歪んだ弾道

「さて」
 懐中拳銃の男が本当に沈黙したのを視認すると、おどけるように肩をすくめた涼子は気を改めて、ブローニングの銃口を再び、ゆっくり走らせて神崎の顔に向けた。
 残弾二発。
 出来るものなら残弾どころか当初の十発全てを神崎の顔面に叩き込みたかった。
 無い物は仕方がない。二発で我慢しよう。
 待っていた、この時。この時の為に今まで生きてきた。逃亡生活を続けて一か月ほどしか経過していない。感覚的には十年以上追跡していた気分だ。
 乾いた唇を舌で湿らせて、心の中でサヨナラと言い、呟くようにクソ野郎と罵った。
 銃声。
 軽い銃声。そして反動。
 神崎の額に小さな孔がぽつんと開く。
 脳内の急上昇した圧力で、小さな穴から内部の組織がはみ出て、後頭部の血液に小さな波紋が広がった。
 続けて引き金を引く。
「?」

――――あれ?

 引き金を引いたのに、銃声がしない。反動を感じない。撃針とか言う部分が薬莢の雷管という部分を叩いた音は確かに聞こえた。
「……また?」
 装弾数は間違えていない。空薬莢は噛んでいない。引き金はちゃんと引けた。
 なのに撃発という作用が発生しない。
「もー、これだから骨董品はー」
 涼子はうんともすんとも言わないブローニングの銃口を除いた。薄暗い空間なので銃口の向こうがどうなっているのか全く見えない。
 左目を閉じて右目を大きく見開き、銃口を覗く。この奥に何か詰まっているのだろうか?
 次の瞬間。
 銃声。
 彼女が引き金を引いたのでない。
 遅延発火が発生したのだ。
 遅延発火とは雷管の打撃不良や雷管の発火不良などで、即座に発火せず、数秒後に引火して一気に爆発する『事故』だ。
 涼子の右目を貫通したフルメタルジャケットの三十二口径の弾頭は彼女の脳内を直進して脳幹を破壊して更に突き進み、後頭部の薄い頭蓋骨を叩き割り、赤い糸を引いて貫通した。
 涼子は自身に何が起きたのかも全く理解しないまま絶命した。
 首を不自然に後方へ直角に折って、膝からその場に糸を切った人形のように崩れ落ちた。
 仰向けに倒れ、何が起きたのか全く分かっていない表情のまま、右目の洞が虚空を見つめていた。
 ブローニングは冷たく転がっていた。

 遥か遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきたが、今ではもうどうでもいい事だった。

 ※ ※ ※

 涼子が死亡したと警察内部に潜ませた内通者からの連絡を聞き、すぐに自分の主へと電話をする。
「私です……はい。これで問題は解消しました。関係者が一名逃げたようですが、すぐに『手配』します。まだ社内には神崎の『身内』が居るようです。……仰られる通り、予想通りに神崎は情報を横流ししていた事実が判明しましたし、神崎のオンナに握らせた偽物が……ええ、まあ、そうですが。神崎の美咲とかいうオンナが我々の仕組んだ偽物で神崎を糾弾して『法的に晒して』くれるものかと思っていましたが、美咲とかいうオンナは勘が良かったようで……報道では名前はまだ公開されていませんが、渉外2課の……高城涼子が……はい、うちの一般社員です。高城が『神崎のオンナ』とどういう関係であったのかは分かりませんが、『始末』をつけてくれました」
 何度か頷き、相槌を打つ。
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