聴け、死の尤度を。
S&W M351cに視線を向ける。7連発。連中の数は10人。悠長にリロードするだけの時間はない。この期に及んでも江利子はS&W M351c……輪胴式を選んだ事を全く後悔していなかった。
たった数度の偶発的事件のために、懐に短機関銃や散弾銃を飲み込むほうが効率的でない。
そもそもたった1人、或いは3人程度の標的をしとめるのに多弾数の軍用自動拳銃も必要ない。
自動拳銃は確かに便利なものだが、都合がいい訳ではない。
弾倉に実包を飲み込んだまま待機させていれば、その分早くリブを押し上げるバネがへたる。弾数を減らせば緩和できるが、それだと『多弾数』の恩恵に与れない。
シングルカアラムにしても同じ事が言える。少ない装弾数が更に少なくなる。
何より、国内では実包よりも手に入りにくいのがその自動拳銃の弾倉なのだ。実包は互換性や共用が可能なものが多いが、弾倉はそうはいかない。専用のモノが必要だ。
そうなれば特殊な経路を使ったとしても入手は難しい。この業界で自動拳銃を遣う奴は何人も居るが、ハリウッド映画のように気前良く空弾倉を使い捨てる奴は誰一人としていない。
至近距離から、絶対に外さない距離から、確実に仕留められる瞬間にしか発砲しないのが江利子のスタイルだ。
先ほどは半グレ連中から距離を取るために牽制の発砲を行ったが、盲撃ち同然で距離も数も分からない中での発砲だった。
実に美しくない。
自分の美学に沿うからこその行動理念。
江利子は木製のパレットの隙間を縫いながら、廃材置き場の中心部へと向かう。
彼女の耳は確かに10人だと掴んだ。
一人ずつ始末する。悪いが、荒事師の姿形をカタギに知られても良い事は無い。
殺し屋の姿形の情報の使い道を知っているアンダーグラウンドの住人なら、何処で誰と銃弾を交わしたかすら言わない。
誰がどの程度の腕前で、何を得意とし、どのように使うのか? と云うのは老舗の秘伝のタレと同じで企業秘密だ。そこまで深く情報の使い方を知らない人間を放置するのは破滅への始まりだ。
S&W M351cのグリップを握る。
当初に、江利子の姿を確認させていないままの盲撃ちで連中が遊んでいたのなら、追ってこないのであれば、逃がしてやらないでもないと考えていた自分の甘さを少し戒める。
久し振りに案山子でも撃つか。
江利子の瞳が獰猛に光る。
肩から余計な力が落ちる。呼吸を整える。
頭の中でこの辺り一体の地図を広げる。
後頭部と頚部と額と腋に意識を向ける。
その部分だけが冷感を覚える。
この部分は自律神経の主な通り道で、この部分に意識を集中しながら腹式呼吸を行うと冷静になれる。勿論、一朝一夕で修得できる技ではない。……どちらかと云うと体質改善に近い。
脳内に50m四方の地図が浮かぶ。
今まで楯の代わりにしてきた遮蔽が並ぶ。
足音や歩幅や怒声罵声の位置を当て嵌める。
ノイズになる銃声や空薬莢が転がる音を排除。
生理的感覚でマッピング。
感情を排除。
心が常温に馴染むのを実感する。
様々な焦燥が遠くへ追いやられる。
S&W M351cを両手で握る。
古典的なカップ&ソーサー。右手でグリップを握り、グリップエンドを左手で保持する。今では時代遅れに近い構え方。海の向こうのタクティカルトレーニングの教本でも削除されつつある。
江利子のハジキは実戦で覚えた。見よう見真似で鉄火場の中で覚えた技術ばかりだ。
教本も読んでいないし動画サイトで覚えたわけでもないし、師匠と呼べる人物に師事したわけでもない。
仕事を遂行する上で、生き残る確率が高い方法を体が勝手に覚えた。
すう、と外気を吸い込む。
S&W M351cの銃口が水平近くまで動き、視線とサイトが直列する位置に来た。
引き金を2回、引いた。
ダブルタップかと聞き間違える素早さ。
9mmパラベラムが唸る世界に突如として甲高い22WMRの発砲音が突き抜ける。
30m向うで2人分の影が、額辺りから血と脳漿が混じった噴出物を撒き散らして仰向けに倒れる情景がスローモーションに見えた。
神経がまだ解離を起こしている。
神経が研ぎ澄まされすぎて体が追いついていない。
もっと脳に酸素を送らなければ。
視界に映る世界の『早さ』で、脳と神経と身体能力のコンディションが分かる。
2人の人間を撃ち倒した様が、どこか遊離感を覚えていた。
その2人を見て、あたかも間抜けを見て馬鹿笑いするような若者たちの声が耳障りに聞こえた。
神経の解離。遊離感。自分を俯瞰する自分。
自然呼吸に近いリズムの腹式呼吸。
その場からゆらりと左手側に移動して、再び銃口を水平近くに保持。
2発。発砲した。
ダブルアクション専用の重い引き金。
重いはずの引き金。
撃鉄が起こされたシングルアクションのように抵抗を感じない。
指先の末端からも神経が遊離したか?
冷静に分析する自分。
遊離と解離の激しさに焦る自分。
それを『上から見下ろす』自分。
――――7m。8m。10m。7m……。
脳内に遅れて、今し方射殺の手応えを感じた。
肉袋が地面に倒れるような音を聞いて距離を判断した。
脳内に広げた戦闘区域の範囲を20m四方に修正する。
短機関銃の銃声の質が変わる。一層激しくなる。更に再装填のロスが大きくなる。その無為な乱射を聞きながら、江利子は発砲した4個の空薬莢を捨てて4発の実包を装弾する。
腹式呼吸の効果が漸く現れる体感時間だと10分以上も経過したと感じるが、実際には数秒間しか経過していない。
彼女もプロゆえに体と意識が解離してしまう。体が無意識に動いてしまうのは達人の域だと、表の世界では褒め称えられるが、自分自身が意識して末端組織まで制御できていない非常事態なのだと、江利子は考えている。
しばしば発生するこの解離や遊離が、後に疲労の蓄積を促して、判断力を鈍らせる事が多いので達人的挙動をネガティブに捉えているのだ。
連中の乱射の質は明らかに焦燥を含んでいた。罵詈雑言が銃声の隙間に聞こえる。恐怖と驚愕を含むその声。
10人の内、4人が呆気無く打ち倒されたことによって今更、自分たちは得体の知れない脅威を挑発したことに気付きつつある。
乱射の質……案山子を撃ったり、子猫を蹴り飛ばすのに似た遊び感覚から、『引き金を引いているうちは命の保障が有る』と思い込むトリガーハッピーに変質しているのだ。
江利子の姿を視認していなければ、ここで逃がしてやっていた。
視認されたからには全員、殺す。
殺し屋の姿を見た奴の末路として、他の半グレに対する見せしめにもなるし、アンダーグラウンドの世界の恐怖を植えつけるアピールにもなる。
容赦はしない。
S&W M351cをカップ&ソーサーで握りながら頭を低くした。そのまま地面に潜るのかというほどの低さを保ちながら、遮蔽を伝いながら大きく左手側に迂回し、連中の側面に回りこむ。
半グレは半グレだ。
鉄火場のための訓練や連携は皆無。集団で下手な鉄砲を乱射するからこその脅威。
思考が氷のように冷たくなってきた江利子は移動しながら10パターン以上の、連中を全滅させる方法を考え付く。
半グレの面倒なところと強みは、カリスマを誇るリーダーが居ないことだ。友人同士の集団ゆえの長所短所だ。
たった数度の偶発的事件のために、懐に短機関銃や散弾銃を飲み込むほうが効率的でない。
そもそもたった1人、或いは3人程度の標的をしとめるのに多弾数の軍用自動拳銃も必要ない。
自動拳銃は確かに便利なものだが、都合がいい訳ではない。
弾倉に実包を飲み込んだまま待機させていれば、その分早くリブを押し上げるバネがへたる。弾数を減らせば緩和できるが、それだと『多弾数』の恩恵に与れない。
シングルカアラムにしても同じ事が言える。少ない装弾数が更に少なくなる。
何より、国内では実包よりも手に入りにくいのがその自動拳銃の弾倉なのだ。実包は互換性や共用が可能なものが多いが、弾倉はそうはいかない。専用のモノが必要だ。
そうなれば特殊な経路を使ったとしても入手は難しい。この業界で自動拳銃を遣う奴は何人も居るが、ハリウッド映画のように気前良く空弾倉を使い捨てる奴は誰一人としていない。
至近距離から、絶対に外さない距離から、確実に仕留められる瞬間にしか発砲しないのが江利子のスタイルだ。
先ほどは半グレ連中から距離を取るために牽制の発砲を行ったが、盲撃ち同然で距離も数も分からない中での発砲だった。
実に美しくない。
自分の美学に沿うからこその行動理念。
江利子は木製のパレットの隙間を縫いながら、廃材置き場の中心部へと向かう。
彼女の耳は確かに10人だと掴んだ。
一人ずつ始末する。悪いが、荒事師の姿形をカタギに知られても良い事は無い。
殺し屋の姿形の情報の使い道を知っているアンダーグラウンドの住人なら、何処で誰と銃弾を交わしたかすら言わない。
誰がどの程度の腕前で、何を得意とし、どのように使うのか? と云うのは老舗の秘伝のタレと同じで企業秘密だ。そこまで深く情報の使い方を知らない人間を放置するのは破滅への始まりだ。
S&W M351cのグリップを握る。
当初に、江利子の姿を確認させていないままの盲撃ちで連中が遊んでいたのなら、追ってこないのであれば、逃がしてやらないでもないと考えていた自分の甘さを少し戒める。
久し振りに案山子でも撃つか。
江利子の瞳が獰猛に光る。
肩から余計な力が落ちる。呼吸を整える。
頭の中でこの辺り一体の地図を広げる。
後頭部と頚部と額と腋に意識を向ける。
その部分だけが冷感を覚える。
この部分は自律神経の主な通り道で、この部分に意識を集中しながら腹式呼吸を行うと冷静になれる。勿論、一朝一夕で修得できる技ではない。……どちらかと云うと体質改善に近い。
脳内に50m四方の地図が浮かぶ。
今まで楯の代わりにしてきた遮蔽が並ぶ。
足音や歩幅や怒声罵声の位置を当て嵌める。
ノイズになる銃声や空薬莢が転がる音を排除。
生理的感覚でマッピング。
感情を排除。
心が常温に馴染むのを実感する。
様々な焦燥が遠くへ追いやられる。
S&W M351cを両手で握る。
古典的なカップ&ソーサー。右手でグリップを握り、グリップエンドを左手で保持する。今では時代遅れに近い構え方。海の向こうのタクティカルトレーニングの教本でも削除されつつある。
江利子のハジキは実戦で覚えた。見よう見真似で鉄火場の中で覚えた技術ばかりだ。
教本も読んでいないし動画サイトで覚えたわけでもないし、師匠と呼べる人物に師事したわけでもない。
仕事を遂行する上で、生き残る確率が高い方法を体が勝手に覚えた。
すう、と外気を吸い込む。
S&W M351cの銃口が水平近くまで動き、視線とサイトが直列する位置に来た。
引き金を2回、引いた。
ダブルタップかと聞き間違える素早さ。
9mmパラベラムが唸る世界に突如として甲高い22WMRの発砲音が突き抜ける。
30m向うで2人分の影が、額辺りから血と脳漿が混じった噴出物を撒き散らして仰向けに倒れる情景がスローモーションに見えた。
神経がまだ解離を起こしている。
神経が研ぎ澄まされすぎて体が追いついていない。
もっと脳に酸素を送らなければ。
視界に映る世界の『早さ』で、脳と神経と身体能力のコンディションが分かる。
2人の人間を撃ち倒した様が、どこか遊離感を覚えていた。
その2人を見て、あたかも間抜けを見て馬鹿笑いするような若者たちの声が耳障りに聞こえた。
神経の解離。遊離感。自分を俯瞰する自分。
自然呼吸に近いリズムの腹式呼吸。
その場からゆらりと左手側に移動して、再び銃口を水平近くに保持。
2発。発砲した。
ダブルアクション専用の重い引き金。
重いはずの引き金。
撃鉄が起こされたシングルアクションのように抵抗を感じない。
指先の末端からも神経が遊離したか?
冷静に分析する自分。
遊離と解離の激しさに焦る自分。
それを『上から見下ろす』自分。
――――7m。8m。10m。7m……。
脳内に遅れて、今し方射殺の手応えを感じた。
肉袋が地面に倒れるような音を聞いて距離を判断した。
脳内に広げた戦闘区域の範囲を20m四方に修正する。
短機関銃の銃声の質が変わる。一層激しくなる。更に再装填のロスが大きくなる。その無為な乱射を聞きながら、江利子は発砲した4個の空薬莢を捨てて4発の実包を装弾する。
腹式呼吸の効果が漸く現れる体感時間だと10分以上も経過したと感じるが、実際には数秒間しか経過していない。
彼女もプロゆえに体と意識が解離してしまう。体が無意識に動いてしまうのは達人の域だと、表の世界では褒め称えられるが、自分自身が意識して末端組織まで制御できていない非常事態なのだと、江利子は考えている。
しばしば発生するこの解離や遊離が、後に疲労の蓄積を促して、判断力を鈍らせる事が多いので達人的挙動をネガティブに捉えているのだ。
連中の乱射の質は明らかに焦燥を含んでいた。罵詈雑言が銃声の隙間に聞こえる。恐怖と驚愕を含むその声。
10人の内、4人が呆気無く打ち倒されたことによって今更、自分たちは得体の知れない脅威を挑発したことに気付きつつある。
乱射の質……案山子を撃ったり、子猫を蹴り飛ばすのに似た遊び感覚から、『引き金を引いているうちは命の保障が有る』と思い込むトリガーハッピーに変質しているのだ。
江利子の姿を視認していなければ、ここで逃がしてやっていた。
視認されたからには全員、殺す。
殺し屋の姿を見た奴の末路として、他の半グレに対する見せしめにもなるし、アンダーグラウンドの世界の恐怖を植えつけるアピールにもなる。
容赦はしない。
S&W M351cをカップ&ソーサーで握りながら頭を低くした。そのまま地面に潜るのかというほどの低さを保ちながら、遮蔽を伝いながら大きく左手側に迂回し、連中の側面に回りこむ。
半グレは半グレだ。
鉄火場のための訓練や連携は皆無。集団で下手な鉄砲を乱射するからこその脅威。
思考が氷のように冷たくなってきた江利子は移動しながら10パターン以上の、連中を全滅させる方法を考え付く。
半グレの面倒なところと強みは、カリスマを誇るリーダーが居ないことだ。友人同士の集団ゆえの長所短所だ。