透明人間の輪郭
今の私の唯一にして最大の目標がそれだ。
裏路地を抜け、朝を迎えたばかりの街を彷徨う。
まだ人影はまばらだが、徐々に活動を始める人々の気配が、遠くから聞こえてくる。疲労と眠気で目の霞の間隔が狭くなっている。心なしか体が左右にぶれているような平衡感覚の失調症を覚える。
その喧騒の中に身を隠して、雰囲気だけでも透明人間のように街の風景に溶け込もうとした。……今の私の風貌は少し目立ちすぎる。
『奴ら』の嗅覚は、想像以上に鋭敏だ。
……『そうなっても不思議ではない。』
背後からまるで獲物を定める猛禽のような、鋭い視線を感じた。
「!」
振り返ると黒塗りのセダンが、濡れた路面を滑るように、ゆっくりと私の横を通り過ぎていく。
助手席の男と目が合った。冷酷な、感情の欠片もない眼光。『奴ら』の一人だ。
あの悪夢のような追跡者たちが『そこにいる』。
私は、針で尻を突かれたように再び走り出した。
早朝の表通りを切り裂かんばかりの速さで、必死の形相で街を駆け抜ける。少なくとも全力疾走をしているつもりだった。疲労が鉛のように全身を地面に縫い付けようとするので、実際には大した速度は出ていないだろう。
背後からは、咆哮のようなエンジンの唸りと、けたたましいクラクションの音が追い立てて来る。少ないとは言え衆人環視の中で私を轢き殺すのは遠慮してるのか? 逃げない人間を殺しても面白くないから態と走らせて距離を稼がせたのか?
逃げなければ。
生き延びなければ。
ジャケットの内ポケットで、S&W M351cを握りしめる手に、一層力が籠る。
残りの実包は、たった3発。
一発たりとも、無駄にはできない。
それは今の私にとって、最後の切り札であり、『この先』を繋ぐ細い糸なのだ。
街中の防災公園の茂みに飛び込み、鬱蒼とした木々の陰に身を隠す。
荒い息を潜め神経を研ぎ澄ませて、追っ手の気配を探る。
エンジンの音は遠ざかったようだが、まだ油断はできない。
『奴ら』は狡猾な狩人のように獲物が疲弊するのを待ち構えているのかもしれない。……いや、待ち構えている。……同じ立場なら私もそうするからだ。
所々が色褪せた樹脂のベンチの陰で、私はS&W M351cのシリンダーをスイングアウトさせて再確認した。
残弾は僅か3発。
たった3発の銃弾でこの状況を打破しなければならない。
あまりにも心許ない戦力。それでも、指を咥えて死を待つよりは遥かにマシだ。
公園の遊歩道を数人の『奴ら』がゆっくりと歩いてくる。
見慣れた顔だ。
昨夜、あの雨の路地裏で、私を追い詰めた連中だ。『奴ら』は獲物の匂いを嗅ぎつける猟犬のように、鋭い視線を周囲に走らせている。
その顔には焦燥と苛立ちが滲み出ている。
私は古木の幹の陰に移動して身を潜め、心臓が破裂しそうなほどの拍動を抑え込もうと呼吸を貪る。
この五月蝿い心臓の音が『奴ら』の耳に届いてしまうのではないかという、拭い去れない恐怖に襲われる。今は立とうが座ろうが、何をやっても不安に直結してしまう。自分の視野と思考が狭くなっているのを自覚しながらも、それらを振り払う術は知らない。
『奴ら』は、私の隠れている場所のすぐ近くで足を止めた。隠れている場所が特定されたわけではないようだ。もっと細かく素早く移動を繰り返したいが、疲労と眩暈で足がもつれてしまいそうなので息を殺すしかない。
低い、押し殺したような声で何かを話し合っている。内容は断片的にしか聞こえないが、その声色からは獲物を逃した焦りと、必ず捕らえようとする執念が伝わってくる。
「一体どこへ消えやがった?」
低い、喉を絞り出すような声が耳に突き刺さる。
「まだこの公園内にいるはずだ。よく捜せ」
別の男の冷酷な声が答える。その会話からして、この場に指揮官と兵卒が居ることが分かっただけでも助かる。戦力の解析は重要だ。
私はS&W M351cのつや消しの銃身に指を這わせた。
今、引き金を引くべきか?
だが、連中の数は3人。
3対1。
冷静に考えれば、勝ち目などありはしない。
裏路地を抜け、朝を迎えたばかりの街を彷徨う。
まだ人影はまばらだが、徐々に活動を始める人々の気配が、遠くから聞こえてくる。疲労と眠気で目の霞の間隔が狭くなっている。心なしか体が左右にぶれているような平衡感覚の失調症を覚える。
その喧騒の中に身を隠して、雰囲気だけでも透明人間のように街の風景に溶け込もうとした。……今の私の風貌は少し目立ちすぎる。
『奴ら』の嗅覚は、想像以上に鋭敏だ。
……『そうなっても不思議ではない。』
背後からまるで獲物を定める猛禽のような、鋭い視線を感じた。
「!」
振り返ると黒塗りのセダンが、濡れた路面を滑るように、ゆっくりと私の横を通り過ぎていく。
助手席の男と目が合った。冷酷な、感情の欠片もない眼光。『奴ら』の一人だ。
あの悪夢のような追跡者たちが『そこにいる』。
私は、針で尻を突かれたように再び走り出した。
早朝の表通りを切り裂かんばかりの速さで、必死の形相で街を駆け抜ける。少なくとも全力疾走をしているつもりだった。疲労が鉛のように全身を地面に縫い付けようとするので、実際には大した速度は出ていないだろう。
背後からは、咆哮のようなエンジンの唸りと、けたたましいクラクションの音が追い立てて来る。少ないとは言え衆人環視の中で私を轢き殺すのは遠慮してるのか? 逃げない人間を殺しても面白くないから態と走らせて距離を稼がせたのか?
逃げなければ。
生き延びなければ。
ジャケットの内ポケットで、S&W M351cを握りしめる手に、一層力が籠る。
残りの実包は、たった3発。
一発たりとも、無駄にはできない。
それは今の私にとって、最後の切り札であり、『この先』を繋ぐ細い糸なのだ。
街中の防災公園の茂みに飛び込み、鬱蒼とした木々の陰に身を隠す。
荒い息を潜め神経を研ぎ澄ませて、追っ手の気配を探る。
エンジンの音は遠ざかったようだが、まだ油断はできない。
『奴ら』は狡猾な狩人のように獲物が疲弊するのを待ち構えているのかもしれない。……いや、待ち構えている。……同じ立場なら私もそうするからだ。
所々が色褪せた樹脂のベンチの陰で、私はS&W M351cのシリンダーをスイングアウトさせて再確認した。
残弾は僅か3発。
たった3発の銃弾でこの状況を打破しなければならない。
あまりにも心許ない戦力。それでも、指を咥えて死を待つよりは遥かにマシだ。
公園の遊歩道を数人の『奴ら』がゆっくりと歩いてくる。
見慣れた顔だ。
昨夜、あの雨の路地裏で、私を追い詰めた連中だ。『奴ら』は獲物の匂いを嗅ぎつける猟犬のように、鋭い視線を周囲に走らせている。
その顔には焦燥と苛立ちが滲み出ている。
私は古木の幹の陰に移動して身を潜め、心臓が破裂しそうなほどの拍動を抑え込もうと呼吸を貪る。
この五月蝿い心臓の音が『奴ら』の耳に届いてしまうのではないかという、拭い去れない恐怖に襲われる。今は立とうが座ろうが、何をやっても不安に直結してしまう。自分の視野と思考が狭くなっているのを自覚しながらも、それらを振り払う術は知らない。
『奴ら』は、私の隠れている場所のすぐ近くで足を止めた。隠れている場所が特定されたわけではないようだ。もっと細かく素早く移動を繰り返したいが、疲労と眩暈で足がもつれてしまいそうなので息を殺すしかない。
低い、押し殺したような声で何かを話し合っている。内容は断片的にしか聞こえないが、その声色からは獲物を逃した焦りと、必ず捕らえようとする執念が伝わってくる。
「一体どこへ消えやがった?」
低い、喉を絞り出すような声が耳に突き刺さる。
「まだこの公園内にいるはずだ。よく捜せ」
別の男の冷酷な声が答える。その会話からして、この場に指揮官と兵卒が居ることが分かっただけでも助かる。戦力の解析は重要だ。
私はS&W M351cのつや消しの銃身に指を這わせた。
今、引き金を引くべきか?
だが、連中の数は3人。
3対1。
冷静に考えれば、勝ち目などありはしない。
