熱砂の中へと訪れた
即座に首を切られなかったのは、やはり【広塚兄弟】と一戦交えて生き残った証人としての価値だろう。
あの兄弟の評判や戦績を調べた。
確かに、ダークウェブを専門とする情報屋からは様々な情報が集まった。街の外の強力な組織の侠客として在籍。荒事を専門に引き受けて数々の鉄火場を火と血の海に沈めてきた。
兄の広塚和昌(ひろつか かずまさ)。44歳。
弟の広塚伸路(ひろつか しんじ)。32歳。
兄弟ともに海外で戦闘訓練を受けて実戦を経験していた傭兵だったが、国内での仕事を片付けている最中に拠点にしている国が不安定な情勢に陥り、日本政府が渡航禁止命令を発令。
その結果、拠点の国へ還るのが難しくなっていた時に昨今の疫病が大流行してしまい、更に国外へ出る事が困難になってしまったために国内を点々として金を稼いでいるらしい。
プロの傭兵として情勢が不安定な国々で稼いでいたが、皮肉にもこの国で……一番情勢が安定しているこの国で足止めを食っている最中なのだ。
「…………」
――――今しかないわね……『何とかしないと』。
虚空を睨み、腕を組む。
渡航禁止令が解除されれば必ずあの兄弟は出国する。
そして様々な海外線を梯子して拠点にしている国へと戻るだろう。……近頃、超大国の『あの国』も最近は動向が更に怪しい。
傭兵ならばビジネスチャンスにしか見えないだろう。
まさか日本から東南アジア、西アジア、北アフリカ、南欧、東欧へと時間を掛けてまでビジネスのために『あの国』へ行くだろうか? ……行くだろうな。
それだけのゴールドラッシュの匂いがする。
泥沼になればなるほど、嬉しい悲鳴が止まらないだろう。
今は【広塚兄弟】のことは頭の片隅において、雇用者からのペナルティという罰ゲームをいかに耐え忍ぶか考えていた。
※ ※ ※
「毎朝ご苦労さん」
先日の夜に罰ゲーム同然の質屋への強盗を難なく達成。
カタギに手を出すのは気が引けると思っていたが、その質屋の店主がアシ抜けした、元裏の世界の住人だと知って、少しは呵責の念が晴れた。
これは安心していられない。アシを洗っても過去からは逃げられない姿を見せつけられたのだ。他人事ではない。
ビジネスホテルの自室で朝食を摂っていると、彩が軽いノックの後に許可もしていないのにマスターキーで開けて勝手に入ってきた。
その彩に「ご苦労さん」と声を掛けたのだ。
「ねえ、あなた……若しかして、命拾いしたんじゃない?」
「ん?」
玉子のサンドウィッチに齧り付きながら、啓子は目だけで彩に謎を訴える。
彩はいつも脇に抱えているA4の書類が入る封筒をベットに放り出す。
「『上は凄くイヤな雰囲気』よ」
啓子はコーヒーで口の中のサンドウィッチを押し流しながら封筒を取り、素早く中身の書類に目を通す。
思わず口角が上がる。
「中身、見たの?」
「いや、その封筒を『渡してくれた人』、凄く深刻な顔をしてたから」
「……」
「近い内に大変な事が起きるんじゃないかって思っただけ」
「そう……危ないと思ったら早く逃げなさいね」
「どうも」
彩はそう言うと、きびすを返して退室した。その表情に真剣さや深刻さは無く、いつもの仕事を、朝刊を配りに来たと云う顔で啓子に接しただけだった。
啓子の組織の上層は、蜂の巣を突付いた騒ぎになっているらしい。否、なっている。
近々、見逃せない取り引きが近郊の造成地で行われる。
国内で外国資本の力で旗揚げし、橋頭堡を築きつつある組織が、この県内の主要な街をターゲットにした。その前哨戦として啓子の居る街の外れ……近郊で堂々とその外国資本の組織が、街の外の『余所者』と取り引きするのだ。
これはメンツに関わる問題だ。自分の家の庭で他人が許可無くBBQをしているのと同じほどに腹が立つ。更に家屋のトイレと水道を勝手に使っていると思えばいい。
前哨戦なので規模は小さいが、挑発が過ぎる。
組織上層部が『見逃せない取り引き』と評価したのも頷ける。ここでしくじってしまえば……追い出しに失敗すれば、この街は直ぐに陥落する。
啓子の所属する組織の上から回ってきた『仕様書』には何も触れていなかったが、今回、応戦と排撃に借り出された非正規雇用の名前を見ていると錚々たる名前が並んでいる。
どいつもこいつも名前は知っている。
共闘はした事が無い。
癖と個性が強過ぎて、何処の街からも相手にされなくなったはみ出し者で編成された『使い捨て部隊』を編成している。
そのメンツの名前は啓子の組織だけではなく、いつも敵対しているはずの組織や集団、個人までもが一時休戦して同盟を結んだらしい。
そのくせに、正社員を庇いすぎた為に現場で『使える』即戦力が社内で育っていないので、腕に覚えが有るが、性格に難ありな面々が集められていた。
排撃応戦。
聞こえは格好いいが、あらん限りの暴力と破壊と殺害を撒き散らして『強固な我々』をアピールできればそれでいい。
その魂胆が、無機質なはずの書類の文字列から読み取れる。
失敗続きの啓子からすれば失墜しかけの信用と信頼を挽回するチャンスだ。口角が上がるのも無理はない。
完全な敵勢力の排除はこの際は……恐らく第2目標だ。
主に『我々に手を出せば手痛い思いをする』と云う実力を伴った主張。
啓子は、今回の『現場』に一切の不満を漏らさなかった。中々回復しないことで有名な信用と信頼を一気に挽回できるチャンスが突然降ってきたのだ。
エルマKGP68を左脇に吊るす。後ろ腰もポーチに予備弾倉を挿す。EDCとして持ち歩いてる抗生物質や鎮痛剤、ナイフ、フラッシュライトも確認する。
新調したジャケットの内ポケットにドライシガーの箱をいつもより一箱多く落とす。
砂利運搬船の中で過呼吸で身体が全く動かなくなった時に控えていた内臓回収チームが、啓子のエルマKGP68も回収してくれた。内臓回収チームは大人の男の脱力した体そのものを回収するために編成されているので力自慢が多い。……それも啓子が無事にビジネスホテルに放り込まれた一因だろう。
啓子はドミニカンドライシガーを銜えて廊下を大股で歩きながら使い捨てライターでフットを安っぽい火で炙る。禁煙の札もお構いなしだ。口の端からもうもうと紫煙を吐きちらしながら、午前0時を経過したビジネスホテルを正面から出た。
彼女が乗り込んだ黒いランドクルーザーには既に、何人かの『有名人』が乗り込んでいた。
誰も顔も目も合わさない。
名前を聞けば必ず何処かで聞いた事が有る連中だ。
恐らく、今回の仕事で一番ネームバリューが低い荒事師は啓子だろう。
勿論、ネームバリューの高さ程度で卑屈になる啓子ではない。
発車したランドクルーザーの中で、左脇を意識しながら退屈そうな顔で窓の外を眺めていた。退屈そうな顔をする演技もなかなか難しいものだ。
やがてランドクルーザーは5人の荒事師を吐き出すと、我関せずとでも言わんばかりに発車した。回収は違うポイントで違うチームが行う手筈だ。
近郊の造成地。建築中の住居がちらほらと見える。
夜でも外灯が点いているので光源には困らない。
この造成地の区画の外はまだまだ更地が広がっており、更にその向うには山を切り開いている最中の山の麓が見える。
見える範囲で350m四方の大きな区画。20件以上が建築建設工事中。
あの兄弟の評判や戦績を調べた。
確かに、ダークウェブを専門とする情報屋からは様々な情報が集まった。街の外の強力な組織の侠客として在籍。荒事を専門に引き受けて数々の鉄火場を火と血の海に沈めてきた。
兄の広塚和昌(ひろつか かずまさ)。44歳。
弟の広塚伸路(ひろつか しんじ)。32歳。
兄弟ともに海外で戦闘訓練を受けて実戦を経験していた傭兵だったが、国内での仕事を片付けている最中に拠点にしている国が不安定な情勢に陥り、日本政府が渡航禁止命令を発令。
その結果、拠点の国へ還るのが難しくなっていた時に昨今の疫病が大流行してしまい、更に国外へ出る事が困難になってしまったために国内を点々として金を稼いでいるらしい。
プロの傭兵として情勢が不安定な国々で稼いでいたが、皮肉にもこの国で……一番情勢が安定しているこの国で足止めを食っている最中なのだ。
「…………」
――――今しかないわね……『何とかしないと』。
虚空を睨み、腕を組む。
渡航禁止令が解除されれば必ずあの兄弟は出国する。
そして様々な海外線を梯子して拠点にしている国へと戻るだろう。……近頃、超大国の『あの国』も最近は動向が更に怪しい。
傭兵ならばビジネスチャンスにしか見えないだろう。
まさか日本から東南アジア、西アジア、北アフリカ、南欧、東欧へと時間を掛けてまでビジネスのために『あの国』へ行くだろうか? ……行くだろうな。
それだけのゴールドラッシュの匂いがする。
泥沼になればなるほど、嬉しい悲鳴が止まらないだろう。
今は【広塚兄弟】のことは頭の片隅において、雇用者からのペナルティという罰ゲームをいかに耐え忍ぶか考えていた。
※ ※ ※
「毎朝ご苦労さん」
先日の夜に罰ゲーム同然の質屋への強盗を難なく達成。
カタギに手を出すのは気が引けると思っていたが、その質屋の店主がアシ抜けした、元裏の世界の住人だと知って、少しは呵責の念が晴れた。
これは安心していられない。アシを洗っても過去からは逃げられない姿を見せつけられたのだ。他人事ではない。
ビジネスホテルの自室で朝食を摂っていると、彩が軽いノックの後に許可もしていないのにマスターキーで開けて勝手に入ってきた。
その彩に「ご苦労さん」と声を掛けたのだ。
「ねえ、あなた……若しかして、命拾いしたんじゃない?」
「ん?」
玉子のサンドウィッチに齧り付きながら、啓子は目だけで彩に謎を訴える。
彩はいつも脇に抱えているA4の書類が入る封筒をベットに放り出す。
「『上は凄くイヤな雰囲気』よ」
啓子はコーヒーで口の中のサンドウィッチを押し流しながら封筒を取り、素早く中身の書類に目を通す。
思わず口角が上がる。
「中身、見たの?」
「いや、その封筒を『渡してくれた人』、凄く深刻な顔をしてたから」
「……」
「近い内に大変な事が起きるんじゃないかって思っただけ」
「そう……危ないと思ったら早く逃げなさいね」
「どうも」
彩はそう言うと、きびすを返して退室した。その表情に真剣さや深刻さは無く、いつもの仕事を、朝刊を配りに来たと云う顔で啓子に接しただけだった。
啓子の組織の上層は、蜂の巣を突付いた騒ぎになっているらしい。否、なっている。
近々、見逃せない取り引きが近郊の造成地で行われる。
国内で外国資本の力で旗揚げし、橋頭堡を築きつつある組織が、この県内の主要な街をターゲットにした。その前哨戦として啓子の居る街の外れ……近郊で堂々とその外国資本の組織が、街の外の『余所者』と取り引きするのだ。
これはメンツに関わる問題だ。自分の家の庭で他人が許可無くBBQをしているのと同じほどに腹が立つ。更に家屋のトイレと水道を勝手に使っていると思えばいい。
前哨戦なので規模は小さいが、挑発が過ぎる。
組織上層部が『見逃せない取り引き』と評価したのも頷ける。ここでしくじってしまえば……追い出しに失敗すれば、この街は直ぐに陥落する。
啓子の所属する組織の上から回ってきた『仕様書』には何も触れていなかったが、今回、応戦と排撃に借り出された非正規雇用の名前を見ていると錚々たる名前が並んでいる。
どいつもこいつも名前は知っている。
共闘はした事が無い。
癖と個性が強過ぎて、何処の街からも相手にされなくなったはみ出し者で編成された『使い捨て部隊』を編成している。
そのメンツの名前は啓子の組織だけではなく、いつも敵対しているはずの組織や集団、個人までもが一時休戦して同盟を結んだらしい。
そのくせに、正社員を庇いすぎた為に現場で『使える』即戦力が社内で育っていないので、腕に覚えが有るが、性格に難ありな面々が集められていた。
排撃応戦。
聞こえは格好いいが、あらん限りの暴力と破壊と殺害を撒き散らして『強固な我々』をアピールできればそれでいい。
その魂胆が、無機質なはずの書類の文字列から読み取れる。
失敗続きの啓子からすれば失墜しかけの信用と信頼を挽回するチャンスだ。口角が上がるのも無理はない。
完全な敵勢力の排除はこの際は……恐らく第2目標だ。
主に『我々に手を出せば手痛い思いをする』と云う実力を伴った主張。
啓子は、今回の『現場』に一切の不満を漏らさなかった。中々回復しないことで有名な信用と信頼を一気に挽回できるチャンスが突然降ってきたのだ。
エルマKGP68を左脇に吊るす。後ろ腰もポーチに予備弾倉を挿す。EDCとして持ち歩いてる抗生物質や鎮痛剤、ナイフ、フラッシュライトも確認する。
新調したジャケットの内ポケットにドライシガーの箱をいつもより一箱多く落とす。
砂利運搬船の中で過呼吸で身体が全く動かなくなった時に控えていた内臓回収チームが、啓子のエルマKGP68も回収してくれた。内臓回収チームは大人の男の脱力した体そのものを回収するために編成されているので力自慢が多い。……それも啓子が無事にビジネスホテルに放り込まれた一因だろう。
啓子はドミニカンドライシガーを銜えて廊下を大股で歩きながら使い捨てライターでフットを安っぽい火で炙る。禁煙の札もお構いなしだ。口の端からもうもうと紫煙を吐きちらしながら、午前0時を経過したビジネスホテルを正面から出た。
彼女が乗り込んだ黒いランドクルーザーには既に、何人かの『有名人』が乗り込んでいた。
誰も顔も目も合わさない。
名前を聞けば必ず何処かで聞いた事が有る連中だ。
恐らく、今回の仕事で一番ネームバリューが低い荒事師は啓子だろう。
勿論、ネームバリューの高さ程度で卑屈になる啓子ではない。
発車したランドクルーザーの中で、左脇を意識しながら退屈そうな顔で窓の外を眺めていた。退屈そうな顔をする演技もなかなか難しいものだ。
やがてランドクルーザーは5人の荒事師を吐き出すと、我関せずとでも言わんばかりに発車した。回収は違うポイントで違うチームが行う手筈だ。
近郊の造成地。建築中の住居がちらほらと見える。
夜でも外灯が点いているので光源には困らない。
この造成地の区画の外はまだまだ更地が広がっており、更にその向うには山を切り開いている最中の山の麓が見える。
見える範囲で350m四方の大きな区画。20件以上が建築建設工事中。