床に沈む硝煙
男は舞衣を、裕太郎を使って銃を捨てさせる真似はしなかった。
舞衣の銃口がカタカタと震えているのだ。それにこの期に及んでこの女は、拳銃を両手で握るというスタンスを取っていない。……明らかにこの女はハジキの素人だ。
男は人を小馬鹿にした薄ら笑いを作って口を開いた。
「へっ。撃てるもんな……」
銃声。
舞衣は男のセリフの最中に引き金を引いた。
純粋な殺意。
憎悪や敵意や悪意をすっと通り越して、殺意を込めた視線で引き金を引いていた。
銃弾は男の左肩の肉にめり込み、その直下の骨を砕き折った。
怪鳥のような悲鳴を挙げて男は裕太郎を手放し、右手のナイフを放り出して左肩を押さえる。
残弾1発。
この男が、だらりと下がった左手でナイフを拾い、裕太郎に切っ先を向けねば、銃口を向けなかった。
引き金を引こうとしたその時……。
狭窄していた聴覚が背後で異音を聴き、鋭い寒気を覚えながら振り向いた!
銃声。
舞衣の拳銃の銃口から硝煙が薄く登る。
そこには……目の前には、書斎で咄嗟の発砲で既に動けないほどの怪我を負わせたはずの男が立っていた。
その男は腹にできていた銃創の近くに新しい銃創を作って、今度こそ、その場に膝から崩れ落ちて動かなくなった。
死んではいないが、限りなく死に近い場所を彷徨っているだろう。
そのうつ伏せの男が死力を振り絞って地響きのような唸り声で仲間の男にこう、言った。
「この女は5発撃った! 弾込めはしていない! どこにも『殻』が転がっていない! そのハジキは『文鎮』だ!」
それ以降、倒れている男は沈黙したままだ。そのガッツはまたの機会に見習いたい。
それを聴いたナイフの男は、凄惨な笑みを浮かべてジリジリと舞衣に近づく。
裕太郎は舞衣に駆け寄り、強く抱きついた。11歳の男でも子供だ。泣きじゃくりながら抱きついても誰も笑わない。泣きながら裕太郎は何かを伝えようと舞衣の顔を見ているが、舞衣は彼の顔よりも目の前の男の動向を注視していた。
舞衣は裕太郎を連れて逃げようときびすを返して走り出す。裕太郎は「お姉ちゃん、それ……」と何か言ったようだが、それも彼女の耳には届いていない。
2mも走らないうちに裕太郎と足をもつれさせて2人揃って転倒してしまう。
舞衣の手から残弾が無い拳銃がこぼれて床を数十センチ、滑る。
ナイフの男は左肩を負傷しているとは言え、それの痛みを堪えるようにナイフを右手に握り直し、舞衣に近づく。
男顔から、怨念が込められた能面をつけているかのような壮絶な殺意を感じる。
「裕太郎逃げな!」
舞衣は裕太郎を見ずに、迫りくる男を睨みながら、腰が抜けた状態で床を這いながら叫ぶ。
「死ねや!!」
男の安っぽいセリフ。
安っぽいが、純度の高い殺意が乗せられた裂帛の気合が籠もったセリフは、それを聴いた者をその場に釘付けにするだけの背筋が凍るような脅威を感じさせた。
舞衣は瞬間的にそのセリフの気合に飲み込まれてしまい、顔を青くしたまま目を見開き、死を覚悟した。
残弾0発。
聞こえるはずのない銃声が聞こえる。
否。聞こえた。
「……え?」
ナイフの男は何が起きたのか信じられない表情で左手で左脇腹に手を当てて、その掌を見る。
自らの鮮血で滑る掌。
その途端、男は口から血液を逆流させて蹲り、咳き込みながら、苦悶の泣き声をだらしなく叫びながら倒れる。
「……?」
────え? 何?
舞衣は銃声の正体よりも裕太郎が気になって彼の方を向いた。
舞衣の銃口がカタカタと震えているのだ。それにこの期に及んでこの女は、拳銃を両手で握るというスタンスを取っていない。……明らかにこの女はハジキの素人だ。
男は人を小馬鹿にした薄ら笑いを作って口を開いた。
「へっ。撃てるもんな……」
銃声。
舞衣は男のセリフの最中に引き金を引いた。
純粋な殺意。
憎悪や敵意や悪意をすっと通り越して、殺意を込めた視線で引き金を引いていた。
銃弾は男の左肩の肉にめり込み、その直下の骨を砕き折った。
怪鳥のような悲鳴を挙げて男は裕太郎を手放し、右手のナイフを放り出して左肩を押さえる。
残弾1発。
この男が、だらりと下がった左手でナイフを拾い、裕太郎に切っ先を向けねば、銃口を向けなかった。
引き金を引こうとしたその時……。
狭窄していた聴覚が背後で異音を聴き、鋭い寒気を覚えながら振り向いた!
銃声。
舞衣の拳銃の銃口から硝煙が薄く登る。
そこには……目の前には、書斎で咄嗟の発砲で既に動けないほどの怪我を負わせたはずの男が立っていた。
その男は腹にできていた銃創の近くに新しい銃創を作って、今度こそ、その場に膝から崩れ落ちて動かなくなった。
死んではいないが、限りなく死に近い場所を彷徨っているだろう。
そのうつ伏せの男が死力を振り絞って地響きのような唸り声で仲間の男にこう、言った。
「この女は5発撃った! 弾込めはしていない! どこにも『殻』が転がっていない! そのハジキは『文鎮』だ!」
それ以降、倒れている男は沈黙したままだ。そのガッツはまたの機会に見習いたい。
それを聴いたナイフの男は、凄惨な笑みを浮かべてジリジリと舞衣に近づく。
裕太郎は舞衣に駆け寄り、強く抱きついた。11歳の男でも子供だ。泣きじゃくりながら抱きついても誰も笑わない。泣きながら裕太郎は何かを伝えようと舞衣の顔を見ているが、舞衣は彼の顔よりも目の前の男の動向を注視していた。
舞衣は裕太郎を連れて逃げようときびすを返して走り出す。裕太郎は「お姉ちゃん、それ……」と何か言ったようだが、それも彼女の耳には届いていない。
2mも走らないうちに裕太郎と足をもつれさせて2人揃って転倒してしまう。
舞衣の手から残弾が無い拳銃がこぼれて床を数十センチ、滑る。
ナイフの男は左肩を負傷しているとは言え、それの痛みを堪えるようにナイフを右手に握り直し、舞衣に近づく。
男顔から、怨念が込められた能面をつけているかのような壮絶な殺意を感じる。
「裕太郎逃げな!」
舞衣は裕太郎を見ずに、迫りくる男を睨みながら、腰が抜けた状態で床を這いながら叫ぶ。
「死ねや!!」
男の安っぽいセリフ。
安っぽいが、純度の高い殺意が乗せられた裂帛の気合が籠もったセリフは、それを聴いた者をその場に釘付けにするだけの背筋が凍るような脅威を感じさせた。
舞衣は瞬間的にそのセリフの気合に飲み込まれてしまい、顔を青くしたまま目を見開き、死を覚悟した。
残弾0発。
聞こえるはずのない銃声が聞こえる。
否。聞こえた。
「……え?」
ナイフの男は何が起きたのか信じられない表情で左手で左脇腹に手を当てて、その掌を見る。
自らの鮮血で滑る掌。
その途端、男は口から血液を逆流させて蹲り、咳き込みながら、苦悶の泣き声をだらしなく叫びながら倒れる。
「……?」
────え? 何?
舞衣は銃声の正体よりも裕太郎が気になって彼の方を向いた。
