星を掴む
スマホにダウンロードした地図や見取り図は白地図だ。記入すれば万が一の事態が発生して捕縛され、スマホの中身を検められたときに言い訳が難しくなる。
山の緩い斜面を慎重に滑るように降りる。
降りながらもシャッターを切る。
左脇下でぶら下がっている機材を入れていたボストンバッグには、バッテリーや急速充電器や専用の取り付ける集音機も仕舞ってある。今は心が躍り、重さなど感じていない。願わくば同業者とカチ合いませんように。
現場で同業者と出くわして、話が穏便に済んだためしは一度も無い。誰が、どちらが、どのように、どこの情報網を通じてネタを売り捌くのかと云う命懸けの競争が始まるのだ。
命懸けと言っても殺し合いじゃない。
早く販売した者勝ちなので撮影が終了した瞬間にアップロードしてクラウドで保存し、予め組んでいたプログラムが、その情報屋独自の情報網を通じて販路に乗せられる。
アナログの時代だとこれらは、まだるっこしい手順でしかなかったが、デジタルが発達した現在では指先を動かすだけで数秒で完了する。 だから、先にアップロードした情報屋が勝つ。
難しいのは、どれくらい深い情報を鮮明に収録しているかという情報の濃度……実用的価値が試されるのだ。
早く早くと、焦る余りにさっさと切り上げてアップロードしても、その後にもう片方の情報屋が更に現場で粘ってもっと有用で重要な情報を掴むと、同じ現場で収録した情報でも後者のほうが価値が高いのは明白。
故に、情報屋が同じ現場で出くわすとチキンレースになる。
左懐のヘルワン・モデル・ブリガーディアはいつも通りに安心感のある重量を感じさせてくれる。
今回は多少の鉄火場を予想しているので、牛乳瓶くらいの大きさの消音器を差し込んでいる。消音器を差している分、全長は倍になった。黒いサマーカーディガンの裾から隠す心算も無いといわんばかりに先端が突き出ている。
山荘風ロッジの裏手口に近付く。
夕方6時を15分ほど経過。
この位置からは2階広間とは反対なので潜入するしかない。防犯カメラは無い。見当たらない。見取り図の上でも存在は確認できない。カメラのズシリとした重量。頼もしい。
ファインダーに左目を合わせる。近距離の射撃と同じ要領だ。
誰かに撮影術を教えてもらったわけではない。独学で我流だ。感覚的にはドットサイトを搭載した銃火器を扱うのに似ている。
薄暮を過ぎた時間帯。山間部は早く日が沈む。
屋外からの撮影は困難ではないが、画像や無音動画以上の情報は収集できない。
読唇術での解析を依頼していては時間が掛かりすぎてニュースの鮮度が古くなる。一番早いのはやはり現場に乗り込むことだ。
表世界のマスコミの横暴振りが笑えない皮肉に対して、ニヒルな笑みを浮かべてしまう。何処の世界でも情報や秘密を詳らかにしたい人間は土足で人のテリトリーに踏み込んでも、呵責の念に苛まれないのだといつもながらに思う。
奇跡的に湿度が低くて気温も過ごし易い時間帯。
羽虫が外灯に集る。
建物の灯かりは外は玄関だけで内部は2階の部屋全て。1階はどの部屋も電灯が点いていない。覚えている見取り図を脳内で開くと納得する。
2階にはシャワールームとトイレ、ミニキッチンにホームバーなどが設計の段階で構築されおり、1階へ降りなくとも生活できるだけの設備や装備がある。
屋根にはソーラーパネルにソーラー温水器。1階台所の土間部分には採水権を獲得しているので電動で汲み上げるポンプが付いた井戸もある。世の中がゾンビで溢れ返ったら是非とも避難させて欲しい建物だった。……その時には是非ともレミントンM1100を携えたい。
裏手口の一つに回り込む。
隠された防犯カメラなどもリサーチ済みで、その結果、隠された防犯カメラの視界に映らない角度から近付く。勿論、防犯カメラは相手にしない。
裏手口のドアの上部に古いツバメの巣を偽装した防犯カメラが有るが、その直下のトイレの換気と採光を兼ねた小窓は死角になっている。その小窓の枠をスイスアーミーナイフのプライヤーやドライバーを使ってネジを外し窓枠ごと取る。建物自体が築年数が浅いので錆も埃も浮いていないので簡単に外れた。
その窓に機材とボストンバッグとデイパックを放り込んでから自らも攀じ登って侵入する。
密会での会合ゆえに、最低限の人間にしかこの山荘風ロッジを教えていないので警備に割ける人員も知れている。
その分、警護要員は強敵だろうが、その時はその時だ。ヘルワン・モデル・ブリガーディアで実力を以って排除する。……否、逃走する。ヘルワン・モデル・ブリガーディアが火を噴くのは集められる情報を集めてからにしたい。
できることなら自分から鉄火場を自ら作り上げる真似だけはしたくなかった。逃げる時だけ消音器が役に立ってくれればいい。
万が一、侵入がばれて鉄火場になっても、この密談は『手を組んではいけない者同士が顔を合わせている場所』なので、その両者が密談を交わしていたと云う『仲の良さ』が双方の組織に知れ渡るだけでも情報の価値は高い。
今夜の怪談は無かった事になっても、両者の顔合わせの事実は無かった事に出来ない。
建物内部に侵入。
エアコンが効いているので汗が引くのを実感する。
目前1mまで続く廊下。右手に折れれば台所。左手に折れれば階段へと通じる長い廊下。
一般家屋ではないので等間隔で避難経路を記したプレートが表示されている。足元にも消火器。天井にも複数箇所のスプリンクラー。
「……ちっ」
――――少し拙いかも。
火災報知器が気になった。
一般家屋内部では気にするほどでもないが、最近建てられたばかりの新しい基準の宿泊施設では火災報知器の感知基準も変わり、あらゆる煙に対応する。
引火性の物質の一定濃度でさえ感知するのだ。つまり、この建物内部で発砲しようものなら、消音器など関係なく、硝煙に反応した火災報知器が警報を鳴らす。
こちらが打って出るのが不利なだけではない。相手が発砲すればその硝煙にも反応するので消防が駆けつける。この手の火災報知器は許可なく遮断しても『非常事態による途絶』と看做されて、消防や警備会社に警報の信号が伝達されて急行する仕組みになっている。
つくづく上手くいかないのは世の常だ。
装備を全て予想して揃えるのは不可能だ。
そして揃えた装備が全て役に立つのは非常事態だ。
その二律背反の間で折衷案を模索し、装備を揃えるのも腕の見せ所なのだが、ヘルワン・モデル・ブリガーディアに装備した消音器は早くも出番が挫かれた。
闇社会の人間だから、表の世界とは断絶された世界で生きているわけではない。表の世界の使える部分は使う。今のように消防や警備会社などと連携していれば、それだけで侵入者に対して抑止力となる。
それでも引き返せない。
台所側に体を寄せて廊下の壁伝いに歩く。一人でクリアリングする様に似ている後姿。
人の気配! 無警戒!
体が独りでに動いた!
機材は首からぶら提げたスリングでドサっと重量がかかるまでに、右手はヘルワン・モデル・ブリガーディアを引き抜き、狙いを定めるまでにセフティを解除し、左右に分かれる角の右手側へと体を踏み出す。
先制が有利! だが、発砲したが最後。
その状況で、彼女が取った選択は発砲だった。
山の緩い斜面を慎重に滑るように降りる。
降りながらもシャッターを切る。
左脇下でぶら下がっている機材を入れていたボストンバッグには、バッテリーや急速充電器や専用の取り付ける集音機も仕舞ってある。今は心が躍り、重さなど感じていない。願わくば同業者とカチ合いませんように。
現場で同業者と出くわして、話が穏便に済んだためしは一度も無い。誰が、どちらが、どのように、どこの情報網を通じてネタを売り捌くのかと云う命懸けの競争が始まるのだ。
命懸けと言っても殺し合いじゃない。
早く販売した者勝ちなので撮影が終了した瞬間にアップロードしてクラウドで保存し、予め組んでいたプログラムが、その情報屋独自の情報網を通じて販路に乗せられる。
アナログの時代だとこれらは、まだるっこしい手順でしかなかったが、デジタルが発達した現在では指先を動かすだけで数秒で完了する。 だから、先にアップロードした情報屋が勝つ。
難しいのは、どれくらい深い情報を鮮明に収録しているかという情報の濃度……実用的価値が試されるのだ。
早く早くと、焦る余りにさっさと切り上げてアップロードしても、その後にもう片方の情報屋が更に現場で粘ってもっと有用で重要な情報を掴むと、同じ現場で収録した情報でも後者のほうが価値が高いのは明白。
故に、情報屋が同じ現場で出くわすとチキンレースになる。
左懐のヘルワン・モデル・ブリガーディアはいつも通りに安心感のある重量を感じさせてくれる。
今回は多少の鉄火場を予想しているので、牛乳瓶くらいの大きさの消音器を差し込んでいる。消音器を差している分、全長は倍になった。黒いサマーカーディガンの裾から隠す心算も無いといわんばかりに先端が突き出ている。
山荘風ロッジの裏手口に近付く。
夕方6時を15分ほど経過。
この位置からは2階広間とは反対なので潜入するしかない。防犯カメラは無い。見当たらない。見取り図の上でも存在は確認できない。カメラのズシリとした重量。頼もしい。
ファインダーに左目を合わせる。近距離の射撃と同じ要領だ。
誰かに撮影術を教えてもらったわけではない。独学で我流だ。感覚的にはドットサイトを搭載した銃火器を扱うのに似ている。
薄暮を過ぎた時間帯。山間部は早く日が沈む。
屋外からの撮影は困難ではないが、画像や無音動画以上の情報は収集できない。
読唇術での解析を依頼していては時間が掛かりすぎてニュースの鮮度が古くなる。一番早いのはやはり現場に乗り込むことだ。
表世界のマスコミの横暴振りが笑えない皮肉に対して、ニヒルな笑みを浮かべてしまう。何処の世界でも情報や秘密を詳らかにしたい人間は土足で人のテリトリーに踏み込んでも、呵責の念に苛まれないのだといつもながらに思う。
奇跡的に湿度が低くて気温も過ごし易い時間帯。
羽虫が外灯に集る。
建物の灯かりは外は玄関だけで内部は2階の部屋全て。1階はどの部屋も電灯が点いていない。覚えている見取り図を脳内で開くと納得する。
2階にはシャワールームとトイレ、ミニキッチンにホームバーなどが設計の段階で構築されおり、1階へ降りなくとも生活できるだけの設備や装備がある。
屋根にはソーラーパネルにソーラー温水器。1階台所の土間部分には採水権を獲得しているので電動で汲み上げるポンプが付いた井戸もある。世の中がゾンビで溢れ返ったら是非とも避難させて欲しい建物だった。……その時には是非ともレミントンM1100を携えたい。
裏手口の一つに回り込む。
隠された防犯カメラなどもリサーチ済みで、その結果、隠された防犯カメラの視界に映らない角度から近付く。勿論、防犯カメラは相手にしない。
裏手口のドアの上部に古いツバメの巣を偽装した防犯カメラが有るが、その直下のトイレの換気と採光を兼ねた小窓は死角になっている。その小窓の枠をスイスアーミーナイフのプライヤーやドライバーを使ってネジを外し窓枠ごと取る。建物自体が築年数が浅いので錆も埃も浮いていないので簡単に外れた。
その窓に機材とボストンバッグとデイパックを放り込んでから自らも攀じ登って侵入する。
密会での会合ゆえに、最低限の人間にしかこの山荘風ロッジを教えていないので警備に割ける人員も知れている。
その分、警護要員は強敵だろうが、その時はその時だ。ヘルワン・モデル・ブリガーディアで実力を以って排除する。……否、逃走する。ヘルワン・モデル・ブリガーディアが火を噴くのは集められる情報を集めてからにしたい。
できることなら自分から鉄火場を自ら作り上げる真似だけはしたくなかった。逃げる時だけ消音器が役に立ってくれればいい。
万が一、侵入がばれて鉄火場になっても、この密談は『手を組んではいけない者同士が顔を合わせている場所』なので、その両者が密談を交わしていたと云う『仲の良さ』が双方の組織に知れ渡るだけでも情報の価値は高い。
今夜の怪談は無かった事になっても、両者の顔合わせの事実は無かった事に出来ない。
建物内部に侵入。
エアコンが効いているので汗が引くのを実感する。
目前1mまで続く廊下。右手に折れれば台所。左手に折れれば階段へと通じる長い廊下。
一般家屋ではないので等間隔で避難経路を記したプレートが表示されている。足元にも消火器。天井にも複数箇所のスプリンクラー。
「……ちっ」
――――少し拙いかも。
火災報知器が気になった。
一般家屋内部では気にするほどでもないが、最近建てられたばかりの新しい基準の宿泊施設では火災報知器の感知基準も変わり、あらゆる煙に対応する。
引火性の物質の一定濃度でさえ感知するのだ。つまり、この建物内部で発砲しようものなら、消音器など関係なく、硝煙に反応した火災報知器が警報を鳴らす。
こちらが打って出るのが不利なだけではない。相手が発砲すればその硝煙にも反応するので消防が駆けつける。この手の火災報知器は許可なく遮断しても『非常事態による途絶』と看做されて、消防や警備会社に警報の信号が伝達されて急行する仕組みになっている。
つくづく上手くいかないのは世の常だ。
装備を全て予想して揃えるのは不可能だ。
そして揃えた装備が全て役に立つのは非常事態だ。
その二律背反の間で折衷案を模索し、装備を揃えるのも腕の見せ所なのだが、ヘルワン・モデル・ブリガーディアに装備した消音器は早くも出番が挫かれた。
闇社会の人間だから、表の世界とは断絶された世界で生きているわけではない。表の世界の使える部分は使う。今のように消防や警備会社などと連携していれば、それだけで侵入者に対して抑止力となる。
それでも引き返せない。
台所側に体を寄せて廊下の壁伝いに歩く。一人でクリアリングする様に似ている後姿。
人の気配! 無警戒!
体が独りでに動いた!
機材は首からぶら提げたスリングでドサっと重量がかかるまでに、右手はヘルワン・モデル・ブリガーディアを引き抜き、狙いを定めるまでにセフティを解除し、左右に分かれる角の右手側へと体を踏み出す。
先制が有利! だが、発砲したが最後。
その状況で、彼女が取った選択は発砲だった。