淑女ならざる者の脳科学
―――リボルバー胼胝!
自分の右手の指にも見られる、同じタイプの特徴的な胼胝なのでその青年が『自分と同じ得物』に執着している種族だと理解した。
「お噂はかねがね。平木さんよぉ、あんた、都市伝説なんだってなー。かー、カッコイイなぁもう!」
青年は白い歯を見せてけらっと嗤う。
左手で前髪を軽く掻き上げる青年。美妙は青年の視線と右手の人差し指を交互に見て喉の両側……胸鎖乳突筋と舌骨の動きを見た。
―――親愛。畏敬。同族嫌悪……。
―――誇り……羨む……。
美妙の眼には青年の姿は別に異質でも何でもない普通の人間に見えた。善人か悪人かではなく、それを含み孕んだ意味での人間だ。極めて純粋に人間臭い。
軽佻浮薄の皮を被ってはいるが、その本体は承認欲求に肥大化された、『存在の誇示』。……あたかもSNSでインプレッションが稼げなければ自分の人生に価値は無いとでも言いたい、『ありふれた若者』そのものだ。
そしてその熱意が『恐ろしかった』。
リボルバー胼胝は中途半端にリボルバーを扱っていては絶対に成長しない皮膚の変形だ。かなり早い時期からリボルバーに慣れ親しんでいる。それも胼胝ができるほど。
畢竟、『目立つためにはいかなる手段も選ばない。自分が吐血するような努力をするだけで目立てるのならその努力をする』という異質な方向への思い込みが見て取れた。
認知の歪み。
俗物的フィルター。
あらゆる技術を習得して駆使して実践して成果を挙げる事に憑りつかれた人間の、人間の醜い部分が飾られもせずに剥き出しの状態で目の前に居る。
【『名前のない部署』が間接的に流布させている都市伝説。……裏切者に罰を与える人間が居るが……その姿は誰も知らず……その形跡も綺麗に清掃される……。】
『名前のない部署』そのものが抑止力として組織内部の造反や内通や癒着などを防いできた。その噂の一端が、組織内部だけで通用していればいい引き締めと見せしめのための噂に対して、組織とは袖も擦り合わない外部の人間が興味を示して、『知ってはいけない部分まで知ってしまった』と言うのが、実情だろう。
インターネットでのコミュニティ形成が隆盛ゆえに登場した、他人に対する迷惑を何とも思わない動画配信と同じレベル。実に迷惑。実に人間臭い。
裏の世界であっても露出を良しとせず、憚って生きるのが当たり前だと思っていた荒事師に分類される人間の質も随分と変わったものだと美妙は呆れた顔を隠さなかった。
「まあまあ、そんな顔するなよ。じゃあ、ここで口上を述べればそれらしくなるってのかい?」
青年は顔も声も挑発していたが、眦と頬の筋肉、それと連動するような脱力させた右手の人差し指と親指の緊張を見て、いつでも抜いて撃つつもりだととっくの昔に見抜いている。
美妙も緊張は解かなかった。
視野の範囲を拡大。青年に顔だけ向けて視点を左右に振る。
キャンセリング。
キャンセリングとは緊張で視野狭窄に陥るのを防ぐために眼の緊張を解す動作だ。本来は首ごと行うが、今はその暇はない。それでも眼だけでキャンセリングを行ったのは、それだけ、大きな隙を見せたくなかったからだ。
あの青年は、やる。
隙があれば、やる。
視野狭窄解消のためのキャンセリングで辺りの情報を幾つも拾う。
室外機。倒し損ねたベニヤ板。電信柱。ブリキの一斗缶。空き缶。牛乳か何かのガラス瓶。
左右には壁。右手側は朽ちかけの木製の壁。左手側にはコンクリブロックで拵えた壁。
対峙する距離10m。相棒のアストラには残弾3発。予備の弾は左手に用意していない。
青年の、人を小馬鹿にしたような軽い笑顔も『演技だと見抜いている』。顔は笑顔でも喉仏が小さく上下する。顎関節付近に時折力が入っているのを見逃さない。……彼も緊張している。
リボルバー対リボルバー。
青年のリボルバーは何発、装填できる?
残弾3発で間に合うか?
「……くしゅん!」
美妙は突然小さくくしゃみをした。生理的反応は止められない。
生理的反応を『生理的反応だと見抜ける訓練を積んだ人間』はそうそういない。
『くしゃみをする仕草』の中で、美妙の右手は紫電の如く閃いた!
銃声が全ての膠着を打ち砕く。
青年の右足の前方で転がっていた牛乳のガラス瓶が銃弾で弾かれて派手に砕ける。破片が大きく飛散して青年の緊張的防御を更に硬直させる。人間の生理的防御反応として筋肉が硬直する。更に美妙は青年に向かって駆けながら距離を詰める。
青年がガラス片から守るべく顔を覆いながらも右手で3インチと思しきS&Wのリボルバーを引き抜き、牽制の発砲をする。
その数、3発。
ベニヤ板や左手の壁や電信柱に当たってシルバーチップホローポイント弾の柔らかい弾頭は砕け散る。
「!」
―――こいつ!
牽制の発砲だが、計算されていた。ベニヤ板への発砲はそこへは眼を閉じていても狙えるという警告。電信柱やコンクリの壁に38口径のシルバーチップ弾を大きな射角で命中させたのは、砕け散った弾頭の破片を美妙に浴びせるため。
直接打撃として美妙も青年も違いを狙わなかった理由は……10mの距離の間に遮蔽が有ったからだ。倒し損ねたベニヤ板。それ自体は38口径で貫通する段ボールのようなものだ。だが、それを利用されて移動されれば、銃口の直線上から姿が消えれば、正確に叩き込めなくなる。
ベニヤ板があらゆる意味で諸刃の剣となっている。
顔を覆う青年の左足側へ向かって空の一斗缶を蹴り飛ばす。更に駆け寄りながら空き缶を蹴る。
美妙も『無事』ではなかった。
彼が放った弾頭が電信柱に当たって砕けた際に破片が飛び散り、美妙の左目蓋を浅く切った。眼球に影響はないが、目に血が入るの防ぐために固く閉じる。舌打ち。
美妙の『演技のくしゃみ』から先途を切った両者の行動。
美妙は銃のアドバンテージたる『離れた的に弾頭を当てる道具』という大前提を捨てて、真正面から顔面同士をぶつけんばかりに急激に距離を詰める。
美妙は素早い蛇行走法からの不意な壁の三角蹴りで右へ左へと体を不規則に移動させる。右目を閉じているために右側の目測が少しずれるが勘でカバー。
青年は素早くバックダッシュ。それも大きく直線に退くのではなく、不規則な距離、不規則な呼吸の間合いでジグザグに後退。
二人に共通している動作は、即座にスピードローダーを1個、引きずり出して、再装填を終えたと言うことだ。硬い地面に空薬莢や未使用の実包3個が無秩序に跳ねて転がる。
「ちっ!」
青年の顔が崩れる。忌々しく美妙を見る。
距離が瞬く間に詰められて、美妙の左手が毒蛇の如く彼に這い寄り、彼の右手のS&Wをシリンダーを力強く掴む。
「こ、この!」
撃鉄を起こしていないダブルアクションリボルバーは機構上、シリンダーを固定されると撃鉄も引き金も引けなくなる。
美妙は右肘をサッと退く。彼の体から銃口を遠ざける。この距離では美妙もまた、青年にシリンダーを掴まれると自分のアストラリボルバーも彼の銃と同じ道を辿る。
自分の右手の指にも見られる、同じタイプの特徴的な胼胝なのでその青年が『自分と同じ得物』に執着している種族だと理解した。
「お噂はかねがね。平木さんよぉ、あんた、都市伝説なんだってなー。かー、カッコイイなぁもう!」
青年は白い歯を見せてけらっと嗤う。
左手で前髪を軽く掻き上げる青年。美妙は青年の視線と右手の人差し指を交互に見て喉の両側……胸鎖乳突筋と舌骨の動きを見た。
―――親愛。畏敬。同族嫌悪……。
―――誇り……羨む……。
美妙の眼には青年の姿は別に異質でも何でもない普通の人間に見えた。善人か悪人かではなく、それを含み孕んだ意味での人間だ。極めて純粋に人間臭い。
軽佻浮薄の皮を被ってはいるが、その本体は承認欲求に肥大化された、『存在の誇示』。……あたかもSNSでインプレッションが稼げなければ自分の人生に価値は無いとでも言いたい、『ありふれた若者』そのものだ。
そしてその熱意が『恐ろしかった』。
リボルバー胼胝は中途半端にリボルバーを扱っていては絶対に成長しない皮膚の変形だ。かなり早い時期からリボルバーに慣れ親しんでいる。それも胼胝ができるほど。
畢竟、『目立つためにはいかなる手段も選ばない。自分が吐血するような努力をするだけで目立てるのならその努力をする』という異質な方向への思い込みが見て取れた。
認知の歪み。
俗物的フィルター。
あらゆる技術を習得して駆使して実践して成果を挙げる事に憑りつかれた人間の、人間の醜い部分が飾られもせずに剥き出しの状態で目の前に居る。
【『名前のない部署』が間接的に流布させている都市伝説。……裏切者に罰を与える人間が居るが……その姿は誰も知らず……その形跡も綺麗に清掃される……。】
『名前のない部署』そのものが抑止力として組織内部の造反や内通や癒着などを防いできた。その噂の一端が、組織内部だけで通用していればいい引き締めと見せしめのための噂に対して、組織とは袖も擦り合わない外部の人間が興味を示して、『知ってはいけない部分まで知ってしまった』と言うのが、実情だろう。
インターネットでのコミュニティ形成が隆盛ゆえに登場した、他人に対する迷惑を何とも思わない動画配信と同じレベル。実に迷惑。実に人間臭い。
裏の世界であっても露出を良しとせず、憚って生きるのが当たり前だと思っていた荒事師に分類される人間の質も随分と変わったものだと美妙は呆れた顔を隠さなかった。
「まあまあ、そんな顔するなよ。じゃあ、ここで口上を述べればそれらしくなるってのかい?」
青年は顔も声も挑発していたが、眦と頬の筋肉、それと連動するような脱力させた右手の人差し指と親指の緊張を見て、いつでも抜いて撃つつもりだととっくの昔に見抜いている。
美妙も緊張は解かなかった。
視野の範囲を拡大。青年に顔だけ向けて視点を左右に振る。
キャンセリング。
キャンセリングとは緊張で視野狭窄に陥るのを防ぐために眼の緊張を解す動作だ。本来は首ごと行うが、今はその暇はない。それでも眼だけでキャンセリングを行ったのは、それだけ、大きな隙を見せたくなかったからだ。
あの青年は、やる。
隙があれば、やる。
視野狭窄解消のためのキャンセリングで辺りの情報を幾つも拾う。
室外機。倒し損ねたベニヤ板。電信柱。ブリキの一斗缶。空き缶。牛乳か何かのガラス瓶。
左右には壁。右手側は朽ちかけの木製の壁。左手側にはコンクリブロックで拵えた壁。
対峙する距離10m。相棒のアストラには残弾3発。予備の弾は左手に用意していない。
青年の、人を小馬鹿にしたような軽い笑顔も『演技だと見抜いている』。顔は笑顔でも喉仏が小さく上下する。顎関節付近に時折力が入っているのを見逃さない。……彼も緊張している。
リボルバー対リボルバー。
青年のリボルバーは何発、装填できる?
残弾3発で間に合うか?
「……くしゅん!」
美妙は突然小さくくしゃみをした。生理的反応は止められない。
生理的反応を『生理的反応だと見抜ける訓練を積んだ人間』はそうそういない。
『くしゃみをする仕草』の中で、美妙の右手は紫電の如く閃いた!
銃声が全ての膠着を打ち砕く。
青年の右足の前方で転がっていた牛乳のガラス瓶が銃弾で弾かれて派手に砕ける。破片が大きく飛散して青年の緊張的防御を更に硬直させる。人間の生理的防御反応として筋肉が硬直する。更に美妙は青年に向かって駆けながら距離を詰める。
青年がガラス片から守るべく顔を覆いながらも右手で3インチと思しきS&Wのリボルバーを引き抜き、牽制の発砲をする。
その数、3発。
ベニヤ板や左手の壁や電信柱に当たってシルバーチップホローポイント弾の柔らかい弾頭は砕け散る。
「!」
―――こいつ!
牽制の発砲だが、計算されていた。ベニヤ板への発砲はそこへは眼を閉じていても狙えるという警告。電信柱やコンクリの壁に38口径のシルバーチップ弾を大きな射角で命中させたのは、砕け散った弾頭の破片を美妙に浴びせるため。
直接打撃として美妙も青年も違いを狙わなかった理由は……10mの距離の間に遮蔽が有ったからだ。倒し損ねたベニヤ板。それ自体は38口径で貫通する段ボールのようなものだ。だが、それを利用されて移動されれば、銃口の直線上から姿が消えれば、正確に叩き込めなくなる。
ベニヤ板があらゆる意味で諸刃の剣となっている。
顔を覆う青年の左足側へ向かって空の一斗缶を蹴り飛ばす。更に駆け寄りながら空き缶を蹴る。
美妙も『無事』ではなかった。
彼が放った弾頭が電信柱に当たって砕けた際に破片が飛び散り、美妙の左目蓋を浅く切った。眼球に影響はないが、目に血が入るの防ぐために固く閉じる。舌打ち。
美妙の『演技のくしゃみ』から先途を切った両者の行動。
美妙は銃のアドバンテージたる『離れた的に弾頭を当てる道具』という大前提を捨てて、真正面から顔面同士をぶつけんばかりに急激に距離を詰める。
美妙は素早い蛇行走法からの不意な壁の三角蹴りで右へ左へと体を不規則に移動させる。右目を閉じているために右側の目測が少しずれるが勘でカバー。
青年は素早くバックダッシュ。それも大きく直線に退くのではなく、不規則な距離、不規則な呼吸の間合いでジグザグに後退。
二人に共通している動作は、即座にスピードローダーを1個、引きずり出して、再装填を終えたと言うことだ。硬い地面に空薬莢や未使用の実包3個が無秩序に跳ねて転がる。
「ちっ!」
青年の顔が崩れる。忌々しく美妙を見る。
距離が瞬く間に詰められて、美妙の左手が毒蛇の如く彼に這い寄り、彼の右手のS&Wをシリンダーを力強く掴む。
「こ、この!」
撃鉄を起こしていないダブルアクションリボルバーは機構上、シリンダーを固定されると撃鉄も引き金も引けなくなる。
美妙は右肘をサッと退く。彼の体から銃口を遠ざける。この距離では美妙もまた、青年にシリンダーを掴まれると自分のアストラリボルバーも彼の銃と同じ道を辿る。
