『憐れかどうかは私が決める!』

 散弾銃やカービンの銃声が聞こえる。
 自分にもこんな若い頃があったと少し微笑む。
 あの頃は火力こそが全てだと妄信して、若いのに無理をしてマグナムやマシンピストルを使っていた。
 結局、仕事道具は、普段から身に付けるならどんな大きさの銃が良いか? という視点で考えてしまう。
 長物を用いた事もあったが、振り回され気味で活用できずにすぐに中古品で売り払った。
 それに何より、銃自体が強力だと、比例して実包や弾倉も値段が釣り上がる。銃自体は手頃な値段の中古品や新古品が出回るが、消耗品が高価だ。映画のように空弾倉をその場に投げ捨てるなんて到底無理だった。発砲して弾頭が空を穿つと、無駄弾を撃ったというより、お金を捨てたという感覚になった。
 生来の貧乏性が祟ってしまった結果、今の良子は最適解としてS&W M6904を選んだ。
 散弾銃……シルエットからするとベネリM3だったか。カービン……恐らくM4系統。もう一人もカービンだったが、30連弾倉を差し込んだクリンコフだと思われる。あと一人は確認する前に山中に踏み入ってしまった。
「……?」
――――おかしいわね……気配が?
 ふと、立ち止まり、辺りを見回す。
 標的の数は1人のはず。
 この山中の炭焼き小屋に潜伏しているとの情報だったが、違和感がする。上手く言語化できない。確かに標的は緩やかに包囲しているはずだ。
 この山の向こうは県境で、そこから先は隣街の組織が手を拱いて待っている。
 追っ手の激しさはこの場所よりも苛烈になる。
 そこへ吶喊したとは思えない。
 なのに、県境へと進んでいる。
 散弾銃やカービンの銃声が遠くなる速度が速い。標的は追いかけられているのか、追いかけさせているのか。『判断に困る速さなのだ』。
 暗い足元に注意しながら山道を走る。まだこの道の勾配は大したことは無い。
 3分ほど走る。懐から8オンスのスキットルを取り出して中身を呷る。
 中身は水だ。喉の粘膜が乾かないように気をつけている。喉の粘膜の向こうには自律神経の太い束が走る位置があり、この場所を手っ取り早く鎮めるのに冷水は効果的だ。
 ……それにアドレナリンで喉の渇きが気になって呼吸が苦しくなり、結果的に視野狭窄に陥るのを防ぐ。顔を冷水で洗えば緊張が解れるのと同じ効果だ。
「……やっぱりおかしい」
 銃声が遠くへ遠くへと離れていく。
――――離されている?
――――何か……おかしいわ……。
 もう一口、スキットルの中身を呷る。普通のミネラルウォーターだ。気温で冷やされて体内の火照りを鎮めるのに丁度いい冷たさになっている。
 冷水には思わぬ効果が有って、短時間だけニコチンへの欲求を誤魔化す事ができる。禁煙に挑戦中の人間が、煙草を吸いたくなったらうがいや歯磨きをするのと同じだ。
 思考が掻き回されていく。
 標的の挙動が読めない。
 標的の名前は戸城裕也(としろ ゆうや)。35歳。
 隣街の中堅組織の幹部だった。
 賞金首の簡単なプロフィールには裏切りとあるが、良子が独自で集めた情報によると、謀反に失敗した上に多数の幹部を殺傷しての逃走だという。
 賞金稼ぎは一方的に狩るだけの存在ではない。反撃が予想されるので標的の背後や経歴も一応調べる。この段階で怪しい匂いがすれば近寄らないのだが、今回は良子の鼻が間違えたようだ。
 謀反など、この世界で生きていれば良く聞く話だ。もっと深く情報を集めるべきだったと舌打ち。
 『手下は何処だ? 手下は誰だ?』
 戸城に加担した人間が居るの居ないのか判然としない。
 一人で多数を殺傷したとなると、鉄火場を掻い潜ってきた腕利きだろうし、賛同する協力者や内通者や派閥が居れば、必ずそれらの協力が得られていたはず。
 その影が判然としない。
 厄介。……背中を撫でられる感覚。
 この場で立ち止まっていても何も変わらないので、前進を続ける。
「!」
――――匂いが……風?
――――違う!
 明らかに銃声が減っていた。
 散弾銃の高らかな咆哮は相変わらずだが、カービンの景気の良い連射が減っている。風下なのに硝煙の匂いが薄い。
 やがて前方に銃火がちらつくのが見える。
 潅木や木の幹や一定でない照明のお陰で距離が測りにくい。もっと近付かなければ。
 少し勾配がきつくなる。
 ハイキングコースから逸れた道。林間事業者が通る道だろう。
 罵声が聞こえてくる。若い声。いつの間にか、若手の賞金稼ぎたちはチームを組んでいたらしいが、それも芳しい効果を挙げていないようだ。
 互いが互いのミスの押し付け合いをしている。
――――3人。やっぱり。
 視線を走らせて、辺りの茂みをうかがうと3人分の影が確認できた。1人はとうに脱落したのか。
 銃声も散弾銃1にカービン2しか聞こえない。ベネリ、M4、クリンコフ。
 標的の反撃。
 思わず息を呑んだ。
 目の前にその標的は居た。小さな噴出音。小さな銃火。
 ……至近距離。
 クリンコフの青年のシルエットが、頭部のシルエットが鮮明に闇に浮かび上がった瞬間、青年はその場に膝から沈んだ。側頭部から1発。いつの間にかクリンコフの青年の左傍まで近寄っていて機を見計らって標的は反撃に出たのだ。
 鮮やかとしか言いようが無い。
 その小さな銃火を放った主はそこに存在していなかったかのように、森の中に消え去る。クリンコフの青年が倒されたのを見て混乱気味になる青年たち。罵声を飛ばしたくなるのも分かる。
――――サプレッサー。
 あの小さな銃火は……特徴的な銃火と発射音は過去に何度か聞いた。
 サプレッサーを装着した自動拳銃だ。……それも22口径。
 全身に小さな悪寒が走る。
 この業界では多数の22口径の自動拳銃が愛用されている。
 その中でも異名を持つほどの荒事師が使う22口径の自動拳銃は、遣い手の荒事師と同じく、何人殺害しただのどんな殺害方法が得意だのとエピソードに欠かない。イメージとして、鉄火場にわざと貧弱な22口径を持ち込む荒事師はかなりの馬鹿か、かなりの腕利きだと相場は決まっている。
 その後者だった。
 戸城か。戸城に関係する者の協力か。
 戸城の経歴は調べても『戦歴』は調べなかったのは手痛い失態。良子は冷や汗を流しながら直感していた。
 『相手はこの場に居る誰もを生かしては逃がさないつもりだ』と。
 必殺の信念と云う熱い情念ではなく、静かに深く、冷静な判断が働いている機械のようなイメージが伝わる。
 その22口径の主は戸城か否か。それだけでも分かれば形勢逆転できるような錯覚がする。
 なぜなら、伏兵の存在はそれだけ心理的効果が大きいからだ。
 伏兵が居るか居ないか、それだけで戦術は違ってくる。
 戸城を仕留めると云う戦略は間違えていない。戦略をなす為に執る戦術が間違えてはご破算だ。
 S&W M6904を両手でしっかりと握る。
 脂汗が湧き出る。冬の外気に両手首を晒しているが、それ以上に得体の知れない存在のお陰で肝が冷やされる。
 青年たちが景気良く……否、トリガーハッピー同然に銃弾をばら撒いているが、加勢するのは危険だった。
 連携も何も無い武器を持った人間たちに近付くと、勘違いされて撃ち殺されかねない。
 良子の喉がゴクリと苦い唾を飲む。
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