6インチは今日も多忙
それが叶って、雇った人材に報酬を払う役を引き受けた。傍目には、無法者一掃の直接の立役者はウェブリーだと、町民の目には映るだろう。
「では私はこれで……」
自警団の連絡員は足早に去っていった。
「さて、こっちはこっちで頂く物を貰おうか?」
エルマは抑揚の無い声で報酬の話題に切り替えた。
短いと思った陽がもう傾き始める。
「ナンブの他に矢鱈腕の立ちそうな5人が居たが、兎に角、25人仕留めた。残党の方はありがたく警備隊の力を拝借しよう」
エルマにとっては何処の誰かは知らないが急に現れて話の方向を急転直下にしてくれた3人の流れ者とやらに業腹ながら感謝した。
商売敵には違いないが、アフターケアを見てくれるように警備隊まで動員してくれたのだ。
この通り、成功報酬を全額払ってもらったのは気分がいい。
ポーチからイゴーラ金貨が詰まった財布を取り出して25枚の金貨を放り込む。
この涼しげな黄金の音を聞く度に背筋を撫でられるような快感を覚える。
「それで君の用件は全て済んだ筈だが?」
「ああ。そうだな。それじゃこれでこの町を出るよ」
その時だ、裏口のドアが派手に開いた。まるで蹴破らんばかりの勢いだった。蝶番が軋んだ。
「!」
エルマは咄嗟に右腰の仕込みショートサーベルを抜いてドアの方向へと切っ先を向けた。
「この距離で……6インチを抜かずにフレキシブルな対応が出来る仕込みを抜いた事は合格点だ」
「!」
咥えっぱなしにしていた葉巻が床に落ちる。
「だが、俺の38口径の方が遥かに抜きは早い」
ギリアス・ルマット。
面目上の目的の人。
重度のチェーンスモーカー。
屠殺の名手。
逸れソーズマン。
モルト酒を愛する流れ者。
ルマット家長兄。
エルマが逆立ちしても敵わぬ人。
密かにエルマが尊敬の念を抱いている人。
「あ、兄貴……何で?」
「久しぶりに会った兄妹の会話じゃないな。そのついでに言わせて貰えば……いい女になったなエルマ。個人的には何処へも嫁に出したくない気分だ」
シビルクロースアーマーを纏ったその青年は、ここ数年来見せた事の無い優しい笑顔で裏街道を突っ走っている実の妹を暖かく包んだ。
エルマの頭の中では一つの計算式が氷解した。
『兄貴なら町の一つや二つ混乱させて一儲けする事くらい難儀な事ではない』。
この小さな町で、2度と会う事は無いだろうと旅をしていた、肉親の最小単位の一人に出会ってしまった事は、運の良し悪しを超越した何かを感じる。
感激のあまり泣き崩れるなんて柄じゃない。
だけど。
「あ……」
エルマが何事か言おうと口を開いた時、ギリアスの背中を押して二人の間に割り込んでくる人影が二つ有った。
「ん?」
「ああ、そうそう、今回の掃討作戦で共闘した……牙韻(ガイン)と飛酉(ヒュウ)だ。二人供ダネインの出身で今回だけの約束で共同戦線を張った」
背後を見ずに二人を紹介する。
「……」
暫し、呆然と二人を交互に見るエルマ。
確かに二人はダネインの民族衣装に身を包んでいたが、揃いも揃って人相の悪い連中だと、以降、覆る事の無い第一印象を胸に焼き付けた。 2人供背丈はギリアスと同じ。
牙韻は左目を失い、右手も肘から下の半ばくらいで失っている。マントに隠れて判り辛かったが、義手代わりに幅広のサーベルを備え付けているようだ。
飛酉は左腰にダネイン製の特徴的なサーベルを佩いている他に変った所が無い様に見えたが、どうやら、左手の親指を無くしてしまっているらしい。
この二人がどうしてギリアスと出会ってどんな経緯でパーティを組んだのか興味は無い。兄の事だ、どうせ聞いても答えてくれないだろう。
「それと、ウェブリーさんよ」
「?」
ギリアスが唐突に喋る。
「戦況報告だが、自警団と警備隊の連合軍はコルス・ナガントの無法者連中も掃討する積りだ」
「おお……」
ウェブリーは感嘆した。まるで積年の持病との金輪際の別れが来たかの様に。
さてエルマは……。
ただ……本当に、彼女自身でも信じられない事だが。
葉巻を横咥えにしながら、兄の笑顔にも勝るとも劣らない眩しい笑顔で、喜びを隠し切れないで居るウェブリーから報酬を受け取る3人を見守っていた。
この後、兄と二人っきりで正体を無くすまで、無防備にモルト酒を浴びる様に飲んだ事を覚えている……途中で轟沈し、兄に抱かれて宿に運ばれたのは流石に覚えていない。
この時に呑んだ店の名前も覚えていない。
呑んだモルト酒の味は覚えている。
幼かったあの日に親の目を盗んで呑んだ果実酒よりも美味かった。
エルマの半生に於いての数少ない休息のワンシーンだった。
《『6インチは今日も多忙』・了》
「では私はこれで……」
自警団の連絡員は足早に去っていった。
「さて、こっちはこっちで頂く物を貰おうか?」
エルマは抑揚の無い声で報酬の話題に切り替えた。
短いと思った陽がもう傾き始める。
「ナンブの他に矢鱈腕の立ちそうな5人が居たが、兎に角、25人仕留めた。残党の方はありがたく警備隊の力を拝借しよう」
エルマにとっては何処の誰かは知らないが急に現れて話の方向を急転直下にしてくれた3人の流れ者とやらに業腹ながら感謝した。
商売敵には違いないが、アフターケアを見てくれるように警備隊まで動員してくれたのだ。
この通り、成功報酬を全額払ってもらったのは気分がいい。
ポーチからイゴーラ金貨が詰まった財布を取り出して25枚の金貨を放り込む。
この涼しげな黄金の音を聞く度に背筋を撫でられるような快感を覚える。
「それで君の用件は全て済んだ筈だが?」
「ああ。そうだな。それじゃこれでこの町を出るよ」
その時だ、裏口のドアが派手に開いた。まるで蹴破らんばかりの勢いだった。蝶番が軋んだ。
「!」
エルマは咄嗟に右腰の仕込みショートサーベルを抜いてドアの方向へと切っ先を向けた。
「この距離で……6インチを抜かずにフレキシブルな対応が出来る仕込みを抜いた事は合格点だ」
「!」
咥えっぱなしにしていた葉巻が床に落ちる。
「だが、俺の38口径の方が遥かに抜きは早い」
ギリアス・ルマット。
面目上の目的の人。
重度のチェーンスモーカー。
屠殺の名手。
逸れソーズマン。
モルト酒を愛する流れ者。
ルマット家長兄。
エルマが逆立ちしても敵わぬ人。
密かにエルマが尊敬の念を抱いている人。
「あ、兄貴……何で?」
「久しぶりに会った兄妹の会話じゃないな。そのついでに言わせて貰えば……いい女になったなエルマ。個人的には何処へも嫁に出したくない気分だ」
シビルクロースアーマーを纏ったその青年は、ここ数年来見せた事の無い優しい笑顔で裏街道を突っ走っている実の妹を暖かく包んだ。
エルマの頭の中では一つの計算式が氷解した。
『兄貴なら町の一つや二つ混乱させて一儲けする事くらい難儀な事ではない』。
この小さな町で、2度と会う事は無いだろうと旅をしていた、肉親の最小単位の一人に出会ってしまった事は、運の良し悪しを超越した何かを感じる。
感激のあまり泣き崩れるなんて柄じゃない。
だけど。
「あ……」
エルマが何事か言おうと口を開いた時、ギリアスの背中を押して二人の間に割り込んでくる人影が二つ有った。
「ん?」
「ああ、そうそう、今回の掃討作戦で共闘した……牙韻(ガイン)と飛酉(ヒュウ)だ。二人供ダネインの出身で今回だけの約束で共同戦線を張った」
背後を見ずに二人を紹介する。
「……」
暫し、呆然と二人を交互に見るエルマ。
確かに二人はダネインの民族衣装に身を包んでいたが、揃いも揃って人相の悪い連中だと、以降、覆る事の無い第一印象を胸に焼き付けた。 2人供背丈はギリアスと同じ。
牙韻は左目を失い、右手も肘から下の半ばくらいで失っている。マントに隠れて判り辛かったが、義手代わりに幅広のサーベルを備え付けているようだ。
飛酉は左腰にダネイン製の特徴的なサーベルを佩いている他に変った所が無い様に見えたが、どうやら、左手の親指を無くしてしまっているらしい。
この二人がどうしてギリアスと出会ってどんな経緯でパーティを組んだのか興味は無い。兄の事だ、どうせ聞いても答えてくれないだろう。
「それと、ウェブリーさんよ」
「?」
ギリアスが唐突に喋る。
「戦況報告だが、自警団と警備隊の連合軍はコルス・ナガントの無法者連中も掃討する積りだ」
「おお……」
ウェブリーは感嘆した。まるで積年の持病との金輪際の別れが来たかの様に。
さてエルマは……。
ただ……本当に、彼女自身でも信じられない事だが。
葉巻を横咥えにしながら、兄の笑顔にも勝るとも劣らない眩しい笑顔で、喜びを隠し切れないで居るウェブリーから報酬を受け取る3人を見守っていた。
この後、兄と二人っきりで正体を無くすまで、無防備にモルト酒を浴びる様に飲んだ事を覚えている……途中で轟沈し、兄に抱かれて宿に運ばれたのは流石に覚えていない。
この時に呑んだ店の名前も覚えていない。
呑んだモルト酒の味は覚えている。
幼かったあの日に親の目を盗んで呑んだ果実酒よりも美味かった。
エルマの半生に於いての数少ない休息のワンシーンだった。
《『6インチは今日も多忙』・了》