星を掴む

 その同レベルの組織の二つがここで話し合いをして、手打を行う方向で話を纏めれば他の勢力では簡単に叩き潰せない大きな組織の誕生になる。
 だからこそ密談を交わす重要人物の顔ぶれや会話の内容や最終的な落としどころが何処なのかを掴めば高く売れる情報となる。
 公乃は息を潜めてカメラのファインダーを覗く。指先でレバー類を操作しながらレティクル付近のアイコンを操作して集音機能を調整する。焦点の真ん中ほど正確に精密に音を拾う事が出来る。音の振動を解析して収録し易くなる。
 そのまま1時間ほど静止する公乃。
 背中がじっとりと汗で濡れる。喉がからからに渇く。同じ姿勢を維持して2kg近いカメラを保持して3m先の壁を睨んでいるので神経が磨り減る。
 其処のドアが突然開け放たれて警護要員が飛び出してくるのでは? と思うと胃が痛くなる。
 敵意や気配を察した警護要員でなくとも、会合の場の誰かがトイレに行くために部屋を出てきたらどうしようかと考える。
 隣の部屋の壁越しではリスクが大きい。
 その部屋に誰が居て誰が主に使っているのかが不明なのだ。それに階段の角からだと距離が遠すぎて、集音機能を最高に調整しても壁越しの音声に収録ミスが発生する恐れがある。
 盗聴器は恐らく使えない。否、殆どの密談では国外のメーカーが違法に作らせたジャミング装置を購入している場合が殆どなので、盗聴器は音が拾えない。
 拾えてもダイレクトにワイヤレスで情報を収集する事が出来ない。ゆえに昔ながらの出歯亀が優位に立つ。
 情報屋と情報収集屋を兼任する公乃だからこその優位性。
 現場で無いと得られないものは多い。
 彼女は少しばかり、パソコンの前から動こうとしない情報屋に対しては蔑みの意識が有った。
 検索をすれば誰でも何でも分かる時代。誰でも何でも分かるソースを提供し、理解できるように構築するのは人工知能ではない。行間が読める人間だ。
 最終的にも最初からでも生きている誰かが情報を得て、提供しなければ検索してもヒットしない。
 その事情は情報屋界隈だけでなく、表の明るい世界でも同じだろう。視野狭窄に陥ると、検索して何でも解決するから医術は必要ないと云うのと同じくらいに馬鹿げた思考に陥る。
 密談が終わりを迎え、握手する流れを汲んだ時に公乃は撤収し始めた。
 喉が酷く渇く。軽い熱中症の一歩手前かと疑う。背中に半分凍らせた水があるのに今直ぐ飲めない歯痒さ。
 階段をそろりと降りる。降りながらバッグに撮影機材を押し込む。機材を押し込む前にSDカードを抜いてポケットに入れる。機材が破損しても今し方の会話を録音したこのSDカードが有れば何とかなる。
 台所へ向かう時に一人の影と出会い頭にぶつかる。
「!」
「! な、何!」
 その男は酒臭かった。警備員に宛がわれた部屋で寝ていたはずの男の一人だろう。大方、尿意を催してトイレにでも行こうとしていたのだろう。
 その青年は顔を酒と怒りの興奮で真っ赤にし、トレーニングパンツのポケットに手を突っ込んだ。
 ナイフかベストオートか? 公乃は歯を食い縛り、機材袋を大きく振り回して男の視界から一瞬、消えた。
 男はポケットから取り出したコルト25オートのスライドを引きながら後退りする。
――――顔を見られた!
――――拙い!
 右手をサマーカーディガンの懐に突っ込んだ公乃はこの現場では抜くまいと決めていたヘルワン・モデル・ブリガーディアを抜いてグリップを握り込む。
 国内では完全に違法な出力を誇る強力な赤外線照射装置から銃弾より早く赤色の点が男の右目を焼いた。網膜に火傷を負わせて失明させる。 赤外線に停止力が有るわけではなく、興奮している男は右目を痛みも無く喪った事実を受け入れる前にベストオートの代表格であるコルト25オートの銃口を公乃に向ける。
 彼我の距離1m50cm。一歩踏み込んで殴りかかった方が早い距離。
 カチッと涼しい金属音。
 刹那、銃声。轟音。25口径ではない。
 9mmパラベラムの銃声。公乃の方が早かった。今度は物理的打撃を与える銃弾だ。
 コルト25オートを右手にした男は引き金を引く前に、健在な左目に9mmの弾頭を叩き込まれて後頭部から脳漿を撒き散らし、仰向けに倒れた。男の右手から滑り落ちたコルト25オートが床板に当たって暴発し、可愛らしい発砲音を発する。
 大の字に倒れた男の股間がみるみる濡れてアンモニア臭い池を造り、頭部では脳細胞が混じった鮮血が大きく広がっていく。
 警備要員が詰めていた部屋から2人の人影が飛び出る。
 中年男性と思しきシルエットにヤクザ者としては半端そうな強面になりきれてない顔が並ぶ。手には中型自動拳銃や4インチ銃身の輪胴式を持って公乃に向けている。
 体が反射で動く。
 ヘルワン・モデル・ブリガーディアが3発、吼える。
 空薬莢が廊下の壁に当たって出鱈目に転がる。牽制の発砲。これで怯んでくれれば助かる。
 ……然し、彼らは盲撃ちで反撃してきた。
 距離にしてたったの3m。
 この程度の距離でも混乱を極めていれば、互いに命中させることは出来ない。修羅場だの鉄火場だの土壇場だのをくぐり抜けてきた回数は負けないつもりだが、公乃は拳銃使いではない。唯の情報屋だ。
 護身用程度の拳銃とその場を生きて逃げ切るだけの腕前が有ればいい人間だ。従って、この場で目前に現れた2人を死傷させる必要は無い。彼らが怯んで隙を見せてくれれば、すぐに逃げる。
 4発発砲した。薬室を含めて9発。残弾5発。
 背中と右肩から左脇にかけて、機材入りの荷物を所持した状態では再装填の時間など与えてくれないだろう。
 連中の拳銃捌きは素人同然だが、ラッキーパンチは誰にでも訪れる。公乃だけではない。連中にも公平に偶然や幸運が味方する。豆鉄砲でも顔面に叩き込まれれば即死に近い打撃となる。
 連中は銃弾を撒き散らしながら後退する。再装填のロスが大きい。それを見逃さず踵を返す公乃。
「!」
 背中に衝撃が走る。背中に被弾した!
 体が大きく震えるがその衝撃は緩慢で鈍い感触だった。公乃は衝撃でつんのめって床にうつ伏せに倒れ込むと同時に体を左手側に側転させて仰向けの体勢をとる。
2人の驚愕の顔が見える。
 公乃は『両手に拳銃を握っていた』。
 右手にヘルワン・モデル・ブリガーディア。
 左手にコルト25オート。
 先ほど、左目に風穴を作って斃れた男の手から滑り落ちて暴発した拳銃だ。
 公乃は全く躊躇わなかった。
 引き金を引く。
 乱射。
 ほんの2秒程度の激しい銃撃戦。
 公乃と2人の間で交差する銃弾。5発の9mmパラベラム。
 5発の25口径。
 左右の手からアンバランスな反動が伝わり体が左右に揺れる。彼らの放った銃弾は床板に孔を開けるだけで決定打が皆無。
「…………」
 やがて双方が銃弾を撃ち終えて瞬き数回分の沈黙が訪れる。
 狭い廊下で硝煙と塵埃が混じって、夏の不快加減に拍車をかけていた。
 背中だけが酷く冷たい。背中のデイパックに押し込んでいた水分補給用の半分凍らせたミネラルウォーターの2本のペットボトルが銃弾を停めたに違いない。
 それらが砕けて背中を濡らす。床には彼女が粗相をしたように水が広がっていく。
 4インチ輪胴式を握る男が先に倒れた。腹部に血のシミが広がり吐血してうつ伏せに倒れる。次にベルサと思しき安っぽい中型自動拳銃を握った男はみるみるうちに顔を真っ青にして絶叫した。
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