透明人間の輪郭
ここは『奴ら』が過ぎ去るのをじっと耐え忍ぶしかない。耐え忍ぶ訓練をもっと真剣に受けていれば、この苦痛はもう少し楽になっていたかもしれない。
『奴ら』は暫くその場で押し殺したような低い声で話し合った後、きびすを返し、再びゆっくりと歩き始めた。
私は彼らの姿が完全に視界から消えるまで、まるで石像のように一寸たりとも動かなかった。
『奴ら』の気配が完全に消え去ったのを確認した後、私はゆっくりと立ち上がった。ゆっくりとしか立ち上がれなかった。
全身の筋肉は緊張と疲労で悲鳴を上げ、まるで鉛を流し込まれたように重い。
現実問題として、立ち止まっている時間など一秒もない。
『奴ら』はすぐに戻ってくるかもしれない。
公園を抜け出し、再び街の中へと足を踏み入れる。
今度は人通りの多い大通りを避け、裏道や抜け道を縫うように進む。……この世界から姿を消すように、ひっそりと息を潜めて。
空はすっかり明るさを増し、朝の光が街全体を優しく包み込んでいる。優しいイメージの陽光が網膜を焼く。疲労と眠気が、感覚が受ける情報全てをホスタイルに変換しているのだ。
私の心には、依然として鉛色の暗雲が垂れ込めている。
太陽の光は希望の象徴などではない。それは『奴ら』の目をさらに覚醒させ、同時に私の姿を隠すための薄いベールのように感じられた。恐ろしいことに、そのように感じようとしている。認知が歪む音が聞こえてきそうだ。
空腹と渇きが、容赦なく私の体力を奪っていく。
喉は頼りない笛を吹くように渇く。腹の底からは飢餓の叫びが聞こえてくる。
どこかで、水と食料を手に入れなければ、この逃亡を続けることはできない。今の私にはそれすらも至難の業だ。
ふと、古びた佇まいの日用雑貨店が、視界に飛び込んできた。平静を装いつつ……厳密には、何の疲労も感じていないカタギの人間の皮を被ったつもりで、店に爪先を向けて世間がイメージする普通の女の歩幅で歩く。
自動ドアでない押し開きのドアを開ける。
薄暗い雑貨店。天井の間引きされた蛍光灯。蛍光灯の電気代をケチっているのが分かる。店内には年季の入った商品が所狭しと並べられ、埃の匂いが漂っている。商品は回転しているようだが、今時の商店らしく、近隣の新型店舗に押されて売り上げが芳しくないのだろう。
人の気配は、店員の年寄りの男性以外に感じられない。
私は、震える手を鎮め、店の扉を後ろ手ぎみに閉じた。
古びた蝶番が悲鳴を上げ、ギィという軋む音が静まり返った店内に響き渡る。店内BGMが小賢しいコンビニと比べるのは、明らかに間違いな店だ。
レジ奥の薄暗がりから白髪交じりの老いた店主が、やや眉をひそめた表情で顔を出した。
「いらっしゃいませ……」
店主の声は乾いた木擦れのように、かすれて小さかった。
私は手近にあったワゴンから商品を選ばずに掴み、できるだけ穏やかな声で言った。
「すみません、会計お願いします」
店主は物を選ばず、ミネラルウォーターのペットボトルと握り飯3個を掴んでレジ前に置いた私を前にして、老眼鏡をかけてレジを打ち始めた。
私は擦り切れたズボンのポケットから、僅かに残った、濡れて皺くちゃになった紙幣を1枚取り出し、店主の前にあるカルトンに差し出した。
店主はそれをじっと見つめた後、何かを読み取るように目を細め、つい、と奥へと引っ込んだ。
暫くして、店主は古びた大きなグラスに並々と注がれた氷水を持って現れた。
「まあ、飲みなさい『白湯で長っ尻をするより、目を覚まして仕事をしなきゃならんのだろ?』」
私は、この店主は何者かは知らないが、何者でも知っている老人なのだろうと、老年特有の老人環が現れた物静かな瞳をみて『深くこの人物を観察しないように心掛けた。』
何者かは知らないが、何者か知らない方がいい人物。……私は、この世界には、偶に、そのような人物が思わぬ場所で隠居しているのを知っている。尤も、初めて見たが、初めて見ても悟らせるように老人が無言でアピールしていてくれたのかもしれない。
私は、感謝の目礼をして、受け取ったそれを一気に飲み干した。
冷たい水が乾ききった喉を潤し、干上がった体に、活力を与えてくれる。
喉の渇きを癒し、飢えを凌ぐことができた。
『奴ら』は暫くその場で押し殺したような低い声で話し合った後、きびすを返し、再びゆっくりと歩き始めた。
私は彼らの姿が完全に視界から消えるまで、まるで石像のように一寸たりとも動かなかった。
『奴ら』の気配が完全に消え去ったのを確認した後、私はゆっくりと立ち上がった。ゆっくりとしか立ち上がれなかった。
全身の筋肉は緊張と疲労で悲鳴を上げ、まるで鉛を流し込まれたように重い。
現実問題として、立ち止まっている時間など一秒もない。
『奴ら』はすぐに戻ってくるかもしれない。
公園を抜け出し、再び街の中へと足を踏み入れる。
今度は人通りの多い大通りを避け、裏道や抜け道を縫うように進む。……この世界から姿を消すように、ひっそりと息を潜めて。
空はすっかり明るさを増し、朝の光が街全体を優しく包み込んでいる。優しいイメージの陽光が網膜を焼く。疲労と眠気が、感覚が受ける情報全てをホスタイルに変換しているのだ。
私の心には、依然として鉛色の暗雲が垂れ込めている。
太陽の光は希望の象徴などではない。それは『奴ら』の目をさらに覚醒させ、同時に私の姿を隠すための薄いベールのように感じられた。恐ろしいことに、そのように感じようとしている。認知が歪む音が聞こえてきそうだ。
空腹と渇きが、容赦なく私の体力を奪っていく。
喉は頼りない笛を吹くように渇く。腹の底からは飢餓の叫びが聞こえてくる。
どこかで、水と食料を手に入れなければ、この逃亡を続けることはできない。今の私にはそれすらも至難の業だ。
ふと、古びた佇まいの日用雑貨店が、視界に飛び込んできた。平静を装いつつ……厳密には、何の疲労も感じていないカタギの人間の皮を被ったつもりで、店に爪先を向けて世間がイメージする普通の女の歩幅で歩く。
自動ドアでない押し開きのドアを開ける。
薄暗い雑貨店。天井の間引きされた蛍光灯。蛍光灯の電気代をケチっているのが分かる。店内には年季の入った商品が所狭しと並べられ、埃の匂いが漂っている。商品は回転しているようだが、今時の商店らしく、近隣の新型店舗に押されて売り上げが芳しくないのだろう。
人の気配は、店員の年寄りの男性以外に感じられない。
私は、震える手を鎮め、店の扉を後ろ手ぎみに閉じた。
古びた蝶番が悲鳴を上げ、ギィという軋む音が静まり返った店内に響き渡る。店内BGMが小賢しいコンビニと比べるのは、明らかに間違いな店だ。
レジ奥の薄暗がりから白髪交じりの老いた店主が、やや眉をひそめた表情で顔を出した。
「いらっしゃいませ……」
店主の声は乾いた木擦れのように、かすれて小さかった。
私は手近にあったワゴンから商品を選ばずに掴み、できるだけ穏やかな声で言った。
「すみません、会計お願いします」
店主は物を選ばず、ミネラルウォーターのペットボトルと握り飯3個を掴んでレジ前に置いた私を前にして、老眼鏡をかけてレジを打ち始めた。
私は擦り切れたズボンのポケットから、僅かに残った、濡れて皺くちゃになった紙幣を1枚取り出し、店主の前にあるカルトンに差し出した。
店主はそれをじっと見つめた後、何かを読み取るように目を細め、つい、と奥へと引っ込んだ。
暫くして、店主は古びた大きなグラスに並々と注がれた氷水を持って現れた。
「まあ、飲みなさい『白湯で長っ尻をするより、目を覚まして仕事をしなきゃならんのだろ?』」
私は、この店主は何者かは知らないが、何者でも知っている老人なのだろうと、老年特有の老人環が現れた物静かな瞳をみて『深くこの人物を観察しないように心掛けた。』
何者かは知らないが、何者か知らない方がいい人物。……私は、この世界には、偶に、そのような人物が思わぬ場所で隠居しているのを知っている。尤も、初めて見たが、初めて見ても悟らせるように老人が無言でアピールしていてくれたのかもしれない。
私は、感謝の目礼をして、受け取ったそれを一気に飲み干した。
冷たい水が乾ききった喉を潤し、干上がった体に、活力を与えてくれる。
喉の渇きを癒し、飢えを凌ぐことができた。
