淑女ならざる者の脳科学

 玄関の小上がりから土足で踏み込む。どうせ靴は処分する。
 アストラカデックス384を抜き、銃口を天井に向けた状態で撃鉄を起こす。狭い日本式一般家屋なので十分に腕を伸ばしているスペースが無い。腕を伸ばし切ると、伸ばした腕を横から掴まれて機動力も攻撃力も奪われる事態が容易に想像できた。
「…………」
 ―――気配、有り。
 ―――3つ、4つ……5つ。 
 ―――『書類』通りね。
 脳内に【坂口土建】の家屋の見取り図を広げる。同時に仕留めるべき顔ぶれの画像を投影。
 気配の精度を高めるために軍手を外した左掌で壁をべたりと触って家屋全体の振動を感じ取る。これが日本式中流層向け家屋の有難い所だ。25年周期で建て替える事を念頭に設計されており、材質も永く持つものは使われていない。故に、どう考えても築40年近い【坂口土建】は振動だらけで人間の『特徴的な振動』だけを掌から抽出、選別するのは簡単だった。
 目の前2mほどの廊下を直進して木製のドアを左手で勢いよく開け放つ!
「!」
「なんだテメェ!」
「な、な!?」
 3人分の驚愕の視線を浴びながらも美妙は銃口を一番近くーー真正面1mほどにあるソファに座っている熊髭の中年ーーの眉間に38口径を叩き込み、その反動を肩の膂力で抑え、左手側に銃口を振る。この間、1秒。
 再び38口径が吠える。狭い室内に雷が落ちたような衝撃でガラスがビリビリと震える。 
 相棒のアストラをもう一人が居る右手側に振ろうとしたが……。
 スズメバチの羽音のような銃声を挙げてミシンを縫うような弾痕が壁に横一列に穿かれる。
 死のミシン針に巻き込まれないように美妙は素早くバックステップを踏んで踏み込んできたばかりのドアの向こうへ逃げるなり、左足首でドアを引っ掛けて威勢よく叩き付けるように閉める。その閉めたドアを目視するより早く膝を折り、仰向けに上半身を反りながら倒れ、アストラカデックス384の撃鉄を起こす。
 ドアを死のミシンが縫う。小刻みに振動するドアはまるで電動ノコギリに当てられているかのような様子だ。
 ―――短機関銃!
 美妙は特徴的な銃声とドアをまともに貫通できない弱小の口径から、用いられたのはチェコスロバキア製の小型短機関銃Vz.61スコーピオンだと判断した。32口径の自動拳銃用実包は非力だが、スコーピオンの回転数が高いのでまともに死のミシンに巻き込まれれば5、6発は直撃として被ってしまう。
 非力……拳銃の弾の世界では。『人に対して優しい』とは違う。非致死ではない。32口径は木製のドアを貫通してもその向こうにある玄関のガラスを叩くだけで、割るほどの威力は無かった。
 仰向けの姿勢のまま廊下に背中を押し付けて両手を前方に突き出す。木製のドアの真ん中に照準が合わせられる。躊躇わずに引き金を引く。2度、引いた。
 9mmクラスでは非力だと言われているアストラカデックス384の38スペシャル弾でもこの距離――1m――なら木製のドアを貫通する威力はある。致死たらしめるか否かは怪しいが、少なくともその向こうに馬鹿正直に標的が立っていれば負傷させることはできる。
 斯くして、スズメバチの羽音にも似た死のミシン針が沈黙した。
 ドアの向こうで確実に一人分の物体が倒れる音を聞いた。
 残弾2発。
 立ち上がりながらアストラカデックス384のシリンダーを手首のスナップでスイングアウトさせて、使用、未使用問わずに全ての実包をエジェクターロッドを押し込んで左掌に排莢し、素早く作業着のポケットに押し込み、流れるような仕草で後ろ腰から取り出したスピードローダーを空のシリンダーに押し込んで、その尻を捻る。
 再び手首のスナップを効かせてフレームにシリンダーを押し込む。右手を一杯に伸ばして、室内に押し入る。木製のドアを開け放った時に、足元に、鳩尾に1発被弾した男が死にきれないで悶えているのが見えた。その男の許しを請うような呻き声を絞りだしている最中に引き金を引く。
 ダブルアクションでの撃発。重い引き金。放たれた38口径の焼けた弾頭は男の額の真ん中に吸い込まれて後頭部から派手に脳漿が混じった血飛沫を床に咲かせて絶命した。男の右手側にスコーピオン短機関銃が転がっていたが、弾倉交換の途中だったのか、弾倉は銃本体に差さっていなかった。
「!」
 美妙は背筋に氷を押しつけられたような寒気を感じると、脊髄反射的に左半身をドアのフレームに押し当てて、右手と顔面右側だけ廊下に晒して銃口を視線の高さに持ち上げると、3回、引き金を引く。その引き金を引く速さが素早過ぎて、長く尾を引く猟銃の銃声のように聞こえた。
「…………」
「……っ!」
 4m向こうの玄関から上がって左手側に1人の男が銃身とストックを短く切り落とした水平2連発の散弾銃を握って立っていた。
 その男の散弾銃からは硝煙が立ち上っている。
 美妙の銃口からも硝煙が立ち上っている。
 両者が睨み合い、2秒後。美妙は銃を水平に保持したまま左手で右頸部を強く押さえた。目前の散弾銃の男は膝から落ち、正座するようなモーションで座り込み右手側に倒れる。左胸部と舌骨下部に射入孔を開けられて絶命していた。
 美妙は下唇を強く噛んだ。右頸部に散弾の粒が命中したのだ。表皮が浅く削られたらしい。鞭で打たれたような激しい痛みが皮膚の表面で発生する。
 致命傷には遠いが無視するには小癪に痛い。薄く血が浮く。
 早くこの場を離れたい。早くこの仕事を片付けたい。
 脳内に再び、この家屋の見取り図が展開される。
 同時に標的の5枚の写真のうち4枚に大きなバツが書かれる。挙動が思ったより早い。残り一人。
 左掌はまだ暫く右頸部を押さえていたかったので離せない。左掌で壁や廊下に触れて振動から位置や移動速度を割り出すのは不可能だ。それに左掌には彼女自身の血液が付着している。その血液を、指紋と共に壁や廊下に残すわけにはいかない。
 残りの一人は2階に居る。それは確実だ。
 美妙は歩き出す。廊下の踊り場へ銃口を突き出して上下左右に視線の向きと共に警戒する。
 静かだ。待ち構えているのか。……待ち構えているのだろう。
 【坂口土建】の『社員』は所謂鉄砲玉として重宝されてきただけに現場での経験が豊富だ。銃火器の使い方だけでなく、使う人間の行動もよく知っている。その何枚も上を行く美妙だからこそ、ごく短時間で4人を屠ったのだ。普通の三下程度ならこの全長4m程の廊下を渡り切る前に撃ち殺されているだろう。
「……」
 右頸部の痛みに顔を顰めながら美妙は慎重に階段を上る。
 そろそろ4分経過。パトカーが到着するまで約5分。30秒以内でカタを付ける!
 2階まで到達するが緊張の連続と言う心理的ダメージ以外は何も負担は無い。
 異様な雰囲気。2階は空洞のように静かなのだ。家具や調度品は一般家庭並みに揃っているが、それでもその空間は静寂が席巻する無人の空間だった。
 冷汗が背筋を伝う。
 自分は何処からか、狙われている。そんな気配を静かに関知。
 こんな『使い手』が居たのか?
 こんな使い捨て要員の溜まり場にこんな気配の人間がいるとは思えない。事前のデータにも存在しない。
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