床に沈む硝煙
喉がカラカラに乾く。
コップ一杯の氷水を飲み下せば全てが解決すると錯覚するほどに、思考が狭窄している。
震える足、しっかりと踏ん張らなければ階段を降りきる前に足首を捻挫しそうだ。
生まれたばかりの鹿のように頼りない四肢。
奥歯がカチカチと鳴る。
恐怖に飲み込まれたまま、鉛のように重くなった体で舞衣は1階に降りた。
廊下。
右手側に行けばキッチン。
左手側に行けば正面玄関。
何もかもが狭窄した世界で、舞衣の耳は愛しい裕太郎の声を拾った。
11歳の、絶叫。
確かにその声は舞衣の名前を呼んだ。
それを聴くやいなや、奥歯を噛み締めて腹に渇を入れる。
────裕太郎!!
────すぐ行くから!!
舞衣は駆けた。
狭い山荘の中、裸足で、パジャマ姿にリボルバー拳銃だけを持って。
裕太郎の声が聞こえた1階キッチンへと向かう。
この方向にはキッチンしかないし、この山荘は自宅よりも愛着がある。たった数日間の滞在だが、裕太郎と同じ屋根の下で過ごせた思い出が記憶を補強する。
「!」
「その子を離せ!」
一か八か……そんな事も考えずに、作戦の一つも考えずに、命を蔑ろにするか否かも考えずに、舞衣はキッチンへと躍り出た。
右手一杯に伸ばしたリボルバー拳銃。ドラマならこのシーンで威嚇する意味でも撃鉄を起こすのだろうが、この銃には撃鉄は存在しない。引き金を引ききった時に撃発するタイプの拳銃らしい。
重い引き金。
指先からギリッとした金属の音が伝わってくる。
残弾2発。
目の前には男が一人。その男の左手は……裕太郎の後ろ首を掴んで勝手口へと通じるドアへと向かっている最中だった。右手に大型ナイフを握っている。ナイフには描いたような赤い筋。警護たちをそれで殺害したのか。
男は勝手口へ通じるドアまで少し距離があったために、遁走に全力を出さず、裕太郎を体の前面に押し出してその細い喉元にナイフの刃を押し当てた。
裕太郎の泣き腫らした顔を見るに、酷い暴力を受けたわけではなく、圧倒的な膂力でここまで引きずられてきたらしい。
男の目は舞衣の右手に握られた拳銃を注視している。
男の目は明らかに動揺していた。焦燥していた。
────ああ、この目は……。
舞衣は悟る。
今まで山荘内で出会ってきた『悪い人たち』は皆、暴力を奮うのに慣れてはいるが、暴力を振るわれるのには慣れていない顔をしていた。
代紋を傘に道を練り歩く半グレ連中と同じだった。
その男……歳の頃は30代前半だろうか。刃物の扱いには多少の覚えがあるのだろう。警護要員を音もなく片付ける腕前を買われて、今夜、大山巌の所有する山荘に送り込まれたのだろう。
全てが狂ったのは、銃声が聞こえたからだろう。
そして、その銃声を黙らせるべく向かわせた連中が銃声が撃ち鳴らされる度に静かになっていく。
舞衣の咄嗟の発砲と暗がりからの奇襲で次々と倒れる仲間。
焦った男は裕太郎をここまで引きずって来たが、銃声の主を見て焦燥の表情を浮かべていた。
反撃に足る人物が控えているとは思わなかったか?
全ての人間を殺したと思っていたのか?
まさかガキを助けるために女風情が飛び出てくるとは思わなかったのか?
刃物に自信があるらしい男。
銃には自信がないが、命懸けの度胸なら負けないと自負する舞衣。
両者、5m余りの距離を置いて、窓から差す月明かりの光源を頼りに睨み合う。
「……」
「……」
コップ一杯の氷水を飲み下せば全てが解決すると錯覚するほどに、思考が狭窄している。
震える足、しっかりと踏ん張らなければ階段を降りきる前に足首を捻挫しそうだ。
生まれたばかりの鹿のように頼りない四肢。
奥歯がカチカチと鳴る。
恐怖に飲み込まれたまま、鉛のように重くなった体で舞衣は1階に降りた。
廊下。
右手側に行けばキッチン。
左手側に行けば正面玄関。
何もかもが狭窄した世界で、舞衣の耳は愛しい裕太郎の声を拾った。
11歳の、絶叫。
確かにその声は舞衣の名前を呼んだ。
それを聴くやいなや、奥歯を噛み締めて腹に渇を入れる。
────裕太郎!!
────すぐ行くから!!
舞衣は駆けた。
狭い山荘の中、裸足で、パジャマ姿にリボルバー拳銃だけを持って。
裕太郎の声が聞こえた1階キッチンへと向かう。
この方向にはキッチンしかないし、この山荘は自宅よりも愛着がある。たった数日間の滞在だが、裕太郎と同じ屋根の下で過ごせた思い出が記憶を補強する。
「!」
「その子を離せ!」
一か八か……そんな事も考えずに、作戦の一つも考えずに、命を蔑ろにするか否かも考えずに、舞衣はキッチンへと躍り出た。
右手一杯に伸ばしたリボルバー拳銃。ドラマならこのシーンで威嚇する意味でも撃鉄を起こすのだろうが、この銃には撃鉄は存在しない。引き金を引ききった時に撃発するタイプの拳銃らしい。
重い引き金。
指先からギリッとした金属の音が伝わってくる。
残弾2発。
目の前には男が一人。その男の左手は……裕太郎の後ろ首を掴んで勝手口へと通じるドアへと向かっている最中だった。右手に大型ナイフを握っている。ナイフには描いたような赤い筋。警護たちをそれで殺害したのか。
男は勝手口へ通じるドアまで少し距離があったために、遁走に全力を出さず、裕太郎を体の前面に押し出してその細い喉元にナイフの刃を押し当てた。
裕太郎の泣き腫らした顔を見るに、酷い暴力を受けたわけではなく、圧倒的な膂力でここまで引きずられてきたらしい。
男の目は舞衣の右手に握られた拳銃を注視している。
男の目は明らかに動揺していた。焦燥していた。
────ああ、この目は……。
舞衣は悟る。
今まで山荘内で出会ってきた『悪い人たち』は皆、暴力を奮うのに慣れてはいるが、暴力を振るわれるのには慣れていない顔をしていた。
代紋を傘に道を練り歩く半グレ連中と同じだった。
その男……歳の頃は30代前半だろうか。刃物の扱いには多少の覚えがあるのだろう。警護要員を音もなく片付ける腕前を買われて、今夜、大山巌の所有する山荘に送り込まれたのだろう。
全てが狂ったのは、銃声が聞こえたからだろう。
そして、その銃声を黙らせるべく向かわせた連中が銃声が撃ち鳴らされる度に静かになっていく。
舞衣の咄嗟の発砲と暗がりからの奇襲で次々と倒れる仲間。
焦った男は裕太郎をここまで引きずって来たが、銃声の主を見て焦燥の表情を浮かべていた。
反撃に足る人物が控えているとは思わなかったか?
全ての人間を殺したと思っていたのか?
まさかガキを助けるために女風情が飛び出てくるとは思わなかったのか?
刃物に自信があるらしい男。
銃には自信がないが、命懸けの度胸なら負けないと自負する舞衣。
両者、5m余りの距離を置いて、窓から差す月明かりの光源を頼りに睨み合う。
「……」
「……」
