♯003『裏側俯瞰図』
自分を俯瞰し、他者を俯瞰し、社会のシステム全体を自分でもドン引きするほどの高度な視点から観察し続けた結果、私はある日、致命的な真理に到達してしまった。……と言う錯覚であってほしいと願う自分も同時に存在する。
人間の行動、欲望、社会の動向、そして自分自身の未来。それらの全てが、HPA軸的アルゴリズムの帰結に過ぎないという事実に。今でもこれすら自分の自惚れであってほしいと願っている。そうあらねばならないと強く信じている。世界はもっと複雑怪奇なはずなのだ。人間の心理的行動とは統計的確率的な傾向であって、決定論的な法則ではない。個人の意思決定には、その日の体調、血糖値、微細な感情の揺れ、外部環境の突発的ノイズといったカオス理論的要素が複雑に干渉しているはずなのだ。
決定論的予測可能性――初期値が完全ならば、その後の状態や物理法則などの決定論的な規則に従って定まるシステムに於いて、将来の状態をどこまで正確に予測できるかという限界やその度合い――に陥っているのだろうか?
あらゆる出来事は原因と結果の単純なチェーンであり、誰もが与えられた環境と脳の配線に従って踊らされているだけの操り人形。
私自身もまた、『高いメタ認知を持つ孤立した人間』という典型的なパターンをなぞっているに過ぎない。
『この世の全ての結末が見えてしまった』。という認知的完結欲求が満たされたのだ。人間は本能的に、自力で言語化できない事象を『悪い物』として処理する。その積み重なった山のような『悪い物』が一気に解決してしまったと、人間の本能を司る部分が納得してしまった。
私の認識が変わった瞬間だった。
その瞬間、圧倒的な虚無感が私を襲った。
熱量は消え失せ、あらゆる欲望が摩耗した。
完全なバーンアウト。……会社で倒れて病棟内で過ごしていた時にそれらが怒涛のように流れ込み変化し、固定化した。
それが【八坂通運】やアンダーグラウンドから距離を置き、世間の片隅でただ死を待つような生活を選んだ理由だ。
※ ※ ※
「ここまでにしませんか? あのー、その。私、もう賭けるだけのタネは持ってないんですよー」
私は眉を落として心底困った顔で、破顔したままのおじさんを見た。おじさんの『勝利感の魔法』はそろそろ解ける。おじさんが冷静に損得勘定が出来るように、私は惨めな敗北者の表情を作り続ける。おじさんのドーパミンが覚めて、自分が損をしたままだと分かればこの場で勝負は終わり。おじさんは私を『今度から身包み剥がせるカモ』だという認識を改めにくいので、また、金を稼いで私に勝負を挑んでくる。
博打というのは『手』を読んで長考するタイプと乗るか反るかで即決するタイプに分かれる。……つまり、私よりも年上で恐らく、脳内がハイとローの伝達物質で大忙しのおじさんの頭は、もう、疲労している。ドーパミンの興奮による麻痺麻酔の効果はもうすぐ切れる。
「しょうがないなー。ま、次回は頑張りなさい」
おじさんは上機嫌でそう言った。私の目の前に数枚の札を置いたのに、自分がトータルで負けたのに、最後の最後で『見事などんでん返しの大勝利』を得たので、気が大きくなっている。
「ありがたく頂戴します。好い手を教えていただきました」
おじさんはうんうんと頷いて、小汚いプレハブから出て行った。
おじさんには気持ちよく勝利したという気分だけ持ち帰ってもらう。私は賭け金をジャージのポケットに押し込む。予め決めていた一万円札を一枚、検分役の木村に渡す。
「あー、あのおっさん、次から『転げるぞ』」
木村は閉められたスライドドアを見て、ガラスの向こうに見えるおじさんの背中を哀れそうに見る。
ピークエンドの法則。『終わり良ければ全て良し』。
ボロい木造二階建ての共有住宅の【かつしか荘】。築40年以上らしい。
築40年モノのこの建物には、社会の主権的なレールから外れた『境界線の住人たち』が暮らしている。
売れない夢を追い続けて精神を摩耗させているミュージシャン志望の青年、対人恐怖症で部屋から出てこない元システムエンジニアの若い女性、そして幼い娘を抱えて昼夜問わず働く私と同年代だというシングルマザー。
彼らは私にとって極めて安全な存在だ。利害関係もなく、他者を陥れるような高度な悪意を持たない。ただ今日を生きるために不器用に世間の端で、日銭に喘いでいる。
ここでは『困った時はお互い様』の精神でないと生活できない。私でさえ、他の住人の髪を切ったり、病に伏せっている時には代理で買い出しに行く。小さく脆く弱く、それでいて、強い紐帯の住人たち。彼彼女らも、隣人が困っていれば自分ができる範囲のことをして紐帯を維持しようとする。身内からも友人からも縁を切られた、または切った住人からすれば、それぞれが家族同然の間柄だと勝手に認識している節がある。……時々、私に向けられる正体不明の視線を除けば。どうせ、【八坂通運】の監視だろう。
人間の行動、欲望、社会の動向、そして自分自身の未来。それらの全てが、HPA軸的アルゴリズムの帰結に過ぎないという事実に。今でもこれすら自分の自惚れであってほしいと願っている。そうあらねばならないと強く信じている。世界はもっと複雑怪奇なはずなのだ。人間の心理的行動とは統計的確率的な傾向であって、決定論的な法則ではない。個人の意思決定には、その日の体調、血糖値、微細な感情の揺れ、外部環境の突発的ノイズといったカオス理論的要素が複雑に干渉しているはずなのだ。
決定論的予測可能性――初期値が完全ならば、その後の状態や物理法則などの決定論的な規則に従って定まるシステムに於いて、将来の状態をどこまで正確に予測できるかという限界やその度合い――に陥っているのだろうか?
あらゆる出来事は原因と結果の単純なチェーンであり、誰もが与えられた環境と脳の配線に従って踊らされているだけの操り人形。
私自身もまた、『高いメタ認知を持つ孤立した人間』という典型的なパターンをなぞっているに過ぎない。
『この世の全ての結末が見えてしまった』。という認知的完結欲求が満たされたのだ。人間は本能的に、自力で言語化できない事象を『悪い物』として処理する。その積み重なった山のような『悪い物』が一気に解決してしまったと、人間の本能を司る部分が納得してしまった。
私の認識が変わった瞬間だった。
その瞬間、圧倒的な虚無感が私を襲った。
熱量は消え失せ、あらゆる欲望が摩耗した。
完全なバーンアウト。……会社で倒れて病棟内で過ごしていた時にそれらが怒涛のように流れ込み変化し、固定化した。
それが【八坂通運】やアンダーグラウンドから距離を置き、世間の片隅でただ死を待つような生活を選んだ理由だ。
※ ※ ※
「ここまでにしませんか? あのー、その。私、もう賭けるだけのタネは持ってないんですよー」
私は眉を落として心底困った顔で、破顔したままのおじさんを見た。おじさんの『勝利感の魔法』はそろそろ解ける。おじさんが冷静に損得勘定が出来るように、私は惨めな敗北者の表情を作り続ける。おじさんのドーパミンが覚めて、自分が損をしたままだと分かればこの場で勝負は終わり。おじさんは私を『今度から身包み剥がせるカモ』だという認識を改めにくいので、また、金を稼いで私に勝負を挑んでくる。
博打というのは『手』を読んで長考するタイプと乗るか反るかで即決するタイプに分かれる。……つまり、私よりも年上で恐らく、脳内がハイとローの伝達物質で大忙しのおじさんの頭は、もう、疲労している。ドーパミンの興奮による麻痺麻酔の効果はもうすぐ切れる。
「しょうがないなー。ま、次回は頑張りなさい」
おじさんは上機嫌でそう言った。私の目の前に数枚の札を置いたのに、自分がトータルで負けたのに、最後の最後で『見事などんでん返しの大勝利』を得たので、気が大きくなっている。
「ありがたく頂戴します。好い手を教えていただきました」
おじさんはうんうんと頷いて、小汚いプレハブから出て行った。
おじさんには気持ちよく勝利したという気分だけ持ち帰ってもらう。私は賭け金をジャージのポケットに押し込む。予め決めていた一万円札を一枚、検分役の木村に渡す。
「あー、あのおっさん、次から『転げるぞ』」
木村は閉められたスライドドアを見て、ガラスの向こうに見えるおじさんの背中を哀れそうに見る。
ピークエンドの法則。『終わり良ければ全て良し』。
ボロい木造二階建ての共有住宅の【かつしか荘】。築40年以上らしい。
築40年モノのこの建物には、社会の主権的なレールから外れた『境界線の住人たち』が暮らしている。
売れない夢を追い続けて精神を摩耗させているミュージシャン志望の青年、対人恐怖症で部屋から出てこない元システムエンジニアの若い女性、そして幼い娘を抱えて昼夜問わず働く私と同年代だというシングルマザー。
彼らは私にとって極めて安全な存在だ。利害関係もなく、他者を陥れるような高度な悪意を持たない。ただ今日を生きるために不器用に世間の端で、日銭に喘いでいる。
ここでは『困った時はお互い様』の精神でないと生活できない。私でさえ、他の住人の髪を切ったり、病に伏せっている時には代理で買い出しに行く。小さく脆く弱く、それでいて、強い紐帯の住人たち。彼彼女らも、隣人が困っていれば自分ができる範囲のことをして紐帯を維持しようとする。身内からも友人からも縁を切られた、または切った住人からすれば、それぞれが家族同然の間柄だと勝手に認識している節がある。……時々、私に向けられる正体不明の視線を除けば。どうせ、【八坂通運】の監視だろう。
