熱砂の中へと訪れた
――――広い。
――――タマ、届くかな?
この場広い場所の見晴らし良い場所で取引が行われる。
これは相手が挑発している。我が組織には警戒警護は要らないと胸を張っている。幼稚だが目の前でやられると腹が立つ。
事前の作戦など無い。自由判断で打撃を与えるだけ。寧ろ集団として連携が取れている方が面倒な個人が揃っているのだ。……誰とも相性が合わないから、逸れ者として非正規雇用に甘んじている連中ばかりだ。
ふと、何かが脳裏を過ぎる。
錚々たるメンツが集まるはず。
リストにはもっと沢山の名前があった。
分散して降車展開しているのだろう。……だが、何か忘れているような気がする。
直ぐに迷いを捨てて、啓子は先行する。
連中が狙撃手を雇っていて先制するつもりならば、とっくに自分たちは全滅している。
早く取り引き現場に行き、存分に暴れて手柄を立てたい欲にかられてしまう。何か思い出そうとしていたが直ぐに脳味噌の片隅に追いやられた。
造成地の真ん中にある大型のプレハブの事務所が取り引き現場だが、さすがに啓子も後続の4人の荒事師も脚が遅くなる。……探りながら、遮蔽を探しながら、陰を伝いながらの移動の繰り返しになる。
エルマKGP68を早くも抜く。薬室に実包を送り込み、弾倉を抜き、補弾し、弾倉を挿す。掌がしっとりとした汗をかいている。
「……」
全員の脚が停止する。
室内の電灯が煌々としている2階建てプレハブ事務所の目前40mの位置で、啓子は建築資材が詰まれた陰を遮蔽に背中を任せて隙間からそろりと伺う。
「!」
瞬間。
背後で爆発音。
振り向く! 確かにそこには2人の『同僚』が潜んでいる遮蔽が有った。
その背後からの手榴弾の投擲か擲弾の砲撃だ。
――――あ。
意外と直ぐに冷静に戻る啓子。
忘れていた事柄を思い出す。
あのリストの何処にも【広塚兄弟】の名前は掲載されていなかった。今回は【広塚兄弟】は組織の同盟外か、街の外に出たかと思っていたが……そうではなく、『新しいスポンサーに雇われていた』のだ。それを思い出す。
あの爆発音の直前に聞こえた間抜けな砲撃音は忘れない。
広塚和昌のGP―34の砲撃だ。
普通はGP―34といえば、自動小銃の銃身下部に添うように付属させて運用するが、彼はそのGP―34と云う携行式単発擲弾発射砲を、拳銃のように軽々と振り回す膂力の持ち主だった。
射程約400m。着弾点から半径6m~10m以内に立っていると致命傷を負うと思った方がいい。
厭な直感だけはいつも当たる。
違和感が仕事をしていない。
こちらの『同僚たち』も名の通った曲者ばかりだ。
自動小銃に散弾銃、短機関銃を携えた者も沢山居る。
それに展開しているポイントはここだけではない。数人単位でこの造成地の近辺や各所で降車して展開している。簡単に全滅はしないだろう。……それを鑑みても突如の砲撃は、泡を食った。
次弾が着弾し、山のように詰まれた資材が吹き飛ぶ。
その破片で更に2人の『同僚』が負傷して無力化された。腹に木材が突き刺さったり、眼に破片が飛び込んで刺客に深刻なダメージを負ってしまった。
頼りにしていた資材の山が、遮蔽だと思っていた資材の山が砲弾の直撃で威力が倍増する爆弾に思えてきた。
咄嗟に伏せながら、エルマKGP68に安全装置を掛けて口に横銜えにして匍匐前進をする。
経験上、爆発物は横へ上へと爆風と爆圧は広がる。擲弾の弾頭は地面に弾着して僅かにめり込むので、真横へ風と圧が広がることは考え難い。
泥濘の戦場で擲弾が不発に終わったり、思ったより効果が薄いケースは殆どがこれだ。深く泥に弾頭がめり込んでしまうのだ。
何処からの砲撃か不明。
全身の毛穴から汗が吹き出る。
喉が渇いているのに、エルマKGP68を銜えた口の端から涎がダラダラと流れる。
啓子の目は血走りながら目前20mのプレハブ事務所を目指す。誰が居るかは解らない。標的が取り引きしているのなら、そのプレハブに隣接すれば……。
「!」
目前20mにあるプレハブ事務所が爆発。屋根を突き破った40mm擲弾がプレハブ小屋を段ボールの紙細工のように破壊した。囮のプレハブだ。
――――……!
――――否! 違う!
――――『見えていない!』
GP―34と思しき擲弾の着弾位置を頭に描いたが……人を狙っているとは思えない。
解り易い、動かない、大きな物体ばかりを狙っている。
最初は陽動かと思ったが、辺りに目ぼしい遮蔽が無くなると砲撃が止んだ。暫く時間が経つ。左手首のロレックス・デイデイトが正確ならば15秒は経過している。
『同僚』たちが遠くで盲撃ちを繰り返す。
自動小銃や短機関銃の発砲音が聞こえる。硝煙とは違う煙の臭いが立ち込めるその場で伏せたまま目を凝らす。大した距離は見通せないが、『同僚』たちが何処で発砲しているのかが、部分的に理解できた。
そして再び聞こえてきた砲撃音。
打ち上げ花火のような音を引っ張りながらそれは確実に、やはり、遮蔽を破壊していた。
遮蔽が頼みの『同僚』たちは資材や木材の破片で負傷し、あっけなく無力化されていく。
無力化だ。殺害ではない。死にはしない。だが、重傷は免れない。無力化とはその戦闘区域に於いて、戦闘行為が行えなくなった状態のことを指す。その結果、死に至ってもそれは無力化とは別に評価される。
最新の歩兵用の小火器ほど、無力化を念頭に開発されている。相手に怪我をさせてその場で足止めさせればいい。
更に、負傷すれば負傷兵を搬送するために貴重な戦力が最低2人分、戦線から離脱する。戦場では殺すより怪我をさせることの方が大きな意味を持つ。
啓子はゴキブリのように素早く這う。
地面に散乱する釘や番線で掌を怪我しながら、口に銜えたエルマKGP68を噛みしばって、恐怖と戦いながら前進する。爆発しただけで炎上していないプレハブ事務所跡へと向かう。
――――【広塚兄弟】……もっとチェックしておくべきだったなあ……。
――――兄の和昌が砲撃しているという事は、弟は化け物リボルバーで残党狩りの最中かしら……。
恐慌状態に陥るのを今度こそ防ぐ為に、頭の中身をフル稼働させて、恐怖を感じる余地を追い出そうと必死だった。
相手の顔が見える距離で命の遣り取りをするより、圧倒的火力差が有る相手を敵にしている方が、精神のどこかが解離や遊離を起こしているらしく、恐怖の度合いが砂利運搬船の中での出来事よりずっと楽だった。
非現実的すぎる砲撃を前にして、逃避行動的な思考に陥っているのかもしれない。
「…………」
視線と人の気配、それにどこか嘲笑っているような嫌なイメージが脳内に流れ込んできて、地面に散乱した釘や番線や木材の破片で掌や頬を切りながらも、辺りを伺う。
――――『獲物になった気分』。
誰か居る。それはそうだ。こちらも大挙してきたからには敵も迎撃の準備が出来ているだろうし、何より、今夜の取り引き事態が大きな釣り餌だったのも明白。
街の組織で成る連合軍が腕自慢を集めて一気に投入してくるのは解っていたので、外国資本の組織は偽の情報で腕利きたちを集めて一網打尽にして連合軍の戦力の大幅低下を目論んだのだ。
敵は【広塚兄弟】だけではない。
それ以外にも荒事専門の実働部隊が動員されただろう。
――――タマ、届くかな?
この場広い場所の見晴らし良い場所で取引が行われる。
これは相手が挑発している。我が組織には警戒警護は要らないと胸を張っている。幼稚だが目の前でやられると腹が立つ。
事前の作戦など無い。自由判断で打撃を与えるだけ。寧ろ集団として連携が取れている方が面倒な個人が揃っているのだ。……誰とも相性が合わないから、逸れ者として非正規雇用に甘んじている連中ばかりだ。
ふと、何かが脳裏を過ぎる。
錚々たるメンツが集まるはず。
リストにはもっと沢山の名前があった。
分散して降車展開しているのだろう。……だが、何か忘れているような気がする。
直ぐに迷いを捨てて、啓子は先行する。
連中が狙撃手を雇っていて先制するつもりならば、とっくに自分たちは全滅している。
早く取り引き現場に行き、存分に暴れて手柄を立てたい欲にかられてしまう。何か思い出そうとしていたが直ぐに脳味噌の片隅に追いやられた。
造成地の真ん中にある大型のプレハブの事務所が取り引き現場だが、さすがに啓子も後続の4人の荒事師も脚が遅くなる。……探りながら、遮蔽を探しながら、陰を伝いながらの移動の繰り返しになる。
エルマKGP68を早くも抜く。薬室に実包を送り込み、弾倉を抜き、補弾し、弾倉を挿す。掌がしっとりとした汗をかいている。
「……」
全員の脚が停止する。
室内の電灯が煌々としている2階建てプレハブ事務所の目前40mの位置で、啓子は建築資材が詰まれた陰を遮蔽に背中を任せて隙間からそろりと伺う。
「!」
瞬間。
背後で爆発音。
振り向く! 確かにそこには2人の『同僚』が潜んでいる遮蔽が有った。
その背後からの手榴弾の投擲か擲弾の砲撃だ。
――――あ。
意外と直ぐに冷静に戻る啓子。
忘れていた事柄を思い出す。
あのリストの何処にも【広塚兄弟】の名前は掲載されていなかった。今回は【広塚兄弟】は組織の同盟外か、街の外に出たかと思っていたが……そうではなく、『新しいスポンサーに雇われていた』のだ。それを思い出す。
あの爆発音の直前に聞こえた間抜けな砲撃音は忘れない。
広塚和昌のGP―34の砲撃だ。
普通はGP―34といえば、自動小銃の銃身下部に添うように付属させて運用するが、彼はそのGP―34と云う携行式単発擲弾発射砲を、拳銃のように軽々と振り回す膂力の持ち主だった。
射程約400m。着弾点から半径6m~10m以内に立っていると致命傷を負うと思った方がいい。
厭な直感だけはいつも当たる。
違和感が仕事をしていない。
こちらの『同僚たち』も名の通った曲者ばかりだ。
自動小銃に散弾銃、短機関銃を携えた者も沢山居る。
それに展開しているポイントはここだけではない。数人単位でこの造成地の近辺や各所で降車して展開している。簡単に全滅はしないだろう。……それを鑑みても突如の砲撃は、泡を食った。
次弾が着弾し、山のように詰まれた資材が吹き飛ぶ。
その破片で更に2人の『同僚』が負傷して無力化された。腹に木材が突き刺さったり、眼に破片が飛び込んで刺客に深刻なダメージを負ってしまった。
頼りにしていた資材の山が、遮蔽だと思っていた資材の山が砲弾の直撃で威力が倍増する爆弾に思えてきた。
咄嗟に伏せながら、エルマKGP68に安全装置を掛けて口に横銜えにして匍匐前進をする。
経験上、爆発物は横へ上へと爆風と爆圧は広がる。擲弾の弾頭は地面に弾着して僅かにめり込むので、真横へ風と圧が広がることは考え難い。
泥濘の戦場で擲弾が不発に終わったり、思ったより効果が薄いケースは殆どがこれだ。深く泥に弾頭がめり込んでしまうのだ。
何処からの砲撃か不明。
全身の毛穴から汗が吹き出る。
喉が渇いているのに、エルマKGP68を銜えた口の端から涎がダラダラと流れる。
啓子の目は血走りながら目前20mのプレハブ事務所を目指す。誰が居るかは解らない。標的が取り引きしているのなら、そのプレハブに隣接すれば……。
「!」
目前20mにあるプレハブ事務所が爆発。屋根を突き破った40mm擲弾がプレハブ小屋を段ボールの紙細工のように破壊した。囮のプレハブだ。
――――……!
――――否! 違う!
――――『見えていない!』
GP―34と思しき擲弾の着弾位置を頭に描いたが……人を狙っているとは思えない。
解り易い、動かない、大きな物体ばかりを狙っている。
最初は陽動かと思ったが、辺りに目ぼしい遮蔽が無くなると砲撃が止んだ。暫く時間が経つ。左手首のロレックス・デイデイトが正確ならば15秒は経過している。
『同僚』たちが遠くで盲撃ちを繰り返す。
自動小銃や短機関銃の発砲音が聞こえる。硝煙とは違う煙の臭いが立ち込めるその場で伏せたまま目を凝らす。大した距離は見通せないが、『同僚』たちが何処で発砲しているのかが、部分的に理解できた。
そして再び聞こえてきた砲撃音。
打ち上げ花火のような音を引っ張りながらそれは確実に、やはり、遮蔽を破壊していた。
遮蔽が頼みの『同僚』たちは資材や木材の破片で負傷し、あっけなく無力化されていく。
無力化だ。殺害ではない。死にはしない。だが、重傷は免れない。無力化とはその戦闘区域に於いて、戦闘行為が行えなくなった状態のことを指す。その結果、死に至ってもそれは無力化とは別に評価される。
最新の歩兵用の小火器ほど、無力化を念頭に開発されている。相手に怪我をさせてその場で足止めさせればいい。
更に、負傷すれば負傷兵を搬送するために貴重な戦力が最低2人分、戦線から離脱する。戦場では殺すより怪我をさせることの方が大きな意味を持つ。
啓子はゴキブリのように素早く這う。
地面に散乱する釘や番線で掌を怪我しながら、口に銜えたエルマKGP68を噛みしばって、恐怖と戦いながら前進する。爆発しただけで炎上していないプレハブ事務所跡へと向かう。
――――【広塚兄弟】……もっとチェックしておくべきだったなあ……。
――――兄の和昌が砲撃しているという事は、弟は化け物リボルバーで残党狩りの最中かしら……。
恐慌状態に陥るのを今度こそ防ぐ為に、頭の中身をフル稼働させて、恐怖を感じる余地を追い出そうと必死だった。
相手の顔が見える距離で命の遣り取りをするより、圧倒的火力差が有る相手を敵にしている方が、精神のどこかが解離や遊離を起こしているらしく、恐怖の度合いが砂利運搬船の中での出来事よりずっと楽だった。
非現実的すぎる砲撃を前にして、逃避行動的な思考に陥っているのかもしれない。
「…………」
視線と人の気配、それにどこか嘲笑っているような嫌なイメージが脳内に流れ込んできて、地面に散乱した釘や番線や木材の破片で掌や頬を切りながらも、辺りを伺う。
――――『獲物になった気分』。
誰か居る。それはそうだ。こちらも大挙してきたからには敵も迎撃の準備が出来ているだろうし、何より、今夜の取り引き事態が大きな釣り餌だったのも明白。
街の組織で成る連合軍が腕自慢を集めて一気に投入してくるのは解っていたので、外国資本の組織は偽の情報で腕利きたちを集めて一網打尽にして連合軍の戦力の大幅低下を目論んだのだ。
敵は【広塚兄弟】だけではない。
それ以外にも荒事専門の実働部隊が動員されただろう。