『憐れかどうかは私が決める!』
白昼堂々に桁違いの火力。
度肝を抜くには充分なパフォーマンス。
国内で実際に火力というより、兵力を動員しての襲撃例は数えるほどしかない。良子も過去に経験したことはない。危機感がそれを教えてくれた。
その危機感の中でも、楽観する感情と悲観が入れ替わる。
敵は火力を見せ付けるだけが目的に終わらないはずだ、と。
現場荒らしならば、明らかな軽機関銃の機銃掃射で事足りる。なのに、ロケットランチャーを持ち出しての火力集中。……まだ押し寄せてくる!
良子は地面に寝そべり、頭を伏せて車体の隙間や詰まれた廃材の陰などに視線を素早く走らせて情報を収集する。アスファルトの冷たさが衣服を貫通して這い登ってくる。
「……!」
――――敵……いや、味方。
――――味方は?
――――足に乱れがあるわ……味方だけど『使えない』。
視界に、雇われ側の即席警護チームのものと思われる足や伏せている姿が目に入る。彼らが尚も廃材やパンクした車を遮蔽として潜んでいる理由は簡単だった。
まだ攻撃は続いている。
軽機関銃の掃射から、短機関銃での掃射に変わる。
このことから分かるのは、敵はフェイズごとに使う銃を選択していることだ。
敵戦力は6人のはず。
その『6人の数は正確』でも『プロフィールが偽者』だったら?
嵩張るロケットランチャーを先に使い、陽動。
次に扱い易い軽機関銃で戦力の損耗と膠着。
包囲と近接のために短機関銃で戦線を上げる。
武器を使い慣れただけではこの戦術は立てられない。武器の特性と難点を知っている人間が立てたプランだ。
それも連携が取れている。
それが厄介。
遠くに小さく見えていた、複数の黒いブーツが機織のような機動を見せて素早く距離を詰める。
時々、短機関銃の指切り連射。ポケットから取り出したコンパクトを様々な方向に突き出して全方位の情報を集めようと奮起する。
6人分の脚。
数を数えるのを間違え易い機織の挙動。
互いを連携している証拠だ。どうやら2人1組で3組居る。
クライアントが掴んでいた、『襲撃者の数は6人』……それ自体に間違いはない。間違いと云うより、上手く誤魔化されたのは、寄越された刺客は素人の鉄砲玉ではなく、プロそのものだった。
訓練を積んで実戦を経験しているプロだ。恐らく国内で経験を積んでいない。国外の組織に外注したか。
同業者間で何度か耳にした事がある、とある心穏やかでない噂。
日本に橋頭堡を構築したい国外の組織と、人的問題で総力が衰えている国内の組織が結託して、外国から暴力装置をレンタルしている例を。
外国勢力を雇ったのなら状況は違ってくる。
国内……少なくともこの街のルールは何も通用しない。
殲滅しろと言われれば殲滅するだろうし、陽動だけに徹しろと言われればそのようにするだろう。
妥当妥協が無いのではない。概念が違うのだ。……概念が違う、つまり、予想できない。
ロケットランチャーを持ち出すことは考えても、『運用』することまで考えないのが日本人の暴力組織だ。
継戦能力が無いのではなかった。継戦したいからこそ状況の移り変わりに応じた火力を用いる。
一つの得物に固執する職人気質な人間が多い、国内の闇社会の住人とはその点からしても違う。
連中の日常には銃火器が溢れている。鼻歌を混じりに殺害することにも呵責を抱かない。
脳内で組み立てていた様々なプランが瓦解していく音。
国外勢力の情報が不足。国内では暴力をちらつかせるだけで耐性の無い日本人は直ぐに折れるが、連中は『先に暴力を行使する』。
その上で交渉。
圧倒的火力を見せ付けたのもその片鱗だろう。自分たちはこれだけの火力と戦力と兵力を備えているというアピールとして、派手なパフォーマンスを用いたのかもしれない。
様々な謎や様々な情報が錯綜する。
個人の力では国外の勢力の情報など噂程度でしか聞かない。
自分達を雇った組織の幹部が、逸早く行動に移せて要人を退避させる事ができたのも、組織として国外勢力に傾注している節があるからだろう。予め組織として得ている情報の違いだ。
敵は確かに……確かに6人。
――――狙撃は……無い、か。
良子はコンパクトに映る世界から、少しでも多くの情報を得て解析しようと思考を廻らせる。
雇われ側の警護チームの生き残りは、短機関銃の掃射で出る頭を抑えられているので遮蔽で膠着させられたまま。
その中での幸運は、生き残りの幹部の指揮が的確で要人を後方……国道へ続く道を背後に廃材の山を遮蔽にしている。
警護として雇われたからには、警護の本分を全うしたい。ここで逃げ出したら信用商売の看板に瑕がつく。
国道へ続く広い道。
トラックが充分に2台ほど並んで通行できる道の真ん中に出ると、集中砲火を浴びるが、この付近にある廃材やドラム缶などの遮蔽で身を隠して援軍を呼んでくれれば助かる確率が上がる。……それは要人だけが助かる確率だが。
あの機転の利く幹部のことだ、既に増援を呼んでいるだろう。その僅かな良い展開に息抜きをして、良子もスマートフォンを取り出して真っ先に電波の受信状況を確認した。
「!」
――――ジャミング!
――――通信事業法違反でしょ!
スマートフォンは一切の電波を受信していない。
理由は考えるまでも無い。
連中が何かしらの機材を用いて、一時的にこの辺りで通信を阻害する工作を行っているのだ。
ジャミングだと即座に判断できたのは、この辺りは電話事業者の電波のカバー内だから通話通信には問題ない地区だからだ。
電話が使える、人気の無い、広大な土地。海にも国道にも近い。
これが、この港湾部が重宝される理由でこの港湾部を何処の組織も狙っている由縁だ。
今はこの街で一番巨大な組織……良子を警護として雇っている組織が治めているが、この港湾部だけでも『奪いたい』と願う組織が殆ど全てだ。
母体になる組織を失っても、港湾部の自治権を持っていれば直ぐにでも組織を再建できるとさえ囁かれているほどに重要な拠点。
海が近ければ、国道が近ければ荷物を受け取って運び出すのも簡単。誰の目にも映らず行動を起こせる。『汚い仕事』全般を執り行っても隠蔽し易い。
謂わば聖域。
その聖域をここまで好き勝手に荒らす発想は、この街や同じ地形の街の組織や個人では思いつかない。
『官憲に目をつけられ難い聖域』だから値打ちが有る。その聖域でこのような派手な爆発や銃撃を行ったのでは早かれ遅かれ、官憲に目を付けられて聖域としての価値が半減する。
使い捨ての暴力稼業。
暴力を振るっても悪いのは依頼人で報復は依頼人に向く。自分たちのような契約された駒の命には価値が無さ過ぎて殺すまでもない。
その価値の無い良子でさえ、殺すのが連中だ。暗黙の了解によるルールは連中には通用しない。
距離が縮まる。
コンパクトに写る敵の脚は2人。
1組。
他の2組は既に大きく左右に展開してパンクした車やパレット、ドラム缶を遮蔽にするチームの制圧に向かっている。大きな数で確固撃破ではなく、戦力を等分して面で圧す。
この戦法は一方向からの圧力だと、他の方向へ敵戦力が逃げ出すので、大きく緩く包囲して徐々に包囲網内の戦力を低下させて全滅させるのに用いられる。
喉が苦い。舌の根が乾く。唇がカサカサ。
地面の冷たさに心身が冷凍される。
恐怖よりも、恐怖と認識する前の、何が起きているのか分からない恐慌状態。
度肝を抜くには充分なパフォーマンス。
国内で実際に火力というより、兵力を動員しての襲撃例は数えるほどしかない。良子も過去に経験したことはない。危機感がそれを教えてくれた。
その危機感の中でも、楽観する感情と悲観が入れ替わる。
敵は火力を見せ付けるだけが目的に終わらないはずだ、と。
現場荒らしならば、明らかな軽機関銃の機銃掃射で事足りる。なのに、ロケットランチャーを持ち出しての火力集中。……まだ押し寄せてくる!
良子は地面に寝そべり、頭を伏せて車体の隙間や詰まれた廃材の陰などに視線を素早く走らせて情報を収集する。アスファルトの冷たさが衣服を貫通して這い登ってくる。
「……!」
――――敵……いや、味方。
――――味方は?
――――足に乱れがあるわ……味方だけど『使えない』。
視界に、雇われ側の即席警護チームのものと思われる足や伏せている姿が目に入る。彼らが尚も廃材やパンクした車を遮蔽として潜んでいる理由は簡単だった。
まだ攻撃は続いている。
軽機関銃の掃射から、短機関銃での掃射に変わる。
このことから分かるのは、敵はフェイズごとに使う銃を選択していることだ。
敵戦力は6人のはず。
その『6人の数は正確』でも『プロフィールが偽者』だったら?
嵩張るロケットランチャーを先に使い、陽動。
次に扱い易い軽機関銃で戦力の損耗と膠着。
包囲と近接のために短機関銃で戦線を上げる。
武器を使い慣れただけではこの戦術は立てられない。武器の特性と難点を知っている人間が立てたプランだ。
それも連携が取れている。
それが厄介。
遠くに小さく見えていた、複数の黒いブーツが機織のような機動を見せて素早く距離を詰める。
時々、短機関銃の指切り連射。ポケットから取り出したコンパクトを様々な方向に突き出して全方位の情報を集めようと奮起する。
6人分の脚。
数を数えるのを間違え易い機織の挙動。
互いを連携している証拠だ。どうやら2人1組で3組居る。
クライアントが掴んでいた、『襲撃者の数は6人』……それ自体に間違いはない。間違いと云うより、上手く誤魔化されたのは、寄越された刺客は素人の鉄砲玉ではなく、プロそのものだった。
訓練を積んで実戦を経験しているプロだ。恐らく国内で経験を積んでいない。国外の組織に外注したか。
同業者間で何度か耳にした事がある、とある心穏やかでない噂。
日本に橋頭堡を構築したい国外の組織と、人的問題で総力が衰えている国内の組織が結託して、外国から暴力装置をレンタルしている例を。
外国勢力を雇ったのなら状況は違ってくる。
国内……少なくともこの街のルールは何も通用しない。
殲滅しろと言われれば殲滅するだろうし、陽動だけに徹しろと言われればそのようにするだろう。
妥当妥協が無いのではない。概念が違うのだ。……概念が違う、つまり、予想できない。
ロケットランチャーを持ち出すことは考えても、『運用』することまで考えないのが日本人の暴力組織だ。
継戦能力が無いのではなかった。継戦したいからこそ状況の移り変わりに応じた火力を用いる。
一つの得物に固執する職人気質な人間が多い、国内の闇社会の住人とはその点からしても違う。
連中の日常には銃火器が溢れている。鼻歌を混じりに殺害することにも呵責を抱かない。
脳内で組み立てていた様々なプランが瓦解していく音。
国外勢力の情報が不足。国内では暴力をちらつかせるだけで耐性の無い日本人は直ぐに折れるが、連中は『先に暴力を行使する』。
その上で交渉。
圧倒的火力を見せ付けたのもその片鱗だろう。自分たちはこれだけの火力と戦力と兵力を備えているというアピールとして、派手なパフォーマンスを用いたのかもしれない。
様々な謎や様々な情報が錯綜する。
個人の力では国外の勢力の情報など噂程度でしか聞かない。
自分達を雇った組織の幹部が、逸早く行動に移せて要人を退避させる事ができたのも、組織として国外勢力に傾注している節があるからだろう。予め組織として得ている情報の違いだ。
敵は確かに……確かに6人。
――――狙撃は……無い、か。
良子はコンパクトに映る世界から、少しでも多くの情報を得て解析しようと思考を廻らせる。
雇われ側の警護チームの生き残りは、短機関銃の掃射で出る頭を抑えられているので遮蔽で膠着させられたまま。
その中での幸運は、生き残りの幹部の指揮が的確で要人を後方……国道へ続く道を背後に廃材の山を遮蔽にしている。
警護として雇われたからには、警護の本分を全うしたい。ここで逃げ出したら信用商売の看板に瑕がつく。
国道へ続く広い道。
トラックが充分に2台ほど並んで通行できる道の真ん中に出ると、集中砲火を浴びるが、この付近にある廃材やドラム缶などの遮蔽で身を隠して援軍を呼んでくれれば助かる確率が上がる。……それは要人だけが助かる確率だが。
あの機転の利く幹部のことだ、既に増援を呼んでいるだろう。その僅かな良い展開に息抜きをして、良子もスマートフォンを取り出して真っ先に電波の受信状況を確認した。
「!」
――――ジャミング!
――――通信事業法違反でしょ!
スマートフォンは一切の電波を受信していない。
理由は考えるまでも無い。
連中が何かしらの機材を用いて、一時的にこの辺りで通信を阻害する工作を行っているのだ。
ジャミングだと即座に判断できたのは、この辺りは電話事業者の電波のカバー内だから通話通信には問題ない地区だからだ。
電話が使える、人気の無い、広大な土地。海にも国道にも近い。
これが、この港湾部が重宝される理由でこの港湾部を何処の組織も狙っている由縁だ。
今はこの街で一番巨大な組織……良子を警護として雇っている組織が治めているが、この港湾部だけでも『奪いたい』と願う組織が殆ど全てだ。
母体になる組織を失っても、港湾部の自治権を持っていれば直ぐにでも組織を再建できるとさえ囁かれているほどに重要な拠点。
海が近ければ、国道が近ければ荷物を受け取って運び出すのも簡単。誰の目にも映らず行動を起こせる。『汚い仕事』全般を執り行っても隠蔽し易い。
謂わば聖域。
その聖域をここまで好き勝手に荒らす発想は、この街や同じ地形の街の組織や個人では思いつかない。
『官憲に目をつけられ難い聖域』だから値打ちが有る。その聖域でこのような派手な爆発や銃撃を行ったのでは早かれ遅かれ、官憲に目を付けられて聖域としての価値が半減する。
使い捨ての暴力稼業。
暴力を振るっても悪いのは依頼人で報復は依頼人に向く。自分たちのような契約された駒の命には価値が無さ過ぎて殺すまでもない。
その価値の無い良子でさえ、殺すのが連中だ。暗黙の了解によるルールは連中には通用しない。
距離が縮まる。
コンパクトに写る敵の脚は2人。
1組。
他の2組は既に大きく左右に展開してパンクした車やパレット、ドラム缶を遮蔽にするチームの制圧に向かっている。大きな数で確固撃破ではなく、戦力を等分して面で圧す。
この戦法は一方向からの圧力だと、他の方向へ敵戦力が逃げ出すので、大きく緩く包囲して徐々に包囲網内の戦力を低下させて全滅させるのに用いられる。
喉が苦い。舌の根が乾く。唇がカサカサ。
地面の冷たさに心身が冷凍される。
恐怖よりも、恐怖と認識する前の、何が起きているのか分からない恐慌状態。