熱砂の中へと訪れた
3秒経過。ゆっくりとエルマKGP68のコッキングピースを引いて初弾を薬室に送り込む。流れるように残弾5発の弾倉を抜いて後ろ腰の予備マガジンポーチから抜いた新しい弾倉を抜き、残弾5発の弾倉をその空いたスリットに差しこみ、6発詰まった新しい弾倉をエルマKGP68のマグウェルに差し込む。
手品師のような澱みない自然な早業だ。
これで残弾6発と薬室に1発。
この動作は仕事開始前に行う啓子の癖のようなものだ。何が起きるか分からない仕事場では少しでも相棒の弾数は多い方が良い。
毎回毎回が嵐のような鉄火場なら相棒にしている銃は違うものだったのかもしれない。何でも屋で売っているわけではないが、現実として何でも屋で糊口を凌いでいるのは事実なので、少しは相棒に対して思うところは有る。
思うところは有るが、万能の道具などこの世には存在しないのだから追及するだけ無駄だと思っている。
啓子個人の感情としては、勝てる銃で常に勝つ事と、及第点の銃でクライアントの満足する仕事を提供することはベクトルが違うと思っている。
髪の毛一本のレベルで暴力を加減するからこその職人だと思っている。……この業界に職人と云う概念が有るのなら、そのような感情を抱くだろう。
左手でコンパクトのミラーを突き出して反転した世界を一瞥するとその映りこんだ世界を暗記して脳内で素早く更に反転。
大きく息を吸い、角から飛び出る。
先ず視界に入ったのは軽四車輌が2台。黒いダイハツムーブと白いタントカスタム。この入り組んだ路地に入れる車は軽四車輌くらいだろう。
次に視界に入ったのは2台の軽四車輌の中間でゴルフ用の大きな日傘を掲げた2人の男。
何も無い場所で陽光に晒されるのはさすがに辛いのか、三下に95cm級の日傘を持たせている。次に日傘を持つ男の間で密談を交わすように顔を近づけている2人の男。
この顔は事前の資料で知っている。『この場に居て当たり前の顔』だ。2人とも近過ぎる。フィジカルディスタンスを忘れるな! ……最後に、双方の警護の要だと思われる男が軽四車輌の近辺に確認できた。
この場に居る全員が夏の生地で拵えた、一見しただけでは反社会的組織の人間だとは分からない格好をしている。夏なのにジャケットを着ている啓子の方が異質に見える。
啓子は左手で乱雑に使い捨てマスクを剥ぎ取ると、大きく伸ばした右手で素早く2発、発砲した。弾倉交換を考えなければ合計7発しか撃てないのだから無駄な発砲は控えたい。
2発のジャケッテッドホローポイントはそれぞれ確実に取引真っ最中の、日傘で覆ってもらっていた、知っている顔の2人を仕留めた。
彼我の距離15m。
啓子の腕なら近距離。
その距離から下腹部へ1発ずつ。
バイタルゾーンとはいえ、1時間以内に救急救命が間に合えば十分に助かる。
「!」
啓子は罵声とともに弾き出された銃弾を躱そうともしなかった。妙な直感がした。偶に訪れる、直感とも違和感とも思えない感覚。その感覚が啓子にその場で硬直しろと命令した。
啓子の体は蝋人形のように停止する。
刹那、それは自ら解いて右手側に僅かに銃口を振り2発撃った。
それぞれは日傘を捨て短銃身のリボルバー拳銃を引き抜いた男とダイハツムーブの傍で立っていた男が逸早く大型拳銃で反撃してきたが、案山子のように立っている啓子には当たらなかった。
彼の腕が悪かったのか、彼が狙いを定めている隙が無かったのか、彼が動転していたのか。
兎に角、啓子はその場で瞬間的に硬直したので99mmパラベラムと思しき銃弾は無為に空を穿つ。銃声が廃屋の隙間を抜けて通る。
その大型軍用自動拳銃の男が、次の瞬間には日傘を持っていた男と同時に崩れた。2人とも左胸上方に被弾してコマのように回転気味なアクションで地面に倒れて大の字になる。
1秒にも満たない時間で2人、仕留める。
今度は逆に素早く歩幅を肩幅に開いて小脇を締めて肘と顎を引き、顔にエルマKGP68を近付けて2発、発砲。奇妙な構え。両手でエルマKGP68を保持。エルマKGP68はやや左側へ傾いている。
自然と会得していた我流のCARシステム。勿論、彼女にはそれを能動的に訓練した過去は無い。
直感で、この場合、このような構えであればもっと有効にエルマKGP68を扱えるのではないかと咄嗟に思いついただけだ。
体の面積を小さく、腰、背中、肩を素早くアクションさせ、肩から手首までは固定に近い保持の仕方。
「…………終わった、かな?」
啓子が呟くと同時に、タントカスタム側で立っていた男ともう一人の日傘を持っていた男は同時に膝から沈んで顔面を熱い地面に叩きつけるように倒れた。2人とも下腹部に被弾している。
辺りからは呻き声だけが聞こえる。声の質からして分かる。1時間以内に適切な処置を施されれば助かる。
数秒間の出来事。一方的な暴力。
近年でもこれだけ見事に決まった仕事は無い。
標的の数が6人以上ならどうなっていたのか分からない。不思議と直感より違和感に従ったほうがスムーズに仕事が運ぶ場合が多い。
やや遅れて背中に寒気が走る。
鳩尾辺りに軽い不快感。
アドレナリンが一気に噴出する。
喉の急激な渇きを覚える。額に珠のような汗の粒が浮き出す。知らぬ間に脳内麻薬が全身を冒していたらしい。喉の渇きも暑いからなのかニコチンの欠乏なのか、鉄火場の緊張からなのか判然としない。
啓子は新しい弾倉と交換しながら、取引現場の人間を一人ずつ見定めるような目で見る。反撃の脅威も敵性脅威も無い。
エルマKGP68に安全装置をかけてショルダーホルスターに戻し、直ぐに金品を奪う。
金品と言っても今は昔のようにアタッシェケースを交換するような物理的な取り引きは珍しくなった。今回は『貴重な資料』が記憶されたフラッシュメモリとその金額が提示されるURLだ。
一方がフラッシュメモリを持ち込み、スマートフォンでディスプレイに表示させ、それを確認した一方が、相手の目の前で一度使えば使用回数が切れるURLにアクセスして入金を目の前で行う。
即ち、今回の目標はフラッシュメモリと未使用のURLだ。
古式ゆかしく深夜に波止場で黒スーツの一団が物々しく取り引きをする場面は少なくなった。
大きな取り引きなら今でもそのスタイルだが、小規模な取り引きなら三下を連れた準幹部がカジュアルな服装で日中に行う。人目を憚るより人目に触れたり明るい時間帯の方が怪しまれない場合が多い……と云うより、怪しまれない環境に変化してきた。
フラッシュメモリとURLが表示されたままだったスマートフォンを奪ってその場を去る。
早く喉を冷たい水で潤したい。その一心だ。
左手首のロレックス・デイデイトはもう直ぐ午後2時50分を報せようとしている。
思い出したようにハンドタオルを取り出し、広げて頭頂部に乗せる。高温の砂漠でスーツが通用するのは空気が乾燥しているせいもあるのかもしれない、と昔何処かで拾った雑談を思い出しながら自らのジャケットとスラックスを恨めしく思った。
※ ※ ※
先日の襲撃で6人の人間を撃ち倒したが、全員闇医者の世話になっているそうだ。
手品師のような澱みない自然な早業だ。
これで残弾6発と薬室に1発。
この動作は仕事開始前に行う啓子の癖のようなものだ。何が起きるか分からない仕事場では少しでも相棒の弾数は多い方が良い。
毎回毎回が嵐のような鉄火場なら相棒にしている銃は違うものだったのかもしれない。何でも屋で売っているわけではないが、現実として何でも屋で糊口を凌いでいるのは事実なので、少しは相棒に対して思うところは有る。
思うところは有るが、万能の道具などこの世には存在しないのだから追及するだけ無駄だと思っている。
啓子個人の感情としては、勝てる銃で常に勝つ事と、及第点の銃でクライアントの満足する仕事を提供することはベクトルが違うと思っている。
髪の毛一本のレベルで暴力を加減するからこその職人だと思っている。……この業界に職人と云う概念が有るのなら、そのような感情を抱くだろう。
左手でコンパクトのミラーを突き出して反転した世界を一瞥するとその映りこんだ世界を暗記して脳内で素早く更に反転。
大きく息を吸い、角から飛び出る。
先ず視界に入ったのは軽四車輌が2台。黒いダイハツムーブと白いタントカスタム。この入り組んだ路地に入れる車は軽四車輌くらいだろう。
次に視界に入ったのは2台の軽四車輌の中間でゴルフ用の大きな日傘を掲げた2人の男。
何も無い場所で陽光に晒されるのはさすがに辛いのか、三下に95cm級の日傘を持たせている。次に日傘を持つ男の間で密談を交わすように顔を近づけている2人の男。
この顔は事前の資料で知っている。『この場に居て当たり前の顔』だ。2人とも近過ぎる。フィジカルディスタンスを忘れるな! ……最後に、双方の警護の要だと思われる男が軽四車輌の近辺に確認できた。
この場に居る全員が夏の生地で拵えた、一見しただけでは反社会的組織の人間だとは分からない格好をしている。夏なのにジャケットを着ている啓子の方が異質に見える。
啓子は左手で乱雑に使い捨てマスクを剥ぎ取ると、大きく伸ばした右手で素早く2発、発砲した。弾倉交換を考えなければ合計7発しか撃てないのだから無駄な発砲は控えたい。
2発のジャケッテッドホローポイントはそれぞれ確実に取引真っ最中の、日傘で覆ってもらっていた、知っている顔の2人を仕留めた。
彼我の距離15m。
啓子の腕なら近距離。
その距離から下腹部へ1発ずつ。
バイタルゾーンとはいえ、1時間以内に救急救命が間に合えば十分に助かる。
「!」
啓子は罵声とともに弾き出された銃弾を躱そうともしなかった。妙な直感がした。偶に訪れる、直感とも違和感とも思えない感覚。その感覚が啓子にその場で硬直しろと命令した。
啓子の体は蝋人形のように停止する。
刹那、それは自ら解いて右手側に僅かに銃口を振り2発撃った。
それぞれは日傘を捨て短銃身のリボルバー拳銃を引き抜いた男とダイハツムーブの傍で立っていた男が逸早く大型拳銃で反撃してきたが、案山子のように立っている啓子には当たらなかった。
彼の腕が悪かったのか、彼が狙いを定めている隙が無かったのか、彼が動転していたのか。
兎に角、啓子はその場で瞬間的に硬直したので99mmパラベラムと思しき銃弾は無為に空を穿つ。銃声が廃屋の隙間を抜けて通る。
その大型軍用自動拳銃の男が、次の瞬間には日傘を持っていた男と同時に崩れた。2人とも左胸上方に被弾してコマのように回転気味なアクションで地面に倒れて大の字になる。
1秒にも満たない時間で2人、仕留める。
今度は逆に素早く歩幅を肩幅に開いて小脇を締めて肘と顎を引き、顔にエルマKGP68を近付けて2発、発砲。奇妙な構え。両手でエルマKGP68を保持。エルマKGP68はやや左側へ傾いている。
自然と会得していた我流のCARシステム。勿論、彼女にはそれを能動的に訓練した過去は無い。
直感で、この場合、このような構えであればもっと有効にエルマKGP68を扱えるのではないかと咄嗟に思いついただけだ。
体の面積を小さく、腰、背中、肩を素早くアクションさせ、肩から手首までは固定に近い保持の仕方。
「…………終わった、かな?」
啓子が呟くと同時に、タントカスタム側で立っていた男ともう一人の日傘を持っていた男は同時に膝から沈んで顔面を熱い地面に叩きつけるように倒れた。2人とも下腹部に被弾している。
辺りからは呻き声だけが聞こえる。声の質からして分かる。1時間以内に適切な処置を施されれば助かる。
数秒間の出来事。一方的な暴力。
近年でもこれだけ見事に決まった仕事は無い。
標的の数が6人以上ならどうなっていたのか分からない。不思議と直感より違和感に従ったほうがスムーズに仕事が運ぶ場合が多い。
やや遅れて背中に寒気が走る。
鳩尾辺りに軽い不快感。
アドレナリンが一気に噴出する。
喉の急激な渇きを覚える。額に珠のような汗の粒が浮き出す。知らぬ間に脳内麻薬が全身を冒していたらしい。喉の渇きも暑いからなのかニコチンの欠乏なのか、鉄火場の緊張からなのか判然としない。
啓子は新しい弾倉と交換しながら、取引現場の人間を一人ずつ見定めるような目で見る。反撃の脅威も敵性脅威も無い。
エルマKGP68に安全装置をかけてショルダーホルスターに戻し、直ぐに金品を奪う。
金品と言っても今は昔のようにアタッシェケースを交換するような物理的な取り引きは珍しくなった。今回は『貴重な資料』が記憶されたフラッシュメモリとその金額が提示されるURLだ。
一方がフラッシュメモリを持ち込み、スマートフォンでディスプレイに表示させ、それを確認した一方が、相手の目の前で一度使えば使用回数が切れるURLにアクセスして入金を目の前で行う。
即ち、今回の目標はフラッシュメモリと未使用のURLだ。
古式ゆかしく深夜に波止場で黒スーツの一団が物々しく取り引きをする場面は少なくなった。
大きな取り引きなら今でもそのスタイルだが、小規模な取り引きなら三下を連れた準幹部がカジュアルな服装で日中に行う。人目を憚るより人目に触れたり明るい時間帯の方が怪しまれない場合が多い……と云うより、怪しまれない環境に変化してきた。
フラッシュメモリとURLが表示されたままだったスマートフォンを奪ってその場を去る。
早く喉を冷たい水で潤したい。その一心だ。
左手首のロレックス・デイデイトはもう直ぐ午後2時50分を報せようとしている。
思い出したようにハンドタオルを取り出し、広げて頭頂部に乗せる。高温の砂漠でスーツが通用するのは空気が乾燥しているせいもあるのかもしれない、と昔何処かで拾った雑談を思い出しながら自らのジャケットとスラックスを恨めしく思った。
※ ※ ※
先日の襲撃で6人の人間を撃ち倒したが、全員闇医者の世話になっているそうだ。