カレンダーに無い二月

 そこへ渡りに船といわんばかりに舞い込んだ超特大の仕事が、カタギのファストフード店で食事中の新堂美冠を襲撃せよとのことだった。
 カタギの店への襲撃。それだけでもほとんどタブーだ。カタギを搾取してこその裏の世界。言うなれば生かさず殺さずを強いるのが裏の世界と表の世界の関係だ。その関係を破綻させかねない危険な依頼だ。
 勿論、襲撃した証拠さえ残さなければ直接のダメージはかなえには降りかからない。依頼人とその背後が危ぶまれるだけだ。実行、実働したかなえは使い捨てなので、『命は安い。価値も安い』。ゆえに相手にされない。
 依頼人は新堂美冠を殺せとは言っていない。脅す程度でいいと。派手に、インパクトある脅しを所望で、わざとカタギの店で居る状況で狙えと指示された。
 報酬は目を疑うほど高い。今までのツケを一気に支払って十分に黒字になる金額だ。
 それだけカタギに手を出すのは『依頼人の立場的に危険』な話なのだ。よほど新堂美冠に恨みがある依頼人なのだろう。
 美冠の向かいに座っていた濃紺のキャップ帽の女と思しき人間に被弾したらしい。一瞬、心にナイフの切っ先が突き刺さった。多分カタギの人間だろう。それでもすぐに全てのケツ持ちは依頼人がするのだと言い聞かせて気分を入れ替えた。
 こんな危うく生々しい現場は早く忘れたい。明日には心の負荷も半分以下になっているだろう。そのまた次の日には更に半分。こうして仕事での罪悪感や背徳感は薄れていく。
 薄れないのは……。今でも思い出す……あの廃船の中で出会った『得体の知れない存在』だ。ほんの数m先の角を曲がれば互いに顔をあわせられるはずの距離に居た『得体の知れない存在』。あの何処の誰かも分からない影との邂逅で自信がついたのだ。心の改革を行った結果の積み重ねの実証ができた。
 いつか必ずあの不気味な、しかし、尊敬したい存在と真っ向から手合わせを願いたい。かなえは鉄砲玉であって殺し屋ではない。それでもあの時に確実に遮蔽の角に潜んでいた人物とは一角ならぬ縁が結べそうな気がしていた。
 今年の2月に山中で三下連中をシゴいていたスゴ腕の女に撃たれた弾痕と周辺が今でもジクジクと疼く。
 そういえばあの女……H&Kを使っている、『葬儀屋』ミカは今はどこでどうしているだろう? 先ほどのファストフード店で流れ弾を受けた女の横顔が遠目にミカに似ていたが……まさか、気のせいだろう。

 かなえの運転するシエンタはそれから1時間後に街外れの放置されたガレージ群の一角で発見された。

 かなえの姿は何処にも無かった。
 
 《カレンダーに無い二月・了》
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