歪んだ弾道
――――なんだろう?
涼子は右手に視線を落とす。その視線の向こうには額に小さな孔が開いた男の凄惨な死に顔が有ったが、どこにでもある風景のように無関心だった。関心が有るのは動かなくなったブローニング自動拳銃。
作動不良の中でも排莢不良と呼ばれる類の不調をきたしたらしい。
曾祖父が軍隊で使っていた骨董品の拳銃と100年以上前に作られたと思われる実包。それらを機械油と錆落とし液で磨いただけで動画サイト説明していたような、『分解して清掃』という真似事すらしていない。少し前にこの拳銃を手に入れた時に夜の海に向かって、二発発砲して、二発とも発砲できたので何も問題に思わなかった。
沈黙したままのブローニングをどうした物かと考えながら、辺りを見回す。
相変わらず光源に乏しい空間。自分たちが舞い上げた塵埃に黴臭さが混じる。窓から差し込む心許ない光源が最初に視界から排除した、神崎に酷似した男が目に入る。
相変わらず、大の字で寝転がったまま怠惰に天井をあおいでいるようだった。人の気も知らないでいい気なものだ。こいつを脅して神崎の居場所を聞こう。
涼子は腹部に開いた小さな弾痕から走る激痛が段々と強くなってきているのに、顔をしかめた程度で。気にも止めていない。遊離してしまった彼女自身は、彼女自身の世界の主が、彼女ではなくなったようだ。
自分が左腕上腕部と腹部を銃弾で負傷した要救護者である自覚がない。
「ああ、そう言えば」
――――今……何発撃ったっけ?
自分が握る拳銃にはあと何発の実包が詰まっているのか今頃になってようやく思い出した。『てっきり百発くらいタマが詰まっているかのような心強さを勝手に抱いていた』。
立ち尽くしていても何も始まらないので、爪先を神崎に酷似した男が倒れる場所へと向けた。
歩きながら、空薬莢という物を噛みこんだ孔――排莢孔――を見て眉の端を落とす。
引き金を引いても何も動かない。もう使えないのか? 修理が必要なのか? 拳銃とはこういうものなのか?
あまり困っていなさそうな困り顔で、涼子は弾倉を引き抜いた。何もなくとも残弾三発を装填しなければ。
ジャケットにむき出しのまま放り込んでいた三十二口径の実包を、斜め上方から押し込むように空の弾倉に力任せに装弾していく。装弾するたびに金属の弾倉が軋んだ音を立てる。それはブローニングが、もう自分は働けないとでも言わんばかりの泣き言のように聞こえた。
弾倉への装弾には慣れている。少なくとも発砲よりは慣れている。
ブローニング自動拳銃を手に入れた時に、真っ先に行ったのが、弾倉を抜いて実包を抜き、再び実包を装弾することだった。涼子とて、白痴ではない。銃は実包があってこその代物だと理解している。銃を発見した当時は十二発もあったが今はたったの三発。
不思議と心細さは感じなかった。
初めての鉄火場で、初めて人を撃ち、初めて本懐を遂げた満足感と多幸感が彼女のドーパミンが自己肯定感の増強と自己効力感の強化に貢献していた。
自分は何でもできる。偉大な存在である。
何者も止められない。何者でも倒す事ができる。
残弾の全てを装弾した弾倉を銃把の底部から押し込んで、弾倉受けのボタンを指で戻す。この部分にはバネが仕込まれているらしいが、手入れされていない百年以上前の骨董品ゆえに、機械油を差しても機能することは無く、指で弾倉受けを押したり戻したりしなければ、弾倉が抜け落ちてしまう。
弾倉を差し込んでから無意識にスライドを力強く引く。
「あ……」
思わず小さな声が出た。
排莢孔で斜めに噛みこんでいた空薬莢が小さな甲高い音を立てて掻き出されて床に転がった。
「なーんだ……」
――――最初からこうすればよかったんじゃない。
涼子は相棒に関しての知識を自力で拾った事で、更に賢くなったと錯覚した。人間は自力で成し遂げた事を過大評価する傾向にある。今の彼女は様々な幸運に助けられているだけの小さな存在であるのにもかかわらず、全て自力で為した優れた人間であるという誇大性を抱いているので、何を行っても、解釈しても、知覚しても、「それは私の実力だから」と自分を誇大化し、自分以外を矮小化している。……排莢不良を解消できたのは自分が天才だから。
涼子は右手に視線を落とす。その視線の向こうには額に小さな孔が開いた男の凄惨な死に顔が有ったが、どこにでもある風景のように無関心だった。関心が有るのは動かなくなったブローニング自動拳銃。
作動不良の中でも排莢不良と呼ばれる類の不調をきたしたらしい。
曾祖父が軍隊で使っていた骨董品の拳銃と100年以上前に作られたと思われる実包。それらを機械油と錆落とし液で磨いただけで動画サイト説明していたような、『分解して清掃』という真似事すらしていない。少し前にこの拳銃を手に入れた時に夜の海に向かって、二発発砲して、二発とも発砲できたので何も問題に思わなかった。
沈黙したままのブローニングをどうした物かと考えながら、辺りを見回す。
相変わらず光源に乏しい空間。自分たちが舞い上げた塵埃に黴臭さが混じる。窓から差し込む心許ない光源が最初に視界から排除した、神崎に酷似した男が目に入る。
相変わらず、大の字で寝転がったまま怠惰に天井をあおいでいるようだった。人の気も知らないでいい気なものだ。こいつを脅して神崎の居場所を聞こう。
涼子は腹部に開いた小さな弾痕から走る激痛が段々と強くなってきているのに、顔をしかめた程度で。気にも止めていない。遊離してしまった彼女自身は、彼女自身の世界の主が、彼女ではなくなったようだ。
自分が左腕上腕部と腹部を銃弾で負傷した要救護者である自覚がない。
「ああ、そう言えば」
――――今……何発撃ったっけ?
自分が握る拳銃にはあと何発の実包が詰まっているのか今頃になってようやく思い出した。『てっきり百発くらいタマが詰まっているかのような心強さを勝手に抱いていた』。
立ち尽くしていても何も始まらないので、爪先を神崎に酷似した男が倒れる場所へと向けた。
歩きながら、空薬莢という物を噛みこんだ孔――排莢孔――を見て眉の端を落とす。
引き金を引いても何も動かない。もう使えないのか? 修理が必要なのか? 拳銃とはこういうものなのか?
あまり困っていなさそうな困り顔で、涼子は弾倉を引き抜いた。何もなくとも残弾三発を装填しなければ。
ジャケットにむき出しのまま放り込んでいた三十二口径の実包を、斜め上方から押し込むように空の弾倉に力任せに装弾していく。装弾するたびに金属の弾倉が軋んだ音を立てる。それはブローニングが、もう自分は働けないとでも言わんばかりの泣き言のように聞こえた。
弾倉への装弾には慣れている。少なくとも発砲よりは慣れている。
ブローニング自動拳銃を手に入れた時に、真っ先に行ったのが、弾倉を抜いて実包を抜き、再び実包を装弾することだった。涼子とて、白痴ではない。銃は実包があってこその代物だと理解している。銃を発見した当時は十二発もあったが今はたったの三発。
不思議と心細さは感じなかった。
初めての鉄火場で、初めて人を撃ち、初めて本懐を遂げた満足感と多幸感が彼女のドーパミンが自己肯定感の増強と自己効力感の強化に貢献していた。
自分は何でもできる。偉大な存在である。
何者も止められない。何者でも倒す事ができる。
残弾の全てを装弾した弾倉を銃把の底部から押し込んで、弾倉受けのボタンを指で戻す。この部分にはバネが仕込まれているらしいが、手入れされていない百年以上前の骨董品ゆえに、機械油を差しても機能することは無く、指で弾倉受けを押したり戻したりしなければ、弾倉が抜け落ちてしまう。
弾倉を差し込んでから無意識にスライドを力強く引く。
「あ……」
思わず小さな声が出た。
排莢孔で斜めに噛みこんでいた空薬莢が小さな甲高い音を立てて掻き出されて床に転がった。
「なーんだ……」
――――最初からこうすればよかったんじゃない。
涼子は相棒に関しての知識を自力で拾った事で、更に賢くなったと錯覚した。人間は自力で成し遂げた事を過大評価する傾向にある。今の彼女は様々な幸運に助けられているだけの小さな存在であるのにもかかわらず、全て自力で為した優れた人間であるという誇大性を抱いているので、何を行っても、解釈しても、知覚しても、「それは私の実力だから」と自分を誇大化し、自分以外を矮小化している。……排莢不良を解消できたのは自分が天才だから。
