6インチは今日も多忙
愛馬シグの手綱を引いて他の馬宿をあたる。できれば人間の泊まる宿に近い方がいい。町の散策も兼ねて大まかな検分も済ませる。
結局、新しい馬宿とねぐらにするための宿を見つけるのに半日を必要とした。
いずれの宿にも前払いで数枚のゴート硬貨を渡す。
馬の鞍に結びつけた旅の道具一式を宿に運び込む。それだけの作業で一日が経過。
日が暮れる。
勿論の事、日が暮れたからといって美容と体調維持の為に床に就くほど健康極まりない生活を心掛けているエルマではない。逆に、これからが彼女の時間であった。
新しい宿の自室での事。
四方の壁に掛けられたランタンとテーブルの三ツ又の燭台に火口棒の火を移して光源を確保する。
清潔には見えないベッドの上にショートサイズとテンガロンハットを投げ置き、ベルトの拳銃をベッド脇の小さなテーブルに静かに置く。
旅道具はクローゼットに適当に放り込む。
髪を指で梳き、前髪を掻き揚げる。
相当、使い込まれた年季の入った椅子に座る。……背凭れを前にして。
後ろ腰のポーチから鹿革で造った巾着袋をそっと取り出した。
黄金色が唸るほどに詰め込まれたイゴーラ金貨の中に手を突っ込み、直感と感触で選んだ一枚を今夜の軍資金にする。
尤もこんな辺鄙な町ではこれ一枚を一晩で使い切るのは難しいだろうが……。
エルマは3つの財布を持っている。
ゴル硬貨からゴーラ金貨が同じ比率で満杯近くまで入った通常の財布、今取り出したイゴーラ金貨のみで満たされた財布。それに一粒何百万イゴーラ相当に値する宝石のみをぎっしりと詰め込んだ財布である。
先の仕事で得た報酬やドラゴンの巣から盗み出した金塊を持ち運べる様に交換したものだ。3つの財布はそれぞれ同じ大きさの物だ。
実家が如何に裕福とはいえ、実際に持ち出した物は拳銃とショートソードだけである。後は自費(※なけなしの小遣い)で購入したり他所で無断で拝借した物ばかりだ。若しくは全く後腐れの無い方法で手に入れた物である。
そして『手に入れた物』の中で最たる物は何と言っても『技術』だろう。
錬金術師としての技術より実家の近所で呑んだ暮れていた、酔っ払いの年老いたダネイン人に教えて貰った『倭族の伝承武術』である。
倭族とは嘗て大陸南東の小さな島に存在していた閉鎖的で排他的な性分の民族が暮らしていた国で現在は滅んだ民族である……と、歴史書には記されている。
その老人の素性も本当の名前も、亡くなった今となっては知る術が無い。
幼少の頃よりその老人に手解きを受けて、あらゆる物をあらゆる武器にする手段を教えてもらった。
武器に於いては尤も有効な奮い方が有る事を知り、素手に於いては人体の急所を確実に仕留める打撃術の他に、相手の力を全て利用し自身の膂力を全く奮わないで投げ飛ばす不思議な技術を学んだ。
攻撃の技術だけではない。効果的な防御や『往なし』といった手段も『伝授された』。
エルマが左腰に佩いているショートサイズはその老人が亡くなる前日に受け渡された業物だった。
当時、エルマ19歳。エルマに上流貴族への結婚の話が持ち出されていた頃である。この頃くらいだろうか。エルマの心の中に家出計画のプロセスが虎視眈々と練られ始めていたのは。
「……」
『選び抜いた』イゴーラ金貨を暫く指で弄んでいた時だ。
窓の向こうから喧騒が聞こえる。
始めは遠くに聞こえていたが、段々近づいてくる。
イゴーラ金貨専用の財布を手早くポーチに仕舞うと、それまで弄んでいたイゴーラ金貨を胸のポケットに落とし、遮光性の高い、生地の厚いカーテンの脇に静かに足を運ぶ。
テーブルの上の拳銃を取る事も忘れない。
右手に構えて、銃口を天井に向け、撃鉄に親指を掛ける。
壁に背を任せながら窓を覗く。宿の前の通りでは10人程のチンピラがショートソードや大型ナイフを振りまわして団子状態で入り乱れての喧嘩に励んでいる。
これだけ大声で騒いで、これだけ得物を振り回して大した怪我人も出ていないと云うのはおかしな話だ。双方とも余程、腑抜けた腕前の連中が揃っていたのだろう。
成り行きで喧嘩に発展したにしても、もう少し恰好良い立ち回りは出来ないものか。見ていて情けない……男のクセに。
蔑みの笑みを零したエルマは窓から離れ、拳銃を再びテーブルに置いた。
やがて、喧騒は遠ざかり、通りは日常の風景を取り戻した様だ。
連中が撒き散らしていったガキっぽい剣戟のとばっちりを喰らった露店やその客達は口々に連中や連中が所属するグループを罵る。
「……!」
エルマは不意に窓を振り返り、窓の外を見た。
連中の影はもう見えない。
今度はいつもの身支度を整えるとズカズカと大股で階段を下りてフロントに出た。
フロントに出ると今度は宿帳を整理していたこの宿の主人を捉まえて、先程の喧騒をばら撒いて行った連中は『どこの連中』かを問い詰めた。
予想通り、この町を我が物顔で練り歩いている割りには敵対組織が多い無法者集団のトカジプト団とアーマライト団の構成員だと言う。
更に聞き出した細かい情報は他にもシュマイザー団、カラシニコフ団、ナガント団と言う集団が町の東西南北中央に均衡を保つ様に拠点を構えていると言う。
拠点と言っても、中堅クラスの宿や大きな居酒屋を勝手に出入りして、サロン代わりにしているだけのようだ。
いずれも構成員の戦力は30人前後。40人に達する集団は無し。また、20人前後の集団も無し。
戦力差はいずれも見事に均衡を崩していない。
用心棒を傭っているという話も聞いていない。
地勢的に見ても、表面積だけは測った様に同じ。
つまり何もかもが、似た者同士の集団がこの町を水面下で牛耳ろうと躍起になっているのだ。
事前に仕入れていた大まかな情報がここまで正確で信憑性が高い物だと分かると逆に拍子抜けしてしまう。
各集団に賞金が掛けられている事も分かった。
但し、根源を壊滅させなければ……それぞれの集団のリーダーを討ち取るか捕らえるかしない限り、自警団と町議会から賞金は下りない。
流石に、リーダーを護る事に限ってはどこの集団もそれなりの底力を発揮しているようで、今までに自警団が捕らえたり賞金稼ぎが討ち取ったりした前例は報告されていない。
それどころか、手痛い思いをしている。叛撃を蒙ったり、返り討ちにされたり。
どうやら、どこの集団も腕の立つ『近衛兵』を常備している様だ。
その規模や顔触れは流石に不明だが、甘く見て掛かると前例を踏襲する結果になり兼ねない。
連中を一網打尽にして賞金を纏めて手中に収める理想的な算段としては、『先ず、どこかの集団を何としても壊滅させ、その腕っ節をどこかの集団に買わせて用心棒となる。そして内部から疑心暗鬼を煽る姦計を張り巡らせて組した集団と一番仲の悪い集団を正面衝突させて共倒れを誘う。次に、利権が潤ってきた残りの集団に残党狩りをさせて、更にそのどちらかの集団に自分を売り込む。幹部・近衛兵を数人ほど暗殺し、リーダーに頼れるのは用心棒だけと信頼を植え付け、今度は相手集団に身売りし、残党を片付ける。そして、最後に残った集団のリーダーだけを暗殺する。』
結局、新しい馬宿とねぐらにするための宿を見つけるのに半日を必要とした。
いずれの宿にも前払いで数枚のゴート硬貨を渡す。
馬の鞍に結びつけた旅の道具一式を宿に運び込む。それだけの作業で一日が経過。
日が暮れる。
勿論の事、日が暮れたからといって美容と体調維持の為に床に就くほど健康極まりない生活を心掛けているエルマではない。逆に、これからが彼女の時間であった。
新しい宿の自室での事。
四方の壁に掛けられたランタンとテーブルの三ツ又の燭台に火口棒の火を移して光源を確保する。
清潔には見えないベッドの上にショートサイズとテンガロンハットを投げ置き、ベルトの拳銃をベッド脇の小さなテーブルに静かに置く。
旅道具はクローゼットに適当に放り込む。
髪を指で梳き、前髪を掻き揚げる。
相当、使い込まれた年季の入った椅子に座る。……背凭れを前にして。
後ろ腰のポーチから鹿革で造った巾着袋をそっと取り出した。
黄金色が唸るほどに詰め込まれたイゴーラ金貨の中に手を突っ込み、直感と感触で選んだ一枚を今夜の軍資金にする。
尤もこんな辺鄙な町ではこれ一枚を一晩で使い切るのは難しいだろうが……。
エルマは3つの財布を持っている。
ゴル硬貨からゴーラ金貨が同じ比率で満杯近くまで入った通常の財布、今取り出したイゴーラ金貨のみで満たされた財布。それに一粒何百万イゴーラ相当に値する宝石のみをぎっしりと詰め込んだ財布である。
先の仕事で得た報酬やドラゴンの巣から盗み出した金塊を持ち運べる様に交換したものだ。3つの財布はそれぞれ同じ大きさの物だ。
実家が如何に裕福とはいえ、実際に持ち出した物は拳銃とショートソードだけである。後は自費(※なけなしの小遣い)で購入したり他所で無断で拝借した物ばかりだ。若しくは全く後腐れの無い方法で手に入れた物である。
そして『手に入れた物』の中で最たる物は何と言っても『技術』だろう。
錬金術師としての技術より実家の近所で呑んだ暮れていた、酔っ払いの年老いたダネイン人に教えて貰った『倭族の伝承武術』である。
倭族とは嘗て大陸南東の小さな島に存在していた閉鎖的で排他的な性分の民族が暮らしていた国で現在は滅んだ民族である……と、歴史書には記されている。
その老人の素性も本当の名前も、亡くなった今となっては知る術が無い。
幼少の頃よりその老人に手解きを受けて、あらゆる物をあらゆる武器にする手段を教えてもらった。
武器に於いては尤も有効な奮い方が有る事を知り、素手に於いては人体の急所を確実に仕留める打撃術の他に、相手の力を全て利用し自身の膂力を全く奮わないで投げ飛ばす不思議な技術を学んだ。
攻撃の技術だけではない。効果的な防御や『往なし』といった手段も『伝授された』。
エルマが左腰に佩いているショートサイズはその老人が亡くなる前日に受け渡された業物だった。
当時、エルマ19歳。エルマに上流貴族への結婚の話が持ち出されていた頃である。この頃くらいだろうか。エルマの心の中に家出計画のプロセスが虎視眈々と練られ始めていたのは。
「……」
『選び抜いた』イゴーラ金貨を暫く指で弄んでいた時だ。
窓の向こうから喧騒が聞こえる。
始めは遠くに聞こえていたが、段々近づいてくる。
イゴーラ金貨専用の財布を手早くポーチに仕舞うと、それまで弄んでいたイゴーラ金貨を胸のポケットに落とし、遮光性の高い、生地の厚いカーテンの脇に静かに足を運ぶ。
テーブルの上の拳銃を取る事も忘れない。
右手に構えて、銃口を天井に向け、撃鉄に親指を掛ける。
壁に背を任せながら窓を覗く。宿の前の通りでは10人程のチンピラがショートソードや大型ナイフを振りまわして団子状態で入り乱れての喧嘩に励んでいる。
これだけ大声で騒いで、これだけ得物を振り回して大した怪我人も出ていないと云うのはおかしな話だ。双方とも余程、腑抜けた腕前の連中が揃っていたのだろう。
成り行きで喧嘩に発展したにしても、もう少し恰好良い立ち回りは出来ないものか。見ていて情けない……男のクセに。
蔑みの笑みを零したエルマは窓から離れ、拳銃を再びテーブルに置いた。
やがて、喧騒は遠ざかり、通りは日常の風景を取り戻した様だ。
連中が撒き散らしていったガキっぽい剣戟のとばっちりを喰らった露店やその客達は口々に連中や連中が所属するグループを罵る。
「……!」
エルマは不意に窓を振り返り、窓の外を見た。
連中の影はもう見えない。
今度はいつもの身支度を整えるとズカズカと大股で階段を下りてフロントに出た。
フロントに出ると今度は宿帳を整理していたこの宿の主人を捉まえて、先程の喧騒をばら撒いて行った連中は『どこの連中』かを問い詰めた。
予想通り、この町を我が物顔で練り歩いている割りには敵対組織が多い無法者集団のトカジプト団とアーマライト団の構成員だと言う。
更に聞き出した細かい情報は他にもシュマイザー団、カラシニコフ団、ナガント団と言う集団が町の東西南北中央に均衡を保つ様に拠点を構えていると言う。
拠点と言っても、中堅クラスの宿や大きな居酒屋を勝手に出入りして、サロン代わりにしているだけのようだ。
いずれも構成員の戦力は30人前後。40人に達する集団は無し。また、20人前後の集団も無し。
戦力差はいずれも見事に均衡を崩していない。
用心棒を傭っているという話も聞いていない。
地勢的に見ても、表面積だけは測った様に同じ。
つまり何もかもが、似た者同士の集団がこの町を水面下で牛耳ろうと躍起になっているのだ。
事前に仕入れていた大まかな情報がここまで正確で信憑性が高い物だと分かると逆に拍子抜けしてしまう。
各集団に賞金が掛けられている事も分かった。
但し、根源を壊滅させなければ……それぞれの集団のリーダーを討ち取るか捕らえるかしない限り、自警団と町議会から賞金は下りない。
流石に、リーダーを護る事に限ってはどこの集団もそれなりの底力を発揮しているようで、今までに自警団が捕らえたり賞金稼ぎが討ち取ったりした前例は報告されていない。
それどころか、手痛い思いをしている。叛撃を蒙ったり、返り討ちにされたり。
どうやら、どこの集団も腕の立つ『近衛兵』を常備している様だ。
その規模や顔触れは流石に不明だが、甘く見て掛かると前例を踏襲する結果になり兼ねない。
連中を一網打尽にして賞金を纏めて手中に収める理想的な算段としては、『先ず、どこかの集団を何としても壊滅させ、その腕っ節をどこかの集団に買わせて用心棒となる。そして内部から疑心暗鬼を煽る姦計を張り巡らせて組した集団と一番仲の悪い集団を正面衝突させて共倒れを誘う。次に、利権が潤ってきた残りの集団に残党狩りをさせて、更にそのどちらかの集団に自分を売り込む。幹部・近衛兵を数人ほど暗殺し、リーダーに頼れるのは用心棒だけと信頼を植え付け、今度は相手集団に身売りし、残党を片付ける。そして、最後に残った集団のリーダーだけを暗殺する。』