キサラギ・バラード

 6発消費。弾倉交換。
 残弾5発の抜き出した弾倉を左手に取る。
 ベルサM25を横銜えにしながら、抜き出した弾倉にバラ弾を補弾していく。予備弾倉は残り3本だが、鉄火場がいつ長引くか分からないのでできるだけ弾倉の予備は満タンにしておきたい。
 三代はいつも剥き出しのバラ弾をポケットに押し込んでいる。ズボンや上着などに常に合計弾倉2本分の実包を忍ばせている。弾倉を失っても最悪の場合、薬室に1発ずつ押し込んで単発で発砲する心算だ。
 過去に何度も経験が有る。……弾倉を差し込まなければならないと云う拘りに固執して命を落とした拳銃使いや荒事師を沢山見てきた。
 23歳の若さでも、掻い潜ってきた地獄の数だけは誰にも負ける気がしない。
 1階フロアでクリアリング以上の真似はしない。
 連中は訓練の度合いは低い。ならば突付かれて飛び出てくるか、隅っこで全てが終わるまでガタガタ震えているかの否かだ。
 訓練を受けたプロや修羅場を経験した喧嘩慣れした三下ならば、隠れて三代をやり過ごした後に、背後から襲撃するだろう。
 それにそのような腕利きが居るのなら、別の場所で展開されている銃撃戦で主力として引っ張り出されているはずなので、この場所では気にする必要は無い。
 所詮、2軍3軍の足止めをするのが仕事なのだ。
 廊下を走る。2階で銃声が聞こえた。
 階段の踊り場から降りてきた連中が発砲して探りを入れている。
 牽制ですらない。暗がりの中で杖で足元を突付いて石が無いか調べるのと同じ発砲だった。暗い階下での発砲音はそれだけ驚愕だったのだろう。
 連中に増援が駆けつけたり、連中が増援要請を出すのは可能性としては限りなく低い。
 予備戦力を助ける為の予備戦力をスタンバイさせてから銃撃戦を展開する戦術は、国内の反社会組織としては効率が悪すぎるのだ。
 逆説的に云うのなら、クライアントの組織も敵対組織に同じ事をされている可能性が有る。
 何処かでスタンバイさせられている増援が、敵が雇った荒事師達に蹂躙されている可能性も有る。……それは三代が気に揉むことではない。
 廊下の空気に鼻の奥を擽る臭いが混じり始める。硝煙の匂いだ。連中も2階から階下へと少しずつ降りてきている。
 事前の調査では10人。
 何処に誰が配置されているかは不明。
 廊下の角で左手でコンパクトを取り出し、突き出して階段の向うを確認しようとした瞬間、右手のベルサM25を左脇腹から左背後に突き出して2発、速射した。
――――そうそう。確か、気配は4人だったよね。
 コンパクトの狭い世界に背後がチラリと映って、暗がりの向こうからステンレスシルバーのスナブノーズを構えようとしていた人影が床に膝を突いて前のめりに倒れた。
 状況判断が生死の境を決める……使い古されたフレーズだが、今尚健在で通用する基本だった。
 敵の脅威を悟ったのならば躊躇ってはダメだ。
 どんなに沢山の選択肢が目前に有ったとしても、結局は自分にとって得か損かで判断する。後はその二分探索を繰り返すだけだ。脳内で生体電流の速さで計算して選択して決断するだけなのだ。
 三代は躊躇わなかった。
 狙って発砲というシークエンスを捨てて発砲を選択した。
 背後に5mの距離に立っていた人影に、結果として命中しただけだ。命中しなくともこちらが攻撃を布告した意思を伝えれば、次に打つ手は自ずと絞られる。
 殺すか殺さないか、だ。
 負傷させるのが仕事でも、致死させてしまったのでは『仕方が無い』ことだと片付けられる。『自分の世界』で罷り通るルールだ。
 再びコンパクトを突き出そうと角へと近付くと呼吸が止まった。心臓が締め上げられるような冷たい空気を感じた。
 鋭い殺気。
 遮蔽である角から突き出そうとしていたコンパクトを持つ左手を咄嗟に引っ込めた。
 目前を、空を切る何か。
――――長脇差!
 コンパクトを差し出していたら、この場で三代の左手首は切り落とされていた。
 背筋に氷を押し付けられたような冷たい感触。恐怖と驚愕に後頭部の表皮が引き締まる。
 背後のスナブノーズ使いを相手にしている間に、長脇差を携えた男が階下まで降りて距離を詰めていた。
 殴り合いが出来る距離ならば、明らかに拳銃より刃物の方が有利。拳銃は銃口の先から一方向にのみ必殺の銃弾を吐き出すが、刃物は遣い手が達者なら、様々な方向へと白刃の向きを変化させる事が出来る。
 相手がドスでの喧嘩しか慣れていないと尚更の脅威なのだ。近付かれただけで三代の命は半分以上、『無い』。
 角の遮蔽の向こうから、裂帛の気合と共にスエット姿の青年が長脇差を構え直して飛び出してきた。
 大きく振りかぶる彼。鳩尾がキューッと引き締まる三代。
 喧嘩慣れしてる。我流剣法だが、振り回し方に迷いが全く無い。
 青年はまたも、腹の奥底からの気合と共に柄を両手で握って真正面から、1mの距離から三代に切りかかってきた。
 コトッ。
 床にコンパクトが落ちる。
 2発の銃声。
 金属の甲高い衝突音。
 三代は左掌を頭上に翳して白刃を止めていた。
 三代の掌を襲った長脇差の衝撃は腕を伝って左肩甲骨まで到達する。
「……」
「……」
 煙草臭い男の息が顔に掛かる。更に左手を押す力が長脇差から伝わる。
――――拙い!
 22口径といえど、鳩尾に至近距離から2発もまともに受ければ急激な脱力に襲われてその場に倒れる。
 どんなに屈強な人間でもそれは同じだ。バイタルゾーンのど真ん中たる由縁だ。
 なのに、その男は更に死力を振り絞って長脇差を押し込んでくる。
 ギリと三代の左掌が悲鳴を挙げた。
 途端、男は小さな呻き声を挙げてその場に膝から落ちた。そして背中を震わせながら床に顔を埋めるだけだった。
 その脇に長脇差が転がる。
 三代は左掌を強く握った。
 左掌の内側にした、『変形しそうな衝撃を受けた予備弾倉』が心配だった。
 三下の命は一山幾らで買い取れるかも知れないが、ベルサのような生産が終了した拳銃の弾倉は海外のオークションサイトを徘徊しないと手に入らない事が多い。地下の武器屋でも流通していないモデルもある。
 長脇差の男に対する畏敬の念は全く感じずに、ベルサM25の残弾を撒き散らしながら階段の上や踊り場を牽制する。
 既に2人が踊り場まで降りてきており、こちらを伺っていた。
 この2人の連携が取れていたのなら、長脇差の男と連携が取れていたのなら、三代の命は無かった。
 ズブの素人を2人、仕留める。殺す心算はなかった。牽制を浴びせたら『偶々、頚部に命中しただけだ。偶々、軸足に当たって階段から転落して頸の骨を折っただけ』だ。
 踊り場に降りてきた決死隊が呆気無く倒されたのを見て、2階の角で大型自動拳銃を乱射していた男たちの恐慌ぶりが浮き彫りになる。
 乱射が激しくなるが、直ぐに弾切れの沈黙が訪れる。
 それを見逃さず、三代は階段を駆け上がりながら、スライドが後退したまま停止したベルサM25の空弾倉を交換してスライドを数mm引いてスライドストップを解除し、薬室に実包を送り込む。
 ベルサM25が確実に作動する感触が右手に伝わる。
 硝煙でくしゃみが出そうな階段を駆け上がり、大胆にも自動拳銃を持つ男達が待ち構えているであろう廊下に踊り出る。
「!」
 誰もが目前に現れたフライトジャケットの女を視認し、為す術も無くたった4発で……その場に居た4人の男たちは1発ずつ臍下辺りに22口径を叩き込まれ、呻き声を挙げることすらできずに体を折って床で無様に転がる。
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