『憐れかどうかは私が決める!』
散弾銃が12番口径を辺りにばら撒く。5.56mm小口径高速弾が容赦なく木々の幹を削る。正体の見えない幽霊でも相手にしているかのような恐慌ぶりだ。
流れ弾を受けないように大木の陰に身を寄せる。これだけ四方八方に銃弾を撒かれたのでは再装填か弾切れの隙間を狙うしか離脱する方法は無い。
耳を聾する銃声。美しくない調べ。聞き慣れた9mmパラベラムの銃声のほうが上品に思える。
青年たちが恐慌状態に陥るのも分かる。
恐らく、先の二人が反撃の暇も無く、至近距離から撃ち倒されたのを見て神経が正常でなくなったのだろう。
良子にも経験がある。トリガーハッピーが怖いのはそれだし、トリガーハッピーになって恐ろしいのはそれだ。
トリガーハッピーは銃弾が続く間は自分の命が保障されていると錯覚する反動で、銃弾が切れたときには気絶しそうなほどの絶望に叩き落される。
良子も駆け出しの頃は中古のスターリング短機関銃を使っていたが、頼もしい連射が途切れたり、予備弾倉が空になると涙目になりながら現場から逃げ帰った記憶がある。
それ以来、落ち着いて狙って撃つことを重要視した。
落ち着く。狙う。撃つ。
……心が平常でないと行えない。
始終、氷のようなマシーンになる必要はない。
その時だけ……呼吸一回分だけ、自分との戦いに勝利して引き金を引く事ができればいい。
良子はまだ29歳だが、幸いにも死ぬ事無く豊富な経験を積む事ができた。
まるで少年漫画の主人公のようだと自嘲する事がある。
少年漫画の主人公も最初は手頃な相手と戦い、経験を積んで知恵を得て更に一段強い敵と戦い、本懐を遂げる。このような恵まれた経験をさせてもらった幸運に感謝している。
やがて、静まる。
「……」
――――来る!
確信は無かった。
直感だった。
それが正解だった。
2発、確かに小さな噴出音に似た銃声。
崩れ落ちる重々しい水袋のような音。
青年たちは悲鳴を挙げずにその場に倒れる。
二人とも頭部を至近距離から撃ち抜かれている。
最初から最後まで……時間にして2秒も無い……鮮やかとしか言えない手並み。
22口径で頭蓋骨に孔を開けるには殴れるほどの近い距離まで近接しなければダメだ。骨が薄い側頭部を狙うのなら更に難しいだろう。銃口の側面側に回り込んで近寄らなければそれは適わない。
青年たちは、いつ自分が撃ち倒されたか理解しただろうか?
それほどに素早く静かで隙が無い。
その反撃を試みた人物は夜陰に消える事無く、足元を照明の下に晒した。
「!」
――――もっと近寄って!
彼我の距離15m。
大木の幹に隠れる良子。
照明の灯かりで足元だけが闇夜に浮かぶ反撃者。
黒いトレッキングシューズに冬物の作業用ズボン。色は灰色。
相手の正体は不明だが、相手は良子を捉えた。良子も始末するつもりだ。
足元だけでは標的の戸城か否かは判断できない。好きな靴や靴のサイズまで網羅された賞金首の回状など今までに見たことは無い。
膠着。
じわりと掌の汗が染み出る。
山の寒風の厳しさを忘れる冷たさ。
目の前にその人物が居るのに、牽制の発砲すらできない気迫。
火力だけで勝負が付く相手ではないのは証明済み。
腕前もかなりのもの。
良子が遁走すれば容赦なく背後から撃つだろう。
否、撃つ。
気迫がそれを物語る。
勝負する為にあの22口径使いは居るのではない。追跡者を皆殺しにするためにそこに居るのだ。
――――そういうことだったの。
突然悟る。
青年たちが奥へ奥へと足早に進み、確固撃破された理屈と理由が理解できた。
良子は足元を見た。
いつの間にかハイキングコースに戻っている。
青年たちはハイキングコースを辿って走って標的を追いかけた。自ずと、狭い山道を一直線に間隔を開けて走ることになる。
緩やかに包囲するために態々、足元が不自由な藪に飛び込みはしない。心理として走り易い道を選ぶ。
その歩き易い道の直線上に良子は立っていた。
青年たちの流れ弾を警戒して、道の端に有る大木に身を寄せていなければ早々に良子も頭を撃ち抜かれていた。
膠着。……膠着しているのかさせられているのか。照明の光源が及ばない範囲に居るはずの体が動いた。
「!」
――――『逃げられない!』
謎の人物が影に消えた瞬間に、良子は大木からバックダッシュで飛び退き、更に道から外れて自ら藪の中に飛び込んだ。枯れ木の枝が髪やコートを引っ掻く。
足音が聞こえる。
小枝を踏み折る、乾いた音。落ち葉や枯れ草を踏む音。時折、衣服が擦れるのか、布の音も聞こえる。その雑音はどんどん近付いてくる。見通せない藪。障害物だらけの藪。
両者とも条件は同じなのに、銃の腕と云うより、鉄火場の経験の差を見せ付けられている。
あたかも狐やイタチが駆けるかのような迷いの無い足音。
警戒のために遮蔽に潜む気配すらない。
真っ直ぐに良子にやってくる。照明が届かず、視界は不良。
相手の姿が見えない恐怖。
一方的に姿が見えないのは恐怖でしかない。
狩られる側と狩る側が逆転した瞬間だ。
安い仕事だから手軽とは限らない。
手頃では有るが難易度が低いとは限らない。
小枝を圧し折る足音のペースは明らかに疾走。ノクトビジョンでも装備しているのかと疑う。装備していても最早驚かないが。
大木の幹に背中を任せて呼吸を止める。脂汗が額に薄っすらと浮く。呼吸が荒い。心拍を押さえようと腹式呼吸に切り替えるが、自律神経の調整が追いつかない。喉が異様に渇く。急激にニコチンを欲する。視覚と聴覚が狭窄する。
恐怖に飲み込まれる手前。
背中を大木に任せている以上、真後ろからの銃撃は可能性として低くなる。
左右に視線と銃口を振る。あの足音や衣擦れの音からすればもう既に視界に姿を捉えているはずだ。あの速さなら良子の目前に既に現れていてもおかしくない。
ジリジリと爪先を移動させて、どの方向へも移動できるように重心を落とす。
恐らく襲撃されるとしたら……自分が予想もしていない方向から来る。 青年たちが撃ち倒されるのを見て理解した。派手な銃撃戦は決して仕掛けてこない。無駄な銃弾も消費しない。必ず当たる距離で必ず引き金を引く。
予想もしていない方向……。
どこだ?
自分の『死角以外』の予想もしない方向は何処だ?
「!」
――――しまった!
左手側のハイキングコースから漏れる、心許無い照明が一瞬、遮られる。照明が割られたのかもしれない。左手側が突然、暗くなった。脊髄反射的に左の方を向く。
背中を大木の陰から離して藪の方に晒してしまった!
死角から飛び出ると勝手に思い込んでいた。
『死角を作り出される可能性』を考えていなかった。
良子は咄嗟に腰を落とし、頭を地面に向かって振り下ろす。その反動を伝えた左足が鋭い踵を蹴り上げる。軸足に急激に負荷が掛かる。
『背後を見ない後ろ蹴り』を繰り出す。
「!」
「!」
――――『当たった!』
幽霊の如く姿の見えない謎の人物の体のどこかに良子の左足の踵が当たった。
ダメージの手応えは無い。掠った程度の軽い衝撃を与えた。
その人物の呼吸が聞こえたように思えた。声の無い、驚きの声を感じた。
良子は踵から伝わる衝撃を感じたままその場で軽く飛んで頭を地面にぶつけた。臍を見ながら背中を小さく丸めて背中から腰にかけて受身を取る。
流れ弾を受けないように大木の陰に身を寄せる。これだけ四方八方に銃弾を撒かれたのでは再装填か弾切れの隙間を狙うしか離脱する方法は無い。
耳を聾する銃声。美しくない調べ。聞き慣れた9mmパラベラムの銃声のほうが上品に思える。
青年たちが恐慌状態に陥るのも分かる。
恐らく、先の二人が反撃の暇も無く、至近距離から撃ち倒されたのを見て神経が正常でなくなったのだろう。
良子にも経験がある。トリガーハッピーが怖いのはそれだし、トリガーハッピーになって恐ろしいのはそれだ。
トリガーハッピーは銃弾が続く間は自分の命が保障されていると錯覚する反動で、銃弾が切れたときには気絶しそうなほどの絶望に叩き落される。
良子も駆け出しの頃は中古のスターリング短機関銃を使っていたが、頼もしい連射が途切れたり、予備弾倉が空になると涙目になりながら現場から逃げ帰った記憶がある。
それ以来、落ち着いて狙って撃つことを重要視した。
落ち着く。狙う。撃つ。
……心が平常でないと行えない。
始終、氷のようなマシーンになる必要はない。
その時だけ……呼吸一回分だけ、自分との戦いに勝利して引き金を引く事ができればいい。
良子はまだ29歳だが、幸いにも死ぬ事無く豊富な経験を積む事ができた。
まるで少年漫画の主人公のようだと自嘲する事がある。
少年漫画の主人公も最初は手頃な相手と戦い、経験を積んで知恵を得て更に一段強い敵と戦い、本懐を遂げる。このような恵まれた経験をさせてもらった幸運に感謝している。
やがて、静まる。
「……」
――――来る!
確信は無かった。
直感だった。
それが正解だった。
2発、確かに小さな噴出音に似た銃声。
崩れ落ちる重々しい水袋のような音。
青年たちは悲鳴を挙げずにその場に倒れる。
二人とも頭部を至近距離から撃ち抜かれている。
最初から最後まで……時間にして2秒も無い……鮮やかとしか言えない手並み。
22口径で頭蓋骨に孔を開けるには殴れるほどの近い距離まで近接しなければダメだ。骨が薄い側頭部を狙うのなら更に難しいだろう。銃口の側面側に回り込んで近寄らなければそれは適わない。
青年たちは、いつ自分が撃ち倒されたか理解しただろうか?
それほどに素早く静かで隙が無い。
その反撃を試みた人物は夜陰に消える事無く、足元を照明の下に晒した。
「!」
――――もっと近寄って!
彼我の距離15m。
大木の幹に隠れる良子。
照明の灯かりで足元だけが闇夜に浮かぶ反撃者。
黒いトレッキングシューズに冬物の作業用ズボン。色は灰色。
相手の正体は不明だが、相手は良子を捉えた。良子も始末するつもりだ。
足元だけでは標的の戸城か否かは判断できない。好きな靴や靴のサイズまで網羅された賞金首の回状など今までに見たことは無い。
膠着。
じわりと掌の汗が染み出る。
山の寒風の厳しさを忘れる冷たさ。
目の前にその人物が居るのに、牽制の発砲すらできない気迫。
火力だけで勝負が付く相手ではないのは証明済み。
腕前もかなりのもの。
良子が遁走すれば容赦なく背後から撃つだろう。
否、撃つ。
気迫がそれを物語る。
勝負する為にあの22口径使いは居るのではない。追跡者を皆殺しにするためにそこに居るのだ。
――――そういうことだったの。
突然悟る。
青年たちが奥へ奥へと足早に進み、確固撃破された理屈と理由が理解できた。
良子は足元を見た。
いつの間にかハイキングコースに戻っている。
青年たちはハイキングコースを辿って走って標的を追いかけた。自ずと、狭い山道を一直線に間隔を開けて走ることになる。
緩やかに包囲するために態々、足元が不自由な藪に飛び込みはしない。心理として走り易い道を選ぶ。
その歩き易い道の直線上に良子は立っていた。
青年たちの流れ弾を警戒して、道の端に有る大木に身を寄せていなければ早々に良子も頭を撃ち抜かれていた。
膠着。……膠着しているのかさせられているのか。照明の光源が及ばない範囲に居るはずの体が動いた。
「!」
――――『逃げられない!』
謎の人物が影に消えた瞬間に、良子は大木からバックダッシュで飛び退き、更に道から外れて自ら藪の中に飛び込んだ。枯れ木の枝が髪やコートを引っ掻く。
足音が聞こえる。
小枝を踏み折る、乾いた音。落ち葉や枯れ草を踏む音。時折、衣服が擦れるのか、布の音も聞こえる。その雑音はどんどん近付いてくる。見通せない藪。障害物だらけの藪。
両者とも条件は同じなのに、銃の腕と云うより、鉄火場の経験の差を見せ付けられている。
あたかも狐やイタチが駆けるかのような迷いの無い足音。
警戒のために遮蔽に潜む気配すらない。
真っ直ぐに良子にやってくる。照明が届かず、視界は不良。
相手の姿が見えない恐怖。
一方的に姿が見えないのは恐怖でしかない。
狩られる側と狩る側が逆転した瞬間だ。
安い仕事だから手軽とは限らない。
手頃では有るが難易度が低いとは限らない。
小枝を圧し折る足音のペースは明らかに疾走。ノクトビジョンでも装備しているのかと疑う。装備していても最早驚かないが。
大木の幹に背中を任せて呼吸を止める。脂汗が額に薄っすらと浮く。呼吸が荒い。心拍を押さえようと腹式呼吸に切り替えるが、自律神経の調整が追いつかない。喉が異様に渇く。急激にニコチンを欲する。視覚と聴覚が狭窄する。
恐怖に飲み込まれる手前。
背中を大木に任せている以上、真後ろからの銃撃は可能性として低くなる。
左右に視線と銃口を振る。あの足音や衣擦れの音からすればもう既に視界に姿を捉えているはずだ。あの速さなら良子の目前に既に現れていてもおかしくない。
ジリジリと爪先を移動させて、どの方向へも移動できるように重心を落とす。
恐らく襲撃されるとしたら……自分が予想もしていない方向から来る。 青年たちが撃ち倒されるのを見て理解した。派手な銃撃戦は決して仕掛けてこない。無駄な銃弾も消費しない。必ず当たる距離で必ず引き金を引く。
予想もしていない方向……。
どこだ?
自分の『死角以外』の予想もしない方向は何処だ?
「!」
――――しまった!
左手側のハイキングコースから漏れる、心許無い照明が一瞬、遮られる。照明が割られたのかもしれない。左手側が突然、暗くなった。脊髄反射的に左の方を向く。
背中を大木の陰から離して藪の方に晒してしまった!
死角から飛び出ると勝手に思い込んでいた。
『死角を作り出される可能性』を考えていなかった。
良子は咄嗟に腰を落とし、頭を地面に向かって振り下ろす。その反動を伝えた左足が鋭い踵を蹴り上げる。軸足に急激に負荷が掛かる。
『背後を見ない後ろ蹴り』を繰り出す。
「!」
「!」
――――『当たった!』
幽霊の如く姿の見えない謎の人物の体のどこかに良子の左足の踵が当たった。
ダメージの手応えは無い。掠った程度の軽い衝撃を与えた。
その人物の呼吸が聞こえたように思えた。声の無い、驚きの声を感じた。
良子は踵から伝わる衝撃を感じたままその場で軽く飛んで頭を地面にぶつけた。臍を見ながら背中を小さく丸めて背中から腰にかけて受身を取る。
