6インチは今日も多忙

 勢いのまま一歩踏み込むと、サロンの一番奥で屈強な5人の男に守られる様にテーブルに座って金貨を数えていた隻眼の中年の男を目指して一直線に突き進んだ。
 途中、比較的酔いの廻っていない三下が鞘を払い腰溜に刃物を構えて体当たりを試みようと突進してきたが、右手でショートサイズの刃部の根元を握り持ち替えると、それまでグリップだった柄の部分を大きく2、3度振り回した。
 命中部位はいずれも咽頭。呼吸器官の一部を潰された三下達は一瞬で呼吸困難に陥り、刃物を投げ出してその場に膝を付いて分泌液の混じった黄水を吐いてのたうち回る。
「!」
 隻眼の中年を守っていた5人の男達は何れも後ろ腰から上下2連発の小型弩を取り出して、無茶と無謀と蛮勇と勇気を履き違えたと勘違いしているブロンドの女に向かって一斉に引き金を引いた。
 間髪入れず背凭れの付いていない華奢な造りをした長椅子を蹴り上げて即席の盾にする。
 心地よく木製の椅子の座面に矢がトトト……と突き刺さる音が聞こえる。
 正確に数えた訳ではないが四捨五入の丼勘定で10本近い矢の音が聞こえたので、長椅子を放り投げ、再び突進を開始する。
 若しもこの時、長椅子に突き刺さった矢を一瞥でもしていたら、この刹那の行動は取り返しがつかないほど鈍っていただろう。
 矢は全て『一点』……丁度エルマの顔の位置に集中していた。椅子をかざさなかったら顔面に全ての矢が突き刺さっていたのだ。

 上半身を右に捻り、左掌を前に突き出す。
 柄尻を右手で保持するとショートサイズを矢を射る速度で右手を全身のバネを加えて解き放った。
 ショートサイズの前刃が隻眼の男の首を刎ね飛ばすのと殆ど同時に左手で6インチ拳銃を逆さに握って抜き、小指を引き金に掛けると、反動で戻ってきた右手の反復運動を利用して、握り拳を作った右手の甲で撃鉄を起こし、引き金を引いた。
 それは目を疑う速度での事だった。
 5発の撃発が一つに重なって聞こえてしまったほどだった。
 矢を放った弩を構えた5人の男の腹や胸に重量弾の45口径は食い込み、一切の反撃の余地を与えずに重症を負わせた。弾丸は貫通していない。一刻も早く摘出しなければ命に関わる。
「てめぇ! よくも頭領を!」
 背後からマチェットを振りかぶった男が襲い掛かってきたが足払いを掛けて床に転倒させると凄絶な笑みを浮かべて、相変わらず逆さ握りをしていた6インチ拳銃を発砲し、顔面を吹き飛ばした。
「ありがとう。実を言うとコイツがナンブ・トカジプトだという自信は全く無かったんだ」
 サロンのカウンターを軽々と越えると、足元に転がっていた、樽を流用したと思われる小さな桶を持ってきてそこにナンブ・トカジプトの生首を無造作に放り込んだ。
 壁に突き刺さっていたショートサイズを引き抜くとゆっくりと振り返り、こう言い放った。
「さぁ! 掛かって来い! チンピラ供! でなきゃ、こっちから狩りに行くぞ!」
 『狩り』が始まった。一方的な殺戮だった。
 この場に居た、最後の一人で二十歳にも満たない若者が鼻と耳を削ぎ落とされるだけで難を逃れたが、精神崩壊を起こし、この場での一件を正確に立証する者は皆無となった。
 尚、サロンの店主は始めから居ない。トカジプト団に店を占拠された日からこの町を出たのだ。
 血煙渦巻くサロンから生首の入った桶を左手にぶら下げたエルマは大股でウェブリーに会いに行った。
 勿論、表口から入ったのではトカジプト団の残党に怪しまれるので裏口からの訪問となる。
 当初、目を白黒させて事の顛末を聞いていたウェブリーだったが、心臓が落ち着いてくると、「怒らないで聞いて欲しい」と言い出した。
「厭、違う。報酬を値切る積りは無い! 実は……」
 彼はエルマの眼光が鋭く光ったのを見て慌てて否定した。そして語りだす。
 今から3日前、3人の流れ者が訪れて「ここだけの話」前置きして、ある相談を持ち掛けた。
 自分達が手分けして中央のシュマイザー団と東のアーマライト団と西のカラシニコフ団を壊滅に近い状況に追い込むので、残党狩りを自警団がして欲しいと言う。
 エルマは表情のない顔で葉巻を横銜えにして言う。
「で、Xデーは?」
「それが……今日だ……」
「!」
 のうのうと町の検分をしていた時期から商売敵に商談を成立させられていたと言う事になる。
「それで、指揮官のあんたがここで高見の見物か?」
「ち、違う! 指揮権が、町議会の『中央』から派遣されてきた警備隊に移行したんだ」
「呆れた。今頃になって役人が出てきたのか! 然も、流れ者の……たった3人の力を借りて、か?」
 嫌味も皮肉も言う気力が失せていく。
 時間軸で言うとエルマとウェブリーが接触したとほぼ同時にその3人がやってきた。ならず者同然のエルマよりも町議会の上部組織が派遣してきた……つまり町長や神父より上の権力を持つ人間が寄越した3人を最初から頼りにしていた。エルマはその行く道を先に掃除させられただけの小間使い扱いだったわけだ。
「それで結局、その3人には成功報酬をどれだけ払う約束をしたんだ? そもそも、報酬はだれが直接払う?」
「『上』と私が折半して払う。私は、前金で一人当り10イゴーラを払って、残り15イゴーラを別の日に払うと約束したが、町議会からも別金で貰うと契約をしたと聞いている」
「それはまた、ガメツイ魂胆だな。どんな野郎か顔を拝んでみたいね」
「……」
 暫しの沈黙が流れる。沈黙を紛らわせるかのようにエルマは葉巻を深く吸い込んで乱雑に吐き散らした。
「それで、そいつらはいつ現れるんだ?」
「早ければ今日中に……」
 言葉を紡ぎ出そうと何か言い掛けた時、裏口が開いて、自警団のマークが右胸に描かれた鎧を着た若者が飛び込んできた。
「た、大変です団長!」
「どうした?」
「あの3人、本当に連中の拠点に乗り込んで暴れまわっています!」
「そりゃそうだろう」
「人間じゃねぇっすよ! 奴ら!」
「?」
「暴れるだけ暴れたかと思ったら、揃いも揃って頭領を人質にとって、助けようとする三下連中を膾斬りにするんですよ!」
 それを聞いたエルマは思わず吹き出してしまった。
「それは又随分と……私を超える人の道から外れた手を使う連中だな」
「それで、自警団の方はどうなっている?」
「はい。警備隊の指揮の下、目下戦闘中。信じられませんが……戦況有利です!」
「話を割って悪いが、ウェブリーさんよ、あんたはどうしてここに居ても問題無いんだ? そこの若い奴の話からすると、自警団も動員されてるようだな」
「……」
 ウェブリーは気まずい顔色になって額の汗を拭くと面目なさそうに呟くように答えた。
「実は、あんたに口止めされていた話を町議会で話した結果、私が、今回の件に関して流れ者達の報酬の受け渡し口になる事になったんだ……」
「若しかして、それ、嫌な仕事?」
 嫌味とも皮肉とも取れる曖昧なニュアンスを含んだ台詞を吐きながら無遠慮に床に葉巻の灰を落とす。目には侮蔑の色が浮かんでいる。
 話の背後を推測するに、ウェブリーは自らが優秀な人材を雇って無法者たちを一掃する作戦を実行するので予算と指揮権の一部を与え欲しいと願ったようだ。
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