昏いうた
鉄火場になる前に抜いておく。火蓋が切られると、シートベルトが邪魔で銃が抜きにくいからだ。カーチェイスでは基本的にバディが居ないと銃撃戦は不利なのだ。
都市部を抜け、高速道路に乗ると、追跡車は2台に増えた。1台は黒いセダン、もう1台は黒いワンボックスだ。
2台は巴の車を挟み込むようにして、速度を上げる。
「来たか……」
巴は呟き、シガリロをカップホルダーの灰皿に押し込むように捨てた。
彼女の中の『幼い彼女』は正義の味方でありたいと願っていたが、今は『大人の彼女』がプロとしての矜持を保っていた。
依頼されたものは、何があっても届けなければならない。この業界は信用が看板だ。今の仕事が名刺となって次の仕事に繋がる。
黒いセダンが巴の車に横付けした。助手席の窓が開き、男がサプレッサー付きのイングラムを構えているのが見える。
ヒュッと喉を鳴らした巴はハンドルを切り、セダンとの距離を離そうとする。しかし、黒いワンボックスが巴の背後から迫り、道を塞いだ!
巴はS&W M10 FBIを握り締め、窓を大きく開ける。こちらから先制を仕掛けて隙間を無理にこじ開けようと目論む。
「!!」
巴、急ブレーキ。イングラムの発砲音と同時に、巴の車のフロントガラスの端にヒビが入った。最初の一連射の洗礼を負傷せず回避。巴は身をかがめ、ハンドルを切りながら反撃に出る。S&W M10 FBIの銃口をセダンに向け、引き金を引いた。
街中での発砲ではなく、運転しながらの発砲は38口径の銃声が酷く頼りなく聞こえた。
1発。2発。巴の放った弾丸は、セダンの助手席の男の肩と腕に命中した。男は悲鳴を上げ、イングラムを道路へと落とす。しかし、今度はワンボックスの男が窓から身を乗り出し、ARクローンと思われるアサルトライフルを構えた。流石に急激に顔が青ざめる巴。
巴は再びハンドルを切り、ワンボックスの車体にフィットの側面をぶつけた。火花が散り、両者の車体が大きく揺れる。
その隙に、巴はアクセルを全力で踏み込み、ワンボックスとの距離を一気に引き離すのに成功した。
アサルトライフルは結局、発砲することはなかった。
恐らく一連の銃撃戦とカーチェスは衆人環視により、拡散されているだろう。これからは営業が難しくなる。何より、人の目が多い時間帯でも構わずに短機関銃をブッ放す思い切りの良さが連鎖的に悪い予感を呼び込む。
全くの無辜の第三者が多数走る道路で短機関銃を撃ち、体当たりを敢行してくるのは、三下の間違えた判断だとは思えない。
国道を逸れ、山間部の道をひたすら走り、巴は『追跡を撒くための目的地』である廃墟のリゾートホテルにたどり着いた。本当の目的地に得体の知れない連中を連れて行くわけにはいかない。
ここへ来るまでに銃撃こそなかったが、追跡を警戒して、走る必要のない国道や一般道を出鱈目に走ってきた。その出鱈目に付き合う車の影は目視の限りでは確認できなかった。……だが、『目視できていないだけだ』。必ずつけている。
呼吸が短く浅い。
アドレナリンが沸騰している。
喉が渇く。視野狭窄気味。腋に脂っぽい汗をかいているのか、嫌な匂いがした。唇を何度も舐める。
アドレナリンは闘争と興奮を司るホルモンだ。似た名前のノルアドレナリンと違い、アドレナリンはフィジカルの制御に主に関与する。ノルアドレナリンは脳内での決断を迫る脳内物質だが、アドレナリンはノルアドレナリンに呼応するように体を戦闘モードへシフトさせる働きをする。
沢山の酸素が必要だから呼吸が浅く短く早い。血圧が上がり、拍動も増える。血中には負傷に備えて血小板が分泌される。人間が物理的に戦う時に必要なものを揃える働きをするのだ。
中規模のホテルは山の斜面に建っており、廃墟らしい不気味な雰囲気を醸し出している。かつては賑わいを見せたのだろう……という雰囲気が感じられない。
それもそのはずで国が保養所として取り敢えず作った、所謂『箱物』だ。交通の利便性やアクセスのサポートなどは殆ど考慮されていない、その上、観光にしても立地が悪く、山の中を計画通りに取り敢えず拓き、見た目がリゾートホテルであるだけの無用の長物なのだ。
今ではその無用の長物の成れの果てである廃墟のホテルは心霊スポットさながらで、殆ど全ての窓ガラスは割れるかヒビが入り、外観の壁自体も塗装が崩落し、周辺には雑草が背丈に届くほど覆い茂っていた。
都市部を抜け、高速道路に乗ると、追跡車は2台に増えた。1台は黒いセダン、もう1台は黒いワンボックスだ。
2台は巴の車を挟み込むようにして、速度を上げる。
「来たか……」
巴は呟き、シガリロをカップホルダーの灰皿に押し込むように捨てた。
彼女の中の『幼い彼女』は正義の味方でありたいと願っていたが、今は『大人の彼女』がプロとしての矜持を保っていた。
依頼されたものは、何があっても届けなければならない。この業界は信用が看板だ。今の仕事が名刺となって次の仕事に繋がる。
黒いセダンが巴の車に横付けした。助手席の窓が開き、男がサプレッサー付きのイングラムを構えているのが見える。
ヒュッと喉を鳴らした巴はハンドルを切り、セダンとの距離を離そうとする。しかし、黒いワンボックスが巴の背後から迫り、道を塞いだ!
巴はS&W M10 FBIを握り締め、窓を大きく開ける。こちらから先制を仕掛けて隙間を無理にこじ開けようと目論む。
「!!」
巴、急ブレーキ。イングラムの発砲音と同時に、巴の車のフロントガラスの端にヒビが入った。最初の一連射の洗礼を負傷せず回避。巴は身をかがめ、ハンドルを切りながら反撃に出る。S&W M10 FBIの銃口をセダンに向け、引き金を引いた。
街中での発砲ではなく、運転しながらの発砲は38口径の銃声が酷く頼りなく聞こえた。
1発。2発。巴の放った弾丸は、セダンの助手席の男の肩と腕に命中した。男は悲鳴を上げ、イングラムを道路へと落とす。しかし、今度はワンボックスの男が窓から身を乗り出し、ARクローンと思われるアサルトライフルを構えた。流石に急激に顔が青ざめる巴。
巴は再びハンドルを切り、ワンボックスの車体にフィットの側面をぶつけた。火花が散り、両者の車体が大きく揺れる。
その隙に、巴はアクセルを全力で踏み込み、ワンボックスとの距離を一気に引き離すのに成功した。
アサルトライフルは結局、発砲することはなかった。
恐らく一連の銃撃戦とカーチェスは衆人環視により、拡散されているだろう。これからは営業が難しくなる。何より、人の目が多い時間帯でも構わずに短機関銃をブッ放す思い切りの良さが連鎖的に悪い予感を呼び込む。
全くの無辜の第三者が多数走る道路で短機関銃を撃ち、体当たりを敢行してくるのは、三下の間違えた判断だとは思えない。
国道を逸れ、山間部の道をひたすら走り、巴は『追跡を撒くための目的地』である廃墟のリゾートホテルにたどり着いた。本当の目的地に得体の知れない連中を連れて行くわけにはいかない。
ここへ来るまでに銃撃こそなかったが、追跡を警戒して、走る必要のない国道や一般道を出鱈目に走ってきた。その出鱈目に付き合う車の影は目視の限りでは確認できなかった。……だが、『目視できていないだけだ』。必ずつけている。
呼吸が短く浅い。
アドレナリンが沸騰している。
喉が渇く。視野狭窄気味。腋に脂っぽい汗をかいているのか、嫌な匂いがした。唇を何度も舐める。
アドレナリンは闘争と興奮を司るホルモンだ。似た名前のノルアドレナリンと違い、アドレナリンはフィジカルの制御に主に関与する。ノルアドレナリンは脳内での決断を迫る脳内物質だが、アドレナリンはノルアドレナリンに呼応するように体を戦闘モードへシフトさせる働きをする。
沢山の酸素が必要だから呼吸が浅く短く早い。血圧が上がり、拍動も増える。血中には負傷に備えて血小板が分泌される。人間が物理的に戦う時に必要なものを揃える働きをするのだ。
中規模のホテルは山の斜面に建っており、廃墟らしい不気味な雰囲気を醸し出している。かつては賑わいを見せたのだろう……という雰囲気が感じられない。
それもそのはずで国が保養所として取り敢えず作った、所謂『箱物』だ。交通の利便性やアクセスのサポートなどは殆ど考慮されていない、その上、観光にしても立地が悪く、山の中を計画通りに取り敢えず拓き、見た目がリゾートホテルであるだけの無用の長物なのだ。
今ではその無用の長物の成れの果てである廃墟のホテルは心霊スポットさながらで、殆ど全ての窓ガラスは割れるかヒビが入り、外観の壁自体も塗装が崩落し、周辺には雑草が背丈に届くほど覆い茂っていた。
