キサラギ・バラード

 『間違えても、これで鉄火場に挑もうなどとは普通の人間は思いもつかない』。
 そんな自動拳銃を彼女は使う。
 マグナムではダメだ。再装填のロスが大きくと打撃力が高すぎる。
 9mmパラベラムではダメだ。致死率が高すぎる。苦しむ時間が短すぎる。
 消去法で32口径か22口径か悩んだ末に、武器の密売ルートで何処の商店でも扱っていて国内で最も手に入りやすい実包を使い、それでいて即応性が高い弾薬といえば22口径のロングライフルが最適だった。 最近は32口径の人気が出てきて、実包も銃も容易に入手できるが、値段が釣りあがっている。持続して同じ銃を使いこなすにはそれに相応しい環境にも対応した銃と弾薬が常に確保されなければならない。
 皮肉な事に、国内の銃砲店で手に入る22口径の方が……特に22ロングライフルの方が優秀なのだ。
 国内では22ショートは射的競技で使用されるために弱装弾でも問題無いが、22ロングライフルの場合は硬質な弾頭をハイベロシティで撃ち出すハンティング用が多い。
 ハイベロシティの22ロングライフルは小害獣駆除の定番として愛用されている。いざとなれば銃砲店に侵入して窃盗を働くつもりだ。
「……」
 ベルサM25を抜き、セフティを解除。
 左手でスライドを3mmほど後退させる。
 指先から伝わる抵抗で薬室に実包が送り込まれているのが分かる。薬室と弾倉の合計11発の22ロングライフルを呑み込んでいる。
 突き出した銃身が特徴的なシルエットを浮かび上がらせる。
 リアサイトは超小型のアジャスタブルサイト。これはメーカー純正品ではなく、ガンスミス向けのベンチャー企業が開発して販売していたものだ。現在では扱われていない。販路で扱われていない割にはレアリティは低い。アルゼンチンの拳銃自体に希少性の有るものが少ないからだ。
 ベルサM25はプロが使う拳銃ではない。
 況してや、対人用に設計された拳銃でもない。
 安物の拳銃にしては命中精度が高く、名銃のデッドコピーで故障が少ない程度の認識だ。
 突き出た銃身も一説では、全長が短い拳銃は輸入に規制がかかる国向けに急造で取り付けたモデルが開発された噂も有る。
 それはベルサM25だけに限った話ではない。拳銃本体がコンパクトに作られているのに、その開発コンセプトを逆行するように長銃身を捻じ込んだ自動拳銃は少なからず輸出を前提に考案されている。
 ベルサM25の基本モデルである、ベルサM23は外見も実寸も非常にコンパクトだ。
 小型軽量ゆえに秘匿性に優れる。
 拳銃の所持が認められている国でも、全長で輸入を制限する国は多い。少しでも外貨獲得を狙う国の財政事情としては海外向けに売れる商品を作りたいのが実情だろう。
 三代のだらりと下げられた右手にはベルサM25がしっかりと握られている。
 勝手口のドアの前に来るまでに、左手で後ろ腰から予備弾倉を取り出している。
 その予備弾倉を横銜えにして左手で勝手口のドアノブを捻る。滑らかに静かにドアが開く。
 内通者がいるだけでこんなにも侵入がスムーズになるのなら、依頼の条件として内通者の事前の確保も書き足すべきだろうか。
 暗い。目前に伸びる廊下。流石に室内灯のガイドは期待できなかった。小上がりで一歩踏み出して廊下に踏み出すと、一拍、止まる。耳を澄ませ、呼吸も止める。
 気配多数。
 近くではない。
 家屋内部に気配が多数。
 話し声や家具などが軋む音が聞こえる。
 完全に油断しているのが手に取るように判断できた。
 この洋館風一戸建ての見取り図を脳内に投影。全ての部屋のクリアリングを行うつもりだ。その間に逃走や反撃されることも計算のうちだ。襲撃されて、逃げ出さない人間や反撃を目論まない人間は居ない。今居る、一階廊下の奥を睨みつけて神経を研ぐ。
「…………」
――――1階に3人……4人か?
 歩みを開始。
 足裏の重心移動を使って、音を立てない歩法で進む。どんな高性能な靴でも全く音がしない靴はありえない。物理的干渉を受けない物体など、実数が全ての世界では存在し得ない。現代は幽霊でさえ0と1に分解できる存在なのだ。
 アトラクションではない一般的家屋は設計に一定のパターンがある。国内の基準だと90cm×90cmの四方を基準に建物は設計されている。
 畳の辺が約90cm×約180cmであることの名残だ。その数字で以って部屋の縦、横、高さは計算されているし、廊下の幅も90cmが基準で家屋の広さに応じてその数字に1.5や2の数字を掛ける。逆にトイレや風呂の小窓などは0.5ずつ数字を掛けて小さな規格を生み出した。
「…………」
 視線を走らせる。警報装置の有無を確認。脳内には勿論事前の情報として蓄積して有る。それの答え合わせだ。警報装置の電源カットまでは内通者には無理だった。何箇所か古典的な赤外線警報装置を跨いだ。
 突如、目前にある居間のマホガニーのドアが開く。待ち構えられていた気配は無い。洋風の部屋の内装が明るい光源に浮かぶ。その漏れた明かりで廊下も照らされる。
 目前4m。躊躇わない。
 『こうするために雇われたのだから』。
 ベルサM25を素早くフィストグリップで構え、左足を半歩引いて右半身の体勢をとる。
「え?」
 ドアの向こうで立っていた、缶ビールを片手にした中年の顔が凍りつく。
 引き金を、引く。2度引いた。
 軽い発砲音で有名な22口径だが、密閉されているのに近い屋内では異様に大きな発砲音に聞こえる。
 目前で素早く2度、銃火が瞬く。
 弾き出された空薬莢が壁に当たってフローリングの床に落ちる頃には、目前で何も知らずに立っていた男の腹部に2個の孔が拵えられていた。男は缶ビールを右手に持ったまま糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 それが先途となった。
 口に銜えっぱなしだった予備弾倉を左手に掴むと、ベルサM25を持った右手を突き出して部屋の内部に踊り込む。
 左右に人の気配。
 視界の端に確かに人を確認。
 三代は無造作に左右に銃口を大きく振って一発ずつ発砲する。左右を一々確認していない。全くの勘だ。
 弾頭が当たらなくとも牽制にはなる。
 勿論、当たればそれに越した事は無い。
「!」
「あ!」
 詰まる呼吸と短い悲鳴。その声に手応えを感じる。
 部屋に更に一歩踏み込んで、惰性に任せて体を反転させて自分が発砲した辺りを見た。
 壁際近くのソファに座っていた青年と中年の胴体に命中していた。
 青年は左脇腹を負傷していたが全力を振り絞って、左手で腹のベルトに差していたトカレフのコピーを抜き、片手で構えようとする。
 だが、三代は傷が浅い……右上腕部の肉を削られただけの中年に対してもう1発叩き込む。中年の準幹部のバッジを付けた安い背広の男は右胸部の骨を叩き割られてうつ伏せに倒れる。死にはしない。充分に助かる。
 すらりとベルサM25の銃口を、トカレフを構えた青年に向ける。
 青年の顔に脂汗の珠が浮き出る。
 トカレフ特有のセフティ的ポジション……発砲するまで薬室に実包を送り込まないお決まりを守っていたので、スライドを引くのを失念して撃発出来ないで居た。
 その青年の鳩尾に向かって5mの距離から発砲。
 青年は床で芋虫のように苦悶していたが全く意に介さず、三代は部屋を飛び出て廊下を走る。
3/18ページ
スキ