『憐れかどうかは私が決める!』

 357マグナムでドラム缶の両面貫通は可能でも負傷までは難しい。この場合はそれでいい。慌てふためかせるだけで良かった。左腕上部の肉を浅く削ったのは青年のラッキーパンチだった。
 青年のコルトキングコブラは弾切れだったが、僅かに残弾が有った良子のS&W M6904が発砲し、本命役を仕留めた。
 たったこれだけの……15m程度の戦闘区域で行われた銃撃戦はこの直後に呆気なく幕を閉じる。
 健在な牽制役がHKMP5を慌てて発砲しようと構えた時には、青年の再装填が終えていて、今度は青年が大迫力の乱射を牽制役に叩き込む。
 9mmパラベラムとは桁違いに木製のパレットが破砕され、その細かな破片が牽制役の視界を塞ぎ、さらに後を引き継ぐように良子のS&W M6904が連射を叩き込む。今度は再装填した新しい弾倉。12発。全身に木っ端を被った灰色の戦闘服の男が小さな悲鳴を挙げた。
 それを最後に、男の反撃する気配が断たれた。
 東南アジア系の顔つきだったその男は、体の前面をパレットに押し付けてゆっくりと、ずるずると、地面に崩れていく。
 彼の足元に血溜まりができる。
 バイタルゾーンのいずれかに命中したらしい。
 命中と言うより『命中してしまった』と言うべきだろう。
 357マグナムと9mmパラベラムで大きく擂鉢上に掘られたその先に彼が居た。
 パレットの木材では弾除けにも防弾にもならないほどに削られていた。……その先に彼が居た。
 即死ではないが、無力化には違いない。
 彼がハンドシグナルを理解してくれていて良かった。
 良子のタイミングに合わせられるだけの技量で良かった。
 良子もまた、彼の行おうとする全てを援護する事ができて良かった。
 良子は若い世代だからと、外見や経験だけで人間を推し量ろうとするのを止めようと思った。
 今回は良子と青年にラッキーパンチが1度ずつ訪れた。
 それは本当にラッキーか? 実力だとするのなら、良子の実力だけでは到底、目前の2人は倒せなかった。そして逆説的にラッキーパンチを呼べるだけの時間、持ちこたえる事が出来たのは、確実に彼と彼女の実力だ。
「他を援護しよう」
「……ええ」
 まだ銃撃戦は続いている。
 3方向の内、1方向の戦力を倒しただけに過ぎない。
 実力が凸凹の他の2方向はどうか? 警護警備の指揮を執っていた幹部は早くこの場を脱する経路に就いたか? 状況が混乱と錯綜で頭痛がする。 
 頭痛の正体は硝煙の吸い込みすぎではないと思いたい。
「俺は左から叩く。あんたは?」
「じゃあ、私も左に」
「正直、助かる」
 良子と青年はともに再装填を終えると、左手後方側で銃撃戦を展開している警護チームを援護するべく、走り出した。
 目前、30m。
 離れていても分かる。何処の警護チームも弄ばれている。良子と青年は二手に分かれるのではなく、二人とも1つの戦線に加勢して確実に撃退する方法を選んだ。その方が賢いと思った。
 左手後方では良子達と似たような展開に陥っていた……そう見えるように膠着させられていた。
 互いの勢力が前面同士で銃撃戦。死者は居ないらしいが、腕や脇腹から血を流している男達が得物を握って応戦していた。
 その側面から強襲。
 敵チームもやはり2人。
 正面の4人と遊んでいる緩い緊張感が一気に消えうせる。自分たちの右手側面から新しい戦力が現れたのだ。まさか自分たちの仲間が撃破されて突破されるとは想像もしていなかったという反応。2人ともこちらを見るなり目を剥いた。
 良子と青年の方から見れば、遮蔽側面から敵2人を見ているので、遮蔽も掩蔽も皆無に等しい。瞬く間に両面からの銃撃に晒されて、左手後方の戦線は崩壊する。
 しかし、内心舌打ちする良子。
 負傷者の怪我の度合いから考えると、戦闘は継続不能。救急救命に頼らなければならない負傷ではないが、片方の手足や脇腹を負傷していてれば、激痛のために動けない。失血性ショックを招き易くなるので動かない方がいい。
「動ける奴、何人居る?」
 コルトキングコブラの青年が腹のベルトにコルトキングコブラを差して、両手にHK MP5を持ち、両肩に弾薬ポーチを提げてやってきた。
 こんな時に長丁場の鉄火場は不利だ。
 まだ戦線は一箇所残っている。
 長丁場になると、弾薬や口径や弾倉が統一されていない集団だと、それらを集合して再分配して戦力の平均化を図れない不利がある。
 一人の人間が1000発の弾薬を持っていても、それを複数の人間に分け与えられないと、その人間が倒れた時、1000発の弾薬は無駄になる。況してや、自分の愛用の火器にこだわりを持つ荒事師なら即座に他人の銃を拾って使う気になれないだろう。……職人気質にも困ったものだ。
 良子たちは一斉に背後を遮蔽越しに見た。まだまだ戦線が膠着している。その戦線は不利な方に傾いていた。
 味方陣営が不利なのを見て、青年はHK MP5に新しい弾倉を差してもう1挺と弾薬ポーチを地面に置いてこう言った。
「動ける奴は来いよ。『多分、もう一押しであいつら退くぜ』」
 その意見には良子も賛成だった。
 連中……残り2人。
 パフォーマンスは充分に披露した上に、余裕綽々で退散する予定だっただろうが、形成がひっくり返るタイミングが警護チームに譲られた。
 連中の目的は皆殺しでは無いので、火力と人員で圧せば退かせる事が可能だし、退くしか連中には選択肢は無い。自爆などは元から眼中に無い。そんな装備は誰も持っていない。手榴弾すら持っていない。
 負傷者の中でも左肩の肉を削られた中年男が、スライドが開いたままのブローニングハイパワーのノリンココピーをその場に置いて、HK MP5を手に取り、コンディションを確認した。負傷の具合は見た目より軽いらしい。左肩が動くことから骨には異常は無いようだ。
「今度からもっとタマが沢山入るヤツを使うよ」
 ブローニングハイパワーを置いた青年と、中年の境目に居るような脂の乗った精悍な顔つきの男はHKスラップで確認を完了とした。
 他にも2人が戦意を見せる。再装填。コッキング。大型軍用自動拳銃。
 他の2人は負傷の度合いがやや深く、今後の障害や生命を鑑みるならこの場で動かない方が得策だった。
「!」
 良子たちの左側から銃を乱射しながら走る人影が見えた。
 新手かと身構えたが、警護警備の指揮を執っていた1人を筆頭に幹部級3人が、飾り物だと思っていた自動小銃を乱射しながら増援として駆けつけてくれた。
 それを先途に行動を起こそうと、良子や青年はそれぞれの得物を持って遮蔽から飛び出ようとしたが、連中の見境の無い……連携の無い乱射で頭を伏せた。
 その乱射は良子が遮蔽にしているドラム缶や廃材の山には命中していない。兎に角弾幕を張って、遠ざかる。
 訓練されたプロでも、さすがにこれだけの数を相手に勝利して健在なまま撤退するのが不可能だと思ったのだろうか? それとも当初の目的の通りに、示威行為は見せたのだからこれ以上の危険は給料に見合わないと思ったのか。
 残存する敵戦力の2人は尻すぼみな撤退でこの場を去る。良子たちが2人を追いかけなかったのは、勝ったのに負傷するのが馬鹿らしくなったのだ。
14/19ページ
スキ