『憐れかどうかは私が決める!』
表の顔をカバーする行為として始めた様々なレジャーの真似が皮肉にもそれは人間に必要な営みの一つだと噛み締めている。もしかしたら今でもこの時間に同業者や同じ界隈の住人も久し振りの太陽の恩恵を受けるべく散歩でもしているかもしれない。ジョギングやサイクリングで一汗流しているかもしれない。
この時がいつまでも続きますように。
今までの人生での経験則として、楽しい時間ほど早く過ぎる。
年寄りが皆揃って口にするその台詞の意味が分かった時には、何もかも手遅れの時が殆どだ。
良子は何度も、あの時にこの事を知っておけばよかったと後悔と失敗する毎日を生きている。
きっとこれは久し振りのセロトニンの供給で脳内麻薬が分泌されすぎて脳細胞が誤作動を起こしているに違いない。……そう思い込んで、唇から漏れそうな泣き言や悔悟の念を飲み込む。
自分の弱さをまだ許せていない事実を再確認させられる。
太陽なんて大嫌いだ。
※ ※ ※
職業として万ず屋と云う看板を掲げていて正解だったと思う事がいくつか有る。
そのうちの一つが、暴力中心の荒事なら何でも注文できる、都合のいい存在だと認識されたことだ。
他にもたくさん万ず屋は居る。
場合によっては探偵や運び屋や警護もする。
特に自分の専門を決めていないから、客が多い。
例えば狙撃専門の殺し屋ならばその一発の凶弾を放つのに不断の努力を積み重ねて修得した代金として高額を提示する。技術を修得するのに費やした時間と努力に見合う適正な価格は、表の世界でも裏の世界でも明確に表示するのが難しい。職人技の値段が目を剥くような金額なのもそのせいだ。
却って、いつでも使い捨て感覚で雇って、そこそこの質を求めるのなら、伝説の殺し屋を雇う必要が無い。
金さえ貰えば何でもやる場慣れしたチンピラの方が有り難がられる。今ではどこの組織も高齢化が進んで、暴力の人材を育てようにも後進が居ない。そんな時に良子のような万ず屋は重宝される。
「おい! 万ず屋!」
背後で男のだみ声。今回の用件で組んだチームの一人だ。
辺りは銃声に席捲される世界。
耳を聾する銃声に混じってアスファルトの地面に落ちる空薬莢の金属音が聞こえる。
昼3時。港湾部。
埠頭付近の倉庫街。冬の潮風が鉄錆の匂いを運んでくる。
先日の好い天気が懐かしい。今にも降り出しそうな曇天。
銃声が良子たちを追い立てる。
チームを3つに分けた。そういう指示だった。指揮を執るリーダーは後方に下がった。それでいい。
今回の依頼は警護だった。
警護の頭数が揃わないから急遽揃えられた面子。
雇われは22人。依頼人側から5人。指揮官は依頼人側の一人。取引現場の警備と要人の警護がメイン。
取引現場といえば人目を憚るので、どうしても場末な場所が選定される。
その中でも港湾部は様々な方向から出入りできる上に、様々な方向へ逃げる事ができるので重宝されていた。
港湾部を押さえた組織こそが、この街の頂点を盗るとさえ言われている。
その頂点を盗った……取引現場に港湾部の倉庫街を選んだ組織が取引中に襲撃された。
実のところ、ここまでは計算どおりなのだ。
事前に襲撃の情報を受けていた。襲撃者の数も名前も判明していた。その経歴からしてライバル組織に雇われただけの職業で鉄砲玉代行をしている荒くれ者たちだった。その数合計6人。
充分に撃退できる。
それに襲撃者が居るから予定を態々変更したとなっては、一応の巨大組織を吹聴する手前、たった6人の雇われ者を恐れたとあっては笑いものだ。沽券に関わる。
そこで充分に警備警護の数を増やして取引に及んだのだ。
取引に立ち会う組織側――雇い主――の要人や組織側の5人は全員、防弾チョッキを来ている。
懐に呑んでいる大型軍用自動拳銃や、隠す気の無い長い得物は強力な自動小銃だ。
組織というのは見栄で成り立っている集団でもあるので、外部にその姿を晒す時は、高級な仕立てのスーツを着て高級な外車で駆けつけて、見せびらかすように手首の高級腕時計を見る。
彼らには懐の拳銃や手にした自動小銃も、自分の見栄を高める為のアイテムなのだろう。
その大層な自動小銃が全く役に立たないのは、雇われた警備警護の人間、全員が分かっていた。
顔には出していないが心の中で笑っていた。
古式ゆかしい暴力組織のイメージそのままで何も変化していないカビ臭さに。
保守的といえば格好いいが、実際には時代の潮流に乗る事ができないロートル集団だ。
表の世界と裏の世界の境目が分からない半グレ集団の方が余程賢明だった。
大きく形勢が変わったのは取引が終了して、取引相手が現場を去った直後だった。静かに終了した取引現場に炸裂した大きな爆発音。ロケットランチャーの一撃。
誰もがまさかと思った。
誰もがそんな火力は聞いていない。
要人を運んできた黒いサーブが爆発。
その直前に空を切る『何かの音』を聞いた。
良子はパニックに陥る自分を抑えて兎に角、地面に臥した。警護担当としては失格だが、担当の警護の範囲からすれば今から駆け寄っても仕方が無い。
黒いサーブには誰も乗っていない。組織の手配した運転手が乗ろうとした直前に『何かが直撃して』爆発。車の右側面から。
運転手は地面に転がったまま全く動かない。黒いサーブに誘導するように組織の要人とそれを警護する組織側の警護5人はサーブの10m前で伏せて直撃を逃れた。だが、あのブラストをまともに受けて正常に挙動できるとは言い難い。
次にこの倉庫街へ良子達を運んできた白いハイエースが同じく爆発炎上。
付近に停車していた、雇われ警護の車も機銃掃射で襲撃される。
圧倒的火力。
遮蔽も掩蔽も関係無い。
火力の差が大き過ぎて何もできない。
目的は大方、想像がつく。
敵はこの場を荒らすだけの任務だ。良子も今まで散々請け負ってきたので直感で分かった。荒らされるとなると気分がいいものではない。
逸早く気を取り戻した組織側の警護の一人が、近くで警護していた雇われ警護に指示を出す。
組織側の警護の一人は背中にM-16と思われる自動小銃を首にスリングでぶら提げて、気絶したのか意識の無い中年の要人をファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げて走る。
年のころは30代前半の幹部のバッジを付けたその男は、さすがに要人の傍で警護を与っているだけあって行動と指揮が的確だった。
機銃掃射もロケットランチャーの砲撃も止んだ。
――――なるほど。
良子も含めてこの場で居た、一定以上の経験を積んだ人間なら理解した。
襲撃者は大火力を所持しているが継戦能力は皆無だ。
場を荒らすだけなのだから、殲滅に足る火力と弾薬は必要ない。
その場を混乱に陥れれば作戦は半分以上成功だ。
良子の読みも半分くらいは正解だった。
タイヤの焦げる嫌な臭いと燃えるガソリン特有の黒い煙が辺りの視界を遮る上に、新鮮な空気を無為に汚す。
これだけの火力が充分にサイティングできる距離に陣取られている。雇われ側の警備チーム……合計12人は全滅したと思ったほうがいい。
組織側でまともに動けそうなのは指示を出しながら、要人を運んでいる幹部1人のみ。まともに動ける雇われ側は合計10人。
この時がいつまでも続きますように。
今までの人生での経験則として、楽しい時間ほど早く過ぎる。
年寄りが皆揃って口にするその台詞の意味が分かった時には、何もかも手遅れの時が殆どだ。
良子は何度も、あの時にこの事を知っておけばよかったと後悔と失敗する毎日を生きている。
きっとこれは久し振りのセロトニンの供給で脳内麻薬が分泌されすぎて脳細胞が誤作動を起こしているに違いない。……そう思い込んで、唇から漏れそうな泣き言や悔悟の念を飲み込む。
自分の弱さをまだ許せていない事実を再確認させられる。
太陽なんて大嫌いだ。
※ ※ ※
職業として万ず屋と云う看板を掲げていて正解だったと思う事がいくつか有る。
そのうちの一つが、暴力中心の荒事なら何でも注文できる、都合のいい存在だと認識されたことだ。
他にもたくさん万ず屋は居る。
場合によっては探偵や運び屋や警護もする。
特に自分の専門を決めていないから、客が多い。
例えば狙撃専門の殺し屋ならばその一発の凶弾を放つのに不断の努力を積み重ねて修得した代金として高額を提示する。技術を修得するのに費やした時間と努力に見合う適正な価格は、表の世界でも裏の世界でも明確に表示するのが難しい。職人技の値段が目を剥くような金額なのもそのせいだ。
却って、いつでも使い捨て感覚で雇って、そこそこの質を求めるのなら、伝説の殺し屋を雇う必要が無い。
金さえ貰えば何でもやる場慣れしたチンピラの方が有り難がられる。今ではどこの組織も高齢化が進んで、暴力の人材を育てようにも後進が居ない。そんな時に良子のような万ず屋は重宝される。
「おい! 万ず屋!」
背後で男のだみ声。今回の用件で組んだチームの一人だ。
辺りは銃声に席捲される世界。
耳を聾する銃声に混じってアスファルトの地面に落ちる空薬莢の金属音が聞こえる。
昼3時。港湾部。
埠頭付近の倉庫街。冬の潮風が鉄錆の匂いを運んでくる。
先日の好い天気が懐かしい。今にも降り出しそうな曇天。
銃声が良子たちを追い立てる。
チームを3つに分けた。そういう指示だった。指揮を執るリーダーは後方に下がった。それでいい。
今回の依頼は警護だった。
警護の頭数が揃わないから急遽揃えられた面子。
雇われは22人。依頼人側から5人。指揮官は依頼人側の一人。取引現場の警備と要人の警護がメイン。
取引現場といえば人目を憚るので、どうしても場末な場所が選定される。
その中でも港湾部は様々な方向から出入りできる上に、様々な方向へ逃げる事ができるので重宝されていた。
港湾部を押さえた組織こそが、この街の頂点を盗るとさえ言われている。
その頂点を盗った……取引現場に港湾部の倉庫街を選んだ組織が取引中に襲撃された。
実のところ、ここまでは計算どおりなのだ。
事前に襲撃の情報を受けていた。襲撃者の数も名前も判明していた。その経歴からしてライバル組織に雇われただけの職業で鉄砲玉代行をしている荒くれ者たちだった。その数合計6人。
充分に撃退できる。
それに襲撃者が居るから予定を態々変更したとなっては、一応の巨大組織を吹聴する手前、たった6人の雇われ者を恐れたとあっては笑いものだ。沽券に関わる。
そこで充分に警備警護の数を増やして取引に及んだのだ。
取引に立ち会う組織側――雇い主――の要人や組織側の5人は全員、防弾チョッキを来ている。
懐に呑んでいる大型軍用自動拳銃や、隠す気の無い長い得物は強力な自動小銃だ。
組織というのは見栄で成り立っている集団でもあるので、外部にその姿を晒す時は、高級な仕立てのスーツを着て高級な外車で駆けつけて、見せびらかすように手首の高級腕時計を見る。
彼らには懐の拳銃や手にした自動小銃も、自分の見栄を高める為のアイテムなのだろう。
その大層な自動小銃が全く役に立たないのは、雇われた警備警護の人間、全員が分かっていた。
顔には出していないが心の中で笑っていた。
古式ゆかしい暴力組織のイメージそのままで何も変化していないカビ臭さに。
保守的といえば格好いいが、実際には時代の潮流に乗る事ができないロートル集団だ。
表の世界と裏の世界の境目が分からない半グレ集団の方が余程賢明だった。
大きく形勢が変わったのは取引が終了して、取引相手が現場を去った直後だった。静かに終了した取引現場に炸裂した大きな爆発音。ロケットランチャーの一撃。
誰もがまさかと思った。
誰もがそんな火力は聞いていない。
要人を運んできた黒いサーブが爆発。
その直前に空を切る『何かの音』を聞いた。
良子はパニックに陥る自分を抑えて兎に角、地面に臥した。警護担当としては失格だが、担当の警護の範囲からすれば今から駆け寄っても仕方が無い。
黒いサーブには誰も乗っていない。組織の手配した運転手が乗ろうとした直前に『何かが直撃して』爆発。車の右側面から。
運転手は地面に転がったまま全く動かない。黒いサーブに誘導するように組織の要人とそれを警護する組織側の警護5人はサーブの10m前で伏せて直撃を逃れた。だが、あのブラストをまともに受けて正常に挙動できるとは言い難い。
次にこの倉庫街へ良子達を運んできた白いハイエースが同じく爆発炎上。
付近に停車していた、雇われ警護の車も機銃掃射で襲撃される。
圧倒的火力。
遮蔽も掩蔽も関係無い。
火力の差が大き過ぎて何もできない。
目的は大方、想像がつく。
敵はこの場を荒らすだけの任務だ。良子も今まで散々請け負ってきたので直感で分かった。荒らされるとなると気分がいいものではない。
逸早く気を取り戻した組織側の警護の一人が、近くで警護していた雇われ警護に指示を出す。
組織側の警護の一人は背中にM-16と思われる自動小銃を首にスリングでぶら提げて、気絶したのか意識の無い中年の要人をファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げて走る。
年のころは30代前半の幹部のバッジを付けたその男は、さすがに要人の傍で警護を与っているだけあって行動と指揮が的確だった。
機銃掃射もロケットランチャーの砲撃も止んだ。
――――なるほど。
良子も含めてこの場で居た、一定以上の経験を積んだ人間なら理解した。
襲撃者は大火力を所持しているが継戦能力は皆無だ。
場を荒らすだけなのだから、殲滅に足る火力と弾薬は必要ない。
その場を混乱に陥れれば作戦は半分以上成功だ。
良子の読みも半分くらいは正解だった。
タイヤの焦げる嫌な臭いと燃えるガソリン特有の黒い煙が辺りの視界を遮る上に、新鮮な空気を無為に汚す。
これだけの火力が充分にサイティングできる距離に陣取られている。雇われ側の警備チーム……合計12人は全滅したと思ったほうがいい。
組織側でまともに動けそうなのは指示を出しながら、要人を運んでいる幹部1人のみ。まともに動ける雇われ側は合計10人。