ブギーマンと弔えば
ここには合計4人分の震動。そのうち1人を仕留めた。3人で四角い部屋の4方向をカバーするのは難しい。何より、一番警戒しなければならない対象の357マグナム遣いが沈黙したままだ。
這いながらも、左手で畳を缶切りで掻き毟る。
掻き毟る音はスズメバチの羽音のような短機関銃の銃声でほとんど掻き消される。
4人中3人がスコーピオン短機関銃。1人が6発以上装填できる357マグナム。スコーピオンを今し方1人仕留めた。357マグナムの遣い手は鳴りを潜めたまま。目下の脅威は残りのスコーピオン短機関銃の遣い手が3人。
実のところ……玲子の脳内データベースにはスコーピオンを遣う野戦特化型の荒事師が1件だけヒットしている。
通称【ヤジマ興業】。
4人で売り出している荒事師で、鉄砲玉からコロシまで荒事全般を引き受ける上に、取り引き現場を荒らす目的で依頼される事が多いので他の『護り屋』業者は何度も煮え湯を飲まされている。
【ヤジマ興業】と名前は大袈裟だが、実際には4人しか従業員は居ない。
そうなると……もう1人、この廃屋のどこかに潜んでいるはずだ。
短機関銃の遣い手がもう1人……。玲子にはそのパターンも見え始めていた。
それもこれも、先ほど仕留めた死体が起因だ。
赤外線暗視装置を装備し、小型短機関銃を活用し、一気に畳み掛ける戦法と思わせておいて、わざと逃走経路を用意しておき、その逃走経路に就いた標的を背後から仕留める。
姿の見えないスコーピオン短機関銃の遣い手は恐らく、廃屋の勝手口付近で待ち構えているだろう。
玲子もそのように考えるだろう。パニックに陥った人間は勝手に希望が見える方向へと逃げたがる。連中はそれを誘発させる為に無為とも言える32口径の乱射を繰り返していた。
パニックを起こした人間は進軍するのは恐る恐るだが、退く時は今来た道を迷う事無く選択し、全力で背中を見せる傾向が強い。
這いながら畳をアーミーナイフの缶切りで引っ掻きながら移動。短機関銃の乱射が止む。
彼女の目の前には赤外線暗視装置を装備した死体。それを奪うことはしない。『連中はそれ……闇の中で有効な装備を拾って使われることも計算している』と云う確信が有った。
玲子が作戦を練るのなら、そのような作戦を練る。一人が斃れても、その死体を更に利用することも考える。
赤外線暗視装置を玲子が奪って使用した途端に、日本国内では所持も販売も違法な強力なフラッシュライトで装置のレンズを舐めて一瞬で盲目状態に陥れ、網膜に焼きが付いた瞬間に蜂の巣にするつもりだ。
空の星一個の明かりで辺りが昼のように明るくなる赤外線暗視装置に規格外の明るさを照射すればどうなるか……誰にでも想像はつく。
いつもは面倒だと思っている、黒ブチの眼鏡もこの黒い世界では有っても無くても同じだった。
……ずり。
背後で……襖の向こう4mの位置から確かに何かが何かを擦る音が聞こえた。
神経を態と過敏にさせて鼓膜が短機関銃の連射音を浴びて耳鳴りが酷いが、その中でもその異質な音は聞き取れた。
咄嗟に仰向けに弾かれるように倒れる。両足を肩幅より僅かに大きく開き、かかとを床に突き刺すように固定する。腰から上、腹筋の力のみで胸部から上を跳ね上げ、相棒をしっかりと両手で保持。
漸く目が慣れてきた世界の目前に広がる襖の障壁。……襖のど真ん中に銃口を定めると、迷い無く引き金を引いた。
刹那の時間だけ、部屋が明るく白くはっきりと浮かび上がる。
襖の向うで『誰かが重傷を負うほどの負傷をして、吹き飛ばされた』。畳の上で盛大に尻餅を搗く鈍い音が聞こえた。
――――1人……いや、3人居た!
――――同じ『黒い戦闘服』……【ヤジマ興業】ね。
マズルフラッシュに浮かび上がったコンマ数秒の空間で部屋の位置と自分の位置と……この部屋に集結しつつあった戦力も分析できた。
そうなれば……ますます、357マグナムの遣い手の出方が見え難くなり、不気味だった。
狙いが分からない。
『金で雇われた殺し屋が同じく金で雇われた護り屋を最後まで追い詰める必然性が無い』のだ。
自分たちが殺し屋や荒事師を殺しているのではない。外注を請け負っているのだから雇い主だけを殺せばいい。それはこの世界の住人なら誰でも知っている道理だ。
執拗に玲子を仕留めようとする連中が居る。
この状況を知っていて、この状況に誘い込み、この状況に適した連中を雇った奴が居る。
不自然な体勢から発砲した衝撃を全身で吸収して下半身から床に面している部分へ伝達させて体の負担を軽くする。拳銃の発砲の際に発生する反動による衝撃はそれだけで心身にとって大きな負担となる。
1人を仕留めた! 体を起こし、自分の戦果を確認する。襖の向こうへ視線を投げると暗がりよりも暗いものが床を広く舐め始めていた。
助からない出血量。
畳の表を掻き毟っていた理由はこのためだ。気配も臭いもさせず、距離も間隔も測りにくく、呼吸すら阻害される空間で役に立つのは音だ。空気の雑な震動と置き換えてもいい。気流を読むのに似た感覚。
荒く毛羽立った畳の表を踏みしめれば必ず『嫌な音』が発生する。
日常なら枯れ草を踏んだ程度の音でも、視力以外の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされている今の玲子には荒れた畳みを踏む音ですら、『自身の世界の調和を崩す酷い雑音』に聞こえる。
その音源だけを感知して発砲しただけだ。紙でできた襖など、357マグナムの足止めや直進の障害にもならない。『音の乱れ』と『音の発生している位置』と『勘』を頼りに撃鉄を起こして迷わず引いただけだ。
その際に発生した銃火の閃光で2人分の影を捉えた。
何れも、足のかかとや背中などの体の一部。
夜戦夜襲を専門に生業にする【ヤジマ興業】の連中だと、はっきりと確信した。
連中は32口径のスコーピオン短機関銃しか使わない。仲間内で弾倉の再分配ができるからだ。長丁場の鉄火場も想定して連携を執る訓練もしている腕利きなのだが……問題は何処の誰がどのような用件で彼らを雇ったかと云うことだ。
6発以上を装填できる357マグナムを携行した遣い手は高みの見物を決め込んでいるのか。それともいつでも玲子を好きなようにできると云う自信の表れか。……耳元で囁かれた瞬間だけは本当に恐怖が全身を駆け巡った。
玲子の思考や意識と同調するように、同期するように、同一したかのように背後から這いより、心の音量と同じ大きさで囁いたのだ。
少し眼が暗闇に慣れてきた。厳密には、壁に開いた弾痕から心許無い明かりが差し込んでいるだけなのだ。この暗闇ではその程度の灯かりでも安堵してしまう。
喉が渇くような、渇いていないような。
緊張の連続で口渇を覚えているのに、使い捨てマスクのお陰で口元に吐いた息の湿気が溜まり、湿り気の有る空気を吸い続けているので結果として不快な状態に陥っている。
足元に視線を落とす。
「……」
――――死体が……4つ。
――――【ヤジマ興業】と357マグナムにやられた標的ね……。
体勢を立て直し、立ち上がり、そっと歩みを進める爪先は廊下に出る。
左手のアーミーナイフはズボンのポケットに仕舞いこみ、今度はブルゾンのポケットの上からフラッシュライトを探った。まだ取り出さない。『フラッシュライトは恐らく一度しか使えない』。
這いながらも、左手で畳を缶切りで掻き毟る。
掻き毟る音はスズメバチの羽音のような短機関銃の銃声でほとんど掻き消される。
4人中3人がスコーピオン短機関銃。1人が6発以上装填できる357マグナム。スコーピオンを今し方1人仕留めた。357マグナムの遣い手は鳴りを潜めたまま。目下の脅威は残りのスコーピオン短機関銃の遣い手が3人。
実のところ……玲子の脳内データベースにはスコーピオンを遣う野戦特化型の荒事師が1件だけヒットしている。
通称【ヤジマ興業】。
4人で売り出している荒事師で、鉄砲玉からコロシまで荒事全般を引き受ける上に、取り引き現場を荒らす目的で依頼される事が多いので他の『護り屋』業者は何度も煮え湯を飲まされている。
【ヤジマ興業】と名前は大袈裟だが、実際には4人しか従業員は居ない。
そうなると……もう1人、この廃屋のどこかに潜んでいるはずだ。
短機関銃の遣い手がもう1人……。玲子にはそのパターンも見え始めていた。
それもこれも、先ほど仕留めた死体が起因だ。
赤外線暗視装置を装備し、小型短機関銃を活用し、一気に畳み掛ける戦法と思わせておいて、わざと逃走経路を用意しておき、その逃走経路に就いた標的を背後から仕留める。
姿の見えないスコーピオン短機関銃の遣い手は恐らく、廃屋の勝手口付近で待ち構えているだろう。
玲子もそのように考えるだろう。パニックに陥った人間は勝手に希望が見える方向へと逃げたがる。連中はそれを誘発させる為に無為とも言える32口径の乱射を繰り返していた。
パニックを起こした人間は進軍するのは恐る恐るだが、退く時は今来た道を迷う事無く選択し、全力で背中を見せる傾向が強い。
這いながら畳をアーミーナイフの缶切りで引っ掻きながら移動。短機関銃の乱射が止む。
彼女の目の前には赤外線暗視装置を装備した死体。それを奪うことはしない。『連中はそれ……闇の中で有効な装備を拾って使われることも計算している』と云う確信が有った。
玲子が作戦を練るのなら、そのような作戦を練る。一人が斃れても、その死体を更に利用することも考える。
赤外線暗視装置を玲子が奪って使用した途端に、日本国内では所持も販売も違法な強力なフラッシュライトで装置のレンズを舐めて一瞬で盲目状態に陥れ、網膜に焼きが付いた瞬間に蜂の巣にするつもりだ。
空の星一個の明かりで辺りが昼のように明るくなる赤外線暗視装置に規格外の明るさを照射すればどうなるか……誰にでも想像はつく。
いつもは面倒だと思っている、黒ブチの眼鏡もこの黒い世界では有っても無くても同じだった。
……ずり。
背後で……襖の向こう4mの位置から確かに何かが何かを擦る音が聞こえた。
神経を態と過敏にさせて鼓膜が短機関銃の連射音を浴びて耳鳴りが酷いが、その中でもその異質な音は聞き取れた。
咄嗟に仰向けに弾かれるように倒れる。両足を肩幅より僅かに大きく開き、かかとを床に突き刺すように固定する。腰から上、腹筋の力のみで胸部から上を跳ね上げ、相棒をしっかりと両手で保持。
漸く目が慣れてきた世界の目前に広がる襖の障壁。……襖のど真ん中に銃口を定めると、迷い無く引き金を引いた。
刹那の時間だけ、部屋が明るく白くはっきりと浮かび上がる。
襖の向うで『誰かが重傷を負うほどの負傷をして、吹き飛ばされた』。畳の上で盛大に尻餅を搗く鈍い音が聞こえた。
――――1人……いや、3人居た!
――――同じ『黒い戦闘服』……【ヤジマ興業】ね。
マズルフラッシュに浮かび上がったコンマ数秒の空間で部屋の位置と自分の位置と……この部屋に集結しつつあった戦力も分析できた。
そうなれば……ますます、357マグナムの遣い手の出方が見え難くなり、不気味だった。
狙いが分からない。
『金で雇われた殺し屋が同じく金で雇われた護り屋を最後まで追い詰める必然性が無い』のだ。
自分たちが殺し屋や荒事師を殺しているのではない。外注を請け負っているのだから雇い主だけを殺せばいい。それはこの世界の住人なら誰でも知っている道理だ。
執拗に玲子を仕留めようとする連中が居る。
この状況を知っていて、この状況に誘い込み、この状況に適した連中を雇った奴が居る。
不自然な体勢から発砲した衝撃を全身で吸収して下半身から床に面している部分へ伝達させて体の負担を軽くする。拳銃の発砲の際に発生する反動による衝撃はそれだけで心身にとって大きな負担となる。
1人を仕留めた! 体を起こし、自分の戦果を確認する。襖の向こうへ視線を投げると暗がりよりも暗いものが床を広く舐め始めていた。
助からない出血量。
畳の表を掻き毟っていた理由はこのためだ。気配も臭いもさせず、距離も間隔も測りにくく、呼吸すら阻害される空間で役に立つのは音だ。空気の雑な震動と置き換えてもいい。気流を読むのに似た感覚。
荒く毛羽立った畳の表を踏みしめれば必ず『嫌な音』が発生する。
日常なら枯れ草を踏んだ程度の音でも、視力以外の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされている今の玲子には荒れた畳みを踏む音ですら、『自身の世界の調和を崩す酷い雑音』に聞こえる。
その音源だけを感知して発砲しただけだ。紙でできた襖など、357マグナムの足止めや直進の障害にもならない。『音の乱れ』と『音の発生している位置』と『勘』を頼りに撃鉄を起こして迷わず引いただけだ。
その際に発生した銃火の閃光で2人分の影を捉えた。
何れも、足のかかとや背中などの体の一部。
夜戦夜襲を専門に生業にする【ヤジマ興業】の連中だと、はっきりと確信した。
連中は32口径のスコーピオン短機関銃しか使わない。仲間内で弾倉の再分配ができるからだ。長丁場の鉄火場も想定して連携を執る訓練もしている腕利きなのだが……問題は何処の誰がどのような用件で彼らを雇ったかと云うことだ。
6発以上を装填できる357マグナムを携行した遣い手は高みの見物を決め込んでいるのか。それともいつでも玲子を好きなようにできると云う自信の表れか。……耳元で囁かれた瞬間だけは本当に恐怖が全身を駆け巡った。
玲子の思考や意識と同調するように、同期するように、同一したかのように背後から這いより、心の音量と同じ大きさで囁いたのだ。
少し眼が暗闇に慣れてきた。厳密には、壁に開いた弾痕から心許無い明かりが差し込んでいるだけなのだ。この暗闇ではその程度の灯かりでも安堵してしまう。
喉が渇くような、渇いていないような。
緊張の連続で口渇を覚えているのに、使い捨てマスクのお陰で口元に吐いた息の湿気が溜まり、湿り気の有る空気を吸い続けているので結果として不快な状態に陥っている。
足元に視線を落とす。
「……」
――――死体が……4つ。
――――【ヤジマ興業】と357マグナムにやられた標的ね……。
体勢を立て直し、立ち上がり、そっと歩みを進める爪先は廊下に出る。
左手のアーミーナイフはズボンのポケットに仕舞いこみ、今度はブルゾンのポケットの上からフラッシュライトを探った。まだ取り出さない。『フラッシュライトは恐らく一度しか使えない』。