『憐れかどうかは私が決める!』

 国外の組織が国内の組織に雇われて『徹底的に破壊しろ。それをパフォーマンスとする』……と云う命令だと思っていた。実情は違うかもしれない。
 それを直感させる理由が、負傷者と生存者の数だ。
 国外の組織的暴力と聞けば残虐な殺害方法のオンパレードというイメージが強い。
 良子もそう思っている節が有る。それを踏まえて現況を鑑みるに、連中はパフォーマンスのためだけに派遣された戦力ならば、もう充分に目標は達成している。
 負傷者だ。それも『見える負傷者』。
 こちらの警備要員は取引現場周辺を散らばって警備しているので、目視できる、或いは目視される可能性が低い。
 『警備を音も無く鮮やかに仕留める』パフォーマンなら、それで目標達成。
 そして、現場での大火力での圧倒。
 これもパフォーマンス。
 我々はこれだけの火力を持っている。それを使いこなせる人員を保持しているというアピール。
 ……それらは『生きている人間が居るからこそ』伝播できる恐怖の情報なのだ。
 死体は死以外に何も伝えない。だが、負傷者や健在な生存者は、その状況を生きて後方へ後世へと伝える。
 口から口へ、人から人へ感情を込めて伝える。
 情報なのか噂なのか、境目が見えない流言飛語となって裏の世界を席捲する。
 否、表の世界でも猛威を振るうようになり、官憲も黙っては居られなくなるだろう。
 生き証人の製造。
 それが連中の狙いだ。
 手口は中東やアフガニスタンで多用されるテロの根幹と全く同じだ。死者よりも負傷者が恐怖を伝播させて不安を掻き立てさせる。
 厭戦派や譲歩の糸口を増やす為に、被害を受けた民衆の声そのものを戦力にする。非力な怪我人とその家族が大多数を占めるようになれば、それを為政者は無視できなくなる。
 全く同じだ。
 自分たちは手加減されている。
 自分たちの指揮官の采配が上だったのではない。
 この状況を作り出すために、『被害者』を増やすために生き残りを演じさせられている。
「……く」
 良子は敵の出方やドクトリンの差を処理し終えた瞬簡に下唇を噛んだ。
 悔しい。
 自分の思い至った連中の策動を、スマートフォンでこの場に居る全員に伝えられないのが残念でならない。
 舐められたらお仕舞いの世界で生きている良子にとって、屈辱以外の何物でもない。
 国内の暴力が、国外の暴力の前では無力であると断じられ、談じられるのが我慢ならない。
 暴力を生業にする人間としての矜持だった。
 舐められて見世物にされて屈辱を晒す。
 生き残ったのでも逃げたのでもない。
 手加減されてパフォーマンスの道化に仕立て上げられて、この後を生きることになる。
 それはもう信用看板で生きている万ず屋の良子としては、死亡以上に辛いことだ。『生きる』ことができない。積み上げてきた経歴や経験が全て無駄になる。これからは暗い世界の中で人目を憚りながら生きるしか道は無くなる。
――――いやだ。
 ふと、夏喜の顔が浮かぶ。
 別に彼女に対して特別な好意や感情は無い。
 だが、温かい場所を提供してくれて、独りでは得られない安息と安心のかけらを与えてくれるのは彼女と生きているからだ。
 彼女が傍に居るという甘い言葉ではない。
 『彼女と生きている』。
 戦友の顔を曇らせたくない。
 友情とはなんなのかは分からないが、友情の概念が有るとしたらこのようなモノなのだろう。
 S&W M6904を右手一本で構え、遮蔽である車とドラム缶の陰から突き出し、猛然と乱射する。狙いは定めていない。こちらの『心意気』を表明しただけだ。
 熱い感情が迸っているのに、一方で、冷静に今し方発砲した実包の数を数えている自分。
 よし、と良子は……メタ認知の世界に居る良子は呟いた。
 よし。
 冷静だ。
 まだ『死んでいない』。
 発砲した銃弾はことごとく、木製のパレットに叩き込まれて木片を撒き散らす。完全に舐めていたからといってそれで気を抜く敵でなかった。『そうでなくては困る』。
 2人1組でカバーしあう敵影は、一方が牽制を繰り出している間にもう一人が的確に狙撃してくる。車体に次々と弾痕が穿かれる。ガラスなど、とうの昔に粉砕されている。
「……」
「……」
 良子はちらりと青年を見た。
 青年はリロードしながら何事かと良子の顔を伺う。良子は癖でハンドシグナルを送ってしまう。
 ハンドシグナルを送ってから、しまったと自責。
 経験豊富で多少の訓練を積んだ人間なら今のハンドシグナルの意味が分かるだろうが、打ち合わせ無しで、それも技量が分からない相手に咄嗟に無言で連絡して行動を起こしてしまった。……彼はちゃんと理解してくれただろうか。
 もう遅い。体は動いてしまった。
 この場を形成するイニシアティブも大きく変化しようとしている。変化を誘発させようとしてる。
 良子は遮蔽の車体下部に身を寝転がせるギリギリまで横たえて、その隙間から残弾を全て吐き出した。
 更に弾倉を交換して同じく乱射。
 狙っているのは牽制役を引き受けている影。
 ……の足元。
「今!」
 声が出た。彼に託して。
 青年は牽制役でない、狙撃担当の『本命役』に向かって発砲した。357マグナムの咆哮はさすがに耳に堪える。
 357マグナムの弾頭はドラム缶に吸い込まれて、その向うに居た人影の端を浅く削った。悲鳴こそ聞こえなかったが、地面に血飛沫が飛んだのを確認した。
 種を明かせば答えは簡単だ。
 2人1組で行動する場合、必ず牽制と本命……狙撃役に分かれる。
 牽制役がピンチになると本命役は自分の持ち場を一旦保留にして、牽制役を援護する為に攻撃のパターンが一瞬だけ遅滞する。
 その隙を狙って、青年には左手側に居る本命役に全弾叩き込めと命じた。
 命中するかしないかは別。
 牽制役と本命役の連携を一時的にでも分断できればそれでいい。本命役が安心して攻撃のフェイズを続行できるのも、牽制役がその場で膠着状態を作り出してくれているからだ。
 その目立たない影の仕事のような牽制役が要だった。
 狙撃の本命役は短機関銃を使いこなせても所詮一人だ、銃口も一つ。標的が余程密集していない限り、一連射で複数の標的を仕留めるのは難しい。
 大事な牽制役が飛び上がって注意が削がれ、本命役を守るための隙が生じた為に、牽制役が挽回するまで本命役が急遽、牽制役を守るために銃口の構えや照準を狙撃から牽制にスイッチした。
 その僅かな隙に、わざと、良子はS&W M6904を再装填する姿を見せ付けた。
 早く援護しないとお前の相棒が危険に晒されるぞ、と。
 足元だけに集中する9mm弾に慌てた牽制役。それを援護すべく一時的に狙撃を中止した本命役。
 牽制役を挑発することだけに集中した良子。当たろうが当たるまいが、本命役に向かって乱射した青年。
 たった6発の357マグナム。
 撃ち終えれば隙が大きい。
 彼は自分の戦果を確認せずに、車体の陰に頭を滑らせて、地面に這いながら再装填に勤しむ。
 すうっと良子のS&W M6904の銃口が大きく左側へ滑る。ホイストが遠心力で振り子のように動いているかのような滑らかな動作。
 発砲。
 弾き出されたジャケッテッドホローポイントの9mmパラベラムは今度こそ間違いなく、本命役の体を捉えた。
 左上腕部を357マグナムで浅く削られた、灰色の戦闘服を着た男は今度は左胸骨上部に9mm弾を叩き込まれて、衝撃で体が大きくコマのように回りながらHK MP5を放り出し、地面に尻餅を搗いた。
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