野良学者の没論

 プロファイルでの適合率が非常に高くなる条件は今日が最適だった。
 何処の誰がズバリ犯人であると的中させるのはドラマの主人公だけだ。結局、何処の誰が犯人なのかは分からずじまい。……しかし、類型自体は古典的なFBI式プロファイリングと普遍的な社会心理学を組み合わせてプロットを考えて書いた。
 そもそも、メタ解析が侵入しつつあるリバプール式プロファイリングは民間人の力では不可能だ。
 夜。雨。人通りが少ない。近くに旧い墓苑と雑木林、大きな人家は庭も広く隣家同士の物理的感覚が広い。
 防犯ミラーが多い。
 コンビニや、社会実験で導入されている防犯カメラの死角になる路地が多い。
 ユキは脳裏で近隣の地図を広げていた。
 住んでいる自宅のハイツから少し離れているので、この辺りでの土地勘はない。
 ユキが当初に講じたSNSやネットの地方掲示板を用いた防犯に関する注意喚起。その中でも、『この地区だけは、注意喚起を促す投稿は途中でやめていた』。
 腕時計を見る。
 午後11時15分。
 統計的にはそろそろ『怪しい時間帯』となる。
 ユキはこの自治体の中でも、この地域一帯を根城に犯人の男たちがうろついていると断定した。男のどちらかが土地勘があると断定していた。
 『通勤型』と『拠点型』の連続犯罪者が手を組んでいると見た。
 地元の知識量で言えば『通勤型』よりも『拠点型』のほうが上だ。どちらが主導しているかは不明だが、『拠点型』の男が土地勘を活かして獲物の狩り場を探しているのだろう。
 その『拠点型』の男に誤った判断を下させるためにSNSでの情報提供を止めたのだ。
 『この地区は誰も警戒していない。狙い目だ』と。
 事実、SNSや地方掲示板の効果なのか、この状況と似た地区には警らの警官が時間不定で巡回しており、犯罪が発生するリスクは減っていた。
 ユキの目が暗く沈む。
 心に黒いガスのような塊が湧き出るのを感じ入る。
 警察に通報すればそれで解決なのに、自分は自分の……初めて自主的に本気で打ち込んだ仮説の証明を立証させるために、非常に危険で無責任な行動を起こそうとしている。
 法的な解釈の仕方ではユキが起こそうとしているのは『ライセンス』が無ければ許されない行為だ。
 コンシールドキャリー法と同時に導入された新法『バウンティハンター法』。
 文字通りの、みなし公務員としての賞金稼ぎだ。
 警察の絶対数的な人員不足を準公務員と同等の資格を与えて、犯罪の抑止力を期待して法案が可決された。
 そのバウンティハンターのライセンスを取得していないユキがこのように能動的に『犯人と思しき人物』を個人で『能動的に抑止』しようとするのは限りなくグレーだ。……バウンティハンター法もまた、未完成ゆえに抜け穴だらけの法律なのだ。その穴を突いたにすぎない。
 ユキは『自分を餌に自分を襲った男たちだけ』を安っぽい正義感と未熟な精神と子供の理屈で『仕返し』さながらに行おうとしている。
「……」
 雨が少し弱くなる。
 撥水スプレーを振りかけた靴は既にずぶ濡れで不快感の権化として足を重くしていた。
 不快感に悩まされるユキは小さな、水が跳ねる音を聞いた。
 ……それは異質な、少なくともユキが聴く限りでは異質な水の音だった。
 『あたかも、足音のように近づいてくる』。
 やや歩行速度を落とす。口を閉じ、すうと鼻から息を吸う。腹式呼吸。4秒ゆっくり吸い、4秒息を止め、8秒かけてゆっくり息を吐く。
 それを3回。
 ふと、立ち止まる。振り返らない。普段からストレス解消で行っていた呼吸法が自然と行われて、高ぶり始める神経がノイズを除去し、注意力がカミソリのように鋭くなる。
 ノルアドレナリンとアドレナリンをセロトニンで抑えつける。沸騰しつつあった鳩尾の辺りが急激に冷える。
 知らぬまに覚えていた喉の渇きや早い呼吸の回数も落ち着く。
 
────ようやく、『試せる』……。

 ユキは心の中で微笑を浮かべる。
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