傷を負っていながら、床に寝ころばないだけの意地を見せているのは、恐怖に対する抵抗なのか、左織に対する抗戦のポーズなのか。
……それは、ない。
視線の彷徨、瞳孔の散大、鼻翼呼吸、掠れた吐息、眉間のΩ(オメガ)型の強張り、爪先と踵の細かな動き。……根源的恐怖と直面した人間特有の仕草と表情。
男は心を折られていた。
左織よりも早く行動を起こせば、左織に銃を向けて発砲できるはず。それができなかった。負傷のせいもある。左織の視線のせいもある。増援が呆気なく倒された絶望感もある。
小さな銃口の向こうにある左織の非人間的な生気の瞳に縫い付けられ、動けないのだ。
男の脳は「直ぐに銃を撃てば助かる」と分かっていても、左織の瞳という強力な『異質な存在』に意識を強制的に誘導されている。
逃げ道や反撃の選択肢は目の前にあるのに、彼女の視線が放つ高圧的な「こっちを見ろ」という無言の恫喝が、男の思考を一本道に絞り込ませる。……これが男が『心を折られていた』と自覚している状態だ。
自由な判断を奪うのではなく、まるで背中を優しく、しかし抗いようのない力で押すように、男は自ら「動かない」という選択肢へ吸い寄せられていく……。
思考の動線に小さく置かれた視線という仕掛けが、男の行動を完全に支配してしまう。
歩みを始め、男に近づく左織。
途中こちらに銃口を向けようとした、重傷の男の健闘を讃えることなく、無造作に、反撃を試みた重傷の男の額に小さな口径のマグナム弾を叩き込み、脳漿の破片と血液を辺り一面にまき散らした。
リボルバーのシリンダーから、熱を帯びた硝煙が細く立ち昇る。
完全に怯えて戦意を喪失した中年の男の床に突く右手の甲に一発叩き込む。手首の破片の一部が飛び散る。
一過性の乖離を始めた男に近づきながら、漸く、本懐の質問をぶつける。
「……さて。あんたの直の上司と話をしたいのだけど?」
一過性の度が過ぎたのか、痴呆にかかったように涎を垂らし始めた男の意識を繋ぎ止めるために、男の周囲に出鱈目に残弾を叩き込み床に無為な瑕を刻む。
「ちゃんと話をすれば『悪いようにはしない』」
左織は到底、『信用ならない笑顔』で男を見ながら、手元を滑らかに操作して空薬莢を全て捨てて、新しい弾薬をスピードローダーで押し込んだ。
凍てつくような無感情な声だけを残し、左織はシリンダーを押し戻す。
空になった7つの薬莢が、コンクリートの上で乾いた音を立てて弾ける。
静かになりつつある、『苦悶の息が一つずつ消えていく空間』で、静寂を完成させた。
「さあ、答えて。あんたの直の上司と話がしたいのだけど?」
彼我の距離、4m。
これ以上は近付かない。
辺りの死体同然の重傷者が息を吹き返す可能性や、重症の標的の男が思わぬ反撃をする可能性を捨てなかったからだ。最悪の窮地で、退路を断たれた人間の思考と行動力は変数の塊なので、左織の実力では判断できない。
左織の『話の分かる大人の顔』の陰にあどけない顔が少しだけ浮かぶ。それと対比して氷のような冷徹な笑みが浮かんでいる。ニュアンス不明の笑顔。左織の表情にグラデーションはない。無機質か『笑顔』か、しかない。少なくともこの山荘に来てからは、表情筋が固まったままだ。
山荘の中には、意識を失い、あるいは痛みでのたうち回る男たちが残されていた。『死人は割と少ない。』
だが、彼らは二度と、この情報屋を裏切ろうとは考えないだろう。
右手に風穴を開けられた男は失禁しながら、質問した内容と訊きたかった情報を、壊れたおもちゃのように『歌った』。そして、息を引き取った。額に風穴を開けるまでもなかった。
ワイリーXのタクティカルグラスを剥ぎ取る。
左織は夜風に当たりながら、包装を剥いた、新しいハーフコロナを銜え、掌で風防を作りながら先端に愛用のジッポーで火を灯し、紫煙を大きく吐き出した。
「……さて、どう戻ろうか」
予想通りに雨が上がってから気温は冷え込みつつあった。
山荘のバルコニーから、くだらない下界を見下ろす眼で、山荘の敷地に通じる道路や駐車場を見ながら、銜え葉巻のまま腕を組み、顎を掻いた。
