野良学者の没論
翌々日。午前9時。本日は午前はすっぽりと休講で自宅に籠もっていた。
男たちのお礼参りが怖いのではなく、男たちの行動範囲を絞るのに前頭前野をフル稼働させていた。
今初めて、目的を持って生きている。
生きていると実感できる。
何の目標もなく、親に言われるままに大学を受験して、合格して、ルールを知らないゲームのスコアボードを記録するような退屈な講義をノートに書く毎日だった。
それが、たった一回の性犯罪未遂の当事者になっただけで日を追うごとに変化してきた。
毎日書いている日記を読んでも、当初は精神的ダメージが大きかったのに、日を追うごとに『自分でもできること』『自分だからできること』を模索し始めて、とうとう能動的に、犯罪者に対して講義で聞いて忘れていた知識だけで戦おうとしている。
現在の作業は近隣の地図を広げて『通勤型』ではなく、『拠点型』と想定して犯行現場の次を割り出そうとしている。
これもFBI式プロファイリングの功績の一つだ。
犯人個人の特定はドラマのようにいかないが、犯人の属性や集団や性格から逆算した居住地域を割り出そうと必死だ。
そろそろ梅雨時で、じめじめした嫌な季節が来る。何故か心の中で、梅雨が訪れるまでに眼の前の資料を仕上げて地方のネット掲示板に投稿して注意喚起をより一層喧伝しようと誓う。
……ユキは自覚していない。
自分が生まれて初めて打ち込めるものと出会えたことに。
3日経過。
夜8時。警らによる近隣のパトロールが増強される。
ユキは思わず親指の爪を噛んで眉間にシワを寄せる。
これでは犯人を刺激してしまう。
自分の思考が本末転倒なのは理解している。犯罪は防ぐことが第一だ。だが、防がれては自分のプロファイリングの精度が試せない。
地方版の掲示板や新聞を見ても、自治体の警察本部が外注で作らせた防犯アプリの事件事故情報を見ても、この3日間で性犯罪全般がひっそりと鎮まった。
それこそ地元警察の本懐。それでこそ税金を払っている甲斐がある。
そして発生するアンビバレンス。
このままでは自分の力で描いたプロットが試せない。
小さく「よし……」と呟くと、ユキはトートバッグを見る。そこには愛用のS&W M351cが放り込まれたままだ。
彼女はこの日を境に、具体的に能動的な行動に出た。
……まずは部屋の片付けだ。
ここ暫く、男たちの動向が恐ろしくてなんとか自力で先読みをして自分だけでも、自分の近所だけでも防犯効果を高めたくて、大量のメモパッドを書きなぐり、プリントアウトしたコピー用紙を未整理のまま部屋中に放り出していた。その様はとても女子大生の部屋の雰囲気とは程遠い惨状だった。
「さて、片付けますか」
梅雨到来。
夜11時。
やや強めの雨。
無風。湿度が高い。夜間ゆえに黄色い雨合羽を着込んでいたが、寧ろ、雨合羽を着ているからこそ不快が増すのではないかと思ってしまう。
その姿のままコンビニに入り、店内で雨合羽を脱いで業務用の空調とエアコンの恩恵に預かる。しばし体を冷やして、化粧品や夜食の菓子パンや缶ビールを買ってコンビニを出る。
左手にコンビニのレジ袋を提げて、夜道を行く。この辺りは犯罪が割と発生していないので安心して歩けるが、やはり、夜中に一人で歩きたいとは思わない。……普通ならば。
防犯ミラーや家々の窓ガラスや雨戸が偽装された防弾仕様が流行りだしたのも頷ける。
最近は非合法に流通する銃火器の単価も下がってきている。日本がコンシールドキャリー法を導入する切っ掛けは、諸外国の犯罪組織が日本を最大の市場と目論んで橋頭堡を確保したことが直接の原因だ。
自宅からは少し離れたコンビニで買い物を済ませる。
『少し離れたコンビニ』という条件が必須だ。
ユキは……黄色い雨合羽を着ているとは言え、全身を雨に打たれながら、不快指数が高い夜の、不穏な道を歩く。足元は外灯で照らされているとは言え、この道の先は得体のしれない巨大な何かが大きく口を開けて待っているような錯覚がした。
男たちのお礼参りが怖いのではなく、男たちの行動範囲を絞るのに前頭前野をフル稼働させていた。
今初めて、目的を持って生きている。
生きていると実感できる。
何の目標もなく、親に言われるままに大学を受験して、合格して、ルールを知らないゲームのスコアボードを記録するような退屈な講義をノートに書く毎日だった。
それが、たった一回の性犯罪未遂の当事者になっただけで日を追うごとに変化してきた。
毎日書いている日記を読んでも、当初は精神的ダメージが大きかったのに、日を追うごとに『自分でもできること』『自分だからできること』を模索し始めて、とうとう能動的に、犯罪者に対して講義で聞いて忘れていた知識だけで戦おうとしている。
現在の作業は近隣の地図を広げて『通勤型』ではなく、『拠点型』と想定して犯行現場の次を割り出そうとしている。
これもFBI式プロファイリングの功績の一つだ。
犯人個人の特定はドラマのようにいかないが、犯人の属性や集団や性格から逆算した居住地域を割り出そうと必死だ。
そろそろ梅雨時で、じめじめした嫌な季節が来る。何故か心の中で、梅雨が訪れるまでに眼の前の資料を仕上げて地方のネット掲示板に投稿して注意喚起をより一層喧伝しようと誓う。
……ユキは自覚していない。
自分が生まれて初めて打ち込めるものと出会えたことに。
3日経過。
夜8時。警らによる近隣のパトロールが増強される。
ユキは思わず親指の爪を噛んで眉間にシワを寄せる。
これでは犯人を刺激してしまう。
自分の思考が本末転倒なのは理解している。犯罪は防ぐことが第一だ。だが、防がれては自分のプロファイリングの精度が試せない。
地方版の掲示板や新聞を見ても、自治体の警察本部が外注で作らせた防犯アプリの事件事故情報を見ても、この3日間で性犯罪全般がひっそりと鎮まった。
それこそ地元警察の本懐。それでこそ税金を払っている甲斐がある。
そして発生するアンビバレンス。
このままでは自分の力で描いたプロットが試せない。
小さく「よし……」と呟くと、ユキはトートバッグを見る。そこには愛用のS&W M351cが放り込まれたままだ。
彼女はこの日を境に、具体的に能動的な行動に出た。
……まずは部屋の片付けだ。
ここ暫く、男たちの動向が恐ろしくてなんとか自力で先読みをして自分だけでも、自分の近所だけでも防犯効果を高めたくて、大量のメモパッドを書きなぐり、プリントアウトしたコピー用紙を未整理のまま部屋中に放り出していた。その様はとても女子大生の部屋の雰囲気とは程遠い惨状だった。
「さて、片付けますか」
梅雨到来。
夜11時。
やや強めの雨。
無風。湿度が高い。夜間ゆえに黄色い雨合羽を着込んでいたが、寧ろ、雨合羽を着ているからこそ不快が増すのではないかと思ってしまう。
その姿のままコンビニに入り、店内で雨合羽を脱いで業務用の空調とエアコンの恩恵に預かる。しばし体を冷やして、化粧品や夜食の菓子パンや缶ビールを買ってコンビニを出る。
左手にコンビニのレジ袋を提げて、夜道を行く。この辺りは犯罪が割と発生していないので安心して歩けるが、やはり、夜中に一人で歩きたいとは思わない。……普通ならば。
防犯ミラーや家々の窓ガラスや雨戸が偽装された防弾仕様が流行りだしたのも頷ける。
最近は非合法に流通する銃火器の単価も下がってきている。日本がコンシールドキャリー法を導入する切っ掛けは、諸外国の犯罪組織が日本を最大の市場と目論んで橋頭堡を確保したことが直接の原因だ。
自宅からは少し離れたコンビニで買い物を済ませる。
『少し離れたコンビニ』という条件が必須だ。
ユキは……黄色い雨合羽を着ているとは言え、全身を雨に打たれながら、不快指数が高い夜の、不穏な道を歩く。足元は外灯で照らされているとは言え、この道の先は得体のしれない巨大な何かが大きく口を開けて待っているような錯覚がした。
