床に沈む硝煙
結果はプラセボ効果以上には効いている気がする。基本的にリラックスするための呼吸法は吸う時間1に対して、吐く時間2の長さが一番簡単に酸素を脳や筋肉に送り込める。この逆だと交感神経が優位になり、心拍数が上がり、血圧が上昇し、体温が上昇する。
家政婦として働いていた時に、休み時間に休憩室に置いてあった脳科学を簡単に解説する本を流し読みして覚えた知識ばかりだが、予想以上に効果的なので、今度からもう少し読書に時間を割こうと思った。
心が深く『沈む』。目蓋が下がる。口渇もヒステリー球も消える。
脱力を実感する。
呼吸が深く大きい。
自分の意識が鼻先に集中し、脳内から雑念が消える。
逃避行動としての思考停止ではなく、限られた弾薬で何人居るか分からない人数を相手に戦うかと自問自答してると、畢竟全員、倒せばいいという極論に達して覚悟が決まったのだ。
その間、僅か5秒。
舞衣は自身の思考が一時的に乖離してることを実感していない。
メタ認知の自分が自分を見下ろしていることを実感していない。
心の中で唐突に5秒からカウントダウンを始め、1秒に達した時、『その方向に向けて引き金を2度、引いた』。
うめき声。
2人分。
2階から上がってきた2人の男の胸部が見えるなり、ろくに狙いもせずに引き金を引いた。意識と無意識の中間のような、危うい何かに『連れ去られそうな』時に、その2人が現れたのだ。意識を戻してくれてありがとう。だが、同情はしないし謝罪もしない。
『今この瞬間に、その方向を見ずに、その方向に向かって2発撃てば、必ず2発とも当たる』と【自分の声で誰かに囁かれた】。
咄嗟にそれに従った。
暗がりの中で突如咲いた銃火の花に為すすべなく、2人の男は胸骨のど真ん中を叩き割られてこの様だ。
2秒経過。
────!!
────え!?
銃火と銃声で舞衣の『沈んだ』目に焦点が戻り、『今自分は誰に何を言われて何を何故撃ったのか』全く分からず恐慌を起こしそうな恐怖で顔色を染めて叫ぼうとしたが、鼻をツンとつく硝煙の匂いに正気に戻り、叫ぶ代わりにくしゃみを耐えた。
────そうだ!
────裕太郎を助けなきゃ!
彼女の知識が正しければ残弾2発。
無駄弾は使えない。
舞衣は非日常の連続に襲われて、すくみそうな足を叩いて渇を入れる。
脳裏には常に裕太郎の笑顔と恐怖に震える顔が交互に浮かぶ。
階段を登りきる前に胸骨を叩き割られたらしい男たちは苦悶の声を低く漏らして全身を小さく震わせている。
人を……。人を3人も撃った! 死ぬかもしれない大怪我をさせた!
いくら『悪い人たち』でも怪我をさせるのはやり過ぎでは?
いや、裕太郎だけじゃなく、この山荘に居る人間を皆殺しにするつもりで『悪い人たち』は歩き回っていた! 警護の人も仲間の家政婦も多分始末された!
だからと言って拳銃で撃ってもいいはずがない! 拳銃以外ならいいのか?
素手ならいいのか?
素手だとしても、膂力が足りていたとしても、技術を身に着けていたとしても、起き上がれないほどの大怪我を追わせてもいいのか?
舞衣はただの家政婦だ。
雇い主の大山と違って何の力も無い。命令されることはあっても、それは清掃関連であって、死体を片付ける清掃ではなく、真っ当な保全管理としての清掃だ。
清掃一筋5年。真面目に働いてきた。働いてきただけ報われてきた。なんなら、高校を受験しなくても中学を卒業して真っ先に大山の経営する会社の3次団体で清掃員として雇ってもらったほうが理想的な生き方ができた可能性が高い。
それに裕太郎!
あの子の笑顔は全ての修飾と形容を捨てて言うと、『可愛いから癒やされる』に尽きる。
舞衣に弟はいないが、弟がいるとすればこんな感じなのかな? と舞衣にだけ見せる裕太郎の笑顔を見る度に思う。
舞衣もまた、裕太郎を慈しむ笑顔で見る。
心の何処かで裕太郎が幸せになるまではくたばれないとまで思っているに違いない。
家政婦として働いていた時に、休み時間に休憩室に置いてあった脳科学を簡単に解説する本を流し読みして覚えた知識ばかりだが、予想以上に効果的なので、今度からもう少し読書に時間を割こうと思った。
心が深く『沈む』。目蓋が下がる。口渇もヒステリー球も消える。
脱力を実感する。
呼吸が深く大きい。
自分の意識が鼻先に集中し、脳内から雑念が消える。
逃避行動としての思考停止ではなく、限られた弾薬で何人居るか分からない人数を相手に戦うかと自問自答してると、畢竟全員、倒せばいいという極論に達して覚悟が決まったのだ。
その間、僅か5秒。
舞衣は自身の思考が一時的に乖離してることを実感していない。
メタ認知の自分が自分を見下ろしていることを実感していない。
心の中で唐突に5秒からカウントダウンを始め、1秒に達した時、『その方向に向けて引き金を2度、引いた』。
うめき声。
2人分。
2階から上がってきた2人の男の胸部が見えるなり、ろくに狙いもせずに引き金を引いた。意識と無意識の中間のような、危うい何かに『連れ去られそうな』時に、その2人が現れたのだ。意識を戻してくれてありがとう。だが、同情はしないし謝罪もしない。
『今この瞬間に、その方向を見ずに、その方向に向かって2発撃てば、必ず2発とも当たる』と【自分の声で誰かに囁かれた】。
咄嗟にそれに従った。
暗がりの中で突如咲いた銃火の花に為すすべなく、2人の男は胸骨のど真ん中を叩き割られてこの様だ。
2秒経過。
────!!
────え!?
銃火と銃声で舞衣の『沈んだ』目に焦点が戻り、『今自分は誰に何を言われて何を何故撃ったのか』全く分からず恐慌を起こしそうな恐怖で顔色を染めて叫ぼうとしたが、鼻をツンとつく硝煙の匂いに正気に戻り、叫ぶ代わりにくしゃみを耐えた。
────そうだ!
────裕太郎を助けなきゃ!
彼女の知識が正しければ残弾2発。
無駄弾は使えない。
舞衣は非日常の連続に襲われて、すくみそうな足を叩いて渇を入れる。
脳裏には常に裕太郎の笑顔と恐怖に震える顔が交互に浮かぶ。
階段を登りきる前に胸骨を叩き割られたらしい男たちは苦悶の声を低く漏らして全身を小さく震わせている。
人を……。人を3人も撃った! 死ぬかもしれない大怪我をさせた!
いくら『悪い人たち』でも怪我をさせるのはやり過ぎでは?
いや、裕太郎だけじゃなく、この山荘に居る人間を皆殺しにするつもりで『悪い人たち』は歩き回っていた! 警護の人も仲間の家政婦も多分始末された!
だからと言って拳銃で撃ってもいいはずがない! 拳銃以外ならいいのか?
素手ならいいのか?
素手だとしても、膂力が足りていたとしても、技術を身に着けていたとしても、起き上がれないほどの大怪我を追わせてもいいのか?
舞衣はただの家政婦だ。
雇い主の大山と違って何の力も無い。命令されることはあっても、それは清掃関連であって、死体を片付ける清掃ではなく、真っ当な保全管理としての清掃だ。
清掃一筋5年。真面目に働いてきた。働いてきただけ報われてきた。なんなら、高校を受験しなくても中学を卒業して真っ先に大山の経営する会社の3次団体で清掃員として雇ってもらったほうが理想的な生き方ができた可能性が高い。
それに裕太郎!
あの子の笑顔は全ての修飾と形容を捨てて言うと、『可愛いから癒やされる』に尽きる。
舞衣に弟はいないが、弟がいるとすればこんな感じなのかな? と舞衣にだけ見せる裕太郎の笑顔を見る度に思う。
舞衣もまた、裕太郎を慈しむ笑顔で見る。
心の何処かで裕太郎が幸せになるまではくたばれないとまで思っているに違いない。
