床に沈む硝煙
その証拠に、自分の生きる目的である裕太郎が『悪い人たち』の悪意に、今正に晒されていると思うと、頭がおかしくなりそうだ。
その度に自分を抑えつけるように事実と感情の切り分けを思い出す。
昂る感情のままだと視野が狭くなり、眼の前の小さな事柄が巨大な岩のように見える。
目的は巨大な岩の処理ではない。
岩の向こうにいる裕太郎を助け出すことだ。
浅く回数が増える呼吸を、できるだけ整えながら、リボルバー拳銃を握る。
残弾2発。
敵の数は不明。
気配はある。
気配は1人分だと自分の声をした誰かが耳元──或いは脳内──で囁く。
今有利な点の一つは、『悪い人たち』は銃を持っていないことだ。書斎の男も階段で仕留めた男たちも手に銃を持っていなかった。
舞衣は『素人』だ。
暗い建物内部に侵入し、誰にも気取られずに邪魔な存在を殺害するのには銃よりも音がしない刃物のほうが有利だ。それも真正面からの攻撃ではなく、暗がりや死角からの奇襲で致命的な部分に救急救命が間に合わない深手を負わせるのが最適解だ。
その技術の優位性を舞衣は知らない。『拳銃は法律で取り締まられるほど強力だから、拳銃を持っている方が圧倒的に強い』程度の認識だ。
そして、ゆえに、だからこそ。
この拳銃が有った書斎で予備の弾を探してこなかったことを後悔していた。
『悪い人たち』はあと何人なのだろう?
残弾よりも多かったらどうしよう?
今までは偶々、弾が当たったけど、次は残弾を全部外すかもしれない。
それになにか変だ。
リボルバー拳銃のシリンダーの後部を指でなぞる。
その度に首をひねる。
何かおかしい。
『リボルバー拳銃ってこんな形だったっけ?』
ドラマだと後ろのこの辺に飛び出た細長い突起を指で起こして……。
「!!」
漸く、舞衣は今まで握っていたリボルバー拳銃の違和感に気がついた。
────この拳銃にはアレがない!
アレ。アンダーグラウンドの語彙が少ない舞衣には決して思い浮かばないワード。
撃鉄。
この銃には撃鉄がないのだ。
撃鉄という語彙を知らなくとも、ドラマで得た知識なら知っている。
撃鉄を親指で起こせば、引き金が軽くなり、狙撃しやすくなる。
撃鉄が無いこの銃では、今まで無意識に引き絞っていた引き金が軽くなることはない。今までは咄嗟に全力で引き金を引いていたので、引き金の重さを忘れていた。
撃鉄がないから狙撃ができない。外せない場面で重圧を感じるに違いない……。
そう考えると、冷や汗がダラダラと流れてくる。
鳩尾が締め付けられるように痛くなるほどの緊張に襲われる。
残弾2発。
それまで頼もしく見えていた2発という数字が弱々しく感じてきた。
たった2発で『悪い人たち』をどうにかしなければならない。
舞衣は清掃を主な職掌とする家政婦である。
映画の主人公のように機転を利かせたり、知恵と勇気で臨んだり、実は秘匿していた特技で切り抜けるという能力は備えていない。
ただの小型リボルバーを握るだけの、今夜、初めて3人を負傷させただけの素人だ。……彼らは全員、助かる負傷であってほしい。
これから階下に降りて裕太郎を、大山巌のためではなく、裕太郎本人の命のために、自分も命懸けで『悪い人たち』と対峙しなければならない。
呼吸が再び苦しくなる。
再び呼吸法を試す。
今度は重圧が大きすぎて上手く呼吸法が行えない。
耳鳴りがする。口渇がする。喉に異物感がする。
ストレスホルモンのコルチゾールが大量に分泌されてノルアドレナリンとアドレナリンが沸騰し、扁桃体が騒ぎ立てている。
戦うか。逃げるか。
何を選ぶか? どのように行動するか?
その度に自分を抑えつけるように事実と感情の切り分けを思い出す。
昂る感情のままだと視野が狭くなり、眼の前の小さな事柄が巨大な岩のように見える。
目的は巨大な岩の処理ではない。
岩の向こうにいる裕太郎を助け出すことだ。
浅く回数が増える呼吸を、できるだけ整えながら、リボルバー拳銃を握る。
残弾2発。
敵の数は不明。
気配はある。
気配は1人分だと自分の声をした誰かが耳元──或いは脳内──で囁く。
今有利な点の一つは、『悪い人たち』は銃を持っていないことだ。書斎の男も階段で仕留めた男たちも手に銃を持っていなかった。
舞衣は『素人』だ。
暗い建物内部に侵入し、誰にも気取られずに邪魔な存在を殺害するのには銃よりも音がしない刃物のほうが有利だ。それも真正面からの攻撃ではなく、暗がりや死角からの奇襲で致命的な部分に救急救命が間に合わない深手を負わせるのが最適解だ。
その技術の優位性を舞衣は知らない。『拳銃は法律で取り締まられるほど強力だから、拳銃を持っている方が圧倒的に強い』程度の認識だ。
そして、ゆえに、だからこそ。
この拳銃が有った書斎で予備の弾を探してこなかったことを後悔していた。
『悪い人たち』はあと何人なのだろう?
残弾よりも多かったらどうしよう?
今までは偶々、弾が当たったけど、次は残弾を全部外すかもしれない。
それになにか変だ。
リボルバー拳銃のシリンダーの後部を指でなぞる。
その度に首をひねる。
何かおかしい。
『リボルバー拳銃ってこんな形だったっけ?』
ドラマだと後ろのこの辺に飛び出た細長い突起を指で起こして……。
「!!」
漸く、舞衣は今まで握っていたリボルバー拳銃の違和感に気がついた。
────この拳銃にはアレがない!
アレ。アンダーグラウンドの語彙が少ない舞衣には決して思い浮かばないワード。
撃鉄。
この銃には撃鉄がないのだ。
撃鉄という語彙を知らなくとも、ドラマで得た知識なら知っている。
撃鉄を親指で起こせば、引き金が軽くなり、狙撃しやすくなる。
撃鉄が無いこの銃では、今まで無意識に引き絞っていた引き金が軽くなることはない。今までは咄嗟に全力で引き金を引いていたので、引き金の重さを忘れていた。
撃鉄がないから狙撃ができない。外せない場面で重圧を感じるに違いない……。
そう考えると、冷や汗がダラダラと流れてくる。
鳩尾が締め付けられるように痛くなるほどの緊張に襲われる。
残弾2発。
それまで頼もしく見えていた2発という数字が弱々しく感じてきた。
たった2発で『悪い人たち』をどうにかしなければならない。
舞衣は清掃を主な職掌とする家政婦である。
映画の主人公のように機転を利かせたり、知恵と勇気で臨んだり、実は秘匿していた特技で切り抜けるという能力は備えていない。
ただの小型リボルバーを握るだけの、今夜、初めて3人を負傷させただけの素人だ。……彼らは全員、助かる負傷であってほしい。
これから階下に降りて裕太郎を、大山巌のためではなく、裕太郎本人の命のために、自分も命懸けで『悪い人たち』と対峙しなければならない。
呼吸が再び苦しくなる。
再び呼吸法を試す。
今度は重圧が大きすぎて上手く呼吸法が行えない。
耳鳴りがする。口渇がする。喉に異物感がする。
ストレスホルモンのコルチゾールが大量に分泌されてノルアドレナリンとアドレナリンが沸騰し、扁桃体が騒ぎ立てている。
戦うか。逃げるか。
何を選ぶか? どのように行動するか?
