熱砂の中へと訪れた
この人物は奥まった壁に砲弾をぶつけてその爆風でタウルスM513ジャッジマグナムを使う青年と啓子諸共吹き飛ばして、青年を助けたのだ。死にはしないが死ぬ思いをした。
やがてズルズルと重い何かを引き摺る音。
それは直ぐに、気を失っている青年だと分かった。視線だけを動かして立ち去るその人物を見る。
鼻が痒くなる埃の中に浮かんだシルエットは立派な体躯の男で、左手に項垂れる青年を引き摺り、右手に……GP―34をぶら提げていた。
ロシア製のアドオン型グレネードランチャーをスタンドアロンでピストルのように使う男。
そんな人間は、啓子のデータベースにはない。
一切の脅威が去った後に早くこの場を離れようと頭部を起こした瞬間に、目の前が貧血のように暗くなり、そのまま意識を失う。
※ ※ ※
左肩を撫でる。
幸いにも先日の一件での負傷は浅く、骨にも筋肉にも異常は残っていなかった。
頭部の損傷具合については、後から給料から天引きされる形で総合病院でMRIとCTで検査したが異常はない。体の各部の負傷や打撲も今は殆ど影響はない。
啓子は救出された。
使い捨ての三下同然の非正規雇用労働者を、レスキューチームを寄越して助けたのだ。
最初はぽかんとしていたが、直ぐに理由は分かった。
啓子が邂逅した2人の人物について詳しく聞きたいらしい。
啓子に限らず、鉄砲玉を送り込むときは必ず組織の人間が被損害評価を求める為に監視している。
その折に、タウルスM513ジャッジマグナムの男とGP―34の男について詳しく知りたいからと、幸いにも死体にならなかった啓子を回収したのだ。
宛がわれたビジネスホテルで窓を出来るだけ開けて、エルマKGP68をクリーニングしている。下着姿で床に胡坐を書いて座り、新聞紙やウエスを広げて丹念に残渣を落とす。
オリジナルのルガーP08とは全く違う構造のため、少々の残渣では作動不良は起きないが、コンマ数秒の判断や出来事が命を左右する啓子のような拳銃使いにとって、1発でも発砲すれば生理的にクリーニングしたくなる。
あの2人……。
街の外から入ってきた流れ者らしい。
今まで彼らと出会わなかったのが幸いなほどの災厄らしい。暴力と云うより破壊を撒き散らす。……聞いた話しでは、あれは兄弟だという。
弟の青年の方は頭から脳漿と血液を被って顔など確認できなかったし、GP―34を使う兄に至っては、その砲口の深淵が深く印象付いてしまい、顔を見るどころではない。
外部組織ではかなりの危険人物らしいので回状が投函されていたようだ。
生き証人としての価値があったから助けられただけだ。
その兄弟の名を【広塚兄弟】と云うらしいが、聞いた事がない。
尤も、聞いた事がない荒事師の方が圧倒的に多い。
海外からの帰国者かもしれない。新しく旗揚げした腕利きかもしれない。余程大きな組織の庇護を受けて秘密裏に活動していたのかもしれない。なんでもないし、何でも有りな世界の話しだ。……先ほどまで部屋に居た自称女子大生の彩が実は腕利きの荒事師だったと知らされても驚きはしない。
兎も角、生きた心地を貪った。
この部屋がドライシガーの臭いに汚されて、酒を浴びるように飲んだ。男も女も買った。
震撼たらしめるとはこのことだと肌で感じた。
次にあの兄弟とまともに鉄火場で出会ったら、生きていられる自信が無い。
エルマKGP68のクリーニングを終えると、新しく買ったジャケットを着て、テーブルの上に置いてあったチャズ・シガロス……ドミニカンメイドのドライシガーを使い捨てライターごと掴んで、ビジネスホテル内に併設されたラウンジに向かう。
クリーニングが終わったばかりの部屋で火気を扱うのは危険だ。引火の恐れがある。ラウンジなら、煙草が吸える。
条例に基づき、本来は禁煙区域だが、雇ってもらっている組織の庇護下にあるので喫煙に関しては見てみぬフリだ。
今は一刻も早く贔屓にしているドライシガーを存分に吸いたい。
そういえば最近は喫煙量が増えた。
※ ※ ※
「債権の回収……ねぇ……」
朝、自室に運ばせたルームサービスの朝食を食べ終えた後に、相変わらずのブラとショーツだけの格好で小首を傾げる。
左肩に火傷に似た傷跡がある。もう既に瘡蓋も剥がれて出血すらない。パターンの外側の散弾をかすった鼻先も顎先も擦過傷は跡形もない。勿論、410番とはいえ、パターンの真正面に立っていれば致命傷は免れないだろう。時々思い出して軽い寒気がする。
彩は相変わらずメッセージを運ばされるだけの不憫な役目を負っていた。
「借金取り、できるの?」
「苦手ではない……けど、得意でもないかな」
啓子はスマートフォンのディスプレイに視線を落としながら、コーヒーカップを口元へ運ぶ。美味くも不味くも無いコーヒーだが、熱々なので許す。
「まあ、でしょうね……」
債権回収業とは言え……所謂、見せしめである。
支払いの悪い債権者を拷問に近いかたちで程好く暴力を揮い、金を回収する。
昔はそうだった。
今は嫌がらせ程度だが、限りなくグレーゾーンの取立てをする。
それもカタギの人間からの債権回収ではなく、裏の世界の住人からの取立てだ。
グレーゾーンの取立てとは様々なスタイルが有るが、今の季節だと、家屋内部全てのエアコンのリモコンを借金のカタに集めることだろうか。
リモコンを借金のカタに集めるのは意外と精神的にダメージが来る。人間は利便性に慣れると元に戻る事が出来ない動物だ。無線で操作できた機械がある日突然、手動操作に切り替わるとストレスは加速する。家電製品のリモコンはカタにするが情報端末はカタにしない。連絡手段だけは残しておくのだ。
ただ……家電製品のリモコン程度で泣き言を言う人間は少ない。否、正確には暴力稼業を生業にする人間が取り立てる相手は、また、暴力を生業にしている場合が殆どだ。
これも旧来のスタイルとは違う。
昔は金を貸した方が一方的な恐怖の対象となっていたが、近年では金を借りに来る人間が『怖い』場合が増えてきた。
暴力団が暴力団に金を借りに来る。
組織の上層部が別組織の上層部に金を借りに来る。
名の売れた強力な『二つ名持ち』が、借金を支払う代わりに自分の腕前を売り込む。
金を貸す側だけが、一方的に強者である時代は終わっていた。
金を貸す時でさえ、その人物の背景に何が有るのか調べなければ、思わぬ策動に巻き込まれる場合もある。今までに何人もの債権回収業者が向かったが、全員、港の沖で浮いていたと云う例もある。
そして……金を借りた側は誰も『借金を踏み倒そうとしない』のだ。
それは仕事が無いから、態と借金をして債権を作り、表に出せない借用書を作成させ、支払えなければ『体で返す』と自分の腕前を売り込む。
組織もそれと同じレベルだ。
組織ならばもっと大きな組織に買収吸収してもらって生存を図るのだ。
これもまた、疫病がもたらした、経済の変貌の一つだった。
腕を売りたい債権者。
そのためにもアピールとして回収業者を返り討ちにする気満々。
やがてズルズルと重い何かを引き摺る音。
それは直ぐに、気を失っている青年だと分かった。視線だけを動かして立ち去るその人物を見る。
鼻が痒くなる埃の中に浮かんだシルエットは立派な体躯の男で、左手に項垂れる青年を引き摺り、右手に……GP―34をぶら提げていた。
ロシア製のアドオン型グレネードランチャーをスタンドアロンでピストルのように使う男。
そんな人間は、啓子のデータベースにはない。
一切の脅威が去った後に早くこの場を離れようと頭部を起こした瞬間に、目の前が貧血のように暗くなり、そのまま意識を失う。
※ ※ ※
左肩を撫でる。
幸いにも先日の一件での負傷は浅く、骨にも筋肉にも異常は残っていなかった。
頭部の損傷具合については、後から給料から天引きされる形で総合病院でMRIとCTで検査したが異常はない。体の各部の負傷や打撲も今は殆ど影響はない。
啓子は救出された。
使い捨ての三下同然の非正規雇用労働者を、レスキューチームを寄越して助けたのだ。
最初はぽかんとしていたが、直ぐに理由は分かった。
啓子が邂逅した2人の人物について詳しく聞きたいらしい。
啓子に限らず、鉄砲玉を送り込むときは必ず組織の人間が被損害評価を求める為に監視している。
その折に、タウルスM513ジャッジマグナムの男とGP―34の男について詳しく知りたいからと、幸いにも死体にならなかった啓子を回収したのだ。
宛がわれたビジネスホテルで窓を出来るだけ開けて、エルマKGP68をクリーニングしている。下着姿で床に胡坐を書いて座り、新聞紙やウエスを広げて丹念に残渣を落とす。
オリジナルのルガーP08とは全く違う構造のため、少々の残渣では作動不良は起きないが、コンマ数秒の判断や出来事が命を左右する啓子のような拳銃使いにとって、1発でも発砲すれば生理的にクリーニングしたくなる。
あの2人……。
街の外から入ってきた流れ者らしい。
今まで彼らと出会わなかったのが幸いなほどの災厄らしい。暴力と云うより破壊を撒き散らす。……聞いた話しでは、あれは兄弟だという。
弟の青年の方は頭から脳漿と血液を被って顔など確認できなかったし、GP―34を使う兄に至っては、その砲口の深淵が深く印象付いてしまい、顔を見るどころではない。
外部組織ではかなりの危険人物らしいので回状が投函されていたようだ。
生き証人としての価値があったから助けられただけだ。
その兄弟の名を【広塚兄弟】と云うらしいが、聞いた事がない。
尤も、聞いた事がない荒事師の方が圧倒的に多い。
海外からの帰国者かもしれない。新しく旗揚げした腕利きかもしれない。余程大きな組織の庇護を受けて秘密裏に活動していたのかもしれない。なんでもないし、何でも有りな世界の話しだ。……先ほどまで部屋に居た自称女子大生の彩が実は腕利きの荒事師だったと知らされても驚きはしない。
兎も角、生きた心地を貪った。
この部屋がドライシガーの臭いに汚されて、酒を浴びるように飲んだ。男も女も買った。
震撼たらしめるとはこのことだと肌で感じた。
次にあの兄弟とまともに鉄火場で出会ったら、生きていられる自信が無い。
エルマKGP68のクリーニングを終えると、新しく買ったジャケットを着て、テーブルの上に置いてあったチャズ・シガロス……ドミニカンメイドのドライシガーを使い捨てライターごと掴んで、ビジネスホテル内に併設されたラウンジに向かう。
クリーニングが終わったばかりの部屋で火気を扱うのは危険だ。引火の恐れがある。ラウンジなら、煙草が吸える。
条例に基づき、本来は禁煙区域だが、雇ってもらっている組織の庇護下にあるので喫煙に関しては見てみぬフリだ。
今は一刻も早く贔屓にしているドライシガーを存分に吸いたい。
そういえば最近は喫煙量が増えた。
※ ※ ※
「債権の回収……ねぇ……」
朝、自室に運ばせたルームサービスの朝食を食べ終えた後に、相変わらずのブラとショーツだけの格好で小首を傾げる。
左肩に火傷に似た傷跡がある。もう既に瘡蓋も剥がれて出血すらない。パターンの外側の散弾をかすった鼻先も顎先も擦過傷は跡形もない。勿論、410番とはいえ、パターンの真正面に立っていれば致命傷は免れないだろう。時々思い出して軽い寒気がする。
彩は相変わらずメッセージを運ばされるだけの不憫な役目を負っていた。
「借金取り、できるの?」
「苦手ではない……けど、得意でもないかな」
啓子はスマートフォンのディスプレイに視線を落としながら、コーヒーカップを口元へ運ぶ。美味くも不味くも無いコーヒーだが、熱々なので許す。
「まあ、でしょうね……」
債権回収業とは言え……所謂、見せしめである。
支払いの悪い債権者を拷問に近いかたちで程好く暴力を揮い、金を回収する。
昔はそうだった。
今は嫌がらせ程度だが、限りなくグレーゾーンの取立てをする。
それもカタギの人間からの債権回収ではなく、裏の世界の住人からの取立てだ。
グレーゾーンの取立てとは様々なスタイルが有るが、今の季節だと、家屋内部全てのエアコンのリモコンを借金のカタに集めることだろうか。
リモコンを借金のカタに集めるのは意外と精神的にダメージが来る。人間は利便性に慣れると元に戻る事が出来ない動物だ。無線で操作できた機械がある日突然、手動操作に切り替わるとストレスは加速する。家電製品のリモコンはカタにするが情報端末はカタにしない。連絡手段だけは残しておくのだ。
ただ……家電製品のリモコン程度で泣き言を言う人間は少ない。否、正確には暴力稼業を生業にする人間が取り立てる相手は、また、暴力を生業にしている場合が殆どだ。
これも旧来のスタイルとは違う。
昔は金を貸した方が一方的な恐怖の対象となっていたが、近年では金を借りに来る人間が『怖い』場合が増えてきた。
暴力団が暴力団に金を借りに来る。
組織の上層部が別組織の上層部に金を借りに来る。
名の売れた強力な『二つ名持ち』が、借金を支払う代わりに自分の腕前を売り込む。
金を貸す側だけが、一方的に強者である時代は終わっていた。
金を貸す時でさえ、その人物の背景に何が有るのか調べなければ、思わぬ策動に巻き込まれる場合もある。今までに何人もの債権回収業者が向かったが、全員、港の沖で浮いていたと云う例もある。
そして……金を借りた側は誰も『借金を踏み倒そうとしない』のだ。
それは仕事が無いから、態と借金をして債権を作り、表に出せない借用書を作成させ、支払えなければ『体で返す』と自分の腕前を売り込む。
組織もそれと同じレベルだ。
組織ならばもっと大きな組織に買収吸収してもらって生存を図るのだ。
これもまた、疫病がもたらした、経済の変貌の一つだった。
腕を売りたい債権者。
そのためにもアピールとして回収業者を返り討ちにする気満々。