昏いうた

 男。巴より、頭一つ分くらい高い。
 黒い戦闘服。腰に長い弾倉ポーチがベルトに連なる。
 左手でロープを捌き、右手に短機関銃を握っていた。
 木製ストックのUZI。銃剣を装着したモデル。
 右手だけで握られた、その獰猛な銃口がこちらを向く。
 餌を前にした狼のような眼光をした野性味の強い顔つきの男。中年手前の男。
 何もかもがスローモーションで動く世界。ガラスの破片がキラキラと輝く。
 巴の緊張が高まり過ぎて、視覚情報が脳内で処理できないでいる。聴覚や嗅覚や緊張に処理能力を割き過ぎた結果、思考が昂り過ぎているのだ。
 全てが処理落ちした世界で、二人の銃口は互いを捉えた。
「……」
「……」
 互いに2mも離れていない。男は窓枠にしゃがんで座り、銃口を巴に向け、巴は客室のドアを背にして両手で握ったS&W M10 FBIの銃口を男に向けている。
 男の狼のような目は無言で語っている。ブツを寄越せと。
 殺してまで奪おうとしない気概が知れた。彼もまた雇われた荒事師で、USBメモリを奪うことだけを依頼されているらしい。……さもなくば、さっさと短機関銃の一連射を浴びせれば全てのカタがついていた。
 それをしなかったのは、『雇われた【運び屋】を殺しても報酬に反映されないから』だろうし、巴の雇い主にダメージを追わせる事ができないからだ。そもそも、ブツを渡す渡さないという現場での人間の仕事には組織同士の政治は職掌ではない。

 男は猟犬のような鋭い眼差しで巴を見つめている。
 巴がこれまで出会った追跡者たちとは、明らかにどこか違う。
 この男こそが、今回の追跡者のリーダー格だろう。少なくとも現場指揮官だろう。屡々、荒事師のリーダーは腕利きと相場は決まっていた。腕っぷしがものをいう古い価値観の世界だ。札束を並べるよりも実力を見せた方が『スムーズに事が運ぶ世界もある』。
 男は恐ろしく静謐な声で巴に語りかけた。
「ブツを渡せば、命だけは助けてやる」
 巴は男の言葉に思わず鼻で笑った。
「それが欲しければ、力ずくで奪ってみろ」
 巴の精一杯の軽口。
 軽口を放ちながらも僅かに視線を男の握るUZIに向ける。バレル下部に取り付けられた独特の銃剣が剣呑に鈍く光る。明らかに血を吸っている鈍い輝きだ。
 二人の間に張り詰めた空気が流れる。
 自ずと、メキシカン・スタンドオフが形成される。
 男が引き金を引けばその一連射だけで巴は蜂の巣になるだろう。
 巴はこの距離でデホーンドハンマーの重い引き金を引けば必ず、初弾で男の眉間に風穴を開ける自信があった。
 同じ9mm口径でも単純な停止力や初活力は明らかに男のUZIの方が上。だが、当たらなければどうということはない。そして、男よりも早く引き金を引ききれば巴の勝ちだ。
 窓ガラスを破って登場した男が窓枠にしゃがみこむように座り、時計の針は軽く一周した。
 どちらかが、どんな小さな動きを見せても好転しない。
 巴はこの男がここ、『警戒すべきポイント』を守護しているのなら、必ず打ち倒すべきだと考え始める。
 交渉でどうにかなるわけがない。
 お互いがお互いの職掌に矜持を持っている。
 信用看板を守るために命を捨てるのは当たり前というのは共通認識だ。
 ……それを鑑みて。
 この男が『ここで配置されているのは意味がある』。……『連中にはもうこれ以上に冴えたやり方はないのではなく、この男が居るから何も心配しなくていい』という絶対の安心感。
 UZIの男がここに居るだけなのに、階下から増援が駆けつける足音は全く聞こえない。騒ぎ声は遠くに聞こえるが、それは負傷者を搬送している喧騒だ。手際の悪るそうな怒声に罵声。巴に仕留められた負傷者も生存する可能性が高くなったので先ずは良かった。
 彼らには恨みはない。彼らが巴をどのように思っているかは不明だが。
 彼らは二人を邪魔しない。
 それが全てを物語っていた。
 ああ、あの女は死ぬな。
 そんな消化試合を見るような、何もかもが終わった気配すらする。
 さあ、何が切っ掛けだ?
11/13ページ
スキ