星を掴む

 なので何処の誰が火付け役か分からないようにした上で、闇社会全体が表の世界の住人から満遍なく搾取し、闇社会の誰もが勝者に『陥る』欺瞞を働いているのだ。
 情報屋が闇社会の最先端で、聖域の住人だから外部から強い改革の促進に誘導させたり強要させるのは至難の業だった。
 そこで、個人経営の殺し屋や上位ランクに残りそうな殺し屋をランダムに雇って――それもこれを逃せば次回は無いかもしれないと云う高額な報酬をちらつかせて――互助会とやらに席を並べる腕利きの情報屋たちの腕試しをしていた。
 接触する前に連絡ミスをしてしまい、とある女性の個人経営の情報屋に対して『謎のクライアント』として接触する前に、殺し屋をけしかけた件については申し訳ないと思っている。……遠回しな攻撃宣告をせずに突然襲撃してしまったのだ。
 悪い事をしたと思っていた平井一だが、その女性の情報屋と云うのが思いのほか健闘し、篩にかけて生き残った腕利きであったことに少しばかり驚いた。
「部長。そろそろ『右肩の天辺』が見えています」
 田中井裕子はパソコンのモニターを見ながら言う。
 平井一も着席して自分のパソコンに転送されてきた資料を見ながら頷く。
「確かに。そろそろこの【キャンペーン】も終了だな。この資料はどこから?」
「マーケティング部門から上がっている情報を企画課が纏めて、報告書にしたものです。資料どおりなら部長が仰られるとおりにもう直ぐ『火付け役』探しに懸賞金がかかるはずです……情報屋に対する『ケア』が始まります」
「ああ。そろそろ引き際だな。上のほうには私から『紙』を出しておく」
 懸賞金。
 情報屋ともあろう連中が、自分たちの命が脅かされた事態に対し、打たれる一方で大人しくなるわけが無い。
 必ず一矢報いて駄賃として欲を掻くはずだ。
 そうなれば情報屋業界全体で大掛かりな犯人探しが始まり、犠牲者すら出るだろう。
 大きな金額が左右へ動く事態も想像される。
 それらの動向も予想通りだ。
 計画を立案する上で恐ろしいのは計算外ではない。完璧な作戦など存在しない。作戦通りにいかなかった場合に備え、いかなる修正案を直ぐに講じて実行し、本筋の作戦に修正するかが作戦参謀の腕の見せ所だ。 今はまだ作戦の範疇外や予想外は発生していない。当面は企画書と云う名の作戦概要の通りに趨勢が変化するのを待つだけだ。
 もうすぐ変化が訪れる。その変化が大きいか小さいかは結果を見てからのお楽しみだ。
 平井一と云う人物が、どこまで本気で本心で本当に業界や【企業】を守ろうとしているのかは詮索しないことにしている田中井裕子。
 この世界では詮索は寿命を縮める理由としては充分なのだ。
 田中井裕子自身に出来ることは、平井一の良い部下である事を務めるだけだった。
 彼女とて素人やカタギではない。暗い世界を渡り歩いてきた人間だ。殺人も厭わない時分もあった。その経験上、組織に属して歯車になると云う事はセクション内外だけでなく、赤の他人の心も覗いてはいけないと云うことだった。
 真の意味でこの業界には自由も開放もない。
 ……わがままと自分勝手なら何処にでも転がっているが。
   ※ ※ ※
 レミントンM1100を分解する。
 茹蛸になりそうな部屋で通常分解をして瑕や破損具合を調べる。
 手入れが行き届いているのでクリーニングの必要性は感じられなかった。
 ガス圧作動式散弾銃なのでポンプアクション式より部品の数は多い。故障差作動不良の確率は高いと言われているが、土壇場で散弾銃の遣い手が作動不良で困った話は聞いた事が無い。今の時代ではポンプアクションもガス圧式もリコイル式も大して差が無い。
 折角手に入れたレミントンM1100だが、公乃は積極的に扱う気にはなれなかった。
 荒事師が生業では無いので、ヘルワン・モデル・ブリガーディアで十分なのだ。
 寧ろ持て余してしまい、押入れの奥に押し込もうかと考えている。廃棄してしまうのは気が引けるし、曰くつきだったら売買のネタにするのは危険だ。
 できる物ならあの夜に襲撃してきた、ドローンを遣う殺し屋連中に返品したい思いだ。
 レミントンM1100を組み立て、装填せずにビニール袋に入れて乾燥剤を一掴み同封して押入れに押し込む。
 レミントンM1100を分解して分かったが、使用しているガンオイルのメーカーが違うのか、ヘルワン・モデル・ブリガーディアと違う匂いがしたので、一日中この部屋に違和感が漂う。
 部屋の空気を思い切って入れ替えしようと、窓を開けても暫くは匂いが気になるだろう。公乃は口元をへの字に曲げながら苦笑い。
 その時、台所で置いたままにしていたスマホがメールの着信を報せる。
 昼食を作ろうとしてそのままだったのだ。
    ※ ※ ※
 好いシャッターチャンス!
 久々に大物のネタを撮影している実感!
 生きている醍醐味を味わう。
 これは高い価格で売り出しても数多の客がつく。さあ、どうしよう。オークションにかけるかコネを作る材料にするか? 胸の中では既に祝杯を挙げていた。
 山奥とはいえ近くにスカイラインが敷かれているほど開けている。
 暑い時間帯から潜んでいた甲斐がある。
 夕方6時からの密談の場所としてキャッチした山小屋風の大型ロッジに近付きながらシャッターを切る。
 目標の部屋は無防備で無警戒。2階の広間での会合の場なのに昨日の大雨の影響で、山間部は急激に冷えて涼しい風が吹いている。
 潜伏を開始した午後3時頃は暑さは相変わらずだったが、夕方が近付くにつれて肌寒いほどの風が吹き、湿度も程好く下がって快適だった。 暑すぎて鳴りを潜めていたセミが鳴きだし、活動を休止していた蚊も飛び回り、体のあちらこちらを刺される。予め体にふりかけておいた虫除けスプレーの効果が疑わしい。藪に飛び込むたびに耳元で蚊が不快な羽音をたてるので顔を顰める。その苦労が報われた気がしたのだ。
 窓は開放され、バルコニーには警護要員と思われる男が2人。部屋の中にも警護要員が2人確認できる。
 散策をするカタギに不要な警戒心を抱かさせないためか、歩哨は見当たらない。
 目標の山荘風ロッジまで100m。
 撮影するなら望遠で充分だが、それくらいなら使いっ走りでもできる。
 ここからが本番だ。
 広間の奥でどんな会話が展開されているのかを知る為に、もっと近付いて会話を収録する必要が有る。
 秘密の会合自体は午後7時から開始だが、役者が早くに揃ったので談笑を交わしているのだ。本題に入る前に建物にもっと近付いて潜入しなければ。
 背中のデイパックは相変わらず背負っているが、山奥での活動と云う事もあって虫除けスプレーや痒み止め、ファーストエイドや100円均一レベルの雨合羽も入っている。山道をハイキングするのと同じ装備だ。
 公乃の体躯は優れているが、戦闘マニアが戦う為に鍛えた筋骨ではない。飽く迄、普通の人間にしては鍛えている体躯で膂力。それ以外は普通の人間と変わらない。暑さ寒さに空腹渇きで直ぐに気力が削がれる。
 両手でいつもの撮影機材を構え、斜面をゆっくりと降りる。
 正面から迂回して裏手口へと。
 門扉や壁は無い。勝手口は2箇所ある。緊急避難経路として確保されているのだろう。勿論、この建物の見取り図や付近の地図も頭の中に入っているし、資料もスマホにダウンロードしてある。
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