熱砂の中へと訪れた

 現実に遠く離れた場所では自動小銃の乱射や連射が途切れないで居る。『同僚』の残存戦力は勿論不明。敵の総戦力も不明。何もかもが手探りで、連携どころか互いの位置を報せることも知ることも探ることも不可能だった。
 ここへ乗り付けたランドクルーザーの戦力を殲滅する事を目的して配置されたのが恐らく、【広塚兄弟】だ。
 西側の擲弾の砲撃音は何度も聞いてきたので、それとは明らかに違う東側の擲弾は特徴的だ。M203に代表される西側の擲弾は巨大な大砲だ。薬室で炸薬が爆発してその圧力で砲弾が遠くへ飛ぶ。ゆえに長い砲身を備えている。対して、東側のGPシリーズは砲身が極端に短い。砲弾の内部に詰め込まれた炸薬が引火して推進力を得て遠くへ飛ぶのだ。ロケット花火と同じ仕組みだ。
 この界隈で擲弾を立て続けに砲撃できる容赦ない手段が取れるのは【広塚兄弟】の兄の方、和昌しか居ない。
 鉛筆ビルの一件で解った。
 あんな狭い空間で、自分が爆風に煽られる危険や、弟の命の危険も顧みずに兵器で水平砲撃を行った。
 擲弾を使うのなら彼我の距離が鍵だというのに、全くセオリーを無視している。それとも絶対の自信の表れか。
 辺り一面に砲撃が開始される。
 頭を抱えてその場で停止するしかなかった。
 エルマKGP68を噛み、頭を両手で抑えながら親指で耳を塞ぐ。
 日中に熱を含んだ、まだ熱い地面に胸や腹が接しているのに、死に直面した恐怖しか感じないので寒気を覚える。……否、死に直面という感覚も少し違う。
 生き残る事が出来る可能性が低いと悟ったが故の、セルフネグレクトが混じっている。せめて直撃して楽になれたらいいと捨て鉢な思考に襲われているのだ。
 それほどまでに砲撃は熾烈だった。
 弄んでいるのか、啓子の位置を本当に正確に把握していないからこその乱れ撃ちなのか。激しい砲撃は2分近く続いた。
 暑い夏で慢性的な水分不足でなかったらとっくに小便を漏らしていた。
 擲弾が着弾するたびに破裂して地面を揺るがす。
 東側の擲弾の弾頭は地面に当たると一旦大きく跳ねて頭上3m辺りの位置で破裂し、広く破片を撒き散らす物が多いが、そのタイプの弾頭ではなかった。旧来の着弾して破裂するタイプの弾頭だ。単価が安い。だからバーゲンセールのように擲弾をばら撒けたのか。
 或いは性分的に空中破裂型は使いに難いと思っているのか。【広塚兄弟】の兄にも何かしらの拘りがあるらしい。
 そして戦場のセオリー通りなら……。
――――残党狩りが始まる。
 擲弾や迫撃砲の乱れ撃ちの後は歩兵が乗り込んで掃討。制圧のセオリーの一つだ。
 啓子は仰向けになり、空を見ながらエルマKGP68を口から引き剥がして右手に握る。
 エルマKGP68の各部を確認。問題ないらしい。左手で後ろ腰から予備弾倉を抜く。敵が押しかけるのか【広塚兄弟】の弟が来るのかそれは不明。万が一に備えたかった。
 再びうつ伏せになって膝から太腿、腰の順に体を起こして移動する。 既に破壊されて瓦礫になった堆い資材に移動する。
 あちらこちらの地面にクレーターができている。
 全て砲弾が炸裂した跡だ。
 その痕跡から、少なくとも同じ火器を用いている事が解る。これは本当に【広塚兄弟】の兄の仕業だと解る。『様々なクレーターが混在していない』。すべて同一の種類のクレーター。
 あの間抜けな砲撃音が今度聞こえてきたら、本当に最後だろう。
 恐慌に陥りそうな自分を鼻からの腹式呼吸で無理矢理鎮める。タフだと思っていた自分自身を、実はただの人間だと思い知る機会が続いたので少し、自分の精神力に懐疑的になっている。
 腕は信じるが精神力には疑問符。
「……!」
 来た。
 背中がざわつく。
 胸の奥が締め付けられる。
 喉が渇きとは違う不快感を訴える。
 突如大きな波に全身を飲み込まれたような圧力。
 発砲音。空気が震える。特徴的な銃声。間延びした尾を引く銃声。【広塚兄弟】の弟、伸路のタウルスM513ジャッジマグナムの銃撃だ。
 410番口径の散弾。大粒の散弾。猟で用いられるシェルだと直感で悟る。
 頭を低くして蛇行して移動。
 啓子の移動した後を追うように散弾の弾痕が穿かれる。
 一定のリズムでの発砲に晒される。発砲の間隔が広いのでいつ再装填しているのか解らない。410番口径は散弾だ。個人が携行できる重さはたかが知れているはず。410番口径3インチシェルの射程は恐ろしく短い。共用できるリボルバー用マグナムの454カスールを装填すれば話しは別だが。
「……このパターン……近い」
 砲撃で破壊された資材の僅かな山に潜みながら、プレハブの残骸やその他の資材に刻まれた弾痕を見ると、かなりの近距離で発砲しているのが解る。
 開けた造成地なので銃声が広がって距離を耳で計り難いだけだ。
 散弾の広がるパターンと、銃自体の銃身の長さを考えれば自ずと射程や位置が把握できる。
 歩兵は隊伍で行動すれば脅威は低い。だから先に砲撃で敵戦力の脅威度を低下させて歩兵の隊伍で制圧するのだ。
――――近い!?
――――30m? 40m?
 足音を殺す訓練を受けているのだろう。近寄る【広塚兄弟】の弟は気配はすれど、距離を計るのが困難な移動を繰り返していた。
――――!
 小さな金属音。続けて小さな金属音。そして更に続けて……。
――――アモを換えたわね!
 410番口径ではなく、454カスールか、もっと軽便な45ロングコルトを装填したと思われる。
 予算の都合と云うより、状況的に弾薬の選択のようだ。
 散弾で圧すのを止めて、45口径で止めを刺しに来るらしい。
 410番口径と454カスール、45ロングコルトなどの45口径は薬莢の直径が同じで薬莢の底が突き出ているので、薬室の長さが410番口径3インチ以下ならば共用できる火器が多い。
 【広塚兄弟】弟の戦術は間違いではない。
 先に散弾をばら撒きながら突入、追い込んだところで強力な弾頭で仕留める。美しいまでのセオリーだ。【広塚兄弟】の兄の援護があってこそなのだろう。
 呼吸を自然呼吸のリズムで腹式呼吸に切り替える。
 耳を澄ます。目は僅かに瞼を落とす。自分に自己暗示をかける。
 普通、自己暗示は一度に複数を施すのは難易度が高い。今、集中しているのは聴覚だ。本当なら呼吸も制御したかった。そして、『できるものなら自己暗示は使いたくなかった』。
「…………」
 意識が眠気を催す。
 過集中によって脳が酸素不足を訴え始めた。
 聞こえないはずの腕時計の秒針の音が聞こえそうな世界に埋没する。 深く、深く埋没する。
 足元から底なし沼にずぶずぶと、立ったままゆっくりと沈んでいくイメージ。
 それこそが待ち望んでいたイメージ。
 啓子の脳内の時間が停止する。
 目が開いているのに、音だけが支配する世界の住人になる。
 彼女は自覚していないが、聴覚からイメージを拾う能力が優れているために、外部からの音のストレスで簡単に精神が脆くなる。
 逆に、自己暗示を施せば簡単に飲み込まれてしまう。
 デメリットしかないように聞こえるが、音だけを拾ってイメージとして脳内に投影し『見えない背後や遮蔽の向こう』を三次元映像として増幅させる感覚に長けている。
 彼女の背後には遮蔽だった瓦礫。
 左右の方向にはそれぞれ20m離れた位置に擲弾で破壊された資材の山。
 目前25mにはプレハブ事務所の残骸。
 彼女を物理的に守る遮蔽や掩蔽は無い。
 啓子はその場で立ち尽くす。
 両手でエルマKGP68を構え、銃口を地面に向けている。
 予備弾倉は左手の小指と薬指の間に挟んで保持したまま。
 力が無い。
 精気が無い目。
 人の形をしたオブジェのように立ち尽くす。
16/19ページ
スキ