カレンダーに無い二月
銃声。移動。話し声は聞こえない。連携が成り立ちつつある。成長途中を目の当たりにしている……。
『引率の先生』こと『葬儀屋』ミカが指揮。ミカが指揮を執るなど今までに聞いた事がない。鉄砲玉はある種のコミュニケーション能力が欠如した人間や対人スキルが乏しい人間が最終的に行き着く職業だ。自分一人が暴れるだけでいい……そんな仕事。他人の都合や連携を考慮する機会が少ない。
『葬儀屋』ミカはその筆頭のような存在で、若いながらも傍若無人を逆手にとって活躍していた鉄砲玉だ。
人との関わりに薄い人間が残存戦力をまとめて指揮している様は実のところ、かなえには信じられなかった。
最低限の会話はハンドシグナルで行うように教育されているのだろうか。そういえば、最初に『葬儀屋』ミカに向けて発砲したときも、その身を挺して庇い、被弾した青年が居た。それもまた信じられない。あの女は人から慕われるほどカリスマ性は高くない。……はずだ。
暫くの間に、少なくともかなえが小口の仕事ばかり引き受けている一年間に何が有った?
かなえは少し混乱を来たしている頭に喝を入れるべく、奥歯で頬肉を強く噛む。痛みで脳に対する無駄な集中を分散。
銃弾が次々とハイエースの車体下部へと集中する。被弾してパンクするタイヤ。連中が使用している実包は共通している。長丁場での鉄火場ではそれぞれの銃火器が同一種の方が仲間内で弾薬や弾倉を分配できるので有利なのだ。
増援が来るまでに全員を片付けたい。膠着に近い状態から、祈るような気持ちでベレッタを3バーストに切り替えて、銃口を右手側へと……『葬儀屋』ミカが潜んでいると思われる辺りに合わせて探りを入れる発砲を弾倉一本分。特徴的な発砲音が耳を劈く。竜が炎を吐くような銃火が銃口より伸びて20発の9mmパラベラムは『葬儀屋』ミカの潜伏していた辺りの土塊を吹き飛ばした。普通ならこれで心理的圧力で膠着を強めるか一気に飛び出るかの何れかだ。後退するほどの隙間は与えてない。
弾倉交換をしてスライドリリース。銃口を『葬儀屋』ミカに合わせる。
「え?!」
思わず声が出る。
かなえが放った銃弾は土塊を吹き飛ばして見晴らしを良くする意図も有ったのだが、土煙が晴れて見えたそれは、『意味を為していなかった』。
遮蔽のはずの土塊は削り飛ばした。その向うに現れたのは横たわる男の背中だった。
自分の仲間が身を挺したのか、非情にも盾としてその位置に待機させたのかは知らない。だが、身長170cmほどの男の背中がこちらに向いて寝そべっている。言うなれば、全長170cmの大型の遮蔽を手に入れていた『葬儀屋』ミカ。男の背中に血が流れる弾痕が数箇所。
9mmパラベラムでは人体を貫通するのは難しい。
「!」
――――しまった!
――――『やられた!』
左手側の3人がいつの間にか姿を視界から消していた。
『葬儀屋』ミカ自身が自分に意識を集中させるように大きなアクションで行動していたのだと悟る。ハイエースより大きく左手側に複数の人間が駆ける足音が聞こえる。
弾かれたようにかなえは視線を走らせる。
「!」
銃声。ベレッタの3バーストとは違うが本質は同じ銃声。
――――3バースト!?
――――『忘れてた!!』
再び視線を『葬儀屋』ミカに合わせる。
僅かなくびれを持つ長方形に近い形状のホルスター兼着脱式ショルダーストックを愛銃のH&K VP70のグリップとスライド後端に取り付けた『葬儀屋』ミカはその銃で発砲していた。彼女の銃は単体ではセミオートオンリーだが、特殊なホルスター兼ストックを取り付ければ3バースト機構が使えるようになる。その保持性の高さから第三国の軍隊や警察では指揮官用拳銃として多用された実績がある。
フォアグリップを具えたベレッタM93R。
ストックを取り付けたH&K VP70。
ともに3バースト射撃が可能の、短機関銃に匹敵する制圧力を有している。
彼女たちの乱射が、交錯する。
3バーストの拳銃から雨のように空薬莢が撒き散らされる。地面の冷たさなど吹き飛ぶ寒さだ。目の前に着弾の土煙が立ち、ハイエースに独特の弾痕が穿かれる。横たわる170cmの死体の形をした遮蔽物に無残な弾痕を開ける。
かなえの視線が激しく右へ左へと走る。
右手側の『葬儀屋』ミカだけに時間を割いていられない。この場で膠着している時間は無い。立ち上がって行動を起こせば必ずその隙間を左手側に展開しつつある3人が止めを刺しに来る。
板挟み。
本当にあの乱雑な仕事しかしなかった『葬儀屋』ミカか?
一瞬、現実逃避の方向へと思考が傾く。今度は出血するほど強く奥歯で頬の肉を噛む。
――――ダメ!
――――『どれもこれもブラフ』の可能性も有る!
一縷の望みを託す。希望を込める。
絶望とは最初から打つ手が皆無なのではなく、託した一つの光が潰えたときを以って絶望というのだ。
今はまだ絶望が訪れるには早い気がした。
左手側3人に視線を向ける。銃口は右手側。セオリーから大きく外れる。銃口の向きと視線は一致しているのが絶対だ。それを敢えて破る。『隙が無いのなら、隙を作って見せればいい』。『葬儀屋』ミカの乱射のパターンから推測すれば、牽制よりも陽動だと分かっているし、左手側にそれぞれ大きく展開している3人も圧力という陽動だ。引きつける『葬儀屋』。圧力をかけるだけの3人。「お前はどちらからでも撃ち殺せるぞ」というアピール。
瞬間的にその作戦を練り上げた『葬儀屋』こと明野ミカの手腕は優れたものだ。同時に、それを看破するだけの視野を持っていた自分を心の隅で褒める。自惚れでは無い。日々の、日常の、毎日の片隅に落ちている小さな幸福を貯金することで自己肯定感を上げる。それは自己満足の域に留まらずに、実際に心理的に働いてあらゆるコストパフォーマンスに具現化してくる。それもこの一年間で学んだことだ。
人の心の動きは予想できないからこそ、前兆や予知する術があるはずだと深く学ぶ。その対象が自分か他人か、主観か客観かの違いだ。距離を置き、冷静に観察する第三者的視点の俯瞰や鳥瞰は時としてノイズとなる。
発砲。
驚愕の目を見開いたのは『葬儀屋』のミカ。
かなえの目が明後日の方向を見ているのにこちらを凝視するベレッタの銃口。3バースト。空薬莢が舞う。硝煙が強風に掻き消される。銃声が遠くに吸われる。
死体を遮蔽にしていた――事実上の盾――ミカの目の前に血煙が吹き上がる。かなえは背中を見せて横たわる死体を防弾効果の有る遮蔽物だと捉えずに、血という液体が詰まった肉袋だと解釈した。その死体の脇腹と尻の縁を狙って銃弾を叩き込めば、ミカの目の前に盛大な血煙の柱が出来上がる。嫌悪的反応でミカは血煙から顔を逸らした。
その隙にかなえはハイエース群後部の陰から全身をバネ仕掛けのオモチャのように立ち上がらせると、ハイエース群の隙間に移動し、左手側に展開していた3人の青年に牽制の銃弾を叩き込む。3人とも地面に元から伏せていた。その目の前に土煙が派手に上る。軽い恐慌に陥った1人が頭を高くして喚き散らそうと大きく息を吸ったのを見逃さず、続けて発砲。
『引率の先生』こと『葬儀屋』ミカが指揮。ミカが指揮を執るなど今までに聞いた事がない。鉄砲玉はある種のコミュニケーション能力が欠如した人間や対人スキルが乏しい人間が最終的に行き着く職業だ。自分一人が暴れるだけでいい……そんな仕事。他人の都合や連携を考慮する機会が少ない。
『葬儀屋』ミカはその筆頭のような存在で、若いながらも傍若無人を逆手にとって活躍していた鉄砲玉だ。
人との関わりに薄い人間が残存戦力をまとめて指揮している様は実のところ、かなえには信じられなかった。
最低限の会話はハンドシグナルで行うように教育されているのだろうか。そういえば、最初に『葬儀屋』ミカに向けて発砲したときも、その身を挺して庇い、被弾した青年が居た。それもまた信じられない。あの女は人から慕われるほどカリスマ性は高くない。……はずだ。
暫くの間に、少なくともかなえが小口の仕事ばかり引き受けている一年間に何が有った?
かなえは少し混乱を来たしている頭に喝を入れるべく、奥歯で頬肉を強く噛む。痛みで脳に対する無駄な集中を分散。
銃弾が次々とハイエースの車体下部へと集中する。被弾してパンクするタイヤ。連中が使用している実包は共通している。長丁場での鉄火場ではそれぞれの銃火器が同一種の方が仲間内で弾薬や弾倉を分配できるので有利なのだ。
増援が来るまでに全員を片付けたい。膠着に近い状態から、祈るような気持ちでベレッタを3バーストに切り替えて、銃口を右手側へと……『葬儀屋』ミカが潜んでいると思われる辺りに合わせて探りを入れる発砲を弾倉一本分。特徴的な発砲音が耳を劈く。竜が炎を吐くような銃火が銃口より伸びて20発の9mmパラベラムは『葬儀屋』ミカの潜伏していた辺りの土塊を吹き飛ばした。普通ならこれで心理的圧力で膠着を強めるか一気に飛び出るかの何れかだ。後退するほどの隙間は与えてない。
弾倉交換をしてスライドリリース。銃口を『葬儀屋』ミカに合わせる。
「え?!」
思わず声が出る。
かなえが放った銃弾は土塊を吹き飛ばして見晴らしを良くする意図も有ったのだが、土煙が晴れて見えたそれは、『意味を為していなかった』。
遮蔽のはずの土塊は削り飛ばした。その向うに現れたのは横たわる男の背中だった。
自分の仲間が身を挺したのか、非情にも盾としてその位置に待機させたのかは知らない。だが、身長170cmほどの男の背中がこちらに向いて寝そべっている。言うなれば、全長170cmの大型の遮蔽を手に入れていた『葬儀屋』ミカ。男の背中に血が流れる弾痕が数箇所。
9mmパラベラムでは人体を貫通するのは難しい。
「!」
――――しまった!
――――『やられた!』
左手側の3人がいつの間にか姿を視界から消していた。
『葬儀屋』ミカ自身が自分に意識を集中させるように大きなアクションで行動していたのだと悟る。ハイエースより大きく左手側に複数の人間が駆ける足音が聞こえる。
弾かれたようにかなえは視線を走らせる。
「!」
銃声。ベレッタの3バーストとは違うが本質は同じ銃声。
――――3バースト!?
――――『忘れてた!!』
再び視線を『葬儀屋』ミカに合わせる。
僅かなくびれを持つ長方形に近い形状のホルスター兼着脱式ショルダーストックを愛銃のH&K VP70のグリップとスライド後端に取り付けた『葬儀屋』ミカはその銃で発砲していた。彼女の銃は単体ではセミオートオンリーだが、特殊なホルスター兼ストックを取り付ければ3バースト機構が使えるようになる。その保持性の高さから第三国の軍隊や警察では指揮官用拳銃として多用された実績がある。
フォアグリップを具えたベレッタM93R。
ストックを取り付けたH&K VP70。
ともに3バースト射撃が可能の、短機関銃に匹敵する制圧力を有している。
彼女たちの乱射が、交錯する。
3バーストの拳銃から雨のように空薬莢が撒き散らされる。地面の冷たさなど吹き飛ぶ寒さだ。目の前に着弾の土煙が立ち、ハイエースに独特の弾痕が穿かれる。横たわる170cmの死体の形をした遮蔽物に無残な弾痕を開ける。
かなえの視線が激しく右へ左へと走る。
右手側の『葬儀屋』ミカだけに時間を割いていられない。この場で膠着している時間は無い。立ち上がって行動を起こせば必ずその隙間を左手側に展開しつつある3人が止めを刺しに来る。
板挟み。
本当にあの乱雑な仕事しかしなかった『葬儀屋』ミカか?
一瞬、現実逃避の方向へと思考が傾く。今度は出血するほど強く奥歯で頬の肉を噛む。
――――ダメ!
――――『どれもこれもブラフ』の可能性も有る!
一縷の望みを託す。希望を込める。
絶望とは最初から打つ手が皆無なのではなく、託した一つの光が潰えたときを以って絶望というのだ。
今はまだ絶望が訪れるには早い気がした。
左手側3人に視線を向ける。銃口は右手側。セオリーから大きく外れる。銃口の向きと視線は一致しているのが絶対だ。それを敢えて破る。『隙が無いのなら、隙を作って見せればいい』。『葬儀屋』ミカの乱射のパターンから推測すれば、牽制よりも陽動だと分かっているし、左手側にそれぞれ大きく展開している3人も圧力という陽動だ。引きつける『葬儀屋』。圧力をかけるだけの3人。「お前はどちらからでも撃ち殺せるぞ」というアピール。
瞬間的にその作戦を練り上げた『葬儀屋』こと明野ミカの手腕は優れたものだ。同時に、それを看破するだけの視野を持っていた自分を心の隅で褒める。自惚れでは無い。日々の、日常の、毎日の片隅に落ちている小さな幸福を貯金することで自己肯定感を上げる。それは自己満足の域に留まらずに、実際に心理的に働いてあらゆるコストパフォーマンスに具現化してくる。それもこの一年間で学んだことだ。
人の心の動きは予想できないからこそ、前兆や予知する術があるはずだと深く学ぶ。その対象が自分か他人か、主観か客観かの違いだ。距離を置き、冷静に観察する第三者的視点の俯瞰や鳥瞰は時としてノイズとなる。
発砲。
驚愕の目を見開いたのは『葬儀屋』のミカ。
かなえの目が明後日の方向を見ているのにこちらを凝視するベレッタの銃口。3バースト。空薬莢が舞う。硝煙が強風に掻き消される。銃声が遠くに吸われる。
死体を遮蔽にしていた――事実上の盾――ミカの目の前に血煙が吹き上がる。かなえは背中を見せて横たわる死体を防弾効果の有る遮蔽物だと捉えずに、血という液体が詰まった肉袋だと解釈した。その死体の脇腹と尻の縁を狙って銃弾を叩き込めば、ミカの目の前に盛大な血煙の柱が出来上がる。嫌悪的反応でミカは血煙から顔を逸らした。
その隙にかなえはハイエース群後部の陰から全身をバネ仕掛けのオモチャのように立ち上がらせると、ハイエース群の隙間に移動し、左手側に展開していた3人の青年に牽制の銃弾を叩き込む。3人とも地面に元から伏せていた。その目の前に土煙が派手に上る。軽い恐慌に陥った1人が頭を高くして喚き散らそうと大きく息を吸ったのを見逃さず、続けて発砲。