カレンダーに無い二月
かなえはアドレナリンで鳩尾が冷たくなっていくのを体感している。世界が静か。狭窄の世界。口角が少しずつ吊り上がる。喉が渇く。今は水を飲んでいる暇は無い。時間の流れすらも意思で制御できるかのような万能感。
空薬莢が飛び散る。壁や天井に当たり、無秩序に床に転がる。
背後で悲鳴。振り返る! 7m向うで転倒する男。味方ではない。手には自動拳銃。直ぐに理解する。足元の空薬莢を踏んで転倒したのだ。空薬莢は人間の体重程度では簡単に変形しない。狭い空間では思わぬ障害物になるのが空薬莢だ。
間髪入れず、仰向けに転倒するその男に向かって発砲。
男の腹部に3バーストが命中。恐らく助からない。失血性ショックで死亡を迎えるだろう。3バーストには弾幕を張る際に撃ち過ぎを防ぐ為に『引き金を1度引いただけで3発しか発砲できない』というコンセプトがあるがそれは後の話し。
1つの標的に対して最低2発の銃弾を叩き込むのが対人戦闘射撃術での大前提とされていた時代の産物だ。ベレッタM93Rはスクリーンの中のようにチンピラが使う拳銃ではない。訓練を受けた一部の特殊部隊が用いる拳銃だ。
一度引き金を引けば必ず命中するように訓練されている。3発も銃弾を叩き込むのはそれまでの32口径や9mmショート、輪胴式の38口径の停止力が低すぎて1発で対象を無力化できなかった事案が多かったゆえだ。後の軍隊の自動小銃がほとんど、3バーストを搭載しているが、これは単純に未熟な兵士が恐慌状態に陥って無駄撃ちをするのを防ぐ為でもある。
右腰の位置に愛銃をホールド。小脇を締める。肘を後ろへ引き気味に。両足は肩幅に。腰の重心位置を軽く落とす。
先ほどの構えとはまた違っている。今度は、移動しながら撃つのではなく、その場で足を固定して目前に突如現れる標的を素早く仕留めるための構えだ。全身で3バーストの反動を吸収。
この船のこの位置に手強い相手が居座っているというアピール。相手が少々の場を踏んだ人間なら、違和感を覚えて警戒するだろう。この構えを見ずに銃口の前に飛び出て来ようものなら……。
「がっ!」
3バースト。弾倉交換。
前方5mの角を無警戒に飛び出てきた人影は右脇腹に3発の熱い弾等の直撃を受けてその場に崩れ落ちた。
9mmパラベラムの停止力の3倍は44マグナム約1発分。
ベレッタの3バーストの直撃を受けるという事は、44マグナムに匹敵するエネルギーを叩き込まれたのと同じ初活力だ。
その場から動かずに、どれだけの標的が潜伏しているか不明の閉鎖的空間で銃撃戦を展開するのは『陸上なら不利』だ。足元は揺れているのだ。外は風が強くやや時化。この程度の船なら左右にランダムなパターンで揺れる。移動しながらの発砲は足場が確立しているからこそ成り立つ。
滑り止めが施された安全靴でも船全体が揺れているのでは感覚が狂う。人間は就寝していても、傾度がたったの3度の床で寝ていると体調を崩す繊細な生き物だ。船の揺れに常に晒されていると、船乗りでもない限り、テーマパークのアトラクションを走っているのと変わらないストレスを無意識の内に感じる。
従って、『陸上なら』こまめな移動を繰り返してクリアリングを行うのがセオリーだが、常に揺れる船内では逆に移動を少なくして『穴場』に陣取り、固定銃座と化した方が安定した射撃を行いやすい。勿論、それを行うには相手は移動し、自分は居座ると云う公式が成り立たないと根底から崩れる戦術だ。
発砲。発砲。
目の前でマズルフラッシュが瞬く。腰の辺りでベレッタを構えていたが、長いコンペンセイター――銃火とガスを上下左右へ散らし視界を確保する、銃身に開いた細長い溝状の孔――から飛び散った火薬滓が頬を叩く。熱くはない。咄嗟の反応で肌の表面が引き攣る。
かなえの判断は正しく、それが証明される。
発砲を数回繰り返し、一人を仕留めるたびに、左軸足を中心に前後、交互に向きを変える。一本の廊下の真ん中でかなえが陣取っている。船内の地図は脳内に叩き込んでいる。この船のメインの廊下とその階段を占拠すれば数人でも長時間戦える。
弾倉交換。20連発のロングマガジンを掌に受けて、新しい弾倉を左手で抜き様にマグウェルに叩き込む。残弾0発を知らせるスライドオープン。それを解除するべくスライドリリースレバーを押し下げる。近年の軍用自動拳銃はほとんど、残弾が無くなるとスライドが後退して射手に弾倉交換を促す。古いドラマのように弾の切れた自動拳銃の引き金を何度も引く前に気が付く。スライドが後退した状態だと引き金はフリーになるので引いてもカチッという手応えはない。
スライドリリースレバーを下げると自動的にスライドは勢いよく元の位置に戻りつつ、弾倉の一番上の実包を押し上げて薬室に押し込む。撃鉄は撃発位置まで起きたままなので軽いトリガープルで初弾を発砲することが可能だ。
常に3バーストで発砲。弾薬の消費が激しい。本来なら1度引き金を引けば1発だけ発砲するセミオート射撃が推奨される。特に鉄火場であればどれだけ現場が長引くかわからない。弾薬の節約や適切なセレクティブ――セミ、3バーストの切り替え――が望まれる。国外のシューティングスクールで習得した技術の一つ……というより概念の一つに、撃ち込むのなら容赦はしないことだと教えられた。後々を考えて弾薬を節約するよりも、この場で有りっ丈の火力をぶつけて敵を無力化させないと死力を振り絞った反撃でこちらが致命傷を受ける。
敵が麻薬やアルコールでハイテンションになっていて神経が鈍って痛覚が麻痺している不感症状態なら被弾した激痛で動きを止めることは無い。普通の人間は胴体に1発でも被弾すると激痛のあまりに脱力してその場で崩れる。あるいは、浅く肉を削っただけでもパニックを起こしてまともな判断を下せなくなる。場合によっては脳が意識を遮断して気絶する。
それらを麻薬やアルコールは鈍らせてしまうのだ。
それらを摂取している人間を拳銃弾で黙らせる方法は2つ。
頭を撃ち抜くか。
胴体に複数発叩き込むか。
それしかない。
鉄火場では標的一人一人に対して薬物使用をチェックしている暇など無い。全員、薬物中毒だと想定して、的確に腹や胸に3発叩き込む。尚、近年の人気映画で有名なCARシステムと組み合わせた『セミオートで頭部に1発、胴体に2発銃弾を叩き込む』、モザンビークドリルなるテクニックが有名だが、これは3バースト機構を備えていない銃火器での手法だ。『頭部に2発、心臓に2発の銃弾を叩きこむ』コロラド撃ちはギャングの死刑執行スタイルなので、やや趣旨が違う。……拳銃の口径を問わずに『胴体に2発、銃弾を叩き込む』ダブルタップでは停止力不足だと言われて久しい時期に生まれたのが3バースト機構である。そのコンセプトは今のかなえに最も適している。
何より、鉄火場での働きが名刺になるという考え方を導入してから、どんな小さな仕事でも出し渋りをしなくなっていた。銃弾も頭脳も技術も温存していない。出し惜しみしていない。考えた必殺技を早く披露すれば、それの課題が早く見つかり、早い時期に改善する時間が設けられるからだ。
改良に次ぐ改良。課題の各個撃破。問題を放置しない。研鑽を怠らない。
空薬莢が飛び散る。壁や天井に当たり、無秩序に床に転がる。
背後で悲鳴。振り返る! 7m向うで転倒する男。味方ではない。手には自動拳銃。直ぐに理解する。足元の空薬莢を踏んで転倒したのだ。空薬莢は人間の体重程度では簡単に変形しない。狭い空間では思わぬ障害物になるのが空薬莢だ。
間髪入れず、仰向けに転倒するその男に向かって発砲。
男の腹部に3バーストが命中。恐らく助からない。失血性ショックで死亡を迎えるだろう。3バーストには弾幕を張る際に撃ち過ぎを防ぐ為に『引き金を1度引いただけで3発しか発砲できない』というコンセプトがあるがそれは後の話し。
1つの標的に対して最低2発の銃弾を叩き込むのが対人戦闘射撃術での大前提とされていた時代の産物だ。ベレッタM93Rはスクリーンの中のようにチンピラが使う拳銃ではない。訓練を受けた一部の特殊部隊が用いる拳銃だ。
一度引き金を引けば必ず命中するように訓練されている。3発も銃弾を叩き込むのはそれまでの32口径や9mmショート、輪胴式の38口径の停止力が低すぎて1発で対象を無力化できなかった事案が多かったゆえだ。後の軍隊の自動小銃がほとんど、3バーストを搭載しているが、これは単純に未熟な兵士が恐慌状態に陥って無駄撃ちをするのを防ぐ為でもある。
右腰の位置に愛銃をホールド。小脇を締める。肘を後ろへ引き気味に。両足は肩幅に。腰の重心位置を軽く落とす。
先ほどの構えとはまた違っている。今度は、移動しながら撃つのではなく、その場で足を固定して目前に突如現れる標的を素早く仕留めるための構えだ。全身で3バーストの反動を吸収。
この船のこの位置に手強い相手が居座っているというアピール。相手が少々の場を踏んだ人間なら、違和感を覚えて警戒するだろう。この構えを見ずに銃口の前に飛び出て来ようものなら……。
「がっ!」
3バースト。弾倉交換。
前方5mの角を無警戒に飛び出てきた人影は右脇腹に3発の熱い弾等の直撃を受けてその場に崩れ落ちた。
9mmパラベラムの停止力の3倍は44マグナム約1発分。
ベレッタの3バーストの直撃を受けるという事は、44マグナムに匹敵するエネルギーを叩き込まれたのと同じ初活力だ。
その場から動かずに、どれだけの標的が潜伏しているか不明の閉鎖的空間で銃撃戦を展開するのは『陸上なら不利』だ。足元は揺れているのだ。外は風が強くやや時化。この程度の船なら左右にランダムなパターンで揺れる。移動しながらの発砲は足場が確立しているからこそ成り立つ。
滑り止めが施された安全靴でも船全体が揺れているのでは感覚が狂う。人間は就寝していても、傾度がたったの3度の床で寝ていると体調を崩す繊細な生き物だ。船の揺れに常に晒されていると、船乗りでもない限り、テーマパークのアトラクションを走っているのと変わらないストレスを無意識の内に感じる。
従って、『陸上なら』こまめな移動を繰り返してクリアリングを行うのがセオリーだが、常に揺れる船内では逆に移動を少なくして『穴場』に陣取り、固定銃座と化した方が安定した射撃を行いやすい。勿論、それを行うには相手は移動し、自分は居座ると云う公式が成り立たないと根底から崩れる戦術だ。
発砲。発砲。
目の前でマズルフラッシュが瞬く。腰の辺りでベレッタを構えていたが、長いコンペンセイター――銃火とガスを上下左右へ散らし視界を確保する、銃身に開いた細長い溝状の孔――から飛び散った火薬滓が頬を叩く。熱くはない。咄嗟の反応で肌の表面が引き攣る。
かなえの判断は正しく、それが証明される。
発砲を数回繰り返し、一人を仕留めるたびに、左軸足を中心に前後、交互に向きを変える。一本の廊下の真ん中でかなえが陣取っている。船内の地図は脳内に叩き込んでいる。この船のメインの廊下とその階段を占拠すれば数人でも長時間戦える。
弾倉交換。20連発のロングマガジンを掌に受けて、新しい弾倉を左手で抜き様にマグウェルに叩き込む。残弾0発を知らせるスライドオープン。それを解除するべくスライドリリースレバーを押し下げる。近年の軍用自動拳銃はほとんど、残弾が無くなるとスライドが後退して射手に弾倉交換を促す。古いドラマのように弾の切れた自動拳銃の引き金を何度も引く前に気が付く。スライドが後退した状態だと引き金はフリーになるので引いてもカチッという手応えはない。
スライドリリースレバーを下げると自動的にスライドは勢いよく元の位置に戻りつつ、弾倉の一番上の実包を押し上げて薬室に押し込む。撃鉄は撃発位置まで起きたままなので軽いトリガープルで初弾を発砲することが可能だ。
常に3バーストで発砲。弾薬の消費が激しい。本来なら1度引き金を引けば1発だけ発砲するセミオート射撃が推奨される。特に鉄火場であればどれだけ現場が長引くかわからない。弾薬の節約や適切なセレクティブ――セミ、3バーストの切り替え――が望まれる。国外のシューティングスクールで習得した技術の一つ……というより概念の一つに、撃ち込むのなら容赦はしないことだと教えられた。後々を考えて弾薬を節約するよりも、この場で有りっ丈の火力をぶつけて敵を無力化させないと死力を振り絞った反撃でこちらが致命傷を受ける。
敵が麻薬やアルコールでハイテンションになっていて神経が鈍って痛覚が麻痺している不感症状態なら被弾した激痛で動きを止めることは無い。普通の人間は胴体に1発でも被弾すると激痛のあまりに脱力してその場で崩れる。あるいは、浅く肉を削っただけでもパニックを起こしてまともな判断を下せなくなる。場合によっては脳が意識を遮断して気絶する。
それらを麻薬やアルコールは鈍らせてしまうのだ。
それらを摂取している人間を拳銃弾で黙らせる方法は2つ。
頭を撃ち抜くか。
胴体に複数発叩き込むか。
それしかない。
鉄火場では標的一人一人に対して薬物使用をチェックしている暇など無い。全員、薬物中毒だと想定して、的確に腹や胸に3発叩き込む。尚、近年の人気映画で有名なCARシステムと組み合わせた『セミオートで頭部に1発、胴体に2発銃弾を叩き込む』、モザンビークドリルなるテクニックが有名だが、これは3バースト機構を備えていない銃火器での手法だ。『頭部に2発、心臓に2発の銃弾を叩きこむ』コロラド撃ちはギャングの死刑執行スタイルなので、やや趣旨が違う。……拳銃の口径を問わずに『胴体に2発、銃弾を叩き込む』ダブルタップでは停止力不足だと言われて久しい時期に生まれたのが3バースト機構である。そのコンセプトは今のかなえに最も適している。
何より、鉄火場での働きが名刺になるという考え方を導入してから、どんな小さな仕事でも出し渋りをしなくなっていた。銃弾も頭脳も技術も温存していない。出し惜しみしていない。考えた必殺技を早く披露すれば、それの課題が早く見つかり、早い時期に改善する時間が設けられるからだ。
改良に次ぐ改良。課題の各個撃破。問題を放置しない。研鑽を怠らない。