♯003『裏側俯瞰図』


それが恐ろしかった18歳の私は、幸せしか知らない無辜の魂を『消し去った』。


 夏の暑さが一段落ついたとはいえ、まだエアコンが命綱の季節。
 ホームセンターの特価で買ったチープカシオの時刻表示が正しければ今は午後4時半を経過したばかりだ。
 いい年をした女が薄っぺらいデジタルのチープカシオに短い煙草を銜えて神妙な顔をしているのは、事情を知らぬ人間が見ると、即座に不穏を察するだろう。……私としては、安っぽいファッションではなく、安っぽい物で妥協している人間を演じたいのでこれで十分だった。
 腕まくりをした白いカッターシャツ――メンズ用品の最小寸法――に紺色のトレーニングパンツ。ビーチサンダルを履くために足は裸足。黒い無地のジャッジ帽。怪しげと言うよりも、気配を消すのではなく、すれ違う人間の無意識に『関わると不快だ』という僅かな拒絶感を植えつけ、視線を弾かせる。それが私の『偽装』だった。まあ、確かに女としてはやや無頓着な風貌なのは否定できない。
 暗く湿った六畳間に、ショートホープの甘く濃い煙が淀んでいる。
安煙草の代表格とされるこの短小な一本。……今の私にとっては唯一の『現実との繋ぎ止め』。つまりアンカーだ。フィルターのすぐ近くまで火種が迫ると、指先に走る熱さでようやく自分が生きていることを実感できる。厳密には生きている存在だと実感できる。
「三種(みつざね)さん、また詰んだフリしておっさんを煽ってんの?」
 検分役の中年の男が口を挟む。フリーの勝負師が衝突する空間では必ず第三者が居ないと簡単に刃傷沙汰になるので、誰かが居ると、それだけで抑止力となる。買収されていなければの話だが。
 場末の雀荘……の、裏手にひっそりと存在する、非合法の賭け将棋場。ただの裏庭同然の僅かな空間。その空間に物置と言う名目で設置された小型のプレハブ。煙草の煙が空気を酷く汚すが、この季節にエアコン無しでの勝負はいくら私でもごめん被る。
 床の上に一対のパイプ椅子とそれを挟む折り畳みテーブル。窓を全てカーテンで閉ざされた部屋の天井には蛍光灯により光源が確保されている。この勝負を他人から見られるのはリスクが大きいので検分役と勝負師しか居ない。
 パイプ椅子に深く腰掛けた私の向かいで、同じくパイプ椅子に腰かけて前傾姿勢で、額に脂汗を浮かべた中年男が飛車の駒を握りしめたまま震えている。目がぎらついている。……もう少しかな。
「まさか。私はただ、桂馬の跳ね方に迷ってるだけですよ、木村さん」
 検分役の癖に口を挟む木村を口先だけで非難する私。
 私は五十絡みの小太りなおじさん相手に『神妙な顔で盤面を睨む演技』をしているというのに、それを観戦している木村という名で通っている近所の中年男性は遠慮なく私の戦法を暴露する。彼もまた、私の戦法で痛い目に遭っている被害者だった。お陰で今はもう私の相手はしてくれない。
 私。
 一応、三種(みつざね)の苗字で通っている。27歳、無職。
 私の『見ている世界』は、率直に言って酷く退屈で、結末の分かりきった三文小説に似ている。
 私の脳は、独学で修めた社会心理学と行動経済学、そして自分を守るために常時自動でフル稼働している防衛機制の副産物であるメタ認知能力によって駆動している。『苦痛を自分と切り離して観察してデータ化するこの能力のお陰で、道を踏み外した方が安全だと、理解してしまったのだ』。
 相手の眼球の僅かな動き、呼吸のリズム、駒を置く強さ、着ているジャケットの袖や襟の擦れ具合。それらの情報が意識する間もなく脳内で統合され、相手の心理状態が大雑把なロードマップとして読み解き易くなる。勿論、それらを統合するために勝負の前に、お互い煙草を吸いながらアイスブレイクに相当する挨拶をかわしつつ、私は密かにおじさんをサンプリングしていたのも事実。
 サンプリングの中で、おじさんは自分の腕前に絶対の自信を持っているという貴重な情報を拾った。『自分の腕前に自信が有る』と言うのは自身の武器にも弱点にもなる。
 今、向かいにいる対戦相手のおじさんの脳内では認知の正当化が起きている。顔色を見ればわかる。おじさんは今日、立て続けに3回、私の咳払いや落胆の吐息などの盤外での心理的揺さぶりの通りに「非常に惜しい負け」を喫している。人間の脳は「あと一歩で勝てた」というニアミスの体験を、勝利と同等かそれ以上の快楽として誤認する。
 認知の歪みによって『次こそは勝てる』と自分を鼓舞し、持ち金の限界までレイズを重ねる。私はおじさんを素直に勝たせているわけでも、力でねじ伏せているわけでもない。ただおじさん自身が勝手に罠へ落ちていく道筋に、静かにレールを敷いてあげているだけだ。
「……王手」
 おじさんが絞り出すような声で駒を打つ。私はその苦しそうな声の影に……口角が僅かに上がったのを見逃さなかった。自分が優位に立ったという心理的な万能感。勝利を確信すれば誰でも抱く感情。それが真に恐ろしいのは、万能感故に無謬を信じ、絶対の失敗を計算しない事だ。
 私は『打たせた王手』に対して満足した。我ながら、綺麗な負け方だ。
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