キサラギ・バラード
何より、石油ストーブとは、日本に来た頃、『組織』で三下たちが石油ストーブで湯を沸かし、その湯でカップラーメンを作ったり濡れた衣服を乾かしたり餅や干し芋を焼いたり、ヤカンを置いて加湿器の代わりにしたり鍋を温めたりと何かと万能な暖房器具だという認識が強い。
暖房で体が温まるまで猫背で微動だにしなかった。
ベルサM25は体が温まってから片付けた。
日本に来てから永いが、日本の寒さと暑さは身に堪える。
冷房と石油ヒーターは最早生命維持装置だと言っても過言では無い。
※ ※ ※
仕事の斡旋を受ける。
午後11時。
就寝しようかと寝巻きに着替えていたら携帯電話に着信があったのでドテラを羽織って仕事用の部屋に入った。
仕事用の部屋はスチールデスクと事務棚を中心に、極小のオフィスを模したような雰囲気だ。
デスクの上にはノートパソコンとデスクライト。その脇のチェスト、その上にFAX付き固定電話。
ノートパソコン以外は事務用品のレンタル会社から3ヶ月単位の更新で借りている物ばかりだ。
固定電話は借り物だが、電話番号は自前で調達した物だ。
裏社会の、『後ろ』が暗いレンタル会社だと口止め料として足元を見られるので余り利用したくない。勿論、『後ろ』が暗いレンタル会社だと三代に万が一が発生した時には、この部屋に有るレンタル商品を速やかに引き上げて処分してくれる。
裏の世界ならではのアフターケアが万全なだけに頼れるが、金に厳しいのが問題だった。
「…………うー」
三代は低く唸る。後ろ頭を掻き、右手をポケットに突っ込んでチョコレートフレーバーのシガリロを取り出す。
自分でこの部屋を禁煙に定めたのを思い出し、再びポケットに押し戻す。軽く舌打ち。
――――安いな……。
――――ありがちな『中身』だ。
ノートパソコンを開く。ダークウェブ内部を幾つか梯子し、到達した。……自分が開設した仕事の受付専用サイトを凝視している。
そのサイトの管理画面ではアイゼンハワーマトリクスを模した画面で、緊急で重要、非緊急で重要、緊急で非重要、非緊急で非重要の順に依頼メールが振り分けられている。
幸いにも暴力のレンタルサービスと云う職業は成功している証拠だ。
「受ける……か」
ぽつりと独りごちる。
鉄砲玉を必要とする有り触れた依頼内容だった。
鉄砲玉も職掌のうち。
彼女が少しばかり鉄砲玉の依頼を歓迎しなかったのは、負傷者を増やす先日の襲撃とは違い、具体的な打撃を与える事を主眼とするために息の根を止める行為を、的の数だけ行うとクライアントが喜ぶことだ。
命を奪う行為に抵抗は無い。その後の報酬の支払い以外に経費で弾薬代を請求するのが難航する事が多い。
経費は、誰も記録できない。命の遣り取りの鉄火場で銃弾1発の代金を精査して記録できる人間が居ないからだ。
なので、しばしば、仕事の後で代金で揉める事が有る。……交渉は苦手だ。
今回の依頼は報酬の羽振りがいいクライアントである事を願う。願いながら返信フォームに文字を打ち込む。
標的の数は合計13人。
助っ人としてクライアント側から1人が助けてくれる。
深夜2時の眠りの深い時間帯。
寒さも一層。
寒風が薙ぐ音が寒さに拍車を掛ける。
23歳の若さでもこの寒さは身に堪える。苦労して肩甲骨の間に『貼る使い捨てカイロ』を貼った。昔ながらの使い捨てカイロで右手を暖める。
夜更けの路を2つの影が往く。
背の低い方は三代。
背が少し高い方は助っ人の青年。
青年は市倉と名乗った。
ひょろっとした今時の若者。年齢も自分と大差ないだろう。
金髪に近い茶髪に染めた髪。髪型……襟足と前髪が長くて見ているだけで鬱陶しい。前髪をヘアピンで留めてやりたくなる。そう言えば、チラチラと市倉の顔を伺おうとしても、前髪が絶妙な長さとアングルでどんな目付きなのか分からない。
体格からして筋肉質では無い。クライアントが寄越すほどなのだから、腕前には一定以上の評価が有るのだろう。
クライアントが助っ人を寄越すのは珍しくない。寧ろ、鉄砲玉の人数が揃えられなかったから三代に声がかかる事が多い。
市倉はセンターパープルのスタジアムジャンパーを着ていた。それにジーンズパンツ。両手は、右手の人差し指と親指を切り落とした軍手を嵌めている。
スタジアムジャンパーの左脇がふっくらと膨らんでいるので、拳銃を呑み込んでいるのだろう。
軽口一つも叩かない辺りは好感が持てた。
口元から鼻筋を見るからには整った顔なのだろうが、肝心の眉目が前髪で隠れているので残念なところだ。
夜道を歩く先にシャッターが閉まった店舗が連なる小規模な商店街がある。
夜でなくとも、不景気と疫病騒ぎの煽りで日中でも営業している店舗は全体の3割程度だ。
商店街の中ほどに3階建ての旧いテナントビルがある。
白い外壁も風雪に晒されて灰色じみている。皹が入り、一部分が剥離した壁がこのビルの旧さを一層強く物語る。そしてメンテナンスらしい手入れが行われていない乱暴な扱いを受けているのが分かる。
そのビルの窓全てで、明々と蛍光灯が点っている。不寝番が常に詰めている拠点のビルだ。
この街は現在、5つの巨大勢力が鎬を削っている。
そしてその他の旗揚げしたばかりの有象無象の組織。
5つの巨大組織は、度々手打を行うので自己解決しているので大きな動向は無いが、その他の弱小や中規模になったばかりの有象無象の組織が問題だった。
烏合の衆に例えても遜色ないその他の組織は、手柄を立てて何処かの組織の庇護を受けようと目論んでいたり、飽く迄一本立ちしか狙っていないので、強硬手段しか選ばなかったりと常に組織図と動向が流動的なので、昨日まで健在だった組織が今日は何処かの組織に組み込まれていたり、組織そのものが解散していたりと忙しい。
不謹慎な話だが、何処の組織がこの街の覇権を握るのか? という博打で盛り上がっている界隈もある。
更には次に淘汰されるのは何処の組織か? 何処と何処の組織が吸収合併買収をするのか? など。この街を根城にする情報屋はアルバイトで競馬の予想屋宜しく、組織の動向を売買して小銭を稼いでいる。
世の中が荒れていれば、それはそれで儲かる人間もいるという見本市だった。
「……さて」
市倉はぽつんと独り言のように言う。
「作戦通りに」
「だな……」
事前の打ち合わせ通りの手順で襲撃するのに変更は無かった。
市倉が勝手口を破り侵入し、挟撃を仕掛けるまでの間、三代が真正面の出入り口から吶喊して戦力を1階ロビー周辺に集中させる。
一昔前ならトラックで突っ込んで流れ込むのが作法だったが、最近のトラックは衝突や追突を防止する安全装置が働くので、勢いよく正面を破る事が出来ない。
バックで突っ込んでも、その時に働くエネルギーは徐行に毛が生えた程度なので打撃や陽動には今一つ届かない。
市倉は左脇から徐に拳銃を抜いた。
スラリとした長い銃身が印象的なコルトウッズマンだ。
三代のベルサM25と同じ22口径10連発なので少し親近感が持てた。
三代もベルサM25を抜く。
通常の弾倉を抜いて、海の向こうのサードパーティが製造販売している30連発の弾倉を叩き込む。
暖房で体が温まるまで猫背で微動だにしなかった。
ベルサM25は体が温まってから片付けた。
日本に来てから永いが、日本の寒さと暑さは身に堪える。
冷房と石油ヒーターは最早生命維持装置だと言っても過言では無い。
※ ※ ※
仕事の斡旋を受ける。
午後11時。
就寝しようかと寝巻きに着替えていたら携帯電話に着信があったのでドテラを羽織って仕事用の部屋に入った。
仕事用の部屋はスチールデスクと事務棚を中心に、極小のオフィスを模したような雰囲気だ。
デスクの上にはノートパソコンとデスクライト。その脇のチェスト、その上にFAX付き固定電話。
ノートパソコン以外は事務用品のレンタル会社から3ヶ月単位の更新で借りている物ばかりだ。
固定電話は借り物だが、電話番号は自前で調達した物だ。
裏社会の、『後ろ』が暗いレンタル会社だと口止め料として足元を見られるので余り利用したくない。勿論、『後ろ』が暗いレンタル会社だと三代に万が一が発生した時には、この部屋に有るレンタル商品を速やかに引き上げて処分してくれる。
裏の世界ならではのアフターケアが万全なだけに頼れるが、金に厳しいのが問題だった。
「…………うー」
三代は低く唸る。後ろ頭を掻き、右手をポケットに突っ込んでチョコレートフレーバーのシガリロを取り出す。
自分でこの部屋を禁煙に定めたのを思い出し、再びポケットに押し戻す。軽く舌打ち。
――――安いな……。
――――ありがちな『中身』だ。
ノートパソコンを開く。ダークウェブ内部を幾つか梯子し、到達した。……自分が開設した仕事の受付専用サイトを凝視している。
そのサイトの管理画面ではアイゼンハワーマトリクスを模した画面で、緊急で重要、非緊急で重要、緊急で非重要、非緊急で非重要の順に依頼メールが振り分けられている。
幸いにも暴力のレンタルサービスと云う職業は成功している証拠だ。
「受ける……か」
ぽつりと独りごちる。
鉄砲玉を必要とする有り触れた依頼内容だった。
鉄砲玉も職掌のうち。
彼女が少しばかり鉄砲玉の依頼を歓迎しなかったのは、負傷者を増やす先日の襲撃とは違い、具体的な打撃を与える事を主眼とするために息の根を止める行為を、的の数だけ行うとクライアントが喜ぶことだ。
命を奪う行為に抵抗は無い。その後の報酬の支払い以外に経費で弾薬代を請求するのが難航する事が多い。
経費は、誰も記録できない。命の遣り取りの鉄火場で銃弾1発の代金を精査して記録できる人間が居ないからだ。
なので、しばしば、仕事の後で代金で揉める事が有る。……交渉は苦手だ。
今回の依頼は報酬の羽振りがいいクライアントである事を願う。願いながら返信フォームに文字を打ち込む。
標的の数は合計13人。
助っ人としてクライアント側から1人が助けてくれる。
深夜2時の眠りの深い時間帯。
寒さも一層。
寒風が薙ぐ音が寒さに拍車を掛ける。
23歳の若さでもこの寒さは身に堪える。苦労して肩甲骨の間に『貼る使い捨てカイロ』を貼った。昔ながらの使い捨てカイロで右手を暖める。
夜更けの路を2つの影が往く。
背の低い方は三代。
背が少し高い方は助っ人の青年。
青年は市倉と名乗った。
ひょろっとした今時の若者。年齢も自分と大差ないだろう。
金髪に近い茶髪に染めた髪。髪型……襟足と前髪が長くて見ているだけで鬱陶しい。前髪をヘアピンで留めてやりたくなる。そう言えば、チラチラと市倉の顔を伺おうとしても、前髪が絶妙な長さとアングルでどんな目付きなのか分からない。
体格からして筋肉質では無い。クライアントが寄越すほどなのだから、腕前には一定以上の評価が有るのだろう。
クライアントが助っ人を寄越すのは珍しくない。寧ろ、鉄砲玉の人数が揃えられなかったから三代に声がかかる事が多い。
市倉はセンターパープルのスタジアムジャンパーを着ていた。それにジーンズパンツ。両手は、右手の人差し指と親指を切り落とした軍手を嵌めている。
スタジアムジャンパーの左脇がふっくらと膨らんでいるので、拳銃を呑み込んでいるのだろう。
軽口一つも叩かない辺りは好感が持てた。
口元から鼻筋を見るからには整った顔なのだろうが、肝心の眉目が前髪で隠れているので残念なところだ。
夜道を歩く先にシャッターが閉まった店舗が連なる小規模な商店街がある。
夜でなくとも、不景気と疫病騒ぎの煽りで日中でも営業している店舗は全体の3割程度だ。
商店街の中ほどに3階建ての旧いテナントビルがある。
白い外壁も風雪に晒されて灰色じみている。皹が入り、一部分が剥離した壁がこのビルの旧さを一層強く物語る。そしてメンテナンスらしい手入れが行われていない乱暴な扱いを受けているのが分かる。
そのビルの窓全てで、明々と蛍光灯が点っている。不寝番が常に詰めている拠点のビルだ。
この街は現在、5つの巨大勢力が鎬を削っている。
そしてその他の旗揚げしたばかりの有象無象の組織。
5つの巨大組織は、度々手打を行うので自己解決しているので大きな動向は無いが、その他の弱小や中規模になったばかりの有象無象の組織が問題だった。
烏合の衆に例えても遜色ないその他の組織は、手柄を立てて何処かの組織の庇護を受けようと目論んでいたり、飽く迄一本立ちしか狙っていないので、強硬手段しか選ばなかったりと常に組織図と動向が流動的なので、昨日まで健在だった組織が今日は何処かの組織に組み込まれていたり、組織そのものが解散していたりと忙しい。
不謹慎な話だが、何処の組織がこの街の覇権を握るのか? という博打で盛り上がっている界隈もある。
更には次に淘汰されるのは何処の組織か? 何処と何処の組織が吸収合併買収をするのか? など。この街を根城にする情報屋はアルバイトで競馬の予想屋宜しく、組織の動向を売買して小銭を稼いでいる。
世の中が荒れていれば、それはそれで儲かる人間もいるという見本市だった。
「……さて」
市倉はぽつんと独り言のように言う。
「作戦通りに」
「だな……」
事前の打ち合わせ通りの手順で襲撃するのに変更は無かった。
市倉が勝手口を破り侵入し、挟撃を仕掛けるまでの間、三代が真正面の出入り口から吶喊して戦力を1階ロビー周辺に集中させる。
一昔前ならトラックで突っ込んで流れ込むのが作法だったが、最近のトラックは衝突や追突を防止する安全装置が働くので、勢いよく正面を破る事が出来ない。
バックで突っ込んでも、その時に働くエネルギーは徐行に毛が生えた程度なので打撃や陽動には今一つ届かない。
市倉は左脇から徐に拳銃を抜いた。
スラリとした長い銃身が印象的なコルトウッズマンだ。
三代のベルサM25と同じ22口径10連発なので少し親近感が持てた。
三代もベルサM25を抜く。
通常の弾倉を抜いて、海の向こうのサードパーティが製造販売している30連発の弾倉を叩き込む。