昏いうた

 どう考えても一撃で一網打尽にする展開は期待できない。
 今できることを、できる範囲で確実に終了させるのが最適解だと認識した。
 S&W M10 FBIのグリップを握り、階下に集まりつつある足音を耳で数える。足音を消そうともしない。気配を撹乱させようともしない。『プロと素人あがり』が混じった足音が聞こえる。
 推定で八人。
 全員が武装をしていると大前提に付け加えてある。そして、伏兵も勿論考慮する。『集まりつつある推定八人が全戦力だとは最初から思っていない』。……自分が戦力を与った指揮官なら、必ず伏兵や別働隊を組織して反対側や迂回路に伏せさせる。その場合も少数精鋭で編成し、短時間でカタがつくように時刻合わせも行うだろう。
「……」
 表情のない顔をしている巴。
 彼女は何の感慨も浮かべない顔で引き金を引いた。階下へ向かって。不用心に遮蔽から飛び出してきた鯔背な二人の若者に向かって。
 2発発砲。ダブルタップではない。
 充分に狙ったつもりだ。
 違わず、それぞれの弾頭は三下の空気をまとった若者二人の腹部を捉え、その場にて無力化させる。一時間以内に救急救命が間に合えば充分に助かる。38spl+Pのソフトポイントの停止力は大したものだが、侵徹は低いので体内の重要器官を傷つける可能性が『割と』低い。暫くは不自由するだろうが命に別状はない。……仲間がすぐに救急車を呼んでくれればの話だが。 
 その銃撃にたじろいだ後続は、急ブレーキをかけて柱や窓際などの遮蔽に飛び込んで頭を抱える。その挙動を見て理解した。答え合わせができた。
 
────『別』にいるな。

 ここにいるのはその他大勢。準主力以下の戦力。
 辛うじて連携を取る訓練だけは受けている連中。人材の枯渇なのか、鉄火場要員として教育に充てる時間がないのか。
 明らかに、陽動だ。
 巴はきびすを返し、階段から離れつつ、牽制の意味を込めた残弾を全て吐き散らす。
 38splのリボルバーでもその銃声が連なると、狭い空間では爆発音のように反響し、銃声が長く廊下に轟いた。
 巴が既に廊下に向かって走り出しながら再装填をしていると、思い出したように背後で激しい銃撃の音声が吠え立てる。
 襲撃者の巴の姿が見えなくなってから、いくら威勢のいい銃声で吠えても、その銃弾は無為に壁に穴を開けるだけで弾薬のムダだった。虚しくやかましいだけの銃声が、巴の背後で鳴り響く。
 巴は特に表情を変えない。否、アンヘドニアであるかのように表情を持ち合わせていなかった。
 巴には……彼女の脳内の見取り図には次々と『相手にするべき敵』『警戒すべきポイント』『妨げられると困る要衝』などが投影されていく。
 新しいスピードローダーを抜き出し、左手の小指と薬指間に挟む。
 無性にシガリロが吸いたかったが、鉄の意志で我慢する。喉は渇き、耳鳴りはやかましく、喉に異物感を覚える。拍動が五月蝿い。
 『扁桃体への命令と扁桃体からの命令』。
 不安や緊張は脳にとっては快か不快かで言えば明らかに不快で、人間の脳は生まれてから死ぬまで不快を避けることだけを考えて機能している。
 その脳の忠実な指令を請け負うのが扁桃体だ。HPA系が感じた刺激を即座にコルチーゾルの分泌を促し、それを感知した扁桃体がノルアドレナリンとアドレナリンを分泌させて、自律神経を一時的に交感神経優位に切り替える。
 その結果、急激な自律神経の切り替えに対応できなくなった神経細胞は副交感神経を通じて心身症として不快な症状を表す。
 巴は頭脳がクールに冴え渡るのと引き換えに、様々な情報の選択を経験から培ったバイアスで選んで、『自分で思う最適解』を遂行すべく、足を進める。
 体は不快だが、頭は冷徹。
 適度な負担は最高のパフォーマンスを発揮する──ヤーキーズ・ドットソンの法則──が、今の彼女がまさにそれだ。
「!」
 左手側、柱の遮蔽の角から突き出された短ドスを蝿でも払うかのように左掌の甲ではたき落とし、その人物の顔を見るや否や、巴は腹の辺りでS&W M10 FBIの引き金を引いた。
 乾いた銃声が壁や天井に染み込む。
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