野良学者の没論

 この事から分かるのは、2人の男は『同じ性癖を分かり会える者』同士で、性的嗜好も同じベクトルで、パーソナルとしての性質も同じ。
 性的嗜好を拗らせた犯罪者は基本的に一匹狼だ。統計的には自分の異常性を自覚しており、条件が揃わないと犯行に及ばない。
 その『条件』が合致する男が2人も居た。そして出会い、協力し、一定の条件下で、被害者が『偶々』揃うことで自らの欲望を発散する。
 そう、『偶々』なのだ。
 入念な計画を練っているのなら、ユキがコンシールドキャリーのライセンスを取得して銃を携行しているのも知っているし、それも計画の内だ。なんなら、ユキに暴行を働いた上で、その銃を奪って更に自分たちの暴力性のアピールに使おうと画策するだろう。
 だが、あの夜の男たちの反応は違った。反撃を予想していない顔。即ち、『罠に何がかかるか、それは敢えて計算しない。そこに不確定な要素があるから多幸感や射幸性が生まれる』。
 不確定要素に博打の心理が働くのは……過去に何度も成功して脳内伝達物質のドーパミンによる幸福感を味わい、それが忘れられなくなっているからだ。
 それは俗称で脳汁と呼ばれる。
 エンドルフィンを中心にした脳内麻薬は多数あるが、ドーパミンは即効性が高く……そしてすぐに得た幸せに飽きるので次の獲物を物色する。
 酒やSNSやギャンブルなどの依存症の仕組みと全く同じだ。ドーパミンの供給が絶たれると自己肯定感や自己効力感が下がり、その空虚を埋めるために行動的になる。
 目的は自分たちの条件や美学などに沿った上で、速やかな幸せを得ることなので、我慢できなくなった時が実行の時だ。故に、その時に備えて縄張りは決まっている。
 それに犯人たちの行動範囲を完全に絞るのは自力では無理だ。
 連続で、自分のルールに則り、何かしらの犯行を行うタイプの犯罪者は必ず、『通勤型』と『拠点型』に分ける事ができる。
 『通勤型』とは犯人は遠くに住んでいるが特定の条件が揃った狩り場に通い、やがて土地勘を得る。
 『拠点型』とは犯罪心理学のサークル円仮説で語られるように、同じ犯人が犯した犯罪が発生した、最も遠い点を2つ線で繋いで円を描いた中に犯人たちの拠点があるが、犯人たちは心理的にコールサック効果──拠点の周囲約2km以内では特定されにくいように犯罪を犯さない心理──が働くために、元から土地勘が優れている。
 ユキは、自分の分析をまとめた資料を作成し、匿名で地方のネット掲示板と別に作成したSNSのアカウントで情報を共有することにした。インフルエンサーとは程遠いが、もしかしたら、それが、事件解決や予防の何かの一助……糸口になるかもしれない。
 彼女に義侠心はない。
 自分と同じ被害者を増やしたくないのと、コンシールドキャリー法がまだまだ途上であり、当事者になった場合の心の負担を訴えたかっただけだ。
 その小さな手伝いの手段として、インターネット隆盛の時代らしい方法を真似ただけである。

 ユキがネットに独自の資料を投稿してから数日後。
 警察から新たな情報がもたらされた。……厳密には付近で同じケースの犯罪が発生したので、警らの警察官が注意喚起として家屋を一軒一軒、訪ねているのだ。その時の会話の断片をつなぎ合わせる。
 警らの警官の微表情を読み取りながら会話を自分に有利な方へ誘導し、情報の一端を少しずつ拾う。……後になって、親切な警官に対して微表情を読んで、小賢しい話術をけしかけて情報を引き出そうとする真似をして罪悪感に悶えることになる。
 ユキが襲われた場所と酷似した場所で、別の女性が襲われる事件が発生。幸い、その女性は無事だったものの、犯人たちは依然として逃走中だという。
「やはり、あの男たちは常習犯だったんだ……」
 被害者のプロファイルは不明だが、それを含めない自分のプロファイルが大きく外れていないことが、逆に怖くなる。
 プロファイルが大きく外れないということは、これから起きる可能性の幅が限定できて犯行を止める事も可能になるが、民間人で司法権がない自分には何もできない。
 ユキは唇を噛みしめた。自分の予想が当たってしまったことに、複雑な感情を抱く。……この世には当たってほしくない確率があるのだ。

────警察の捜査だけでは、あの連中を捕まえることは難しいのかもしれない。

 ふと、そんな考えが脳裏を過る。
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