野良学者の没論

「……当たったんだ」
 ユキは思わず呟いた。
 血痕の量からして、致命傷ではないだろう。
 けれど、確かに自分の放った弾丸が、男の身体を捉えたのだ。
 安堵と、そして言いようのない罪悪感が入り混じった感情が、ユキの胸に広がり圧壊せんばかりに重くなる。
「この高さは……おそらく、足に当たったのでしょう。この窪みは、弾丸が地面に跳弾した跡のようです」
 ベテラン警察官が冷静に分析する。
 日本国民がコンシールドキャリーで使える弾頭はホローポイントのみだ。
 ホローポイントは硬いコンクリやアスファルトに直撃すると簡単に砕け散るので、その破片を絶対数的に人員不足の警察組織が全て回収するのは事実上不可能だ。……それも見越しての、日本国指定の弾頭なのだ。
「津村さん、よく頑張りましたね。護身用とはいえ、実弾を『相手』に発砲するのは並大抵のことではありません」
 彼の何気ない言葉に、ユキは初めて、自分の行動が間違っていなかったのだと思えた。
 震えや倦怠感が止まり、胸の奥に微かな温かさが広がった。
 鑑識官が到着し、血痕や弾痕の採集作業が始まった。
 ユキは聴取やサンプルの提出を済ませて、一連の作業を見つめながら、改めて日本の銃社会について考えた。
 凶悪犯罪が増える中で、護身用拳銃の所持が認められた。
 しかし、それはあくまで最終手段であり、決して銃による解決が推奨されているわけではない。
 銃を持つことの重みと責任を、ユキは痛感していた。
「津村さん、何か他に思い出すことはありませんか? 男たちの会話の内容とか、持っていたものとか……」
 女性警察官がユキに尋ねる。
 ユキは首を横に振った。
「殆ど何も……。ただ、あまりにも突然のことで……」
「そうですか……無理に思い出さなくても大丈夫ですよ」
 女性警察官はそこで一旦言葉を区切り、撤収しつつある鑑識班を見ながら独り言のように言う。
「しかし、これだけ凶悪犯罪が多発している中で、自分の身は自分で守らなければならないという意識は、今後さらに高まっていくでしょうね」
 ベテラン警察官が複雑な表情で聴いていた。
 その言葉に、ユキは深く頷いた。
 現場での検証を終え、警察署に戻ると、ユキは改めて詳しい事情聴取を受けた。
 何時間も続いた聴取の中で、ユキは昨夜の出来事を何度も繰り返し語った。
 そのたびに、恐怖が蘇り、身体が震えた。
 義務で通報したのに、このようにセカンドレイプに似た扱いは人権侵害だという意見も多い。施行されたコンシールドキャリー法はまだまだ未完成だ。
 聴取が終わり、警察署を出ると、既に日は高く昇っていた。
 疲労困憊の身体で、自宅に戻る。
「もう今日は、ゆっくり休もう」
 そう、呟く。
 しかし、心の中には、まだ拭いきれない不安が残っていた。
 あの男たちは、一体何者だったのか。
 そして、自分が発砲したことで、彼らはどうなったのか。
 全ての謎が解けないまま、不安という形に変貌してユキの心は重く沈んでいた。

 数日後、ユキの元に地元の警察署から鑑識の結果が届いた。
 S&W M351cから発射された弾丸は、確かに男の一人の腕に命中していたことが確認された。
 犯人の男たちの姓名は詳しくは報告されていないがそれは、知る必要も義務もないから伏せられているのだ。
 報告書の文面は詳細を避けるために、法的な報告の文面の範囲でしか書かれていなかったが、即死に至る負傷ではないものの、軽傷以上の負傷を負わせたらしい。
 ユキは、その報告書を見て、安堵と同時に……やはり複雑な感情を抱いた。
 相手を傷つけたことへの罪悪感と、それでも自分の身を守れたという事実。
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