昏いうた
巴はフィットを建物の駐車場を一廻りして駐車場や其処に通じるまともな通路や道路を観察し、頭に叩き込む。
いずれの道も廃材やガラクタが散乱している。暴走族や浮浪者のたまり場として、また心霊スポットを撮影しにきた動画撮影者などによって無秩序に『まともに走れそうな道は』荒らされている。
駐車場からやや離れた、屋根付き駐輪場付近の裏手にフィットを滑り込ませるように隠した。ここへ至るまでの道以外を走れば、釘でも踏み抜いてパンクしそうな道ばかりだった。
巴は静かに車を降りた。
気がつけば腕や手首や頬に細かなかすり傷がたくさんできていた。
国道でイングラムの洗礼を受けた折にフロントガラスの端の一部に穴を開けられたが、その時の破片が予想以上に車内に広範囲に散らばって肌を浅く切り裂いていたらしい。ガラスの破片が目に飛び込んでいたらと思うと背筋が冷たくなる。
体は既に倦怠感を訴えていた。認知力の低下を自覚する。イメージ的には満身創痍だった。まさか連中が朝のラッシュが始まる前の一般道のど真ん中で短機関銃をブッ放すとは思わなかった。短機関銃──イングラム──の使い手はS&W M10 FBIで無力化させたものの、それで危機が去ったわけではない。
最大の危機は、『この仕事が終わったら火消しに莫大な金を投じなければ手が後ろに回る』ということだ。
朝の早い時間にカタギの目がある場所での銃撃戦とカーチェイス。……これを完全に火消しするのは不可能だ。巴の頭の中では新しい仕事への転職プランが組み立てられている。暫くは【運び屋】の仕事は無理だろう。
そんな事を考えながら、愛車の傍でS&W M10 FBIのシリンダーを開き、イングラムの使い手を黙らせた時に消費した2個の空薬莢を爪で掻き出して、新しいバラ弾を2発、落とし込む。シリンダーを押し込む。ラッチが噛み合う心地よい音と感触。
装填しているのはスピアー社のゴールドドット・ショートバレル38spl+Pだ。名前の通りに短銃身で最高のパフォーマンスを発揮するように設計された弾薬だ。弾頭はソフトポイント。スペック的にはローベロシティの9mmパラベラムに相当する。
確実な停止力を提供して相手を死に至らしめるのが目的ではない。負傷させて無力化や戦線離脱、戦意喪失させることだけを考えている。
怪我人が傷が回復してその後にお礼参りに来るというのは実は割と例が少ない。
【運び屋】も殺し屋も情報屋も、荒事を生業にしているが、それはクライアントが居てこそ成り立つ職業で、【運び屋】も殺し屋も情報屋もただの末端なのだ。
それ以外の裏の世界で生きている人間の殆どは、その場限りの契約で雇われた末端なので、末端をいくら痛めつけても依頼人とは直接の関係がないので命を奪われるほど恨まれることは少ない。
それを鑑みれば、相手を殺害しても割に合わない。
昨今では何処の組織も人材不足なので人を尾行追跡するにしても、専門の探偵や『情報屋に情報を提供する、現場で情報を集める情報屋』を雇い、歩合制で契約しているほどだ。
かつての巨大組織の数々も、現在では法整備と摘発強化が進んで弱体化の一方だ。シノギを削ろうにもシノギのアテが無い。無い袖は振れない。
そうなれば構成員を増やしても食い扶持を確保できないし、構成員を増やす資金すら調達できない。……最早、『巨大な組織』という大きな看板は形骸化しつつあり、ベンチャー企業のような小規模の組織が外国の組織との連携で頭角を現し、旧態依然とした、伝統と格式のある巨大組織の常盤を崩しつつある。
巴としては今現在が裏の世界の、ある種の過渡期の後端だと思っている。しがみつくか、転職するか、足を洗うか。……今の時期なら、一昔前は不可能だと言われていた足抜けが十分に可能だ。
まだまだ巴の意識はしっかりと覚醒していた。
急展開にアドレナリンとノルアドレナリンが分泌されてその反動で一時的に倦怠感を覚えているだけだ。アドレナリンもノルアドレナリンも覚醒作用と鎮痛作用を持つので、心身の苦痛を一時的に切り離してしまうのだ。
……まだこれらの扁桃体の命令によって分泌される脳内物質が作動しているうちは大丈夫だ。
これらが長期間に渡って分泌され続けると、所謂、脳疲労や過集中に陥り、適応障害、抑うつへと進み、それでも無理をするとうつ病を発症する。
うつ病はセロトニンの枯渇ではなく、ノルアドレナリンなどの枯渇が原因なのだ。結果としてセロトニンの分泌が上手く働かなくなり、傍目にはうつ病患者はセロトニン不足の症状を訴えるので、「うつ病はセロトニンが枯渇している」と思われている。
靴の爪先をホテルへ向ける。
いずれの道も廃材やガラクタが散乱している。暴走族や浮浪者のたまり場として、また心霊スポットを撮影しにきた動画撮影者などによって無秩序に『まともに走れそうな道は』荒らされている。
駐車場からやや離れた、屋根付き駐輪場付近の裏手にフィットを滑り込ませるように隠した。ここへ至るまでの道以外を走れば、釘でも踏み抜いてパンクしそうな道ばかりだった。
巴は静かに車を降りた。
気がつけば腕や手首や頬に細かなかすり傷がたくさんできていた。
国道でイングラムの洗礼を受けた折にフロントガラスの端の一部に穴を開けられたが、その時の破片が予想以上に車内に広範囲に散らばって肌を浅く切り裂いていたらしい。ガラスの破片が目に飛び込んでいたらと思うと背筋が冷たくなる。
体は既に倦怠感を訴えていた。認知力の低下を自覚する。イメージ的には満身創痍だった。まさか連中が朝のラッシュが始まる前の一般道のど真ん中で短機関銃をブッ放すとは思わなかった。短機関銃──イングラム──の使い手はS&W M10 FBIで無力化させたものの、それで危機が去ったわけではない。
最大の危機は、『この仕事が終わったら火消しに莫大な金を投じなければ手が後ろに回る』ということだ。
朝の早い時間にカタギの目がある場所での銃撃戦とカーチェイス。……これを完全に火消しするのは不可能だ。巴の頭の中では新しい仕事への転職プランが組み立てられている。暫くは【運び屋】の仕事は無理だろう。
そんな事を考えながら、愛車の傍でS&W M10 FBIのシリンダーを開き、イングラムの使い手を黙らせた時に消費した2個の空薬莢を爪で掻き出して、新しいバラ弾を2発、落とし込む。シリンダーを押し込む。ラッチが噛み合う心地よい音と感触。
装填しているのはスピアー社のゴールドドット・ショートバレル38spl+Pだ。名前の通りに短銃身で最高のパフォーマンスを発揮するように設計された弾薬だ。弾頭はソフトポイント。スペック的にはローベロシティの9mmパラベラムに相当する。
確実な停止力を提供して相手を死に至らしめるのが目的ではない。負傷させて無力化や戦線離脱、戦意喪失させることだけを考えている。
怪我人が傷が回復してその後にお礼参りに来るというのは実は割と例が少ない。
【運び屋】も殺し屋も情報屋も、荒事を生業にしているが、それはクライアントが居てこそ成り立つ職業で、【運び屋】も殺し屋も情報屋もただの末端なのだ。
それ以外の裏の世界で生きている人間の殆どは、その場限りの契約で雇われた末端なので、末端をいくら痛めつけても依頼人とは直接の関係がないので命を奪われるほど恨まれることは少ない。
それを鑑みれば、相手を殺害しても割に合わない。
昨今では何処の組織も人材不足なので人を尾行追跡するにしても、専門の探偵や『情報屋に情報を提供する、現場で情報を集める情報屋』を雇い、歩合制で契約しているほどだ。
かつての巨大組織の数々も、現在では法整備と摘発強化が進んで弱体化の一方だ。シノギを削ろうにもシノギのアテが無い。無い袖は振れない。
そうなれば構成員を増やしても食い扶持を確保できないし、構成員を増やす資金すら調達できない。……最早、『巨大な組織』という大きな看板は形骸化しつつあり、ベンチャー企業のような小規模の組織が外国の組織との連携で頭角を現し、旧態依然とした、伝統と格式のある巨大組織の常盤を崩しつつある。
巴としては今現在が裏の世界の、ある種の過渡期の後端だと思っている。しがみつくか、転職するか、足を洗うか。……今の時期なら、一昔前は不可能だと言われていた足抜けが十分に可能だ。
まだまだ巴の意識はしっかりと覚醒していた。
急展開にアドレナリンとノルアドレナリンが分泌されてその反動で一時的に倦怠感を覚えているだけだ。アドレナリンもノルアドレナリンも覚醒作用と鎮痛作用を持つので、心身の苦痛を一時的に切り離してしまうのだ。
……まだこれらの扁桃体の命令によって分泌される脳内物質が作動しているうちは大丈夫だ。
これらが長期間に渡って分泌され続けると、所謂、脳疲労や過集中に陥り、適応障害、抑うつへと進み、それでも無理をするとうつ病を発症する。
うつ病はセロトニンの枯渇ではなく、ノルアドレナリンなどの枯渇が原因なのだ。結果としてセロトニンの分泌が上手く働かなくなり、傍目にはうつ病患者はセロトニン不足の症状を訴えるので、「うつ病はセロトニンが枯渇している」と思われている。
靴の爪先をホテルへ向ける。
