昏いうた
あの男は偽物を掴まされた男として看板に瑕がつくだろうな。
そう思うと、巴の末期の表情が笑顔になるのも無理からぬことだ。
段々と足の爪先から寒気が登ってくる。夏の暑い時期なのにこの寒さは異常だ。
視界がフィルターをゆっくりと掛けられたように暗くなる。まだ昼だというのに、薄暗くなる。
9mmに開けられた幾つかの孔の痛みが鈍くなっている。
そう言えば、自分が放った38口径は命中しなかったのだな。
首が力なく、項垂れ始める。
────ああ。ここまでか。
────まあ、概ね、『いい人生』だった。
その時だ。
足音が聞こえる。
聴覚が五つの感覚の中で最後まで生きていると言われているが本当なのだな。と、十分に回らない頭で考えを巡らせていると、狭い視界に見知らぬ革靴の爪先が入る。
────? 誰だ?
────まさか、ダミーが見破られたか!?
どんなに焦っても体は動かない。
その人物は巴のズボンのポケットを漁り、本物のUSBメモリが入ったクラフトペーパー製のポチ袋を抜き取り、あろうことか、中身のUSBメモリを床に落とし、巴に「ご苦労さま」と好々爺のような声で労い、狭い視界から立ち去った。
その瞬間、巴の頭に閃く。垂れた左手の小指がピクリと動く。
────まさか……。
────本当のブツは……。
────……ま、いいか。
やがて、正義の味方になりたかった自分をふと、思い出す。正義の味方は、こんな風に満身創痍になって死んでいくのだろうか。
巴は動けないまま、ただ虚ろな目で床を見つめていた。
巴は、好々爺の声の主の行動を見て、頭の中で何かが繋がったような気がした。しかし、それを言語化する気力はなかった。巴の意識は、ゆっくりと闇の中へと沈んでいった。あの好々爺の声の主は巴は知らない。恐らく、彼も雇われただけの人間だろう。
もうどうでもいいことだが。
※ ※ ※
後日、裏の世界のとある組織が新型合成麻薬の生成図をライバル組織から奪ったと、裏の世界で噂になった。
そしてその合成麻薬を実際に生成し、販路に乗せて大量にばらまいたところ、一定濃度が体内で蓄積すると人体には致命的な猛毒に変じることが判明し、突如として、一大社会問題になった。
その組織は警察の激しく厳しい追及を受け、瞬く間に凋落し、壊滅した。
ポチ袋を無事に回収した組織は、その『ポチ袋本体に染み込ませていた本物の新型合成麻薬の溶液』を解析して量産体制に入り、莫大な儲けを得た。そして、今回の計画の中心人物であった依頼人の上層部は、監視役を放ち、巴が襲撃されるのを遠くから見届けていた。
元から新型麻薬を開発した事実は漏れていた。
それを逆手にとって、ライバル組織に、尤もらしい腕利きの【運び屋】を雇い、わざと情報をリークして、巴を襲撃させた。『計画通りに巴は善戦してUSBメモリは奪われた』。
巴は、自分が単なる『使い捨て』であったことを最期まで知る由もなかった。……今わの際に何か気が付いたが、今生の別れに時間を割いて、事の真相を考えるのを放棄した。
巴はあの廃墟のホテルで薄れゆく意識の中で、幼い頃に憧れた正義の味方の姿を思い出し、静かに息を引き取った。
彼女の死は、誰にも知られることなく、闇の中に葬られた。
特に珍しくない、闇社会の日常だった。
《昏いうた・了》
そう思うと、巴の末期の表情が笑顔になるのも無理からぬことだ。
段々と足の爪先から寒気が登ってくる。夏の暑い時期なのにこの寒さは異常だ。
視界がフィルターをゆっくりと掛けられたように暗くなる。まだ昼だというのに、薄暗くなる。
9mmに開けられた幾つかの孔の痛みが鈍くなっている。
そう言えば、自分が放った38口径は命中しなかったのだな。
首が力なく、項垂れ始める。
────ああ。ここまでか。
────まあ、概ね、『いい人生』だった。
その時だ。
足音が聞こえる。
聴覚が五つの感覚の中で最後まで生きていると言われているが本当なのだな。と、十分に回らない頭で考えを巡らせていると、狭い視界に見知らぬ革靴の爪先が入る。
────? 誰だ?
────まさか、ダミーが見破られたか!?
どんなに焦っても体は動かない。
その人物は巴のズボンのポケットを漁り、本物のUSBメモリが入ったクラフトペーパー製のポチ袋を抜き取り、あろうことか、中身のUSBメモリを床に落とし、巴に「ご苦労さま」と好々爺のような声で労い、狭い視界から立ち去った。
その瞬間、巴の頭に閃く。垂れた左手の小指がピクリと動く。
────まさか……。
────本当のブツは……。
────……ま、いいか。
やがて、正義の味方になりたかった自分をふと、思い出す。正義の味方は、こんな風に満身創痍になって死んでいくのだろうか。
巴は動けないまま、ただ虚ろな目で床を見つめていた。
巴は、好々爺の声の主の行動を見て、頭の中で何かが繋がったような気がした。しかし、それを言語化する気力はなかった。巴の意識は、ゆっくりと闇の中へと沈んでいった。あの好々爺の声の主は巴は知らない。恐らく、彼も雇われただけの人間だろう。
もうどうでもいいことだが。
※ ※ ※
後日、裏の世界のとある組織が新型合成麻薬の生成図をライバル組織から奪ったと、裏の世界で噂になった。
そしてその合成麻薬を実際に生成し、販路に乗せて大量にばらまいたところ、一定濃度が体内で蓄積すると人体には致命的な猛毒に変じることが判明し、突如として、一大社会問題になった。
その組織は警察の激しく厳しい追及を受け、瞬く間に凋落し、壊滅した。
ポチ袋を無事に回収した組織は、その『ポチ袋本体に染み込ませていた本物の新型合成麻薬の溶液』を解析して量産体制に入り、莫大な儲けを得た。そして、今回の計画の中心人物であった依頼人の上層部は、監視役を放ち、巴が襲撃されるのを遠くから見届けていた。
元から新型麻薬を開発した事実は漏れていた。
それを逆手にとって、ライバル組織に、尤もらしい腕利きの【運び屋】を雇い、わざと情報をリークして、巴を襲撃させた。『計画通りに巴は善戦してUSBメモリは奪われた』。
巴は、自分が単なる『使い捨て』であったことを最期まで知る由もなかった。……今わの際に何か気が付いたが、今生の別れに時間を割いて、事の真相を考えるのを放棄した。
巴はあの廃墟のホテルで薄れゆく意識の中で、幼い頃に憧れた正義の味方の姿を思い出し、静かに息を引き取った。
彼女の死は、誰にも知られることなく、闇の中に葬られた。
特に珍しくない、闇社会の日常だった。
《昏いうた・了》
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