♯002『冷めたノイズ』

 フィルター付きのピースをくわえて階段に再び座り込み、空を見る。紫煙が空へと吸い上げられていく。
 昔は抜けるような青い空と言う表現が有ったらしいが、生憎、私が生まれたときには辺りの老人が言う所の、『汚い空』だった。
 左手が健在ならメモ帳を開き、先ほどの出来事をバレットで殴り書きして淡々と記録するだろう。
 今は口に咥えたピースを指で支えるのに忙しいので、メモ帳へのプログレッシブライティングじみた記録は後回しにしようと思う。
 どうせ忘れるだろう。人間の記憶はエビングハウスの忘却曲線で示される通りに、揮発するように忘れていく。
 休講は明日も続くだろう。バカ騒ぎのノイズも、消えることはない。
 私はもう一度、新しいピースを吸うかどうか紺色の小さな紙箱を見ながら思案する。
 スライドボックスには、あと2本しかない。今日を乗り切るには心許ない。


 たった一人のインフルエンサーとその取り巻きが、ポピュリズム政党と反体制思想を餌食にしたビジネススキームと結託し、何も分からぬまま強大で凶悪なスラッジによって引き起こされた政権打倒のワンイシューだけで、先進国の一角は簡単に混乱の渦に飲み込まれるという脆弱性を露呈して、もう4年。
 民衆と言うより、服を着た原始人である我々は、HPA軸を刺激されると、いとも簡単に自分たちが住む平和な社会を、支配された社会構造で成り立っていると錯覚し、伝播し、後先考えずに『自分の快適な家』を破壊する。

 SNSでたった一行でバズったレトロな革命ごっこの記号。
 それがこの様だ。

 昔は良かったとはよく聞くが、生憎、私が生まれた時は辺りの老人が言う所の、『けしからん世の中』だった。

≪冷えたノイズ ・了≫
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